川崎尚之助と八重 [ あさくらゆう ]

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アメリカ、マサチューセッツ州の教会にいるのは、オダギリジョー・・・いえいえ、新島襄です。


日本では・・・1869年・・・会津戦争から半年が過ぎ。。。
八重は、米沢城下で反物を売っていました。

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時がたち、藩士たちは謹慎していた猪苗代から東京へ移送されていました。

米沢藩士の内藤新一郎の申し出で、離れに身を寄せていた八重は、反物を売り歩いて細々と家計を繋いでいたのです。
しかし、尚之助の行方はまだ知れず・・・。

大蔵たちの助命嘆願により、大殿たちは死一等を減じられ・・・
新政府は代わりに首謀者の首を差し出すように命じました。

そして・・・それは、萱野権兵衛に。。。

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大変なとばっちりです。
本当は、首謀者3人の首を差し出せ・・・とのことでしたが。。。
この時すでに、神保内蔵助と田中土佐は切腹していたので、あと一人・・・本当は、上からいくと西郷頼母・・・となるところ、行方知れずだったので、次席の萱野権兵衛になってしまいました。
これには新政府軍も、とっても可哀想・・・と思ったみたいで・・・
この件ですべて勘弁してくれたみたいです。。。

大殿からの親書には・・・
「そなたの忠義・・・終生忘れぬ・・・」
照姫様からは。。。
「夢うつつ 思いも別かず 惜しむぞよ まことある名は 世に残れども」

「ただ一つ無念なのは、会津が逆賊の汚名を晴らす日を見届けずに死ぬことだ・・・
 さらばだ・・・」
平馬と大蔵にそう言い残して・・・処刑されるのでした。


同じころ箱館の五稜郭では、旧幕府軍は奥羽越列藩同盟の生き残りと共に激しい戦いに中にいました。
その中には、土方歳三も・・・

しかし、萱野の処刑の日と同じくして降伏。。。
鳥羽伏見からおよそ1年半にわたった戊辰戦争は、これをもってついに終結したのでした。

その箱館に西郷頼母がいました。
「松平容保公のかわりに首を討たれるのは某の役目でござった・・・
 萱野権兵衛殿ひとりに責めを負わせてしまった・・・」

泥水をすする覚悟で敵陣に下る頼母。
「わしは生きる。。。 
 千恵・・・わしはいきっぞ・・・
 わしらの会津を踏み潰してった奴らが、どんな世の中つくんのか、この目で見届けてやる・・・!!!」

そして・・・八重もまた泥水をすすって生きる・・・
世間からは、会津にはそんな目が向けられていました。
しかし、どんなに誹られようとも、侮辱されようとも・・・恥を忍んで生きるそんな八重がいました。

「今は生きていくことが戦だ!!!
 生きていればいつかきっと会津に帰れる。。。
 それを支えに生きていくべ。。。!!」

そんな苦労の中、会津藩士にはお家存続の許しが出たのでした。
しかし、与えられた地は・・・
会津ではなく、陸奥の国・下北の3万石。。。でした。
会津でないことに承服しかねる藩士たち。。。
23万石をたった3万石・・・島流しではねえか!!!

「新しい藩名を”斗南”とする!!」

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意味は、北斗星より南。
転じて、天下。斗南の一人《「唐書」 狄仁傑伝から》天下第一の人。天下に並ぶ者のない人。のことです。

最北の地も帝の領地・・・我らは朝敵ではなく、帝の民であるとの意味だそうです。
”斗”とは・・・戦うという字。。。
我らは会津武士。。。
戦い続けていつの日か故郷の土地と会津の名を奪い返す!!!」

富国強兵をして、再び立ち上がるために・・・!!!

大蔵は、家名再興を受けて藩筆頭の第参事に就任します。
平馬は戦の真の首謀者は自分であったと・・・役職を退くことを決めていて。。。
藩を率いることを大蔵に託したのでした。

山川健次郎は、平馬の命で脱走し・・・
長州の奥平謙輔の元へ書生として預けられていました。

健次郎は死んだ者たちの想いを両肩に背負って・・・
会津を捨てて生きることを決意したのです。

「命がけで学べ!!
 お家の為に!!!」

その年の秋・・・大蔵が八重を訪ねてやって来ました。
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「会津の再興がかないやした。」

尚之助は東京にいるらしく・・・その後、斗南に来るらしい。。。

「八重さん。。。 
 斗南に来ねえか???
 ここより厳しい暮らしになっかもしんねえが、新しい国を造るために、八重さんの力を借りてえ。」


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しかし、八重の心には、まだ恨みが・・・
そして・・・恨みだけでは前には進めない・・・

そして・・・大蔵は尚之助の想いを話して聞かせるのでした。

「川崎殿は仰せでした。
 開城の日・・・己の勝手な思い出八重さんから誇りを奪ってしまった。。。
 それを返す為に、斗南の地に八重さんの故郷をもう一度作りたい。。。
 その想いを胸に斗南に行くんだ・・・と。」

「尚之助さんに伝えてくなんしょ。
 待っていますと。。。」

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年が明けて・・・
会津藩士たちは、次々に新天地斗南を目指したのでした。


いやあ・・・先週会津戦争は終わったのですが・・・
戦後処理はどうなったのでしょう?
萱野権兵衛が切腹というのはそうなんだけれども・・・。

例えば、会津藩士たちは戦死しても野ざらしにされた・・・とか、
それを埋葬しようとすると処罰されたとか・・・
NHKだから出来ないのかしら???
そののち・・・疾病の原因になるからと埋葬が新政府軍によってようやく許可されるのですが・・・
それも埋葬という形とは程遠いものでした。。。

っていうか、本当に書けないぐらいの悲惨さなんですよね。。。
そこから這い上がってきた会津藩士たちって、本当にすごいのです。

これから這い上がってくる会津藩士たちをみんなで温かく見守りましょう。

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