愛と勇気と感動のスピーチです。

①マーチン・ルーサー・キング・・・キング牧師です。
アメリカで・・・1956年黒人女性が白人にバスの席を譲らなかったことから逮捕されます。
当時のアメリカには、あからさまな人種差別と法律がありました。
この事から黒人の怒りが頂点に達して・・・

黒人たちが武器を持って報復しようとします。
これに待ったをかけたのが・・・26歳のキング牧師でした。
「暴力ではなく整然と講義するんだ!
 黒人がバスで差別されなくなるまでバスに乗らずに歩こう!!」
バスボイコット運動です。
非暴力抵抗でその必要性を訴えました。
1963年ワシントンで集会!!そこには25万人の人が!!
その1/4は白人でした。
大観衆の前でキング牧師は・・・

king
















「私には夢がある・・・ 
 いつの日かジョージアの赤土の丘の上で
 かつての奴隷の子孫たちと
 かつての奴隷所有者の子孫が兄弟のように
 同じテーブルにつくことができる夢です。
 私の四人の幼い子供たちが、
 いつの日か肌の色ではなく 
 人格そのものによって評価される国に
 住めるようになるという夢です。」
 
この演説は、虐げられていた黒人のみならず、白人たちの心も揺さぶりました。
1964年公民権法成立・・・白人社会が変革し始めたのでした。

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②ヒトラーにNoを突き付けた「世紀のスピーチ」

抜群の演説力で合法的にTOPとなったヒトラー。
そのヒトラーに立ち向かったのは・・・???

1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵攻。
第二次世界大戦が勃発しました。
そして・・・1942年ナチスドイツはユダヤ人1100万人の殺害を決定、3年間で500万人以上が殺害されました。
人類史上最悪の悲劇です。
これを起こしたのが・・・アドルフ・ヒトラーです。

元々軍人だったヒトラーは、時代の流れを利用して政治家に!!
成りあがっていきます。
政局が混迷する中・・・1933年首相に任命されます。

このヒトラーを・・・成り上がり者。。。
と、長続きしないと思っていました。
しかし、2か月後・・・
ヒトラーは、主要司令官の前で演説し、軍部を掌握・・・
国会議事堂放火事件を口実に他党を弾圧!!
暴力による脅しと甘い言葉で圧力をかけたのでした。
独裁体制を確立していきます。
その最大の武器は、”演説”でした。
具体的な数字と簡単な言葉で聴衆を惹きつけます。

大衆にとっての敵!!
ユダヤ人に対する不満を・・・民衆の憎悪の言葉を心に植え付けたのでした。
身振り手振りを駆使して・・・煽っていきます。
狂気の演説は人々を飲み込みました。
そして・・・世界中が沈黙・・・または無視したのです。

しかし、この狂気に立ち向かった男がいました。
”チャールズ・チャップリン”です。

ヒトラーの暴虐に対抗します。
言葉を以って・・・!!!
チャップリンは、サイレントの映画が最高の表現方法だと思っていました。
初のトーキー映画に挑戦します。

こうして作られたのが1940年「独裁者」です。

ヒトラーを模した独裁者と、床屋のチャーリーが偶然に入れ替わり・・・兵士たちの前で演説する!!という映画です。
しかし・・・完成目前で・・・
政策中止の圧力がかかります。。。
その命がけの演説が・・・

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「ユダヤ人も黒人も白人も人類は互いに助け合うべきである。
 他人の幸福を念願として互いに憎みあったりしてはならない
 貪欲はやがて姿を消し、恐怖もやがて消え去り、
 独裁者は死に絶える。
 大衆は再び権力を取り戻し、自由は決して失われない!!
 兵士諸君!犠牲になるな!独裁者の奴隷になるな!
 彼らは諸君を欺き、犠牲を強いて家畜のように追い回している!
 彼らは人間ではない!
 心も頭も機械に等しい!
 諸君は機械ではない!人間だ!!
 兵士諸君 民主主義のために団結しよう!!」

この映画は大ヒット!!
翌年には演説部分がラジオで放送されます。
人々はこの演説に聞き入りました。

ヒトラーはその言葉で憎悪・偏見・暴力を生みし、チャップリンは光・勇気・希望を与えたのでした。
そのスピーチは今でも世界最高とされています。

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③世界中が感動した16歳の少女が伝えたかったこと。
国連でスピーチしたのは、マララ・ユスフザイさん、16歳です。
パキスタン北部酢ワード地区の生まれです。
学校に通って医師を目指していました。

2012年10月9日。。。帰宅途中にスクールバスが襲撃されます。
頭部と首に被弾してしまいました。

奇跡的に助かった彼女・・・たまたまではなく、狙われていたのです。

イスラム過激派タリバンが勢力を伸ばし・・・
女性教育を認めず、200以上の学校が爆破されていました。
彼女はそれを非難し、ブログで女性教育の必要性を訴えていたのです。

事件から9か月後・・・
不屈の精神で復活し、7月に国連でスピーチをしました。

marara















「親愛なるみなさん、
 2012年タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。
 私の友人も撃たれました。
 彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。
 しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。
 次のものを除いて・・・
 私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。
 強さ、力、そして勇気が生まれたのです。
 親愛なる少年少女のみなさん
 私は誰にも抗議していません。
 タリバンや他のテロリストグループへの個人的復讐心から
 スピーチをしている訳でもありません。
 ここでの目的は、全ての子供に教育が与えられる権利を主張することです。
 全ての過激派とりわけタリバンの息子や娘たちのために、教育が必要だと思うのです。

 私は、自分を撃ったタリバンの兵士さえも憎んではいません。
 私が銃を手にして彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
 親愛なる少年少女のみなさん、私たちは、暗闇の中にいると光の大切さに気付きます。
 私たちは沈黙させられると声をあげることの大切さに気付きます。
 同じように私たちがパキスタン北部のすわーとにいて銃を目にした時、ペンと本の大切さに気付きました。
 少女たち、少年たちが明るい平和な未来を待ち望んでいることを忘れてはいけません。
 無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。
 本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私たちにとって最も強力な武器なのです。
 一人の子供、一人の教師、一冊の本、そして一本のペン。
 それで世界を変えられます。
 教育こそがただ一つの解決策です。
 教育を第一に・・・ありがとうございました。」

16歳の若さで、ノーベル平和賞候補にあがっています。
世界的に賞賛の声が上がっていますが、タリバンは再び命を狙うと宣言・・・
それでも、自分の夢はいつか実現する!!と。



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