今回のTHEナンバー2は、”逃げの小五郎”です。

桂小五郎―奔れ!憂い顔の剣士 (時代を動かした人々 維新篇)

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1833年6月26日、山口県萩市に生を受けます。
それは、大久保利通、西郷隆盛と並ぶ、明治維新の三傑の一人、桂小五郎(木戸孝允)です。
要衝の頃からずば抜けて聡明だった小五郎は、幕末には稀な、先見の明を持った人物でした。

西郷、大久保、坂本龍馬・・・明治維新に関わったほとんどの人が下級武士です。

一方、小五郎は、上級武士のエリートで、幕藩体制を守る立場にありました。
しかし、廃藩置県・版籍奉還・五箇条の御誓文・・・

武士の世を終わらせる政策を打ち出します。

この改革こそが、短期間で日本を近代化させる原動力となりました。

小五郎は、松陰に宛てた手紙に書いています。
「人の功を取って
  我が拙を捨て
 人の長を取って
  我が短を補う」    By桂小五郎。。。

吉田松陰の一番弟子と言われる小五郎。
吉田松陰が、長州藩の藩校・明倫館の時に、もう教えています。

久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文・・・松下村塾の塾生とは違うのです。

小五郎は、武士ではなく、医者の和田家に生まれます。
8歳の頃、200石の上級武士の桂家に養子に出されました。

武士になったことで、明倫館に通えるようになった小五郎、この明倫館で、自らのNo,1と出会います。
そこで兵学を教えていたのが吉田松陰でした。

剣の修業にも熱心に行った小五郎、20歳になると、藩で1,2を争うようになり江戸に剣術修行に。。。


江戸で小五郎が出会ったのが、神道無念流。
さらに、剣の腕を上げます。
しかし、最も感銘を受けたのが、神道無念流の思想でした。

「武」という漢字には、「戈(ほこ)」を「止」めるという意味が隠されている。本当に強い力は、相手を倒すのではなく、争いを止めることにある。という考え方をするようになります。
この慎重なところが、逃げの小五郎に繋がっていくのです。

江戸にいたことが、小五郎の運命を変えることになります。

1853年ペリー来航。
鎖国にこだわる日本が、時代遅れになっていることに気づきます。

この時代、日本の限界を感じている人が2人いました。一人は坂本龍馬、そしてもう一人は小五郎の師・吉田松陰。吉田松陰は、藩を代表する学者でしたが、ペリーを見に行き・・・

「どうしても欧米を見たい!!」

と、黒船に密航し失敗、投獄の憂き目にあいます。

一方、小五郎は、神道無念流の無謀を戒める教えを守ります。日本にいながら西洋を学ぼうとしました。

吉田松陰は獄中から、小五郎を登用するように長州藩に手紙を書きます。それがきっかけで、外交の重要ポストに就きました。
剣の道から、政治の道へと方向転換です。


吉田松陰は・・・
「俺は死んでもいいから、誰かがやらねばならぬ」
と、失敗を考えない人でした。そんな人間は臆病になる。。。と。

「かくすれば かくなるものと しりながら
                己むに己まれぬ大和魂」   By吉田松陰

この言葉が、松陰の人となりを良く表現しています。

そんな松陰は、長州に対して、小五郎の冷静で沈着な部分を推薦したのです。

藩の外交官となり、藩主・毛利敬親のNo,2を目指すことになります。

討幕を目論む長州藩の外交官・桂小五郎は、幕府にとってはとっても危険な人物です。

まず、「桂を斬る」と言ったのは、新選組でした。

その発端は、8月18日の政変。
長州では、討幕の機運が高まります。

新選組は、京都を取り締まっていました。長州・・・特に、小五郎をターゲットにしていました。

1864年新選組は池田屋を襲撃、世にいう池田屋事件です。

小五郎は、襲撃に気が付くと、仲間を見捨てて命からがら逃げだしました。
池田屋事件に怒った長州は、軍を率いて京都に上ります。
対立する会津・薩摩・幕府軍と戦うも、返り討ちに遭います。これが、禁門の変です。

この時も、小五郎は藩の中心人物であったにもかかわらず、最後まで姿を見せませんでした。

剣豪は一転、「逃げの小五郎」となったのです。
逃げれば逃げるほど執拗に幕府軍に追われる小五郎。。。
そんな小五郎の逃亡生活を支えたのが、芸者(のちに夫人)の幾松でした。
当時の旅館には、隠し扉などが残っています。

小五郎は、禁門の変は無謀だと思っていました。
もちろん、先頭に立っていた「久坂玄瑞」も。。。反対していた玄瑞は、負けると解っていても参加した組なのです。

この禁門の変は、非常にまずい事態を巻き起こしました。
御所に向かって発砲してしまったので、朝敵となってしまったのです。。。
川の下でのホームレス生活。。。筵にくるまって逃げまくる小五郎の姿がありました。

逃げに逃げる小五郎の、本当の勝負がここから始まりました。


それは、薩長同盟。この同盟が、265年続いた江戸幕府に終止符を打つ原因となりました。

この同盟には不思議な問題があります。。。
朝敵となってしまった長州が、薩摩と対等に近い同盟を結ぶことが出来たということです。。。
そこには、小五郎の交渉術がありました。

立場的には弱かった長州、大変難しいが、粘り強く交渉します。
その交渉が始まったのは、1866年1月。

上に立ちたい西郷からは、同盟を言い出しません。
小五郎から言い出した場合・・・藩の面目丸つぶれ、という苦しい立場にありました。
作戦は「だまる」こと10日以上。

悠然と余裕綽々と構える西郷に対して、針のむしろ状態の小五郎。。。


そこには逃げない小五郎の姿がありました。
長州の未来を懸けた沈黙。。。その間桂が待っていたのは坂本龍馬でした。

坂本龍馬が親交のあったグラバー。武器商人だったグラバー頼りの新型の武器。。。

龍馬が前に現れた時、小五郎は帰り支度を始めます。

「誇りを捨てて薩摩に媚びるくらいなら、長州は滅びても良いのだ!!」

桂の気迫が、龍馬に西郷を説得させ、薩摩から話を持ちかけさせるようにしたのです。

対等な同盟を求める小五郎に西郷は・・・一言。。。

「ごもっともでごわす」

この薩長同盟が、江戸の終焉を迎えさせ、明治維新へと繋がります。

しかし、難しい交渉でした。
禁門の変で長州の武闘派の殆どが薩摩にやられています。
おまけに指揮をとっていたのは西郷でした。
長州には、殺された者たちの親族がたくさんいました。
だから、頭を下げることは出来ないのです。
下手に出るわけにはいきませんでした。
この薩長同盟、小五郎でなければ結ばれることはなかったでしょう。

幕末維新、松下村塾の塾生が活躍します。

そして、維新後、日本の未来を小五郎が切り開きます。

初めの仕事は、五箇条の御誓文の最終添削。
また、武士の特権を削っていきます。

版籍奉還・廃藩置県

殿さまがいなくなりました。

当時は大義は国ではなく、藩の大名に対して尽くすもの。
それを国民が、日本を考えるようにしました。
国民が国のことを考えないと、近代化は出来ません。
選挙も出来ないのです。
これは、仕えていた藩主を含め、全ての大名の地位が無くなるものです。
心理的にかなりの抵抗があったと思われますが、近代化のためには必要でした。

武士だった小五郎・・・。
どうして既得権益を否定することが出来たのでしょうか?

それは、武士とか、身分制ごとかでなく、新しい価値観で世界を見、人間を見ていたからでしょう。

小五郎の思いが掛け軸にあります。

「我が国の前途は容易なものではない
 三千万人の人民をどのようにしてゆけば良いのだろうか。」

1871年岩倉使節団の一員として各国を回ります。
帰国後文部卿に・・・。

身分に関係なく、学校に通えるようにつくします。
それは、師・吉田松陰の夢の続きだったのかもしれません。。。


何故下級武士でもないのに、そんなことが出来たのでしょうか?
長州はもともと平等な国でした。
おまけに小五郎は医者の息子、医者にとって病人は平等です。

奇兵隊は身分に関係なくの隊ですが、関ヶ原までは武士だったという人が多いのです。
関ヶ原で負けた長州の人々は、武士を捨て、農民になった人も多かったので、身分制度もはっきりしていなかったのでしょう。
現在までの総理大臣に山口県の人が多いのも、松下村塾があった影響が強いと言えます。

武士の世を終わらせた桂小五郎。
武士として死んでいったかつての仲間たちへの思いが・・・

京都にある霊山護国神社。ここには、幕末の志士たちが多く葬られています。
その一番高いところに小五郎の墓があります。

それは、自らが望んだものでした。

池田屋事件・禁門の変で亡くなった人と共に・・・。

吉田松陰の考えを実践した小五郎は、仲間たちと共に眠っています。


桂小五郎さん、幕末維新にかけてのインパクトがあんまりないのですよね。。。
それはやっぱり”逃げの小五郎”だからかしら・・・。失恋
本当に、筵にくるまれて逃げているっていうか、ホームレスしているところか・・・
あとは、幾松にかくまってもらっているぐらいしか覚えていないんですよね。。。


まだまだ勉強不足かしら?

日本で初めての身分を越えた結婚をしたのが桂小五郎・・・
本当に最初の新婚旅行は桂小五郎が幾松と城崎温泉に行ったとか・・・。黒ハート

逃げてないじゃん!!小五郎!

新選組に代表される”滅びの美学”良いですよね。。。
でも、きっとそれじゃあ、国家は築くことは出来ないのは確かでしょう。黒ハート

小五郎さんも、頑張って勉強します。黒ハート

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