日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:冬の陣

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大坂城は三十万の徳川軍に包囲された。
南の出城・真田丸に立てこもった信繁は、迫りくる敵兵を知略の限りを尽くして、撃退する。

「いたずらに攻めかかるのはもうやめじゃ!!
 真田丸がここにある限り、らちがあかん!!
 左衛門之佐・・・全く、親子二代で手こずらせてくれるわ・・・!!」by家康

そう・・・副題の「砲弾」からして、もう予測できちゃいますが・・・家康、本腰入れての戦いとなってきましたよ。
ということで・・・エゲレス製の大砲を待っている家康です。

まずは、30万の兵を、3つに分けて、かわるがわる一晩中、鬨の声をあげさせることに・・・!!


勝ったと思っている秀頼に、現状を説明する幸村・・・。

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「策とは、ただ戦に勝てばよいというものではございませぬ。
 いかに味方の命を損なわぬか、ここは守りに徹するのです。
 
 焦る敵は、必ず押し寄せて参ります。
 それをまた打ち払う。
 なすべきは、城を守りきること。
 徳川が大軍をもって攻めようとも、大坂城はびくともしなかった。
 そのことを天下に知らしめるのです・・・!!
 さすれば、敵の中に心変わりする者が必ず現れます。
 徳川を見限り、我らにつくものが・・・!!
 それを待つのでござる。
 攻めに転じるのはそれから・・・!!」by幸村

「私は父上が残されたこの城を守り、父上が築かれた安寧の世を守り、そしていずれ、父上を越えたい・・・!!
 この先も、力を貸してくれ、左衛門之佐。」by秀頼

「喜んでお手伝い仕る。」by幸村

二人の間に信頼関係が築かれているのがわかりますね。
偉大な父の記憶のない秀頼が父のように慕う幸村。。。
そんな感じがします。

その信頼関係から・・・

「殿様には、もっとご自身のお言葉の重みを知っていただきとうございます。」by幸村

最後に断を下すのは殿様であって、茶々ではないということを・・・!!

鬨の声をあげる徳川勢に、おろおろする豊臣上層部・・・!!
無理もありません、大蔵卿局や茶々は女性ですからね。

「大丈夫! 
 本当に攻めてくるときは、あんな呑気な声は出しません。
 私たちを怖がらせようとしているんですよ。
 いいですか?恐がったら負けですよ?」byきり

さすが、百戦錬磨なきりちゃんです。

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弱い犬ほどよく吠える!!
まだまだ余裕の大坂城ですが・・・??

気丈に振る舞う茶々を支えるのは妹の常高院(お初)。

「私には、あの人が死にたがっているように思えてならないのです。
 心のどこかでこの城が焼け落ちるのを待っているような・・・
 
 私たちの父も母も、城とともに命を絶ちました。
 姉も、自分が同じ運命であると半ば信じています。


 姉を救ってやってください。」by常高院

と、幸村に言うのでした。
本当なんだろうか??
母として、息子・秀頼の命が全てではないのかな?とも思うんですが、茶々の周りで落城→死とならなかったのは、にっくき?秀吉だけですからね。。。
命を全うするいいお手本がなかったのは事実でしょう。


真田屋敷では・・・平野長泰が愚痴をこのしていました。
七本槍の・・・七人のうち、生き残った者、誰一人豊臣に味方をしていないことを残念に思っているようで・・・
秀頼公のお役に立ちたい・・・!!
余りにも太閤殿下が可哀想だ・・・
平野&信之・・・大坂に・・・幸村の元へ兵糧を届けようとします。

おお!!出浦昌相!!

「大坂へ行ってはなりませぬ!!
 もしこれが、徳川に知れたら、真田は終わりだぞ!!
 徳川の目を盗んで城に兵糧を入れるなどできるわけがない・・・!!」by昌相

と、反対します。

「父上も源次郎も、さんざん無茶をしてきたではないか!!
 わしだって、一度ぐらい・・・!!」by信之

「そなたの父は、どんなに無茶に見えても、常に先を見据えていた。
 お前がやろうとしていることは、それとは違う。
 お前の父親が必死になって守ってきた真田の家を滅ぼすつもりか・・・!!
 大坂に行ってはならぬ・・・!!
 このわしが行かせん・・・!!」by昌相

ということで、昌相の罠にかかって行かせてもらえなかった信之・・・

そうですよね、不良な子がちょっといいことをすると褒められるのと似ているような気がします。
愚直にも真面目に生きてきた信之・・・やっぱりちょっとでもそぶりを見せただけで、バレてしまうと感じたんじゃないかと思うんです。
そう・・・信之はこれから先・・・80歳を超えて家康に仕えるわけですが、ず~っと頭を下げて下げて、下げまくる・・・華々しく散った弟の方が武士としての名を残し、楽だったんじゃないか??という一生を送るわけです。
だから、行かせるわけにはいきませんよね・・・??


その頃大坂城では・・・

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先の戦での大助の高砂・・・とっても良かったとみんなが褒めてますが・・・
母上・春は怒っていました。
どうしてそんな危ないことをさせるのか・・・!!と!!
ま、これが戦なんですけどね。
大助はちょっと自信がついてきたんじゃないかしら??この顔!!

が・・・徳川の鬨の声も続いていました。


豊臣、徳川両軍はやる気持ちを抑えきれない様子・・・どちらが先にしびれを切らすのか??
いかに兵を損なわずに戦うのか・・・??

家康の陣に、真田信尹が呼ばれました。。。
真田には真田??

「真田左衛門之佐を調略せよ・・・!!」by家康

「お断りいたす。
 源次郎信繁は、父親に似て度胸があり、知恵も働き、そのうえわれら兄弟に似ず、義に厚い男でございます。
 寝返ることはまずないと・・・!!」by信尹

「わしはあれをかっておる。
 寝返れば左衛門之佐に・・・10万石を与えよう・・・。」by家康


信吉の陣では・・・この調略に乗るかどうか??
「信吉、信政、真田家の行く末は、そなたたちにかかっておる。
 しかと頼むぞ・・・!!」by信尹

・・・佐助から・・・叔父上から幸村に密書が・・・!!
そして、久し振りの叔父上との対面です。

が・・・何も言わずに去ろうとする叔父上。

「大御所様からの書状だ。
 寝返った時の褒美が書いてある。
 読まんでいい。」by信尹

破り捨てる幸村・・・

そうそう・・・何回も、何回も、幸村にラブレターを送る家康なんですが、ず~っとシカトされちゃうんですよね、家康。
本当に、真田は徳川に反抗する、反抗する!!で、家康としてはやりにくさこの上なかったことでしょう。
それが・・・江戸時代に入って・・・
”ほうら、あの真田が、わしに仕えているのだ・・・!!”と、低姿勢な兄・信之が仕上がっていくこととなります。
で、それとは反対に、赤穂浪士の芝居が人気が出たように、幕府に物申したい人たちが、理想の真田幸村&十勇士を作っていくんですよね。


調略が失敗したことがわかると家康は・・・この人を使いますよ。

「大御所様は、和睦を望んでおられる
 一日も早く、城内を和睦でまとめよとの事」by正純

maru












「難しいご注文ですが・・・
 かしこまりました。」by有楽斎

と言ってますが、思い出してください。
この人、信長の弟君です。
世が世なら・・・の人なんですよね。
こんなに下手に出ていたのかは不明ですが・・・
ま、豊臣と徳川の架け橋になりたかったというのは本当なようです。


和睦に傾く大坂城・・・

「いすれは和議を結ぶ時が参りましょう。
 しかし、今ではない。
 戦に勝ったのは我ら。
 向こうが和睦を乞うならまだしも、こちらから持ち掛けては家康に足元を見られます。」by幸村

「戦に勝ったからこそ、有利に話を運べるのではないか?
 近々、敵はさらなる大軍勢で攻めて参りましょう。
 その時、それこそ家康の思うがまま・・・!!」by有楽斎

「和睦いたしましょう!!
 殿、和睦でございます!!」by大蔵卿局

判断難しいなあ・・・秀頼・・・!!
幸村に言われたように、もう少し待って、敵が名が得るのを待とうと頑張ります!!

maru11
















負けてもいないのに、どうして和睦なのだと、みんなもお怒りです・・・!!
佐助に有楽斎を調べるように言いつける幸村

そんな幸村のいない場所で・・・

「真田を信じてはなりません。」by有楽斎

「あの者たちは戦が大好きなのです。
 もう、戦いたくてたまらないのです。
 口車に乗ってはいけません。」by大蔵卿局

「我らは・・・すでに勝ったのです。
 兵の命を無駄にしてはなりません。
 今こそ和睦を・・・!!
 亡き太閤殿下もそうなされたはずです。」by有楽斎
 
おお・・・これが最後の一押し・・・??
そして若殿・・・秀頼は・・・押し切られてしまいました。

「左衛門之佐・・・なんとかならんか??」by治長

???お前のオカンだよ・・・!!と、言いたいわ・・・。


ひとり茶々の元へ向かう幸村。。。

「秀頼公をお説き伏せ頂きたい・・・!!」by幸村

「まことのことを言います。
 私は秀頼と一緒にいられればそれでよいのです。
 子の城だって、手放せというのなら手放しましょう。
 そこか遠くのちいさな国へ移って、そこで皆で暮らせれば、それ以上は望みませぬ。
 私と秀頼と、そして左衛門之佐がおれば・・・」by茶々

ということで、幸村の意を汲んでくれたかしらね??茶々、秀頼を説き伏せると引き受けました。

「和睦はなりませぬ!!
 左衛門之佐が戦を続けると申しておるのです。
 それに従っておけばよい!!

 私は右大臣・秀頼殿の母なるぞ・・・!!」by茶々

「母上・・・断を下すのは、あくまでも大坂城の主であるこの私です。
 そうであったな・・・左衛門之佐・・・」by秀頼

「・・・・」by幸村
 
「そなたを産んだのは誰じゃ??
 我こそがこの城のまことの主ぞ・・・!!
 断は私が下します。
 
 和睦は決してなりませぬ・・・!!」by茶々

ああ・・・ショックなのは秀頼・・・初めて自らきちっと決断したのに・・・
それをこんな形でかえさせられるなんて・・・!!

「左衛門之佐・・・
 母を説き伏せたのはそなただそうだな。
 己の言葉の重みを知れと申したのはそなたではないか。
 一体、何がまことなのじゃ・・・!!」by秀頼

「断を下すべきはもちろん殿でございます。
 しかし、その断に誤りがあれば、私はいかなる手を使っても食い止めまする。
 私は戦に勝つためにここに参ったのでござる・・・御免!!」by幸村

何が何だか分からなくなってきた秀頼です。
が・・・戦の真ん中にいる人って、みんなそうなんだろうなあ・・・って思います。

じっと待ってるのは勘弁・・・と、夜討ちをしようと画策するメンバーに参加する幸村。

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むしゃくしゃするんだよ~~~!!と、戦いに来た男たちが戦う戦う・・・!!
ちょっとガス抜きできたかしらね・・・??

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しかし・・・徳川軍にイギリスの大砲が到着しました。

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大坂城へ大砲を打ち込むという・・・

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且元にどこが茶々の部屋か確認する抜け目ない家康。

「そればかりは・・・」by且元

「案ずるな、何も狙い撃ちしようというのではない。
 その逆だ・・・
 居場所がわかれば、そこを外すことができよう。」by家康


「天守の南を狙え・・・!!」by家康

正純に、茶々の部屋を狙えと命じる家康です。
ほんと、食えないタヌキオヤジですね。
内野さんも面白いんじゃないかな??だんだんとタヌキオヤジに拍車がかかってきましたよ・・・!!
と、家康のタヌキオヤジ化が激しいですが、実はこの大坂城に大砲を打ち込んだの・・・指揮したのが片桐且元って説もあるんですよ??
それじゃあ、みんな食えないタヌキオヤジじゃないの・・・??


慶長19年12月16日。
この日、徳川の陣から最新鋭のカルガリン砲が、大坂城に向けて発射された。
その一発の砲弾が、多くの人々の運命を狂わせる。

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侍女に砲弾が・・・!!
「なりませぬ!!」
パニックに陥る茶々を引き留めるきりがそこにはいました。

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きり、とってもいい味出してますね。
この真田丸に欠かせないキャラとなりました。
って、この真田丸、みんなキャラだってるから、誰一人かけちゃいやよね??

ということで、大坂城に砲弾が飛んでくる事態が・・・まさに、緊急事態勃発です。

「男なら、危険をかえりみず、死ぬと分かっていても行動しなくてはならない時がある。
 負けると分かっていても戦わなくてはならない時がある。」

この言葉は、キャプテン・ハーロックの言葉
ハーロック・・・海賊旗のもとに集まった仲間たちと、自分の信念を負けずに戦う男です。

そんなこんなを思い出した真田丸でした。



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 戦国時代最大にして最後の激戦・・・大坂の陣から400年になります。
当時の戦いの激戦地は、現在地中に埋まっています。
豊臣・大坂城の石垣は地中にあり、掘り起こされているのです。

1614年に始まった大坂の陣。。。
徳川家康率いる東軍と、大坂城に籠もる豊臣秀頼軍。。。
激突です。
この戦いで豊臣方にあって最大の活躍をしたのは戦国最後のヒーロー・真田幸村です。
最初の戦い・・・冬の陣の後、堀は徳川方に埋められてしまいました。
幸村は、絶対的に不利な中、決戦を迎えます。
3倍の相手に奮戦する幸村。
獅子奮迅の活躍を見せるものの・・・

しかし、その心は揺れ動いていました。
この幸村の抱えていた葛藤とは???

大坂の陣は・・・1614年大坂冬の陣・1615年大坂夏の陣となります。
判官びいき・・・
真田幸村・・・源義経・・・日本人の好きな人たちです。

和歌山県高野山・・・関ヶ原の戦いで西軍に組し敗北した幸村は、大坂の陣までに蓮華定寺など14年間幽閉されていました。
「ここで朽ち果てるのかも知れない・・・」そう思って過ごしていたかもしれません。
老いゆくわが身を悲しむ手紙も残されています。

しかし・・・秀頼と家康の間に対立が生まれ・・・
方広寺の”国家安康”に呪詛が込められていると、徳川方が糾弾し・・・大坂城の明け渡しを要求しましたが・・・
これを秀頼が拒否・・・!!
開戦へ・・・!!と一気に傾きます。
この背景には・・・徳川方と豊臣方の関係が・・・
領地配分で、徳川方の領地は全国の1/3にすぎず・・・多くは家康の勝利に関わったものの、豊臣系大名の領地だったのです。
幕府を開いたものの・・・秀頼の力を無視できない家康。。。
この時、秀頼22歳、家康73歳でした。

豊臣方は、諸国の大名を勧誘し始めました。
幸村にもその知らせが届いたのです。大金と共に・・・!!
関ケ原の時の戦績を高く評価してもらっていました。
この時、幸村48歳・・・。
幽閉生活から脱出するための最大のチャンスでした。

大坂城は、三方を要害に囲まれ、さらに巨大な総掘りを構えた堅固な・・・難攻不落の城でした。
対する家康は、駿府を出て進軍を・・・上京します。

幸村は・・・大坂城を最後の砦として、場外出撃策を訴えます。
が・・・家老・大野治達に握りつぶされ・・・治長は籠城策を取りました。
戦いの経験がないのに軍議を取り仕切る治長・・・
それを目の当たりにした幸村・・・
それでも、籠城戦に備えて真田丸を作りはじめました。

大坂城を徳川20万が包囲し。。。
対する豊臣方は10万。。。大坂冬の陣の始まりでした。
12月4日、真田丸に徳川の軍勢が襲いかかりました。
幸村は、敵を空堀におびき寄せてから反撃する作戦を展開・・・徳川方に大打撃を与えます。
あまりの被害に、それ以後の城攻めを禁じ、代わりに外交によって大坂城の落とす為・・・和議に持ち込みました。
”大坂城の牢人の罪は問わない
 秀頼の領土は安堵する
 堀を(徳川方と)豊臣方で埋める”

この和議は、家康の謀略ではないか?と思った幸村は、籠城の継続を進言します。
12月19日、大野らは、和議を成立させました。
堀を埋め、年老いた家康がなくなる時期を待つ方が上策だと考えたのです。
しかし、徳川方は、わずか1か月で全ての堀を埋めてしまいました。

さらに翌年・・・和議の条件を無視して、秀頼の国替えか、牢人たちの追放を要求してきたのです。

この時・・・幸村の心中もゆれていました。
長野県に、幸村の現存する最後の手紙があります。
そこには・・・
城内では気を遣うことばかり・・・と書いてあります。
主戦派と慎重派で・・・意見が紛糾している中・・・
家康は遂に、諸大名に陣触れを発するのでした。

再びの戦いは確実!!
しかし、大坂城は裸城同然。。。
徳川方の大軍に対処するのは、一枚岩ではない豊臣方・・・
圧倒的に不利な中、幸村は選択を迫られるのでした。

①大坂城を退去
この時、幸村の兄・信之は、大名となり家康の厚い信頼を得ていました。
おまけに幸村にも、寝返るようにオファーが来ていたのです。
しかし、牢人のわが身を引き揚げてくれ、兵を預け、大戦をさせてくれた秀頼。。。
その恩に背くわけにはいかない。。。

②恭順策を進言???
一大名に転落してまで秀頼公を守る???

③家康と決戦・・・
もはや籠城戦は出来ないので、野戦となるのは必然。
そうなれば、兵の少ない豊臣方は苦戦するだろう。。。
しかし、気さくを以て家康の首さえ取れば!!!

当時の宣教師の世情を映す手紙には・・・
「家康が死ぬと、後を継ぐ秀忠は滅びるだろう。
 秀忠は、大名たちに嫌われているため、政権を得られないだろう」

家康さえ討ち取れば・・・徳川は瓦解する???
しかし、寄せ集めの牢人たちで作戦に祖語が生じないだろうか???

戦の機運が高まる中・・・選択を迫られます。
1615年4月4日・・・家康が駿府城を出発します。
徳川方の大軍が動き始めました。
同じ日に・・・決定的な出来事を・・・
秀頼は軍議でこう宣言しました。
「敵が来たなら合戦し、討ち死にせんと思うなり」
この決意が幸村の心を動かしました。

秀頼が、苦しい自分に誇りある生き方を与えてくれた・・・
その秀頼の為に自分は戦う・・・!!

秀頼が戦いに出れば戦意も上がり、勝てる見込みが増えてくるのですが。。。
そして、幸村は、決戦を選んだのでした。
徳川方15万に対し豊臣方5万。。。
夏の陣が始まりました。
5月7日・・・幸村は作戦を提示します。
それは、真田隊がひきつけている間に、奇襲作戦で徳川本陣を襲うというものでした。
この秘策と・・・秀頼の出陣を強く要請しますが・・・
しかし・・・迂回作戦を始める前に偶発的に戦いが始まってしまいました。
徳川方でも大混乱が・・・裏切りがあったと噂が飛び交っていたのです。
幸村は、この機械に乗じて、最後の突撃を敢行します。
家康の旗本たちはちりじりに・・・
家康は、自害を覚悟したと言われています。
ここで秀頼が出てくれば勝てる・・・!!

しかし、秀頼は、側近たちに諌められ、遂に戦場に出てくることはありませんでした。
幸村の秘策はここに潰えたのです。
消耗していく真田軍・・・敗北は決定的でした。

”秀頼公が出てこなかったことが、豊臣家滅亡につながった”と、徳川方の書物にも書かれています。

幸村が最期を迎えたといわれるのが”安居神社”。

一説には、「手柄にせよ」と敵に首を差し出したといわれていますが。。。

槍で組み合い、討ち取られたといわれています。
堂々と戦って亡くなっているのです。

最期まで戦うことを止めなかった男がそこにはいました。

「真田 日本一の兵」
 
戦国史最大の戦いは・・・幸村は、徳川方にも大きな印象を与えたのでした。
幕府は元号を”元和”と改め、太平の世が始まることを宣言します。
戦いが凄惨を極めたのは、幸村のような牢人や大名への統制が甘かったと考えて・・・
武家諸法度を作り、大名や豊臣残党への統制を強化しています。
大坂の陣の苦い経験が幕藩体制を強化していったのです。

江戸時代中期・・・
幸村の評価が変わっていきます。
「主君に忠義を尽くす」ということが最も武士に求められた時代、それまで永久戦犯だった幸村が、豊臣家に最後まで忠義を尽くした武士の鑑となっていったのです。

戦国ヒーローとして。。。


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