日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:加藤清正

義に生きたもう一人の武将 石田三成

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大河ドラマ「真田丸」で、戦国一の頭脳派でした。
関ケ原の戦いで徳川家康に敗北した三成には、悪役のイメージが・・・!!
しかし、近年、人物像が見直されつつあります。
太閤検地、刀狩りは三成の発案だと言われています。

太閤秀吉曰く・・・
「天下にその名をとどろかす 知恵者である」と。

三成が旗印にした”大一大万大吉”は、戦乱の世を終わらせ、誰もが幸せに暮らせる社会を・・・という三成の思いが込められていました。
そんな三成の前に立ちはだかったのが、秀吉と家康です。

天下を統一した秀吉は、三成の思いとは裏腹に、さらなる戦いへ・・・!!
朝鮮出兵!!三成は、従うしかありませんでした。

徳川家康・・・秀吉の死後、天下取りの野望を露にします。
その家康を食い止めようとして敗れた三成・・・!!
理想と現実のはざまで敗れ去った人生とは・・・??

1600年10月21日天下分け目の関ケ原の戦い。
それから16日・・・処刑場に一人の男がいました。
「水をくれ。。。」by三成
「ここに柿がある。これを食え。」by役人
「柿は食わない・・・ 腹を壊すと困る。」by三成
「首を斬られる寸前というのに、あきれたやつめ・・・」by役人

この男が石田三成。
秀吉の右腕として天下にその名を知られた三成・・・。
しかし、秀吉と会った時は、寺の小僧にすぎませんでした。
そんな彼が、秀吉から厚い信頼を得るようになったのでしょうか??


戦国時代真っただ中の1560年。
三成は、近江国で武士の子として生まれました。
長男が家を継ぐ時代・・・次男だった三成は、幼くして寺に預けられました。
三成は、ここで、算術を身に着けます。
当時、近江は、京都と江戸とを結び、京都と北陸を結ぶ交通の要衝で、商業が盛ん。。。寺でも、算術を教えたのです。

1573年14歳の時に、領主・浅井長政が信長に滅ぼされます。
新たな領主となったのが信長の家臣・秀吉でした。
その秀吉と三成の出会いのエピソードは”三杯の茶”。
鷹狩りをしていた秀吉が、たまたま三成のいる寺を訪れました。

お茶を持ってくるようにいう秀吉。
のどか乾いているに違いない・・・と思った三成は、
一杯目・・・大きな茶碗でぬるい茶を。
二杯目・・・中くらいの茶碗で少し熱い茶を。
三杯目・・・小さな茶碗でアツアツの茶。
秀吉の気持ちを考えた三成の心遣いでした。
小姓として召し抱えられることとなった三成。

三成23歳の時・・・本能寺の変!!
信長が討たれ、秀吉が後継者となりました。
ある時秀吉が石高を「500石増やしてやろう。」というと、三成は・・・
「淀川の岸辺に生えている葦をいただきとうございます。
 葦は、付近の住民が刈り取っておりますが、力の強いものが独占して自分のものにしております。
 これを公平に刈り取らせるためには、年貢をかけるのfがよろしいかと存じます。」
当時葦は、すだれやかやぶきなど、生活に欠かせないものでした。
しかし、力の強いものが独り占めしていたのです。
住民が税を払うことで、そこそこ刈り取ることができる=500石を上回る税収が入ってくるということです。

1583年賤ヶ岳の戦い・・・
柴田勝家との戦いで、両軍が睨み合います。
この時秀吉は、柴田軍に追い詰められます。
助けに行かなければ・・・!!
しかし、道のりは50キロ以上!!そのうえ、日が暮れようとしていました。
そこで、軍が向かう村々に先回りし、村人に兵たちの食料を用意させ、夜道を松明を焚かせたのです。
さらに、到着地点に武器を用意します。
兵士たちは、武器をもって移動することなく、サッと行動できました。
三成の活躍によって、秀吉軍は丸二日の道程を5時間で走破したのです。
柴田軍を打ち破ることができました。
美濃の大返しです。
合戦の表舞台で華々しく戦うよりも、こういう仕事に向いているのではないか??と、感じていたようです。
戦いののち、三成は4万石を賜わり、大名となります。

秀吉は晩年、三成を評価し、北近江19万石から筑前筑後33万石へ引き上げ、重要地点の九州へ国替えを・・・破格の待遇・・・大出世を・・・としましたが三成は断ります。

大一大万大吉・・・三成の旗印ですが・・・
「一人が万民のため  万人が一人のために尽くせば この世は大吉になる。」
という意味です。
今のように、ただ戦っているだけでは、農民たちが安心して農業に精を出せない・・・
早く戦のない世の中にしたい・・・そのためには、秀吉さまに早く天下を取ってほしい。。。
そのために、自分は身を粉にして働きたい。と思っていたようです。

理想の実現に向けて一歩踏み出した町・・・堺。。。
1586年27歳で、堺の町奉行に任命されます。
当時この町は、一部の商人たちが牛耳っていました。
町を堀で囲み、傭兵を雇って自営していたのです。
町奉行となった三成は、一部の商人たちの既得権益を奪い、堀を埋め・・・自由な市場を作り上げました。
そして、堺を九州征伐の兵站の拠点としたのです。

1590年秀吉が天下を統一!!
三成は、31歳で北近江の領主に・・・佐和山城の城主となります。
三成が領民に宛てた置手紙が残っています。

・米が多く取れて余った場合は農民のものとする
・不満があれば、三成に直接申し出よ

農民に配慮する一方で・・・

・百姓が村を離れて町人や奉公人になることを禁じる

農民を増やし、生産を挙げようとしたのです。

太閤検地や刀狩りも、三成の考えだったと言います。
農民から武器を取り上げた刀狩り・・・一揆を防止させるとともに、武士や農民と・・・身分を固定させました。
太閤検地では単位を統一し、正確なコメの収穫量を調査します。
米の収穫量を正確に把握することで、税収の安定を図り、大名の不正を防止しようとしたのです。
当時大名は、石高に応じて兵を出していました。
これを嫌って、過少申告するものが後をたたかなったからです。
三成は、自ら全国各地を回り、太閤検地の現場に立ち会ったと言います。

こうした功績が認められ、1598年39歳の時に九州への栄転話がもちあがっていたのです。

「名誉なことですが、お断りさせていただきとうございます。
 私が九州の大名になってしまったら・・・」

家臣宛ての手紙には・・・
九州の大名になってしまったら、これまでのように秀吉さまの下で政務を司る人間が無くなるので断りました。
石田家の人々や、家臣たちの領地が増えないことになるので、後悔もありますが・・、
と書かれています。
 
三成は、どうして仲間の武将から嫌われていたのでしょうか??
天下統一によって、平和な日が・・・三成は、秀吉の右腕として、理想の世界の実現に邁進しますが・・・周囲の目は違いました。
杓子定規で融通が利かない三成に不満を抱く人が多かったのです。

そんな中・・・1591年秀吉が朝鮮出兵を計画!!
日本国内に分け与える領地が無くなってしまったので、海外に領地を求めたのです。
三成は反対でしたが、秀吉に反対することはできませんでした。

武功派の大名達が朝鮮へ出兵!!
戦地からは続々と吉報が・・・!!
しかし・・・敵は一向に降伏しません。
いらだつ秀吉は、三成に現地視察を命じます。
三成が目にしたのは・・・報告とは全く逆の現実でした。
この戦いには勝てない・・・撤退するしかない・・・と考えた三成は、ありのままを秀吉に伝えます。
報告を受けた秀吉は激怒!!
加藤清正らを呼び戻し、謹慎処分としました。
こうして、清正ら武功派の面々は、三成に深い恨みを抱くようになっていきます。

「立てた手柄を全く無視し、苦戦を誇大に報告し、いかにも自分(清正)が怠け者であり、作戦下手であったと報告した。」

中間管理職のジレンマ・・・いじめ・・・

1598年秀吉がこの世を去りました。
三成は、朝鮮で戦っていた大名たちをいち早く帰国させます。
深手を負わず、迅速に帰ってこれたのは、三成の迅速な指示によるものです。
三成は、帰国した加藤清正に・・・
「茶会を開いて戦の疲れをねぎらいたいのだが・・・」
しかし清正は・・・
「俺は7年も朝鮮にいて、食い物も飲み物もお返しするものが何もない。
 せめで稗の粥なら炊いてやるわ。」

茶会には誰も来ませんでした。
武功派には恨みのみが残っていたのです。

秀吉が亡くなった時、秀頼はまだ6歳でした。
三成は、秀頼を守りながら、戦のない世界を目指しますが・・・そこに立ちはだかったのが、天下取りを狙っていた徳川家康でした。
家康は、秀吉が禁止していた政略結婚を次々と進めます。
おまけに、豊臣家の領地を独断で分配。
これに対し三成は、他の有力大名たちと手を組んで、家康を抑え込もうとします。
そんな時事件が・・・
加藤清正ら武功派が三成を襲撃!!
三成を亡き者にしようとしたのです。
この時、仲裁に入ったのが家康でした。
清正らを鎮めた家康は三成に・・・
「今回の騒動は三成殿にも非がある。
 自国に戻って、一、二ねん謹慎されよ。」by家康
襲われた三成の方を処罰してしまいました。
天下は家康のものになろうとしている・・・??

三成は1年をかけ、綿密な作戦を立てます。
まずは全国の大名たちに書状を送ります。
「家康は豊臣政権の決まり事を少しも守ろうとしません。
 太閤様のお決めに背き、何を信頼すればよいのでしょうか?」
家康を見過ごすことは、太閤・秀吉・・・大義に反すると訴えます。
毛利輝元を大将に、その威光の元大軍を組織していきます。

三成の動きを知った家康も、全国の武将に書状を・・・!!
三成が大義を訴えたのに対し、家康は領地を約束します。

そして遂に・・・
家康は大坂城を目指します。
自分たちが反乱軍にならないように、秀頼を支配下に置こうとしたのです。
一方の三成もそれを食い止めようとします。
上杉景勝を味方に付けた三成・・・家康は、背後を上杉に攻められないように2万の軍を関東に置かざるを得なくなります。
家康は、東海道・中山道と二手に分かれて西へ・・・
しかし、中山道の3万8000の軍は、上田城の真田昌幸に行く手を阻まれます。
結局家康は、東海道の7万4000の兵で、関ケ原に臨むこととなります。

三成は真田昌幸に送った手紙には・・・
「家康がたとえ十人登ってきても安心願いたい。
 討ち果たすほかない・・・!!」と、書かれていました。

石田三成の勝敗に関しては・・・徳川軍を追い払ったら勝ち、近畿地方に入れたら負けというものでした。
石田三成の元々の布陣から行けば、家康は①大垣城②南宮山③松尾山の三カ所を突破しないとダメだったのですが・・・

前日、味方の軍を押しのけて、小早川秀秋が勝手に松尾山に布陣。
小早川は味方のはずでしたが、裏切りは予想済み!!
大谷吉継らを近くに布陣させます。
自らも、大垣城を出て、関ケ原に布陣!!
西軍は、西と南宮山(毛利)で、東軍を挟み撃ちにする体制が完成!!
家康は完全に囲まれてしまいました。

1600年10月21日、三成率いる西軍8万4000VS家康府¥率いる東軍7万4000が関ケ原に集結!!
午前8時・・・関ケ原の戦いが始まりました。
一進一退の攻防・・・西軍が東軍を追いつめている・・・??
ここで南宮山に布陣していた毛利が一気に攻め込んで東軍の背後を・・・勝利確実!!
しかし、毛利勢は動かない・・・!!

家康は、毛利勢の先鋒を務める者たちと内通していました。
戦いに参加しないという約束をしていたので・・・本体が足止めを食らってしまいました。
三成のシナリオが狂い始めた瞬間でした。
そこへ、松尾山に陣取っていた小早川秀秋が、攻め込んできました。
さらに・・・小早川に呼応するかのように、味方が寝返って攻撃を仕掛けてきたのです。
西軍は総崩れとなりました。
合戦開始からわずか6時間・・・雌雄は決し、三成軍壊滅・・・。
三成は戦場から姿を消したのでした。
山中をさまよった三成・・・ようやく自分の領地に帰ると、洞窟で再起を図ります。
世話をしたのは地元の農民たち・・・掟書の恩返しをしてくれたのです。
しかし、三成を匿えば、一族郎党皆殺しというお触れが・・・
それでも世話をし続ける農民に対し、
「徳川に差し出せ・・・。」
三成は、かたくなに拒む農民を説得し、居場所を伝えさせたのです。

そして・・・処刑場へ向かうとき・・・

「水をくれ」by三成
「ここに柿がある。これを食え。」by役人
「柿は食わない・・・腹を壊すと困る。」by三成
死ぬ間際に、腹の心配をすることを周囲はあざ笑います。

「大志を持つ者は、最後まで体をいたわる」by三成

関ケ原の戦いから16日・・・1600年11月6日、三成は、京都の六条河原で首を刎ねられました。
40年の生涯でした。

誰もが幸せに暮らせる社会を目指しつつ、志半ばで命を落とした石田三成。。。

「人の心は はかりがたし・・・」by三成


三成の死後の佐和山城・・・関ケ原の戦いの後、徳川方の武将たちは財宝目当てに城に踏み込みました。しかし、そこには何もなかった・・・。
財を成すことに興味のなかった三成。。。

地元の寺に佐和山城で使われていた板戸が残っています。
客人を喜ばせるために表は綺麗に華やかな絵が・・・
しかし、裏側は、墨で書かれた簡素な絵が・・・。
秀吉の右腕でありながら、私利私欲に走ることのなかった三成。。。
その生涯は、ひたすらに人々の幸せを願ったものでした。
 


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三成の挙兵を知った昌幸。
以降、信幸は徳川に、昌幸と信繁は豊臣に付くことになる。

真田の、生き残りを賭けた大勝負が始まった。

1600年7月・・・関ケ原もいよいよですが・・・

「これより上田へ引き返す!!」by昌幸

下野・犬伏にある昌幸の陣にて・・・。
いよいよです!!

信幸の陣では・・・家康が間もなく小山に入るという知らせが・・・。

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もごもごしゃべっているのは、河原綱家。
「歯が欠けただけにございます。」by綱家
って・・・とっくり投げて欠けさせたのはあなたですよ??信幸・・・??
そんなことも気にかけられないほどの緊張かしら・・・??

知らせは岩櫃城にも・・・!!

maru2












緊迫した雰囲気の中で、相変わらずのラブラブな二人です。
「軍議を開く!!諸将をすぐに呼び寄せろ・・・!!」by家康。

今回兵を挙げたのは、毛利、宇喜多の老衆です。
ま、後ろで糸を引いているのは三成ですが、やっぱりそこは、事務次官なわけで、担ぐ神輿は大名なんですよね。

で・・・諸将を集めて軍議を開くんですが・・・みんな一緒に行動しているわけではないので、”諸将を集める”こと自体が緊急事態です。
とにかく、命を懸けた何かが起ころうとしているのは、集まってくる武将たちもわかっているはず・・・!!

7月24日・・・一人で家康のもとを訪れる信幸。
父・昌幸が離反したことを伝えに来ました。

「すでに陣を払い、上田に戻りましてございます。
 以後、徳川様の命には従わぬということでございます。」by信幸

「何故お主は残った・・・??」by正純

「それがしの妻の父親は、本多平八郎殿。
 義理の父親は徳川内府様。
 それが答えにございます。」by信幸

「殊勝なことを申しておりますが、真田安房守が離反するのを見逃したことに相違ございませぬ。
 由々しき事ですぞ・・・!!」by正純

代わりに腹を切るという信幸をかばってくれる平八郎・・・
でも、正純はおかんむりですが・・・
結局は態度で示せと許してくれる家康です。

「伊豆守・・・お主の親父に去られたのは痛いが、それ以上にお主が残ってくれたことをわしは嬉しく思うぞ。
 まれにみる忠義者じゃ・・・!!」by家康
maru5













ま、この時点で信幸を許さない=信幸以下家臣たちは、上田で合流することになるでしょう。
つまり、味方が減るだけではなく、敵が増えてしまうことも必定!!
なので、家康としてははらわた煮えくり返ってるかもしれないけれど、許してしまう状況にあったと言えるでしょう。

「今後も・・・徳川家のために、身命を賭して働きとうございます。」by信幸

会議が始まりましたよ~~!!
「大坂にとって返し、秀頼公をお救い参らせ奸賊どもを打ち果たす!!」by家康

maru3













あ~、討ち果たすことはもう決まっているんですね。。。
この言葉を見てもわかるように、家康にとっても秀頼公のおひざ元で兵を挙げた三成を処罰するという考えです。
ま、本心はやっつける気満々ですが・・・
なので、ここにいる豊臣子飼いの加藤清正や福島正則なんかも、家康の策略に引っかかってしまったのかもしれませんが、全部秀頼公のためにしている事なんですよね。

どちらの命令が本当なんだろう??って、悩んでいる諸将・・・福島正則の(↑)の一言で、みんな徳川につくことになったんだけれども、この言葉、山内一豊だったというのは有名な話。
ま、今まで出て来ていませんからね・・・。
逸話だったかもしれませんけどね。

で・・・離反したのは、昌幸・信繁親子だけらしいよ・・・。

「断じて許さぬ・・・!!」by家康

上田に向かっていた昌幸と信繁は、稲たちと合流!!

「お前たち、何をやっとるんじゃ。。。」by昌幸

「大坂から急ぎ立ち戻ったところでございます。
 上方は、石田治部様が挙兵されて、世の終わりが来たような大騒ぎ・・・

 母上様や春様は、大谷刑部様のもとに匿われておりますが、私は徳川の家臣の娘・・・
 これ以上、大坂にとどまっては危ない故、逃げて参りました。」by稲

おこうと息子達も連れて・・・

「して。。。我が夫は何処に・・・??」by稲

「源三郎はおらん。」by昌幸

「・・・父上は、徳川に背き毛利様に付つことに致しました。
 しかしながら兄上は・・・。」by信繁

「徳川に残ったのですね。」by稲

「話し合った末の事です。」by信繁

「あの方らしい筋の通し方。」by稲

「敵と味方という訳ですか・・・」byこう

おお・・・さすが稲です。

「詳しい話はあとでゆっくり・・・」by昌幸

「お城にお越しなら、夫に変わり私がきちんとお迎えせねばなりませぬ。
 支度を整えて、お出迎え致します故、しばしのご猶予をいただきとう存じます。」by稲

何か策を練っているのでしょうか・・・??稲、楽しそうです。

先に城に戻るという稲&こう&子供達

ところが・・・


maru7













「これより、一歩たりともお通しするわけにはまいりませぬ!!

 我が殿、真田伊豆守は、徳川方。
 ならば、徳川に刃向かうこの歯、すべて敵でございます!!
 お引き取りを・・・!!」by稲

「お引き取りを・・・!」byこう

おお!!かっこいい!!稲姫!!
おこうも可愛いわ・・・!!
沼田には入れないわっ!!と、頑張っとります。


「射かけよ~~~!!」by稲

「さすがは徳川一の名将、本多平八郎の娘じゃ!!
 源三郎はよい嫁をもろうたのう・・・!!」by昌幸

maru8












と、稲一番の見せ場です。

きりっとしていてカッコいい!!

ここで一つ・・・来年の「女城主 直虎」には不安しかない私です。
当時の女性はかなり資料が少なく、なんて呼ばれていたのかもよくわかんないぐらい・・・。
「花燃ゆ」も、有ったか無いか、わかんない情報を1年間詰め込んだ作品だったと思います。
私が男尊女卑感が強いのかもしれませんが、なかなか女性が活躍できなかった時代が長い間続いてきました。
江戸時代や平成の女性が強いのは、戦いのない時代だからだと思います。
反対に言うと、戦国時代や幕末、明治から昭和20年までは戦いの時代・・・は、女性が活躍できない時代だと思うのです。
なので、補佐する女・・・つまり、坂本龍馬のお龍、木戸孝允の松子・・・男を陰で支える気の強い粋な女がかっこいいと思うんですが、まさに、稲はそんなタイプかもしれません。
男女平等間のないこの時代にしっくりくる活躍というか・・・
四の五の言わず、カッコいい!!なのです。

こんな普通にかっこいい女性を書いてくれると嬉しいんですけどね・・・。

上田城では、 徳川をどう迎え撃つのか考え中・・・!!
兄・信幸が徳川についたことで、兵には動揺が・・・!!

一方、徳川では、兄・信幸が先鋒を任されていました。
ま、徳川にとって、これから信じうる人物となるのか・・・??
家康としては、試す絶好のチャンスだったでしょう。
まさに踏み絵状態ですね。
どちらも生き残るための作戦であったはずなのに、いきなりピンチ!!

「わしはお前を信じるが、僧でない者もおるのだ。
 そのための先鋒である。
 有無を言わせぬ戦いぶりを見せてみよ!!」by家康

ま、これで家康以外の・・・信幸に不満タラタラな家臣たちも、一目置くかもしれない・・・
家康のやさしさってパターンはあるかしら・・・??

沼田に入った信幸・・・


その頃上田では・・・三成から「小諸、深志、川中島、諏訪、切り取り次第」で領地にしていいという。
昌幸は・・・値をつり上げる・・・「甲斐・信濃、二か国」も要望して・・・
許可を得ることに成功!!

「よっしゃ~~~!!」by昌幸

ところで、この切り取り次第って、曲者ですよね??
明智光秀の出雲・岩見の時もそうでした。
自分でなんとか取ったらあげるよ的な考えなので、絶対くれるわけではありません。
そして、言ったもん勝ち・・・はったりで、簡単に甲斐・信濃もつけて・・・となったんでしょうが。。。
やっぱり昌幸にとっては、自分が大殿(武田信玄)と活躍した甲斐は絶対外せないみたいですね。
かなり固執してますから・・・。

この戦・・・真田が要やもしれぬ・・・と、吉継・・・徳川の最前線にいますからねっ!!

宇都宮で上杉をけん制していた秀忠は、東山道を3万の兵と共に信濃に・・・もちろん、真田を討つために・・・!!

上杉では・・・出陣しようとする景勝に・・・

「伊達や最上の動きも気になりまする。
 我らが動くのは、石田勢と徳川勢がぶつかってから。
 天下分け目の戦でござる。
 ひと月、蓋つきで勝負がつくとは思えませぬ。」by兼次

そうなんですよね・・・誰もがそう、思っていたことでしょう。
長い、長い、戦国時代・・・前回日の本を二分にした戦いはのらりくらりの応仁の乱でした。

長~い時間をかけて攻略するって誰もが思っていたことでしょう。


9月1日江戸を発った家康軍3万が、西へ向かいました。
2日後・・・秀忠が小諸城に入りました。
いよいよ上田で戦いが・・・


昌幸から信幸に書状が・・・。
どうも降伏するらしい・・・。

maru10












やってきたのは信繁!!
降伏条件は・・・??
①城は明け渡す
②兵は皆、城から帰す。
③真田安房守の命はとらない
④城はいずれ返していただく
⑤本領安堵
⑥真田安房守を今後徳川の家臣として丁重に扱う

これを認めていただけるのなら・・・という信繁。

「申し訳ございません!!」と、平謝りの信幸。

時を稼いでるとしか思えない・・・という信幸。

「これは・・・怒ってもいいのか・・・??」by秀忠

そうそう、百戦錬磨の昌幸VS凡庸ボンボン秀忠・・・
格が違うんですけど・・・ですが、ま、怒ってもいい部分は⑥かな??

小田原攻めの時もこんな感じでしたよね。
秀吉が約束守らなくって命とっちゃいましたけど・・・。

「上田を攻める~~~!!」by秀忠
怒っちゃいましたよ・・・。
交渉決裂!!

「これでよい・・・!!」by昌幸

9月9日・・・秀忠は小諸を出て染屋原に陣を敷きました。

「源三郎とは戦いたくないのう・・・」by昌幸

つぶやく昌幸に、私に策があるという信繁!!

一芝居打って信幸に砥石城を攻めさせるという。
戦っていると見せかけて、”内通者”に門を開けさせ、なだれ込んできた信幸軍が勝利するというものでした。
そして砥石城明け渡すというのです。
こうなると、信幸のメンツも立つわけですが・・・

「門を開ける役をお前に頼みたい。」by信繁

”内通者”の役は、三十郎・・・。

「そしてわれらが去っても城に残れ。」by信繁

「どういう事でしょうか」by三十郎

「内通者が一緒に逃げてはおかしい。」by信繁

「しかし・・・!!」by三十郎

「これ以降は兄上に従うのだ・・・!!」by信繁

maru15















「嫌でございます。
 三十郎は・・・三十郎は、源次郎様の下にいとうございます。」by三十郎

「お前が一番信じられる男故、頼んでいるのだ!! 
 父と兄が本気で戦うことを避けるにはこれしかない!!
 いずれ、真田がまた一つになるまでの辛抱だ!!」

泪で熱くなる三十郎・・・!!

うまいなあ・・・!!
この矢沢三十郎頼幸、信繁と同世代のように見えますが、実は昌幸の従兄弟にあたります。
3歳年上って説も、15歳以上上って説も。。。
でもって、武勇優れた男なんですが、信繁→信幸→信幸の子供達・・・と、仕える人間が変わっています。
どこで、どんなふうに変わるのか??楽しみだったんですが、ここで変わるんですねっ!!
グッとくるとってもいい演出です。

このことは、兄・信幸にも伝えられました。

前回の上田攻めでコテンパンにやられてしまっていた徳川軍・・・
ジリジリと攻める作戦のようで・・・誰か砥石城を・・・!!
とそこで信幸が自ら名乗り出ます。

「その役、どうかこの伊豆守にお任せくださいませ。
 砥石城は勝手知ったる城・・・攻めるにはそれがしを置いて他にはございません。」by信幸

親子で戦わせるのは・・・と、訝し気に言った正信でしたが、
「それもそうだなあ・・・」という秀忠・・・
信幸に本多様は、私を疑っておられるのです。と言われ、そうなのか??という始末。
面白みのない真面目な信幸にまで突っ込まれる秀忠って・・・どこまでボンクラ書かれちゃうんでしょう??

砥石城に内通者がいるので、任せてくれと自信気な信幸・・・
真田家の作戦が始まっちゃいましたよ。

城を守っているのはもちろん信繁!!
戦いが始まりました。
開門するは三十郎!!

「矢沢三十郎頼幸!!
 真田伊豆守の命を受け、只今より徳川方にお味方仕る!!」by三十郎

「ご苦労であった・・・!!」by信幸

ということで、三十郎は信幸の下へ行っちゃいました。
いろんな気持ちが交錯する中・・・勝鬨が・・・砥石城は信幸によって落城!!

この日から信幸は、砥石城から一歩も動かなかった・・・
徳川勢が上田を攻めている間、真田勢同士でぶつかることは一度もなかった。。。

おお!!素晴らしい作戦です。

結果的にこうなったのか、作戦でこうなったのか・・・そこはよくわかりません。
もともと昌幸が降伏すると言っていたのに降伏しなかったことで、信幸は徳川方にもっとこっぴどく怒られたともいわれています。
そこで、窮地に陥った信幸が砥石城攻めを進言したともいわれています。
あ・・・策を練ったのはもちろん昌幸ですけどね。
ということで、もっと情けない信幸だったのかもしれませんが、なかなかカッコいい信幸に仕上がっていましたね。
最近の存在感大です。

徳川は3万の大軍勢・・・ネックは兵糧!!
それは、正信もわかっている・・・
刈田をさせるか?させないか??これは、とっても重要です。
どの戦いでも、大軍が通った後には、何一つ残っていない(食料も女も)ということは普通でした。
庶民・・・特に農民にとっては大軍勢の戦いなんて、百害あって一利もないのです。あ・・・マイナスか・・・??

徳川の兵糧小屋を攻める小山田誠茂、刈田をさせない堀田作兵衛。
それにしても、作兵衛、ほんとカッコいいわ~~~!!

焦る秀忠・・・雨まで降ってきました。

「なるほど・・・これか!!」by正信

正信は昌幸の本当の狙いに気が付いたようです。
退路を断たれてしまいました。

そしてあくまでも裏をかこうとする昌幸・・・

「兵500を連れて、本陣の裏へまわれ。
 蚕山じゃ・・・。
 秀忠の首を取ってしまえ!!」by昌幸

「本陣まで気づかれずに攻め込めるでしょうか?」by信繁

「そのために、半月欠けて山麓から染屋原の攻め口を切り開いてきた。
 一気に突っ込めるぞ!!」by昌幸

「ここに本陣を置くのがわかっていたのですか?」by信繁

maru16















「染屋原は、上田城を攻めるには絶好の高台にある。
 ここしかないと、はなから踏んでおったわ!! 
 戦はな、源次郎。
 始める前が肝よ・・・!!」by昌幸

おお!!
戦は戦う前が肝心!!
それは、秀吉も家康もおんなじことを言ってるわ!!
特に、策謀に長けていた秀吉は100%そうだったんじゃないかしら??
昌幸も同じなのね。
戦っているときがウキウキ、とっても楽しそうです。

上田の・・・真田の全てをかけた戦いが始まろうとしていました。

「果たして総大将の首、取れますか・・・。」by内記

「取れんでもよい・・・
 秀忠は初陣じゃ・・・思い切り怖がらせてやるのよ。
 初陣で戦の怖さを思い知らされた者は、生涯戦下手で終わる・・・。」by昌幸

今までの戦いの全てをつぎ込むかのような昌幸がそこにはいました。
百戦錬磨の戦上手!!
そこに負けの二文字はありません!!

しかし・・・陣はもぬけの殻・・・
上田を攻めることなく、撤退していたのです。

血気に逸った福島正則が、石田方の儀布教を落としたのである。
これで西国の緊張は、一気に高まった。
慌てた家康は、秀忠軍に合流を急ぐよう命じた。

maru11












勝っておった・・・と悔しがる秀忠・・・。
秀忠が関ケ原に間に合っていたら・・・というifもよく言われますが・・・最近は、あんまり変わらなかったんじゃないかなあ・・・とも思っています。
ま、恩賞を与える段になって、「豊臣恩顧ばっかじゃん!!」と家康が焦ったのは本当でしょうけどね。

9月15日、石田三成率いる8万の軍勢は、関ケ原に陣を張った。

maru12












対する徳川家康軍は9万。
天下分け目の対戦が今、始まろうとしている。

maru13












そんな中、上田では祝杯があげられていました。
どうして秀忠軍が撤退したのかも知らずに・・・。

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そこへ・・・神妙な顔をして佐助登場!!
「関ケ原に於いて、石田治部少輔様と徳川内府様との軍勢がぶつかりました・・・!!」by佐助

「ついにぶつかったか・・・!!」by昌幸

「当たった~~~!!」
「甲斐、死なのは殿の物でございます!!」by etc.

「静かに~~!!
 佐助・・・続きを・・・!!」by信繁

佐助・・・何を言う・・・??

「はい・・・
 戦は朝方に始まり、昼過ぎには勝敗が決しました。
 徳川方の大勝利でございます。」by佐助

「なんだと・・・」by昌幸

「大谷刑部様はお討ち死に・・・
 石田治部様は行き方しれず・・・。」by佐助

いきなり関ケ原の戦いが終わっちゃいました。
が・・・当事者の家康さえも、こんなに早く終わるとは思っていなかったでしょう。
だって、息子・秀忠と密に連絡とってないですもんね。
だから、秀忠も関ケ原に後れちゃったわけで・・・。

誰も予想できなかった関ケ原の戦い・・・
端の方で戦っていた真田や上杉に・・・あ・・・九州勢もか・・・
だれも、昌幸のような苦虫をかみつぶしたような顔をしたことでしょう。

真田家としては、風雲急を告げる・・・急転直下の事態が待っていますが・・・。
楽しみにしています。


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徳川家康打倒に立ち上がった石田三成。
徳川屋敷襲撃を画策するが、未遂に終わる。

三成を敵視する大名は、日に日に増えていた。


さあ・・・いよいよ挙兵です!!

伏見にある石田屋敷では・・・三成が謹慎していましたが・・・

maru












自分が居なければ、政が滞る・・・と、
日本人らしく家でもお仕事中!!
「この文書はどうされたのですか?」by信繁

「騒ぎの隙に、伏見城から運ばせた。
 時があるうちに小田原攻めや朝鮮出陣の記録をまとめておこうと思ってな。」by三成


2月29日、前田利家が伏見にある徳川屋敷を尋ね、三成の処遇について話します。
家康襲撃事件で、現在、謹慎中ですからね。。。

maru2













この時点ではかなり体調が悪いはず・・・
きっと命を懸けての会見だったと思うの。
みんな、みんな、殿下の豊臣を守ろうとしての行動なんですけどね・・・。
あ・・・家康は違うか・・・!!

石田治部は豊臣になくてはならない男・・・と、本気で思っているのか?
利家を立ててこれているのか??
はたまた、利家に恩を売ろうとしているのか・・・??

maru3













水に流すと言ってくれた家康です。

おかげで、三成は謹慎が解かれ、政務に復帰しました。

しかし、福島正則や加藤清正は怒りが収まらず、利家に不満タラタラ・・・!!

「よう聞け。
 ここだけの話、わしはもう長くはない。

 わしが死んだ後も、治部と力を合わせて豊臣の家を守り抜け。
 それがお主らの役目だ。。。 よいな・・・!!」by利家


仕事に復帰し、寧に騒ぎについて改めて謝る三成。

「佐吉・・・誤解せんといて・・・
 わたくしは、仲ようしてほしいだけ・・・
 こんな子供の頃から知っとるで・・・」by寧

「では・・・」by三成

と、謝るだけ報告していってしまった三成。
こんな心のないパフォーマンスだからこそ、好かれないんでしょうね・・・。
熱演です。

「左衛門佐・・・いいですか・・・
 
 つまらぬ騒ぎに巻き込まれるのはもうたくさん・・・
 秀頼殿の婚儀が整ったら、出家するつもりだわ。。。

 今から少しづつ、身の回りの片づけをしていることろ・・・
 それで、きりにも暇を出すことにしました。

 本人のたっての願いで、細川殿のお屋敷に奉公させることになりました。」by寧

??さらっと言いましたが、秀頼の婚儀って・・・

maru4












家康の孫・千姫との婚儀でしょうか??
って・・・これは、家康が伊達や加藤などと親戚になろうとやっていた・・・そうそう、殿下が禁止していた大名同士での婚姻となるのでは・・・??
と思いがちですが、この婚儀は、殿下がお亡くなりに決めていたものです。
それって、やっぱり徳川に一目を置いていたってことで・・・
既に、徳川の強さを認めていて、別格だったって示してしまってるんじゃないの??秀吉!?


で、きりは・・・おお・・・いい感じにガラシャのところに入りましたね。きり!!
これでガラシャの死を傍でレポートできますよ!!
細川ガラシャ・・・ガラシャは天下分け目の関ケ原の勝敗を決めてしまった女・・・というイメージがあるので、その歴史の目撃者としてガラシャのもとへ行くんでしょうが、本当はどうなんでしょうね。
多分、この時点でガラシャは、三日天下の父と、忠興の異常なまでの愛情で、軟禁状態だったので、だれなと会えないはずです。
あ・・・でも、寧のつてなら潜入できる・・・??

徳川屋敷襲撃事件について、申し開きをしようとする三成ですが・・・
茶々は何も知らない・・・と、巻き込まれないように頑張って・・・大蔵卿局に話すことさえさえぎられてしまいました。

maru8












3月3日・・・前田利家が亡くなってしまいました。
maru9












反三成派の武将たちの抑えが・・・効かなくなってしまいます。
その中には、細川忠興も・・・!!

maru6












ガラシャから情報を仕入れたきりは、信繁に報告・・・!!
メンバーは、加藤、福島、細川、黒田、藤堂、蜂須賀、浅野!!
そう、秀吉子飼いの子達ばかりだったのです。

避難する三成!!
そしてそこには・・・

maru5













襲撃したら・・・なんと、信幸&信繁で将棋!!

石田治部少輔を出せといわれ・・・

「加藤殿、石田治部少輔との諍いは、身内のもめ事で済ませても、我が真田と一戦交えるならばもはや国同士の戦でござる。
 それをお覚悟の上か・・・??
 お覚悟の上とならば、お受け申すが・・・!!」by信幸

おっと、信幸、貫禄出てきましたね、とってもかっこいいです。
よっ!!男前!!

清正たちは三成を血眼になって探しているようですが、見つかりません。
今は宇喜多邸にいるものの・・・治部少輔丸に立て籠もろうと言い出す三成。

寧に会いに行き断られ・・・茶々に会いに行き大蔵卿局に断られ・・・
いろいろ手を尽くす信繁ですが・・・

「 秀頼殿が言えば、治部は助かるのですか?
 それは、秀頼殿のためになりますか?
 
 徳川内府と治部は犬猿の仲・・
 秀頼殿が板挟みにはなりませんか?
 秀頼殿のためになりますか?
 おかえりなさい。」by茶々

ごもっとも、茶々!!

遂には吉継の案で、家康に救いを求めに行く信繁!!

「いまだ治部様の引き渡しを迫っている加藤様たちをお諫めいただきとうございます。
 内府様がお出ましくだされば、必ずや矛を収めましょう。」by信繁

「じゃがなあ・・・今は合議で全てを決することになっておる・・・
 わしひとりがしゃしゃり出るわけにはいかんのじゃ。。。」by家康

おお!!ああいえばこういう!!
合議、合議と言っていたのは三成・・・
なんだかんだと一筋縄ではいかない家康・・・まさに古狸!!
利家が亡くなってしまったことで、ほとんどが子供世代に移って行っている中で、一人で頑張っているんですが・・・
やっぱり”小童”には負けられないでしょう。

でも・・・立ち回りの上手い家康の事・・・
この事件を丸く収め、七将たちを説き伏せてくれましたが・・・その代わり、三成は蟄居・・・政から手を引くこととなりました。

「なぜだ・・・
 殿下にすべてを捧げ、殿下亡き後は豊臣家にのために、すべてをなげうってここまでやってきた。
 何故私が伏見を追われなければならぬ・・・!!」by三成
佐和山へ引っ込むことになってしまいました。

最後に・・・「虎之助に会いたい」と、信繁に頼む三成。

maru7













はて・・・清正・・・虎之助に何をつぶやいたんでしょうね・・・??

三成が伏見を去った3日後・・・伏見城に入ったのは家康・・・高らかな勝利宣言でした。


三成が蟄居して・・・家康が信繁を引き抜こうとしている・・・!!
断る信繁ですが・・・
ま、最期を知って人間は思いますよね??
ああ!!勿体ない!!どうしてこの時、家康に鞍替えしなかったのか???って。
でも、それはその後を知ってる私たちの考えで・・・この頃は何もわかっていなかったはず・・・!!
ただ・・・この時家康についていれば、後世にわたって愛されキャラの真田幸村は登場しなかっただろうし、真田十勇士も作られなかったかもしれません。。。
なので、やっぱりここは、断って正解です。
???断る男だからこそ、大坂の陣に豊臣方として馳せ参じるのでしょう!!
でもって、愛されキャラになるのだ・・・!!

ただ・・・「お断りいたします!!」ってそっけない言い方・・・多分、信繁はそんなご身分ではないのだ。
雇われ人の方なんだから。
ただ・・・ドラマ的にはかっこいいですよね。
自由にならない一目置く男だから欲しいんですよ、家康も!!

お役御免となって信幸と真田のために尽くしたいという信繁がそこにはいました。

1600年5月・・・

ほぼ天下を手中に収めている大坂城に入っている家康・・・。
発端は、謀反の疑いが出てきた上杉景勝!!

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兼次は”直江状”を送り付けてきました。

”われらが戦道具を集めているとのことなれど、髪型の武士が茶器などをお集めになるように、われら田舎節は鉄砲や弓矢を集めるだけ。
 maru11












そのようなことにこだわるのは、天下を預かるお方らしからぬご了見!!
 われらに逆臣はないと申し上げたはず。
 にも拘わらず、「逆心なければ上洛できるはずだ」とは、赤子の理屈で、全く話にもなり申さぬ。
 家康様に分別がついたころには上洛できると存ずる。
 どこぞの誰かのように太閤殿下のご遺言に背き、起請文も破り、秀頼公をないがしろにしたりは致しませぬ。
 さようなことをして天下をとっても、悪人と呼ばれるは必定!!
 末代までの恥と相成りますゆえ・・・!!”by兼次(直江状)

もう一つの関ケ原 ~直江兼次の誤算~はこちら

兼次の声がまたいいのよね~~~!!
怒り狂う家康!!

その上杉から密書が届いたのは昌幸!!
味方になってほしいという。。。

「わしはそれに乗ろうと思う。
 合戦が始まったら横合いからいきなり徳川本陣を攻める・・・!!
 徳川はひとたまりもあるまい。

 
 世は再び乱れる・・・
 その機に乗じて、甲斐・信濃・駿河・・・信玄公が治めていた領地をこの手で奪い返す!!
 小田原の陣で、死を覚悟した北条氏政にわしは言った。
 「死にたければ死ね。されど生きておれば、また楽しいものが見られますぞ。」と・・・
 
 これはわしにとって、今度こそ最後の機会じゃ。
 わしの我儘、聞いてくれんか?
 どうか頼む・・・!!」by昌幸

そう、信繁が言ってますが、徳川を倒した後はどうするのか??
オールドタイプにはそんなこんながわからないようです。
昌幸のやんちゃなキャラは、とっても魅力的なんですが。
1477年の応仁の乱以降・・・100年以上も戦い続けている人たちには、きっと”平和”がわからないのでしょう。
なので、父・昌幸の考えが間違っているのではないのだけど・・・
それこそ北条氏政が死んだ時点で、その時代は終わっていたような気がします。
そう・・・戦いは終息に向かっているのです。


「徳川家康はもはや太閤殿下のご遺言を踏みにじる大悪党となり果てました。
 許しておいてはなりません。」と、父に賛同する信繁。

「・・・私は真田安房守の嫡男・・・
 父上に従うに決まっておるではありませぬか・・・!!」by信幸

父と舅の間に挟まれて、しんどそうな信幸がいます・・・が、父が戦がなければ生きていけないことをこの兄弟はわかっているのです。

そして・・・時流は・・・?? 

上杉征伐を「上杉VS徳川」にしたい片桐且元ですが・・・「上杉VS豊臣」にしたい家康。
??これって、前回の三成・・・家康を討つために、千成瓢箪が欲しい!!と言ったのと同じ構図です。
みんな錦の御旗(豊臣の権威)を最大限に利用し・・・そのNo,2となりたいようです。

って思うと、本当に日本はNo,2な国だと思います。
って・・・天皇のNo,2、天皇あっての征夷大将軍ですからね・・・。
この構図はいつからんだろう??天皇ですんごい頑張った人って奈良時代とか、後白河天皇とか、後醍醐天皇とか知らないもの・・・。
ってことは、奈良時代に、天智天皇が血なまぐさい大化の改新を起こしてドタバタし、桓武天皇が平安京へ都を移して以降はほとんどNo,2の時代だったのね・・・。

今回は秀頼のNo,2として戦いたい家康なのです。
三成は上手くいきませんでしたが家康は・・・??
老獪・・・おまけに老衆筆頭ですからね・・・。

ああ・・・片桐且元では器が・・・
頑張っているんですけどね。。。

「片桐には悪いが・・・ここは是が非でも豊臣と上杉の戦にしておきたい・・・
 戦の重みが違う・・・!!」by家康


と、茶々に願い出ます。

「陣中お見舞いなどを賜われば、士気も上がりましょう。
 軍用金二万両、兵糧の米2万石では・・・??

 それとですなあ・・・此度は秀頼公よりそれがしは豊臣の軍勢をお借りして上杉を懲らしめんとする戦・・・
ついでに豊臣の旗・幟もお許しいただければ、更に士気は高まりましょう」by家康

「好きにせよ」by茶々

控えながら、ほくそ笑む家康がいました。

6月16日、家康は豊臣の軍旗を高らかに揚げ、会津への進軍を開始!!
そして大坂では、徳川内府を弾劾すべく・・・

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立ち上がる男たちがいました。
もう・・・あとには退けない・・・!!

日本史上未曽有の大戦が始まろうとしていました。

ということで、大詰めな回となりました。
前回も書きましたが、今回の真田丸の三成ですが・・・
こんな三成な気がしてきました。

勝たせてあげたい三成なんて、はじめてです。



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太閤秀吉の死後、老衆徳川家康と、
奉行石田三成の対立は、次第に激しさを増していく。
そして遂に事態は、三成の徳川屋敷襲撃に発展する。

遂に三成の堪忍袋の緒が切れたって感じなんでしょうが・・・
あの人望だけに、独り相撲感が半端ないです。
っていうか・・・本当にあったのかしら・・・??この事件!!

1599年1月21日・・・
伏見城・治部少輔丸にて・・・

「徳川屋敷を襲いまする。
 徳川内府と正面から渡り合っても埒があきませぬ。
 ここは思い切って、屋敷に討ち入り、内府の首を挙げる所存!!」by三成

maru













参加しているのは宇喜多秀家・小早川秀秋・・・そして真田信繁・・・。
私も兵を出そうという宇喜多に・・・

「大事にはしたくないので、我が配下の者だけで行います。」by三成

少数精鋭でやろうとしているのか??
他の人に迷惑をかけないようにしているのかもしれませんね。

よばれたのは島左近。

maru2













左近については・・・
こちら「三成に過ぎたる猛将~島左近~」をどうぞ。

そうそう、

 「三成に 過ぎたるものが二つあり  
       島の左近と 佐和山の城」

の島左近です。

当時の左近は家康よりも年上です。
三成に仕えてからは4年ぐらいかな??
筒井順慶に始まりいろんな人に仕えたと言いますが、三成は、自分の石高4万石のうち半分を左近に差し出してまで招くのです。
主従関係と言いますがそれは江戸時代の話。
当時は「七度主家を変えて我が家を知る」と言われ、命を懸けるんですからね・・・バカ殿についていたら死んじゃいます。
なので、家臣が主君を選ぶ時代だったんです。


そして・・・そこを通りかかったのは・・・

maru3














板部岡江雪斎!!
各地を転々とし、今は、小早川秀秋に仕えているという・・・。
本当かしら・・・??
だって、この人も最後は徳川家康のブレーンとなるんですもの。。。
もしかするとこの時点ですでに徳川側の人間だったのかもしれません。
あ~、えいやー!!と、戦えない分、騙し騙されな頭脳戦になってきましたね。

徳川を襲撃するという事・・・
「今ここで、家康を討ち取ってよいのか・・・それが、豊臣家のためになるのか・・・。
 私には皆目わからぬ。
 霧の中だ・・・!!」by信繁
三十郎に愚痴をこぼしちゃいました。
が・・・ついているものとしては嬉しいもの。。。

「源次郎さまがこんなに迷っていらっしゃるお姿、はじめてです。」by三十郎
「かつては真田のためにとそれだけを考えればよかった。
 今は違う。。。」by信繁

自分の地位が上がっていくほどに責任も増していく・・・
その重圧を感じる信繁でした。

maru4













4人で軍議が・・・

その頃・・・
「石田治部は、今宵ここに夜討ちをかけるつもりでござる。」by江雪斎

「よくぞ知らせてくださった・・・引き続き頼みまするぞ・・・!!
 江雪斎殿・・・!!」by正信

おお・・・!!
やっぱり家康に差し向けられていたんですね・・・
あ、本多正信か・・・!?

「江戸へ帰るぞ!!」by家康
「殿、ここで逃げては徳川末代までの恥でござりますぞ。

maru5













 こういうのはいかがでございましょうな。
 石田治部は密かにことを成したかったようですが、これを大ごとにしてしまう。」by正信

「どういう事だ・・・??」by家康

「この屋敷を守るように、伏見在住の諸大名たちに呼びかけます。
 豊臣恩顧の大名たちが、どれほど使えるか、見極めるよい折かと・・・!」by正信

ああ・・・正信、悪ですね。。。
この家康が古だぬきというよりも、正信が悪狐なんでしょうかね・・・??
今までコツコツと正信が手なづけてきた大名たちが、どんな風に立ち回るのか・・・??

事前に漏れてしまったので、奇襲にはならない・・・と、やめるように進言する信繁ですが・・・。

maru6












「大義名分がこちらにあることを世に知らしめる・・・!!」
と、正義は自分にあると、止めそうもない三成・・・!!

豊臣の許可をもらってくるので、毛利を説得してほしいと言われる秀秋・・・。
こちら、秀秋の方が位が上なので、お願いするしかない三成ですが、秀秋もなかなか毛利での立場を考えると・・・
もともと寧の親戚筋に当たる秀秋です。
もしかすると、秀頼が生まれていなければ、豊臣家を継いでいたかもしれない秀秋です。
が・・・秀頼が生まれたことで、毛利としては押し付けられた形となりました。
秀吉とすれば、秀秋を毛利に養子に出すことによって、中国地方をも手に入れる・・・天下統一を盤石なものにしたかったがための厄介払いなんです。
ただでさえ気が小さいのに、毛利に進言できるの・・・??秀秋!!

信繁には上杉を説得するようにお願いされ・・・戦の準備が着々となされていきます。

「これ以上、お館様を巻き込むのは勘弁してもらいたい。
 おぬしが頼めば、必ずあのお方はできぬ約束をされる。
 わしはもう、お館様の苦しむお姿を見とうはない。」by兼次
徳川を敵に回したくはないという兼次・・・説得のできない信繁。

吉継の病状はよろしくないようで・・・
味方が揃わなかったときどうするのか・・・友として心配しています。

その頃真田邸では・・・徳川より文が届いていました。
兵を集めているようです。
徳川は本気で戦を始めようとしているのか・・・??

「今更、徳川のために戦えるか・・・??
 わしはこないだ刺客を放ったばかりだぞ。」by昌幸

「父上はそれでよろしいかと存じます。
 ただ私の場合は・・・」by信幸

この時点で、刺客を放ったのが昌幸ってばれてましたっけ・・・??
今まで通り、何食わぬ顔で呑気に徳川についていれば、もしかするとこのまま真田家は続いたかもしれませんね。
ただ・・・400年後、大人気の真田幸村&真田十勇士が出現することはなかったかもしれませんけどね??

ひとまず顔を出すという兄に、治部少輔丸へ戻るという信繁。
「敵味方に分かれて戦うのだけは、勘弁してくれ。」by信幸

そこへ・・・きり登場!!
寧の様子が・・・??
すぐに参上する信繁!!

息子のようにかわいい秀秋をごたごたに巻き込むのはやめてほしいと願う寧。
加藤清正と福島正則も寧のもとを訪れ・・・今回の件を悩んでいたという。
佐吉に就くか?徳川につくか・・・??

「決まっとるがね・・・徳川様をお守りするんよ。
 佐吉もいくら内府様がにくいとはいえ、伏見で戦などあってはならぬ事だわ。
 戦のない世の中をおつくりになったのは殿下です。
 殿下の命に逆らうものに、味方などしてはいかん!!」by寧

そういわれては、子供のようにかわいがられた清正・正則は徳川につくしかないでしょう。
寧に、戦をやめるように命じられる信繁。。。

「石田様・・・”しまった”と、思っていらっしゃるのでは??
 男の人って妙に誇り高いところがあるから、止めたくても止められないんですよ。
 特に、自分から言い出したことだから・・・そんな気がしますね、私は!!」と、きりがバッサリ!!

伏見の徳川屋敷には、信幸の姿がありました。
思った以上に物々しい・・・。
なるべく隅に・・・静かにしていよう・・・と、思っていた信幸、舅・忠勝に見つけられちゃいましたよ、残念。

maru7












秀頼の出馬を願い出るのに反対な利家・・・
佐吉は馬印の千成瓢箪を貸してほしいと願い出ます。
千成瓢箪を旗印とし・・・お・・・錦の御旗みたいに使いたいみたいですが・・・??
こちらが敗れたらどうなるのだ・・・??
豊臣が徳川に負けたことになってしまうからダメだ!!と、断られてしまいました。

ああ・・・人望のなさ、大爆発です

そんな中・・・徳川には結構有名な面子が揃ってきていました。
こちらは人望が・・・根回しが大爆発・・・??

徳川屋敷にいた清正が、三成に会いにやってきました。

「悪いことは言わぬから、兵を退け・・・!!」by清正

「それはできぬ!!
 お前こそ、なぜ徳川についた・・・!!」by三成

「徳川内府は太閤殿下に後を託されたのだ・・・!!
 むやみに殺すわけにはいかぬ。」by清正

「なぜ、徳川の魂胆がわからぬのだ!!」by三成

「お前が内府を憎んでいることは、よ~く分かった!!
 だがな、力づくで相手を倒そうなど、お前らしくなかろう。
 どちらかと言えばわしだ・・・!!」by清正

「やらねばやらぬ時はやるのだ。」by三成

「お前はそういう男ではない!!」by清正

「私はそういう男だ。」by三成

「わしにはわかる。
 よっぽどなんだろ??よっぽどなんだよな!!」by清正

「何を言っているのだ・・・??」by三成

「振り上げた拳、どうしたらいいのか困っておるのだ。
 だったら、わしと腕相撲しようではないか・・・!!」by清正

「徳川屋敷へ帰れ!!」by三成

なんだかんだと佐吉の事はよくわかっている虎之助なんですよ!!
でも・・・戦になったら殺すぞ!!そんな清正の悲しい叫びも、三成には届かなかったようで・・・
喧嘩別れしてしまいました。


頼みの綱の、毛利と上杉も動かない・・・!!
万事休す!!

急に・・・細川忠興を思い出しちゃいました。
って、急に思い出すなんてところが人心を掌握できない三成ならではって感じ。
根回し工作がどうにも苦手な三成です。

そして、自ら細川邸へ・・・!!

maru8












干し柿持ってきましたよ~~~!!
加勢を願うも・・・。
嫌いな清正や正則が大の苦手だが、それよりも三成には怒りを覚えると言われる始末・・・!!

「バカにするのもたいがいにせい!!」と、どちらにつくのを迷っていた細川忠興が徳川屋敷に行ってしまいました。

父・昌幸はどうする??
徳川につくように進言する信繁。
そうすれば、戦をする前に、降参するかもしれないから・・・!!
ということで、パパ上様も徳川へ・・・!!

おまけに持つべきものは友・・・吉継さえも、徳川屋敷に行ってしまいました。
もしかすると、昌幸と同じ考えだったのかもしれませんね。

「お主は間違っておる。
 徳川内府が要となって秀頼さまをお守りしていく。
 それ以外に、豊臣の世を守る道はない。」by吉継

「ここだけの話としてほしい。
 太閤殿下は亡くなる直前に、私の耳元で言われたのだ。
 ”家康を殺せ”・・・と。」by三成

「死を前にした老人の世迷言に振り回されるな!!」by吉継

「今の言葉、たとえ刑部殿とはいえ、許さぬ!!」by三成

「徳川内府を殺して、その後はどうする?
 お主は自分が政の要となるつもりか?」by吉継

「ほかにおらぬならば・・・!!」by三成

「お主に人がついてくるのか・・・??」by吉継

「やってみねばわからぬ!!」by三成

「ならば今宵、どれだけの大名がお主に従った。
 徳川屋敷は既に、大名たちであふれておる・・・!!
 まだ間に合う・・・今兵を退けば・・・咎められることはない・・・」by吉継

「もはや、手遅れじゃ・・・」by三成

「お主を咎めるものがあれば、わしが抑える・・・」by吉継

「これまででござるな・・・」by三成

唯一の親友・吉継もこんなきついことを言わなければならないなんて・・・心が痛い事でしょう。
そして・・・親友にここまで言わせるなんて・・・本当に、人心を読めない三成ですね・・・。

そうね。この三成、本当の三成に近いのかもしれませんね。
今までのドラマでは、寧と話したり、茶々に取り入ったり・・・策を練ったり・・・いろんな三成がいましたが、この事務的に何もかも済まそうとするがゆえに、何を考えているのかわからない・・・というか、情の全く感じられない・・・豊臣家存続のみにポイントを置いた三成ならば、”人望がないといわれる三成”なのかもしれません。


大谷刑部が徳川屋敷にやってきたことに家康もビックリ!!
病を押して来た吉継をねぎらいます。
そうね・・・家康は、吉継には一目置いていたって言いますからね・・・
関ケ原でも、生き残らせたかった武将の一人でしょうね。

「誤解のなきよう申し上げる。
 それがし、内府殿のために参ったのではござらぬ。
 太閤殿下の築かれた太平の世を乱すものを正すのが、我が務め。。。
 大谷刑部は秀頼公の家臣でござる。」by吉継

「さすがは・・・豊臣家随一の忠臣・・・言葉の重みが違う・・・」by家康

そうそう、これこれ、家康も認めている男・吉継なのです。
そして、昌幸も屋敷に参じます。

「こうなってはもう・・・石田治部も、もはや手も足も出まい・・・!!」by家康

ちなみに・・・加藤清正も、家康と婚姻関係を結んだりしていますが、この時点では本当にどうにかしてみんな仲良くさせたい・・・秀吉の作った太平の世を、活かす最大限の努力をしていたんだと思います。
ま、最後は家康によって徳川300年・・・太平の世が続くということで、あながちみんなの判断は間違っていないんですが・・・いかんせん、担ぐ神輿は”秀頼公”でなくなってるからなあ・・・
やっぱり不本意なのかもしれませんね。


昌幸は・・・何か策があるようですよ・・・??

「内府様、さっそくでござるが軍議を開いてよろしいか?」by昌幸

と、仕切りだすのでした。


一方、石田邸では・・・

「我らだけで戦う・・・!!」by三成

細川忠興の賛同を得られなかった三成なのです。
4人(小早川・宇喜多・信繁・三成)で戦うとは、無謀!!
策も練れたもんじゃないわよ・・・!!
錦の御旗(今回は千成瓢箪)でもあれば、みんな参陣してくれるんでしょうが・・・三成にその人望なし!!
義のためとはいえ・・・いくらなんでも無謀!!

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「いざ!!参らん・・・!!」by三成

そこへ・・・徳川方に吉継の幟・真田の幟を見つけたと報告が・・・!!

それでも戦おうとする三成。。。
惣無事令にも反してしまった・・・!!

全て、自分一人でしたこと・・・宇喜多も、五大老として残ってほしいと・・・
あくまでも、自分一人で戦うという三成。

ここら辺もそうですね。
不器用というか・・・
秀吉の決めた惣無事令に自分が反していることを恥じている・・・
そして、秀吉の決めた五大老にも、残って秀頼公を支えてほしい・・・
全て豊臣のためにしている事なのに・・・どうしてこうも、空回り・・・!!

左近と共に、討ち死に覚悟で出陣しようとする三成。

「いけませぬ!!
 石田様には、まだまだ生きていただかねばなりませぬ。
 石田様には、常に天下の安寧のために働いてこられました。
 時には、太閤殿下にさえ逆らった。
 命がけで天下万民に尽くしてこられた姿を、私は見てきました。
 あなたにしか成しえない事!!
 己の欲で動く、徳川内府には思いもつかないことでございます。」by信繁

そうかもしれませんね。
家康にも理解しがたいのなら、他の武将にも理解しがたい三成なのかもしれません。
そこが最大のネック・・・!!

ここまでにしてくれ・・・と、上杉もやってきました。
「徳川内府は・・・わしが倒す!!」by景勝
??そんなこと、軽く約束しちゃっていいんですか??

「御屋形様は本気になられた。」by兼次

??兼次、とめんでいいんかい・・・??
義をないがしろにするものを、許せない景勝・・・戦をしようと考えているようです。
「義はこちらにある。その時は必ず来る・・・!!
 時を待つのだ・・・!!」by景勝


・・・三成が戦支度を解きました。

「存外・・・大したことはなかったのう・・・??

 正信・・・わしは決めたぞ・・・!!
 石田治部のおかげじゃ・・・
 わしの一声で、豊臣恩顧の大名がこれだけ集まった
 これは・・・いけるかもしれんな・・・!!

 お主の誠の狙いはこれであったか・・・??」by家康

「殿は、腰の重いお方故・・・。」by正信

徳川家康の天下取りの道が・・・!!

そして真田も・・・どうする・・・??

ということで、この大河、本当に石田三成を丁寧に書いてくれています。
領民にとってはとってもいい領主だったと言われる三成ですが、どうしてここまで人望がないのかなあ・・・??
とも思います。

でも、この大河ではそこら辺のことがきっちりとわかるように書いてくれているかなあ・・・。
例えば、三成がみんな(寧とか、茶々とか、清正とか・・・)ともっとコミュニケーションを取っていれば、こんなことにはならなかったという事。
ま、寧も茶々も、お付きの者がいるんだろうかなそんなに取り次いではもらえなかったのは明らかでしょう。
なので、今までのドラマな感じ・・・が、不自然なのかもしれません。

おまけに、男性陣は、みんな豊臣に仕える武将ですから、丸く収めようと考えていたと思います。
この三成の暴挙も、あったのか、なかったのか・・・わかんないんですが、清正も吉継も、三成を裏切ったというよりは、戦わないように最善の努力をした・・・という感じがあっているように思うのです。

そう思うと・・・
三成を忌み嫌う人ばかりではなかったんじゃないかな・・・??
とも思えるのです。
ただ・・・命を懸けるのですから、男が男に惚れる・・・そんな男に命を預けたいですよね・・・。



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石田三成と徳川家康が激しく対立。
三成に依頼され、昌幸は家康暗殺を決行するが、失敗に終わる。

そんな時、太閤秀吉が、死んだ。

ということで、暗雲立ち込める大坂城へ・・・!!

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「出浦は有馬へ運び養生させることにしました。
 今は、佐助がついています。」

と・・・信幸も一安心ですね。
それよりも重大なのは、自分たちに内緒で家康の暗殺をしようとした昌幸パパ&出浦昌相の追求ですが・・・
いまだに世が乱れれば真田の出番があるはずだ・・・!!と、昌幸は思っているようです。

「信濃を信玄公のご領地をこの手で取り戻す。
 そのためには、一度乱世に戻すしかない。
 しかし、その夢も露と消えたわ・・・。」by昌幸

そうですよね・・・私たちは歴史を知っているから、まだ戦いはあるよ~~!!って言ってあげたいところですが、この時点ではもう、平定された・・・という感が強かったんでしょうね。
その中でもがく昌幸パパ・・・時代遅れの漢になってしまいましたか・・・??
でも、それって、とっても魅力的!!


その頃・・・

「殿下が亡くなられた事はしばらく伏せておく。
 伝えるのは五人の老衆、および奉行の面々・・・
 その他は、ごく内々にとどめる。

 ご遺骸は甕に入れて、塩漬けにする。
 一番奥の蔵にに目立たぬように・・・。」by三成

ときに非情に・・・冷酷にに見えてしまう三成・・・

「私に聞こえんところで話してくれんかね!!」by寧

そこには天下人ではなく、苦楽を共にしてきた夫を懐かしむ妻がいました。

でも、間違いなく秀吉は天下人・・・。天下人が亡くなるということは、そんな死を悼む時間すら与えてはくれない・・・

目をかけてもらった三成は、御恩に報いるために、泣いている場合ではない・・・。
その恩人である天下人が作り上げた世の中を、失うまいとしているだけなのかもしれない。

「殿下はいつになったらお墓に入れるの?
 そんなに好きなお方じゃなかったけど、なんだかお可哀想・・・
 壺の中で塩漬け・・・」byきり

きりは、寧にお世話になっているしね・・・
寧の心を代弁しているのでしょう。


そして・・・殿下が亡くなられたということは・・・
殿下の馬廻衆だった信繁の仕事も無くなったという事・・・。


「石田様の下で働きとう存じます。
 もうしばらく治部様のお手伝いをさせていただけませぬか?
 今こそ殿下に御恩を返すときと心得ます。」by信繁

「私はほとんど間違えることがないが、ごくたまに誤った決断をすることがある。
 そんな時は遠慮のう教えてくれ。
 豊臣家の正念場だ・・・よろしく頼む!!」by三成

そうそう・・・殿下に三成をよろしく・・・と、お願いされているしね・・・。


その頃・・・家康のもとにも秀吉な亡くなったと知らせが入ります。
おまけに前日入った賊の行方も分からず・・・
秀忠を江戸に返すことにしました。
従順な秀忠は父の考えに従いますが、凡庸な秀忠には父の考えが理解できません。
ツーと言えばカーな男ではないようです。

「たまには頭を働かせろ・・・!!」by家康

そう・・・秀吉が亡くなったということは・・・乱世が戻ってくるかもしれないという事・・・
父と子が近くにいてはいけない・・・!!

誰か思い出しませんか・・・??
そうそう、本能寺の変です。
織田信長・信忠親子です。
この二人・・・あんなに近くにいなければ、信忠が亡くなることはなかったでしょう。
武勇だった信忠・・・あんなに近くにいなければ、明智を討って、後継者としてその名を轟かせることができたかもしれないのです。
そう思うと、今回の秀忠・・・江戸に帰すのが賢明でしょう。
なのにそれがわからないのか・・・秀忠!?


前田利家に会いに来たのは、三成と信繁。

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すでに秀吉の亡くなる前からかなり悪かったとされている利家・・・

「無念じゃ・・・わしの体がもう少し動けば・・・」by利家

「徳川内府に太刀打ちできるのは、大納言様だけにございます。」by三成

「藤吉郎は、わしに秀頼さまを託した。。。
 わしの目の黒いうちは・・・勝手な真似はさせぬ!!」by利家

と言っても、すでにほとんど息子が行っていました。
気持ちの問題すよ、気持ちの・・・!!

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「そう長くはないだろう・・・
今のうちに打てる手は打っておかねばな・・・」by三成
ここでも非情な三成発動!!
何もここで言わなくてもいいのにね・・・。
無駄の嫌いな性格が、人の信用を失っていく様がはっきりと見えます。


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10人が中心となって、秀頼さまをお守りしていこうと話す家康。
既に、貫禄十分です。

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だって、ほら、若い子ばっかりになってきました。

それでも頑張る三成です。
殿下の葬儀は朝鮮から兵をすべて引き上げてから・・・

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一度では引き上げられない・・・

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殿下が存命の時は、トップダウンで済んだところ、10人の同意を得て”花押”を・・・!!
誰か一人に力を持たせないためにも・・・!!


真田から三十郎がやってきました。
真田屋敷では、ひとときの家族団らんです。
父・昌幸は・・・信濃に帰りたいみたい・・・。


この大河の家康は、あんまり天下取りに興味ないみたいですが・・・
本多正信と阿茶はありそうです。

「内府一人で決められれば、万事はかどりますのに、石田治部様がどうしても加わりたいと・・・」by阿茶
「佐吉がそんなことを・・・??」by寧
「殿下のご葬儀の日取りが決まらぬのも、そのせいのようでございますよ。」by阿茶
「まあ・・・」by寧

それを受けて、寧が家康に葬儀の進み具合を聞いていますが・・・
三成にも聞いていますが・・・何を信じていいのやら・・・。
何もかもそつなくこなす三成との間に、チグハグなボタンの掛け違いが生じて来たようです。

その頃・・・伏見の徳川屋敷では、毎日のように宴が催されていました。

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お相手は本多正信!!
みんなにはまだ、秀吉の死は教えられていませんでした。

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賑やかな宴席に、豪華な料理・・・ぬかりありません。
なんと、伊達の姫君と姻戚関係を結びたいみたいですが・・・??

そして・・・気が付いたのか三成。
「我らもやろう!!」と、宴席を設けるものの・・・
人望の差か・・・寂しい限りです。
おまけに・・・

その少ない・・・せかっく来てくれた人に対しても・・・
挨拶もせずに・・・自室にこもって仕事をするという・・・。

11月・・・朝鮮より加藤清正が帰国しました。
そんな清正に対しても・・・

「亡くなられたのか・・・?」by清正

「8月18日・・・。
 皆が大阪に戻ったところで、大掛かりなご葬儀を執り行うつもりだ。

 徳川がすでに動き出しておる。
 これからの徳川は、われらにかかっておる。
 おぬしは、案外城づくりも上手いし、領内の仕置きも確かだ。
 ただの戦バカではない。

 われらで秀頼さまをおささえし、殿下亡き後の豊臣家をお守りしていこうではないか・・・!!」by三成

「・・・今画には言いたいことが山ほどある。
 が・・・あえて言わぬ。
 われらで秀頼さまをお守りしようではないか・・・!!」by清正

「だから、それは私が言った・・・!!」by三成

ああ・・・この合理主義的というか・・・一体感のなさが三成なのかしら・・・??
普通、オウム返しに言ったら二人で手を取り合って団結してもいいと思うんですが・・・
やっぱり人望がないというか・・・

この二人を見ていて思ったのが、大久保利通と西郷隆盛の温度差です。
大久保利通も、任務を遂行するためならすべてを犠牲にできる男・・・つまり、人情に左右されない男でしたからね・・・そんな感じだったのかもしれません。
あ・・・でも、大久保利通は大政治家ですが・・・。


戦の疲れを取るように・・・宴を誘う三成ですが・・・
その戦いで疲れた者たちを労うこともなく、中座して仕事をするために別室に籠ろうとする三成。。。

「なんだ、お前!!中座するのか・・・??
 ともに酒が飲めぬというのか・・・!!」by清正

「そうではない。」by三成

「だったらもっと話そうではないか??」by清正

「十分話した。」by三成

「わしはお前のそういうところが気に食わんのだ!!
 わしらが海の向こうで戦ってるとき、お主らはこっちで何をしとった・・・!?」清正

「後ろで算段をするのも戦のうちだ!!御免!!」by三成

いやいや、そういう事じゃないんですけど・・・。

「お前には情ってもんがねえのかよ!!
 お前と飲みたいんだよ・・・!!」by清正

「私は飲みたくないのだ・・・!!」by三成

「佐吉・・・!!」by清正

そうね・・・佐吉って呼んでくれる人も少なくなってきたよね、三成。
とにかく、そんな感じのつるめるお友達って大切なんですけどね。。。
そこも合理主義なのかなあ・・・??
そんなこんなで孤立感たっぷりの三成が仕上がってきています。
そう・・・今こそ一枚岩になって徳川と対峙しなければいけない時なのにね・・・。

「伊達政宗さまの娘と内府様のご子息のご婚儀が定まり、さらに、福島正則さまのお子と内府様の御養女との縁組も進んでおるとか・・・」by明石全登(宇喜多家家老)

「徳川内府め、乱心しおったか・・・!!
 勝手にそのようなことを進めて良いはずがなかろう・・・!!」by秀家


家康を探りに行く信幸と信繁・・・

あっさりと認める家康・・・。
しかし・・・

「遺言とは、それを残した者が死んで後初めて効き目を発するもの・・・
 しかし、殿下はまだ亡くなってはおらぬ。
 ご葬儀もあげてはおらぬ。
 そうではなかったかな・・・??
 であれば、今はまだ、ご遺言に従うときではないとわしは思ったのだが・・・

 ん??何か差しさわりがあろうか・・・??」by家康

おお・・・まさにこれはタヌキオヤジ!!
伊賀越えで、チキンってたのが・・・大きく成長した家康です。

明けて正月5日・・・殿下の死が公表されました。
秀頼は、秀吉の遺言と共に、前田利家と大坂城に入ります。

そんな中・・・加藤清正までもが家康の娘を嫁にもらうという・・・。
ここにきて、三成爆発!!

しかし、吉継は、秀頼さまが大きくなるまで・・・時を待てという・・・!!

「それでは遅すぎる・・・!!」by三成

「決して徳川とおぬしの争いに持ち込むな!!
 あくまでも、徳川とそれを除く老衆が相対する形にするのだ・・・よいな・・・!?」by吉継

そうね・・・吉継が病気でなければ・・・とも思っちゃうわ・・・。

皆で追及するも・・・
掟のことを年のせいで忘れた・・・と、かわす家康。

「方々・・・!!今は、われら十人が一丸となり、難事を切り抜けるべき時でござろう。
 それを何事か・・・!!この体たらくは・・・!!
 太閤殿下のご遺言をなんと心得おるか・・・!!」by家康

信繁の頼みだった上杉景勝もかわされてしまった・・・。

「ほかにご異存のある方はおられるか?」by家康

「徳川内府殿に申し上げる!!
 物忘れであろうが、御掟に背いたが間違いない事。
 この責め、いかに負われおるつもりか?
 返答次第では、われら9人の合議を以て、老衆から退いていただく・・・!!」by三成

 「この徳川家康、太閤殿下に直に老衆のお役目を仰せつかった。
 それを勝手に退けるとは、まさにそれこそが御遺命に背くことになるのではないか?
 違うか?治部少輔。

 そなたこそ、この徳川内府を締め出そうという魂胆、浅ましき限り・・・
 そこまでして政を独り占めしたいか・・・?・
 そうはいかぬぞ・・・!!
 何のための老衆じゃ・・・
 わしが退いても、前田大納言殿をはじめとして宇喜多殿、上杉殿、毛利殿が目を光らせておる・・・
 そうでござるな、御一同!!

 君側の奸の・・・出る幕ではないわ・・・!!」by家康

「聞き捨てなりませぬ・・・!!」by三成

「控えよ・・・!!治部少輔・・・!!」by家康


「腹は決まった・・・徳川屋敷に夜討ちをかける・・・!!
 家康の首をとる・・・!!」by三成

1599年正月21日・・・伏見の最も長い一日が始まろうとしている・・・!!

今回は、もちろん「応酬」なんだけど、応酬によってますます三成の「孤立」が深まった回だったように思います。
やはりあの時秀次を追い込まなければ・・・でも、老獪に変身した家康には対抗できそうにもありませんけどね。。。
さすが、内野聖陽さんです。


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