昭和7年・・・1932年5月15日、日本中を震撼させた事件がおこりました。
時の内閣総理大臣・犬養毅殺害!!世に言う五・一五事件です。
海軍青年将校・・・・・6人
陸軍士官候補生・・11人
元士官候補生・・・・・1人
民間人・・・・・・・・・・・9人
計27人による事件です。
彼等はどうして凶行に及んだのでしょうか?

1932年5月15日、事件当日・・・
その日は五月晴れの青空がまぶしい日曜日で、首相官邸にも穏やかな空気が流れていました。
この日、犬養夫人は帝国ホテルで行われる結婚式に出席、三男・健は相撲見物に出かけていました。
犬養総理は、首相官邸でパンとコーヒーという軽い食事を済ませた後、新緑の庭に出て休日を過ごしていました。
犬養総理がのんびりと休日を過ごしている中、あわただしく動いていた者たちが・・・
首相官邸を襲撃することになる三上卓海軍中尉と黒岩勇海軍予備少尉です。

5月15日午前8時ごろ・・・襲撃まで9時間30分!!
事件の首謀者の一人である三上卓海軍中尉はこの時27歳、海軍の幹部である階級としてはまだ下位でしたが、将来を嘱望されたエリートでした。
前日・・・所属部隊のあった広島県呉市から上京!!
周囲に悟られないように祖母に”ハハシス スグカエレ”という嘘の電報を打ってもらうと、10日間の休みを取っていました。
事件当日・・・三上は黒岩と共に襲撃に備えて奔走していました。
国民に対して撒く檄文を作らなくてはなりません。
ビラを製作するガリ版と神を購入し、襲撃近くの旅館でその文面を考えていました。
三上が檄文を担当したのには理由がありました。
読書家で、文章を書くのが得意で、檄文も当日速攻で書き上げています。

日本国民に檄す!

日本国民よ!
刻下の祖国日本を直視せよ
政治、外交、経済、教育、思想、軍事、
何処に皇国日本の姿ありや・・・

(略)

日本は今や欺くの如き錯綜せる
堕落の淵に死なんとしてゐる
革新の時期!!
今にしてたたずむば日本は滅亡せんのみ

国民諸君よ
武器を執って立て!

そう国民に呼びかけた青年将校たちの決起の目的とは・・・??
彼等は当時の日本をひどく憂いていました。

①政府への不満
1930年ロンドンで・・・ロンドン海軍軍縮会議が行われました。
巡洋艦・駆逐艦などの各国の保持比率が決められたのですが・・・
日本は保有する巡洋艦の割合を対アメリカで7割を主張するも、僅かに減らされ6.975割となったのです。
それにもかかわらず、当時の内閣総理大臣・浜口雄幸は世界から日本が孤立する可能性があると考えて海軍の反対を押し切り調印しました。
青年将校らは、政府の軟弱外交に憤っていたのです。

日本の政界は、立憲政友会と立憲民政党が常に対立!!
政治が上手く回っていないばかりか、汚職事件がはびこっていました。

そんな中・・・
1931年9月、中国で陸軍・関東軍が満州鉄道を爆破、満州事件が勃発しました。
浜口内閣に代わって政権を担っていた立憲民政党の岩槻礼次郎内閣が満州事件の騒動の責任を取って総辞職、そんな日本を立て直そうと内閣総理大臣になったのは立憲政友会の犬養毅でした。
この時、76歳。
総理となった犬養は、満州国建国に反対を唱えます。

②財閥
昭和初期、1929年ニューヨーク株式市場の株の大暴落に端を発した世界恐慌は日本へも波及・・・。
アメリカ市場に依存していた日本の生糸産業は大打撃を受けます。
さらに、賃金引き下げや倒産が相次ぎ、都市には失業者で溢れていました。
おまけに米価の大暴落、冷害・・・東北の大飢饉・・・
そんな中、日本の財閥は、日本の円が下落することを見越して、安定したアメリカのドルを買いに走ります。
すると、庶民の窮状にもかかわらず、利益を独占しようとしていると・・・
1932年2月9日、井上準之助(大蔵大臣)暗殺。
3月5日、段琢磨(三井財閥総帥)暗殺・・・襲撃事件が相次ぎます。
そんな財閥と政府が癒着していたこともあって、三上達の不満は爆発します。
彼等は、政党政治を打倒して、国家改造を成し遂げようとしたのです。
貧困にあえいでいる農民や労働者を救うには、財閥や特権階級と癒着した政党政治を無くし、新たな国家を建設しようとしたのです。

目指すは、国家改造!!
諸悪の根源である政党や財閥を倒そうとしたのです。
昭和維新の名のもとに・・・!!

どうして襲撃が5月15日となったのでしょうか?
第2次計画では、5月上旬~中旬に開かれる帝国議会を襲撃し、議会を大混乱に陥れようとしていたのですが・・・
新聞にこんな記事が・・・”喜劇王と首相・官邸で会見”
世界の喜劇王チャールズ・チャップリンが来日、その歓迎会が15日に首相官邸で行われるという・・・!!
5月15日に開かれるチャップリンの歓迎会を狙えば、そこに集まる政府要人・特権階級を一度に狙うことができる・・・!!と、考えたのです。
あわよくば、チャップリンを殺害することで、日米関係を悪化させられると考えました。
しかし・・・仲間の中には不安を感じるものも・・・!!
「確実にチャップリンの歓迎会は、首相官邸で行われえるのか・・・??」
それを確かめることができなかったので、チャップリン殺害計画は白紙に・・・。


決行日は変更されずに、首相官邸と他二カ所の襲撃に計画は練り直されました。
実際、5月15日に、チャップリンは犬養首相の息子と相撲観戦に出かけ、首相との面会はキャンセルしていたようです。
計画は二転三転し、最終の第五次計画が出来上がったのは事件の僅か3日前でした。
5月15日午後5時30分に襲撃が決まりました。

第一組が襲撃するのは政治のTOP・犬養毅のいる首相官邸!!
第二組は天皇を補佐する立場にあった牧野伸顕内大臣官邸!!
第三組は政党政治の中核・立憲政友会本部!!
青年将校たちは、それぞれの場所を襲撃したのち、警視庁・・・警察の力を弱める手はずになっていました。
その後で第四組が、財閥の代表として三菱銀行本社・・・別動隊が東京周辺の変電所6カ所を襲い、治安を乱したうえで戒厳令を敷き、軍政府をつくろうという大胆な計画でした。
青年将校たちは、飯倉に会った海軍の社交クラブ・水交社にいったん集まります。

5月15日午後3時00分・・・襲撃まで2時間30分!!
国民に革命の決起を促す檄文のビラを刷り終えた三上たちも水交社に来て、軍服に着替えていました。
ところが、三上が身に着けたのは、中尉の軍服ではなく大尉のものでした。
広島県呉市から上京した三上は、軍服を持っておらず、襲撃前日に銀座に買いに行きました。
しかし、海軍中尉の服はなく、店主は・・・
「手直しが必要ですので少々お時間をいただけますでしょうか?」
「時間がないんだ・・・」
「大尉の軍服を直すのであれば、明日までにできますが、いかがでしょうか?」
「では・・・そうしてくれ、遅くとも、明日のお昼過ぎまでには届けてほしい・・・」
と、届いた大尉の服を身に着けて、共に首相官邸を襲撃する山岸宏海軍中尉に500枚のビラを託し、一足先に、黒岩海軍予備少尉と第一組の集合場所である靖国神社へ。
その15分後・・・託されたビラを抱えた山岸中尉が靖国神社へと向かいます。
その頃、首相官邸は・・・満州問題解決のために犬養毅首相が密使として中国に送っていた腹心である萱野長知が訪ねてきていました。
犬養は、得意の囲碁を楽しんだといいます。
そして総理はこう言いました。
「一緒に夕食でもどうだい?」
しかし、萱野は用事があったために丁重に断って官邸を出ます。
事件の後、萱野はこう言ったといいます。
「あの時俺が帰らず犬養さんと一緒にいたら、殺させはしなかった」

5月15日午後4時30分・・・襲撃まで1時間!!

他の襲撃部隊もそれぞれの集合場所へと向かっていました。
第三組は新橋駅、第二組は泉岳寺へと向かっていました。

5月15日午後5時00分・・・襲撃まで30分!!
全員が集合した第二組と第三組は、タクシーで目立たないように・・・車を使うことを決められていました。
他にも、使用する武器の数も、拳銃は妨害者に対してのみ使うなど、
細かく決められていました。
この日要したのは、拳銃13挺、短刀15本、手榴弾21個・・・。
拳銃は、計画に協力したいというものから届いたもので、それぞれが持ち寄ったり購入したり・・・手榴弾の殆どは、三上が戦闘員として出動していた時に弾薬庫から盗んだものでした。
武器はすべて事件当日、各組に分配されました。

5月15日午後5時10分・・・襲撃まで20分!!

遅れて第一組である首相官邸襲撃部隊が靖国神社に集合!!
メンバーは、三上卓、黒岩勇、山岸宏、村山格之、陸軍士官候補生5人の計9人・・・。
彼等は首相官邸の表門と裏門に分かれて襲撃予定でした。
表組は三上・黒岩達5人、裏門は山岸・村山達4人!!
初対面のものもいましたが、特に名乗ることも銭司にタクシーで急ぎます。
しかし、その途中で三上が・・・
「ちょっと待ってくれ」
そう言ってタクシーを止めさせました。
そこで向かったのは駄菓子屋で、キャラメルを二つ買うと、裏門組のタクシーにも一つ分けました。
これはカモフラージュ・・・キャラメルを渡しながらこうささやきました。

「そっちに拳銃一丁余ってないか・・・??」

三上は、タクシーに乗ってから自分の使う拳銃が一つないことに気付いたのです。
裏門組に混じってしまった・・・??
山岸もとりあえず、自分の拳銃と弾丸を三上に渡し・・・
「この拳銃は調子が悪いから1つしか弾が入っていない・・・撃ったら装填を忘れるな!!」
そして首相官邸に向かったのです。



その頃、犬養毅は耳鼻科医の往診を受けて・・・そして往診が終わったところでした。

5月15日午後5時過ぎ・・・牧野内大臣官邸襲撃!!
集合場所である泉岳寺を出た第二組の古賀清志たち5人は、予定より早く内大臣官邸に到着してしまいました。
しかし、古賀は時間を待たずに決行!!
車を降りると遠く離れた場所から玄関に手榴弾ひとつを投げ込みました。
爆発はしたものの・・・玄関から30mも手前でした。
古賀に続いて元士官候補生も手榴弾を投げ込みます。
ところが・・・これが不発!!
士官候補生たちは手榴弾の使い方を教わっていませんでした。
襲撃としてはお粗末でしたが、彼らはそれ以上は何もせずに三上が作ったビラをまきながら、次の襲撃とである警視庁に向かいました。
古賀は警視庁襲撃を最終決戦と考えていたために、牧野内大臣の殺害はせずに脅すだけに留めたのです。

午後5時30分・・・立憲政友会本部襲撃!!
新橋駅で合流した中村義雄海軍中尉と陸軍士官候補生3人の第三組は、襲撃する立憲政友会本部に到着!!
午後5時30分を待って、玄関に中村中尉が手榴弾を二発投げ込みました。
しかし、ここでも不発!!
ここで使用する上限の2個を使い果たしてしまいました。
士官候補生は、次の警視庁襲撃用の手榴弾を持って車を降りました。
そして・・・その手榴弾を投げます!!
仲村らは爆発を確認すると、車に乗り込んで警視庁に向かいました。
この間、わずか3分の出来事でした。

首相官邸の表門と裏門に別れて襲撃することになっていた第一組・・・
表門組は、タクシーに乗ったまま、表門を難なく通過!!
特に不審がられませんでした。
そしてタクシーを降りると、護衛に用件を聞かれます。

「自分は名刺を持ち合わせていないが、海軍大学の副長である。
 校長の至急の要件で、是非総理に会いたいので、その旨、伝えてくれ。」

そう咄嗟に出まかせを言うと、玄関横の応接室に通されます。
しかし・・・護衛はなかなか総理に会わせようとはしません。
三上は・・・「案内しろ!!」と、銃を突き付けます。
護衛は、案内するそぶりを見せて玄関に向かって走り出しました。
「総理が危ない!!」
逃げる護衛に向かって士官候補生が発砲!!
この銃声に官邸内は騒然となりました。

一方、裏門組は官邸の手前でタクシーを降りますが、下見をしていなかったために入り口がわからずただウロウロ・・・。
焦る山岸海軍中尉は、三上から預かったビラ500枚が邪魔になり、ごみ箱に捨ててしまいます。
そんな中、表門の最初の銃声が響きます。
山岸らが銃声の方へ走っていくと裏門が・・・!!
そこでオロオロしていた護衛たちが助けが来たのだと勘違いし、山岸らを官邸内に案内してしまいました。

その頃、表門の三上達はいつも犬養総理がいるという日本間を必死に探していました。
すると三上が廊下の先に板戸を発見!!
三上はその板戸を足でけ破ると・・・廊下を進む三上達は、護衛を見つけました。
腹部に向けて発砲!!もう一人の護衛は震え上がり・・・
「総理の居場所は知りません。」
三上は聞きだすことを諦めて、部屋を出ると、そこで裏門組と合流!!

「必ずいる!!」

廊下を走って・・・その先の戸を開けると・・・逃げる様子もなく、犬養首相は食堂にいました。
三上はすかさず引き金を引きました!!
しかし、弾は発射されず・・・!!
装填することを忘れていたのです。

護衛に対して撃ったので・・・弾がなかったのです。
装填しようとする三上に、ゆっくりと近づいた犬養は、

「まあまて・・・そう騒がんでも話をすればわかる
 あちらへ行こう・・・話せばわかる・・・」

その真相とは・・・??

この頃犬養は、よく自分の名前をこう言っていました。
「いぬかい き」
毅を「き」と呼んだのです。
毅然の毅・・・
強い意志を持って生きる・・・それは、犬養が生涯貫いた哲学でした。
そんな犬養が毅然として立ち向かおうとしたもの・・・それは、腐敗した政界を浄化し、二大政党のもとで政党政治を行うことでした。
それは理想の日本を造るため・・・
犬養は凶弾に倒れる前にこう言っています。

「吾輩の理想としては、すべての国民が国家の恵沢に潤うものでなくてはならぬ
 今の政治は裏長屋の墨にまでは及んでおらぬ」

方法は違うが、日本が置かれた状況を良くしたいという思いは同じだと話したかったのです。

襲撃に来た三上達に日本間に招き、落ち着いた態度でこう言いました。
「まあ・・・靴を脱いだらどうだ
 急がんでも話せばわかることだ」

銃を突き付けられても、こう言って・・・次の言葉を発しようとしたその時・・・
傍にいた山岸がこう叫びました。
「問答無用!! 撃て撃て!!」

この声と同時に入ってきた黒岩達が立て続けに発砲!!
さらに三上も頭に向けて銃弾を放ちました。
即死したと思い込んだ三上達は、部屋を出て次の目的地である警視庁に向かいました。
この時、首相に向けられた銃弾は7発でしたが、命中したのは2発でした。

総理はまだ息がありました。
そして駆けつけたお手伝いさんに向かって言いました。

「いまの若いもんをもう1度よんで来い・・・話して聞かせてやる・・・!!」

5月15日午後5時35分・・・第三組、警視庁襲撃!!

それぞれの襲撃を終え、警視庁に向かう部隊三組・・・最初に警視庁についたのは、中村率いる第三組でした。
到着順に襲撃することになっていたので、すぐに窓に向け手榴弾を投げ込むも・・・不発!!
再度投げ込むと電信柱に命中し爆発するも、窓を割っただけでした。
これで手持ちの手榴弾を使い果たした中村たちは、自首する為に憲兵隊本部へ車で向かいます。

5時40分、第二組、警視庁襲撃!!
わずか五分後、古賀率いる第二組が到着!!
士官候補生二人が、玄関の石段に手榴弾を投げつけましたが、二発とも不発に終わります。
すると、第三組の爆発に驚いて出てきた警察官・・・古賀や士官候補生たちは威嚇射撃し、タクシーに急いで戻り憲兵隊本部へ自首しました。

残る首相官邸襲撃組の一組は、警視庁に向かったものの他のものがすでに襲撃していたために憲兵隊本部へ。
こうしてすべての者が自首しましたが、襲撃から30分の経過していませんでした。
丁度その頃、襲撃を躊躇しているものが一人・・・
まだ学生だった奥田秀夫です。
どうして軍人でもない奥田一人に三菱銀行本社襲撃を任せたのかはわかりませんが、奥田が動き出したのは、日暮れになってからの事でした。
午後7時00分・・・三菱銀行本社襲撃
裏庭に向かって手榴弾を投げましたが・・・ところが、木の枝に当たり裏庭まで届かずに道に落ちて爆発!!
奥田は急いでその場を立ち去り・・・翌日別の場所を襲撃しようと考え自首はせず、友人の家に泊まりました。
しかし・・・翌日下宿先に戻ったところを逮捕されます。

午後7時00分・・・変電所襲撃!!
別動隊tの農民たちが、別れて東京周辺の変電所に農民たちがいました。
目的は、6カ所同時に襲って、東京に大停電をおこし、さらに混乱させようとしたのです。
ところが・・・事前に変電所の仕組みを勉強していたものの、多くの者が理解できていませんでした。
そこで、手当たり次第にスイッチを切ったり、ハンマーでたたいたり、手榴弾を投げたり・・・
結果は僅かに損傷しただけでそれどころか、怖気づいて断念したものや、施設に侵入しても何もできずにいる者もいました。
結果はお粗末なものでした。
こうして犯行に及んだ別動隊の者は、翌日に全員逮捕されるのです。

青年将校襲撃から7時間後・・・5月16日午前2時35分・・・。
犬養毅総理が息を引き取りました。
現職総理大臣が殺害されたのはこれが最初で、以後起こっていません。
その10日後・・・元海軍大将の斎藤実が第30代内閣総理大臣となります。
犬養たちの政党政治は終わりを告げました。
これによって皮肉にも青年将校たちの目的の一つが達成されました。

実行犯たちの裁判が開始されました。
三上卓・黒岩勇・古賀清志は死刑を求刑されます。
1933年11月9日判決!!
ところが判決は驚くべきものでした。
反乱罪として死刑を求刑されていた三上達・・・三上卓・禁固15年、黒岩勇・禁錮13年、古賀清志・禁固15年!!
無期懲役を求刑されていた中村義雄、山岸宏は禁固10年と大きく減刑されました。
事件後、日本の現状に不満を持ち、三上達に賛同した農民や軍関係者、退役軍人たちから助命嘆願が集まっていたのです。
その数・・・100万通・・・。
その世論が、判決に影響したと思われます。
また、軍法会議であったために、軍が将校たちを守ったとも・・・
その翌年・・・1934年2月3日、三菱銀行本社を襲撃した奥田秀夫や変電所を襲撃した農民たち・・・民間人の裁判が行われました。
懲役15年を求刑されていた奥田は懲役12年に・・・変電所を襲撃した農民たちは懲役7~10年から懲役3年半~7年に・・・その度合いが違っていたので、将校たちへの甘さが際立ち、非難の声が上がったといいます。

時の総理大臣暗殺という凶行・・・事件を知った新聞各紙は号外を出しますが、発禁処分にされてしまいます。
それ以後、報道は軍部に遠慮して委縮、このメディアの沈黙こそが、軍部の暴走生んだと、後に犬養毅のお孫さんが語っていたといいます。
事件後、日本は犬養毅総理が望んでいなかった満州国を承認、国際連盟を脱退・・・世界から孤立していきます。
そして・・・戦争への道程をひた走っていくようになるのです。

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