日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:山川浩

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総集編・・・最終章です。

明治に入ってのいろいろを・・・。
当時は、新島八重の明治維新後をする必要性って何なのかな??なんて思ってみたり、そう書いている感想も沢山見かけました。
でも、今年の大河「西郷どん」を見ていると、やっぱりあれはあれで良かったんじゃないかと思って・・・。
あたらめて観ると、総集編なのに政治のあれやこれや、心の機微が感じられて、とっても良かったです。

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女性ながら第一線で大活躍する八重さんです。
皇室以外で初めて受勲しました。
それだけ身を粉にして一生懸命働きました。
何のために・・・??

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そこにはやっぱりこれ・・・
松平容保が山川健次郎に公開を託した「孝明天皇の御宸翰」・・・があるんだと思います。

会津という国が無くなっても、そこに殿がいる限り・・・松平容保がいる限り、会津の人たちは前を向いて一生懸命生きたんだと思います。

そして・・・最期まで世の中を見続けるという西郷頼母の姿も・・・

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武士が切腹によって名誉を守ることができた時代に、あえて汚名を浴びながら時代を生き抜いた・・・そんな芯の強い人たちです。
ほんとね、お互いに尊敬し、信頼しているのが分かります。


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着物の着こなしも、所作も、とってもいい感じに・・・丁寧に小奇麗に仕上がっていました。
その着物のように折り目正しいという言葉がぴったりの作品だったと思います。

大河ドラマ・・・ドラマなので歴史に忠実にとは思いませんが、やっぱりドラマにするならかっこよく!!
あ・・・今年の大河を批判しちゃったわ・・・この「八重の桜」ではするつもりなかったのに・・・
登場人物をリスペクトして、歴史をリスペクトして、同じフィクションならかっこよくしてほしいものです。

ほんと、八重の桜は綾瀬はるかさんはもちろん、お話も綺麗だったわ・・・。
涙涙の作品でした

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涙涙です~~!!

涙無くしては語れないのが、この総集編③です。
理不尽な戦いに命をかけ、会津の人が、”敗けた”その時です。

総集編なのに・・・かいつまんだだけなのに、歴史が解ってしまうという・・・そんな丁寧な作りになっていましたね。
幕末から維新までが、本当によくわかりました。

そして何より、敵も味方も信念を持っていてカッコいい!!ってところでしょうか??

個人的には、やっぱり玉山鉄二さん演じる彼岸獅子の山川大蔵ですよね~~!!

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ほんと、敵も味方もキャラだっていて、信念と思いがビンビン伝わってきて、本当に心を丁寧に書いてくれているので、見ていて感情移入しちゃいました!!

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1882年(明治15年)。
伊藤博文と対立して政府を追われた大隈重信は、・・・早稲田大学の前身となる東京専門学校を開校しました。

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その頃・・・襄もまた、大学設立に向け準備を始めていました。
会津へ行った後、襄は体調を崩し。。。
しかし、心配する八重をよそに襄は精力的に働いていました。

デービス先生がアメリカから帰ってきました。
途中・・・船の中でに会津の女性に会ったという。。。
名前は・・・山川捨松。

文部省で・・・
帰国した山川捨松は同じく帰国子女の津田梅子と共に、女子大学の設立を求めて政府に掛け合っていました。
でも・・・日本語もあまり話せない。。。なかなか相手にされません。

この捨松の留学は、10年前に北海道開拓使が勝手に募ったもので。。。
当時としては、大事な娘を留学さ汗対なんて思うものなどおらず。。。
逆賊の東北諸藩や幕臣の子弟にお鉢が回っただけだという。。。
女は嫁に行って、男子を生むことが、国家への最上のご奉公であると、却下されます。

ま、健次郎でさえ留学できたのは同じような理由だと言えますから、
当時は男尊女卑の時代・・・
女性に学は要らない。。。嫁に行って男子を生むこと。。。
今でもそんな風に言う人いますからねえ。。。

なかなか仕事が見つからない捨松。。。嘆くものの。。。
健次郎の勤めている東京大学でさえ女性教員はいないという。。。
おまけに、山川家の人々は書生たちの面倒を見、会津にも送金していました。
形見の狭い捨松。。。

女が身をたてるのは難しい。。。
自分のアメリカでの10年は無駄だったの???


陸軍大阪鎮台となっていた山川浩は、山本家を訪問していました。
・・・会えなかった15年という長い年月。。。

「覚馬さん・・・
 俺も戦で敗れて・・・あわせる顔がなかったんです。
 そんじも・・・こうしてまた無事に会えた。。。」

浩と覚馬にはお互いに負い目がありました。

浩は・・・捨松の就職を頼みに襄に会いにきたのです。
二つ返事で捨松のことを受け入れる襄。。。

突然、浩は東京に呼び戻されました。
陸軍省人事局への栄転です。
日陰の身である会津モンに・・・なぜ、栄転??

突然山川家を訪れたのは、陸軍中将・大山巌。

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理由は・・・
”山川殿の妹御・捨松さんを・・・おいの嫁に戴きたく・・・”
とやってきたのです。

「此度の栄転は・・・妹を釣るためのエサ???
 言い訳は要らん・・・
 妹を人質に出すぐらいなら、陸軍など辞職いたしやす!!」

怒って席を立った浩。
なぜ、捨松なのです?と健次郎。

「不平等条約の改正は、日本政府の悲願。
 そいには日本が文明国じゃち列強に認めさす必要がある。
 捨松さは、西洋ん流儀を身に着けられ、才媛としてアメリカでも名高い。
 ゆえに我妻に最適・・・」

「妹を道具のように言うな!!」by浩。

それを聞いて捨松は・・・

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「日本の為に働けるなら、大山のアクセサリーになります。よろこんで。」

やけになる捨松。。。
一度会って、自分の目で見極めろ。。。と、健次郎が諭しました。

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パーティーで会った大山は。。。
何度かパーティーで捨松の事を見かけ・・・一目ぼれしていたという。。。
「おはんは外国人などではありもはん。
 誇り高か会津んおなごでごわす。
 おいが薩摩ん人間じゃっとが気に障っとでごわんそ。
 じゃっどん・・・
 海外に出れば同じ日本人です。」

実際、とっても紳士的だったと言います。
なんだか良い人。。。

会ってきたことに反対する山川家の人たち。。。
代々会津家老の家柄の娘が・・・会津には嫁げない。。。
会津の汚名を雪ぎ、国の礎となるための留学だったのに。。。
と、母に責められるのでした。

助けることの出来なかった尚之助の「会津戦記」を読んで忍びなく兄の背中を見て・・・
未だ残る・・・癒すことのできない心の傷を知るのでした。
やはり・・・この結婚は無理だと悟る捨松でした。

大学設立の為に東京にやって来た襄。ついてきた八重の本当の仕事は・・・
山川家に乗り込むことでした。
宿に訪ねてきたお客様は・・・捨松。。。
このまま京都に連れて行ってくれと頼みます。

「薩摩との縁談など、会津の者には迷惑です。
 兄は断っています。
 それでも大山さまは毎日うちに来ます。」

山川家に乗り込んだ八重。。。
そこには大山がいました。
大山は言う。。。
「捨松さあとの結婚・・・薩摩と会津が恨みを乗り越えたと・・・民に示すためにも意味のあること。。。
 お許し願いたか。。。
 海の外に出たら、同じ日本人でごわそ。。。」
「ここは日本です。」
「そげなせまか見識じゃ・・・日本は立ち行かん。。。」
「狭い??
 日本の政治は、薩長の狭い見識で決められてるではねえですか・・・」
バチバチな大山VS山川。

ごちゃごちゃいう男たちに・・・腕相撲で決めようという八重。
なんと、大山VS八重になっちゃいました。

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いや~八重に託されちゃいました。
この感じじゃ、八重は本気だったように思えるんだけども、もっと女性らしく、捨松の気持ちも想っての腕相撲にしてほしかったなあ。。。って思います。

「大山様」by捨松

「よい勝負でした。
 かつて・・・命がけで銃を撃ちあった手で・・・
 腕相撲ができた。
 15年・・・
 誰にも等しく時は流れたんです。
 この手は形を変えると・・・」
なんて優しい襄。
 
「戦は終わったの・・・山川・・・」

「この屋根の下では、兄上と呼んでもらおうか。。。」

う~ん、良い男ばっかりです。
これをみる限り、八重が一番ガサツです

1883年8月伊藤博文が帰国しました。
強力な官僚組織を作ろうとしていました。

東京大学を有能な官僚の育成機関とするように命じられる健次郎。。。

「学問は、国家によって左右されるものであっては断じてなりません。
 大学は、政治から独立した教育と研究の場です。」

「会津モンか・・・」

ここでも未だ偏見が残っていました。

12月には・・・鹿鳴館で大山巌と捨松の結婚披露宴が行われたのでした。

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「兄上・・・山川家の出世頭は、捨松かも知れませんね。。。」
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「時が乗り越えさせてくれるものもある。。。
 だけんじょ、俺が忘れぬうちは相手も同じ。。。
 逆賊と呼ばれ続けんだろう。。。
 それでも100年後、会津が日本の誉んなる日がくっかも知んねえ。。。
 それは、若いもん次第だ。。。」

一方、官僚が帝国大学に集まる中・・・私立大学生は徴兵に行かなければならなくなります。
そう、同志社は今後、徴兵による生徒不足に頭を悩ませることになるのでした。
 
山川捨松さんは、本当にカッコいい女性だったようです。
八重と比較しちゃいますが、親子ほども歳の離れた大山家に・・・もう世話をする必要はないとはいえ、前妻の子3人の親となり、世界で活躍します。

そう思うと、「八重の桜」は八重桜をもじったものなんでしょうが・・・
いつも思うのは、福島=大河ドラマ=捨松でも良かったんじゃないの?って思っていました。
捨松だったら題は何になったんだろう???松・・・う~ん、松。

良妻賢母・おまけに当時の働く女性のNo,1だったんじゃないかしら?

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会津藩 斗南へ―誇り高き魂の軌跡

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あ~お盆と夏祭りでバタバタしてなかなかじっくり見れません・・・

鶴ヶ城開城ののち、会津はお家再興の許しを得ましたが・・・領地は北辺・陸奥の国・・・23万石は3万石と減らされました。
大蔵たちはこの地を斗南とし、交易を中心とした国を作ることを決意します。

米沢の八重たちは、行商などでどうにか暮らしていました。。。

そんな八重に、お手紙が・・・
そのお手紙は、尚之助からのものでした。

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良い知らせ???と思ったその手紙は・・・離縁状でした。。。
当時は男性に三行半を言い渡されれば別れるしかなかった時代。
八重にはどうすることもできません。。。
何も言わないまま。。。
何でも一人で決める尚之助を勝手とする八重。。。甘んじて受け入れるようです。。。

その頃斗南では、寒さと飢えで多くの死者が出ていました。。。
大蔵は名を浩と改名し、藩の舵取りに当たっていましたが。。。3万石と言われても・・・実のところは7000石・・・。
まさに、藩ごと島流しにあったようなものでした。

辛抱してたら死んじまう・・・

生きてなお苦しみを味わうことになった会津藩士たち・・・
一縷の望みは北海道で奔走していた尚之助の米の買い付けでした。
しかし、尚之助は詐欺事件に巻き込まれていたのです。。。

行き倒れていたのはユキ。。。
斉藤一が家に連れて帰ると時尾がいました。
連れて来てくれた人が斉藤一だと知ったユキは・・・
新選組が人斬り集団であること、やり過ぎたために長州が会津を憎むのだ・・・と、

会津の為に命がけで最後まで戦ってくれた斉藤一たち。。。
みな生きるのがつらくて・・・恨みをぶつける相手を探してしまうのです。。。

「戦の後に、もっとつらい目に遭うなんて・・・」

東京では・・・駆け足で近代化が行われていました。

新政府もお金がないようです。。。
廃藩置県を論じています。。。

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武士が無くなってしまうと、200万の武士が失業してしまう。。。
それは、また戦が起こるかもしれない・・・武家の世に幕を引く。。。
それは、腹を切るかも知れない。。。覚悟が必要でした。


一方、尚之助の米の買い付けは、訴訟と決まってしまいます。
米の代金が工面できなかったのは、仲買人に騙されたためでしたが、3000両が用意できない・・・
斗南藩としては。。。助けようにも金がない。。。

尚之助は取り調べで、

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「藩命ではない・・・これはすべて、これはすべて私の一存で執り行ったことでございます。。。」

斗南の為にやった米の買い付け。。。
しかし無情にも山川は
「あずかり知らぬ」と返答します。

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3000両の借財を背負ったら、斗南は間違いなく野垂れ死にする。。。

自ら鬼となり、斗南を守ろうとする山川浩がそこにはいました。
そう、その借財を背負ったための離縁状と言われています。


遂に廃藩置県が行われます。斗南藩は、わずか2年でした。
藩がなくなる・・・武士は・・・殿はどうなるのでしょう???
そして・・・薩長への恨みも何処へ。。。。。


そんな不安の中、ひとりの若者が山本家へ・・・手紙を持ってやって来ました。
覚馬の使いでやってきたのでした。

消息不明だった覚馬。。。生きていたのです!!!

これから京都府に出仕することになります。
みんなを都に迎えたい・・・と思っているようです。
しかし、覚馬は時枝の間に子を儲けていました。。。

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心境複雑なうら。。。

山川浩は東京へと行くことに・・・東京に行ったみんなの身がたつ様に・・・
散り散りとなる会津藩士たち。。。

その時梶原平馬は・・・二葉と離縁するのでした。
山川家に戻って二葉と寅次郎を東京へと頼む平馬。。。

「別れるのはいやでごぜえます。。。
 私は・・・梶原平馬さまの妻にごぜえます。。。」

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「無理言うな・・・俺はぬけがらだ・・・
 東京でやり直す気力が俺にはねえ・・・」

梶原平馬は会津戦争当時の立場は若いのに家老。
最後に藩の責任を負って切腹した家老の萱野権兵衛に、その命を伝えたのがこの平馬でした。

そして容保が、鳥取藩江戸屋敷に幽閉されたとき随行したのも平馬でした。

おもだった家老たちが戦死していった中、生き残って代表して責任をとったのが萱野権兵衛。
一方、生きて「その後」の責任を負う立場だったのが、梶原平馬です。

亡くなった萱野と、生きて地獄を歩んだ梶原・・・
本当に、もう、燃え尽きてしまったのかもしれません。。。


うらは、京都には行けないという。。。

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身を切る思い出みねを手放すのでした。。。
うらは会津へ、山本一家は京都へと向かうのでした。。。
京都では・・・身なりもきちんとした京女。。。
若い女性・時枝が待っていました。



勝手の違う家で・・・若くてきれいな女性が・・・
生きていた覚馬。。。しかしその眼は・・・・・見えなくなっていたのです。。。

探すことも迎えに行くこともできなかったと覚馬。。。

「すまなかった。。。」

「生きててくれて良かった・・・」

あ~やっぱり肉親か・・・???
って感じのする終わり方でした。


この回は、3組の夫婦の「離縁のわけ」を書いたわけですが。。。
やっぱり覚馬が納得できませんか???

女の身・・・嫁の立場からすると、うらさん可哀想です。。。
やっぱり、嫁は嫁!!
って感じがプンプンしちゃって。。。
尚之助はあげあげ
平馬も苦労したんだね~と、納得の離縁です。。。
実際、二葉は明治10年ごろには東京女子師範で教えていたと言われています。
彼女もエリート山川の血が流れています。
埋もれさすには惜しい賢い人だったのでしょう。。。

それなのに覚馬ですよ。。。

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