大名家の生き残り策・・・今回は、島津家です。
鹿児島・桜島の南を700年も治め続けた一族・・・それが島津家。
勇ましく豪胆な武の気風は鎌倉時代から受け継がれ、明治維新まで同じ地に君臨したという稀有な一族です。
しかし、平穏とは無縁の激動の700年でした。

猛将・島津義弘の敵中突破。
島津義久のVS家康の外交戦。
空前の危機に登場する史上最強のご隠居様・島津重豪。
幕末・・・島津斉彬・久光兄弟。。。
これらを実現させた行動力とは???

危機を乗り越えるたびに大きくなる島津家・・・
関ヶ原の戦いにおいて・・・東軍西軍合わせて17万人・・・日本中の名将・猛将が集まる中・・・
鳴り響いた名は、島津義弘。

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島津は西軍の敗北が決まりかけたころ・・・西軍の後方にいた義弘は・・・
西軍が敗走を始める中・・・敢えて敵のただ中に活路を見出し、死に物狂いで突撃したのでした。
義弘軍の錐のような鋭い進軍は、家康の本陣をかすめ・・・
本陣を脱出することに成功しました。
島津義弘奇跡の敵中突破です。その姿は、敵である東軍の武将までもが称えたと言われています。

勝者はあくまでも家康・・・
これに対抗したのが、義弘の兄・第16代当主島津義久。
弟とは正反対、関ヶ原で弟が援軍を要請したにもかかわらず、兄・義久は無視・・・
それは、島津家が中央政府とどのように接していこうとしているのか???
その考え方の違いにあったようです。
義久は、豊臣大名と言うよりもあくまで古い戦国大名のような体質=豊臣政権とは距離を置く。。。
義弘は、豊臣大名として生きていくこと=秀吉に奉仕することが島津家の生きる道・・・。
と、考えていたようです。
兄弟の立場の違いがありました。

徳川家康と島津義久の、関ヶ原の戦後交渉において・・・。
西軍についた理由について義久は・・・
「遠いところに住んでいる私たちは、西軍が家康さまに刃向うという企ても弟が参加していることさえ知りませんでした。」
と、義弘を桜島に蟄居させます。

この対応に家康は・・・
加藤重次・鍋島直茂・黒田如水・加藤清正・立花宗茂に島津の包囲を命令。
2万の兵を送ります。
義久は、城を増強し、徹底抗戦を図ります。
関ケ原に出さなかった・・・温存されていた兵力は島津3万軍。
睨み合います・・・。
そこで家康は、義久に上洛し謝罪するように要求しました。
しかし義久の返事は、「昨年からの病気が治らないので上洛できない」「旅費が足りません」というものでした。
どうしてこれだけ強気に出ることができたのでしょうか?
そこには、大陸に理解という島津家の国際戦略がありました。
中国・明との貿易です。
この明と島津のパイプは、家康にとってこの明貿易での利権は、魅力的なものでした。
島津に下手に手は出せなかったのです。
関ヶ原の戦いから1年半がたち・・・家康と義久の交渉は・・・
薩摩・大隅などもとの領地を安堵する・・・というものでした。
不可能と思われた西軍方の生き残りが実現したのでした。
薩摩を敵に回さない方がいい・・・家康の判断がそこにはありました。


元々島津家は鎌倉時代・・・元寇・蒙古襲来に対して大勢の武士が立ち向かったのですが・・・
その中に、島津家がありました。
宮崎県都城市にある荘園・島津荘・・・ここに源頼朝の御家人・惟宗忠久が任命されました。
ここに、島津忠久が誕生し、島津家が始まりました。
そして・・・薩摩・大隅・日向・・・と、南九州を治めることになります。
ここで重要なのは、薩摩半島の西・・・海を手に入れたことでした。

中国から青磁や白磁が・・・これらの品は、貴重品として大きな利を生むことになります。
坊津は明貿易の要に。。。
しかし、常に島津家が安泰であったわけではなく・・・14C~16Cは南九州では常に覇権争いが行われていました。
南北朝時代には、本家と分家が争い、分家が嫡流となります。
しかし、島津の名は残るのです。


江戸時代には・・・さまざまな気風が・・・
東郷示現流・・・この武の気流が特別な藩となっていきます。
その代表的なのが、外城制度。
他の藩では、城下町に武士を集めるのが主流の時代にあって、薩摩では外城制度・・・100以上の城を造り、その周りに武士を住まわせました。
薩摩全土に武の気風が浸透します。
他藩と比べると・・・
武士が圧倒的に多く、4人にひとりでした。

江戸時代には、パワフルで型破りな藩主が現れます。
第25代当主・島津重豪です。
外様大名として厳しい立場にあった島津家・・・
お手伝い普請では莫大な費用が必要になります。
薩摩にとって厳しかったのは、木曽川の堤防工事でした。
多くの人命を失い、藩の財政は大打撃を受けます。
江戸時代の後期、島津藩の赤字は500万両、3000億円に膨れ上がっていました。
慢性的な財政危機に藩のかじ取りを執ったのが、89歳まで生きた島津重豪です。
43歳で隠居をするも、その後も50年も実権を握った男です。

西洋文化の好きな重豪・・・
ローマ字の勉強、世界地図を作り、シーボルトと会見、オランダ語を堪能に使いこなします。
赤字を無くすために・・・徳川幕府との関係改善に努めます。
その為に、婚姻政策・・・
重豪の三女の婿が・・・なんと、11代将軍家茂となったことがきっかけでした。
将軍の義理の父となった重豪は・・・幕府の要職にあるものたちに娘を嫁がせます。
全国の有力者と親しくなることによって幕府での発言力を強化していったのです。
そして・・・お手伝い普請を無くそうとしますが・・・
これに異論を唱えたのが、重豪の息子・島津斉宣でした。
儒教を重んじる生真面目な斉宣。。。
婚姻政策などお金がかかるやり方では財政再建は困難・・・と、藩全体に質素倹約をし、幕府にもそのように進言しようとしました。
それが・・・参勤交代の15年免除だったのです。
江戸への行き来の莫大な費用の免除を願い出たのですが・・・
父・重豪は、幕府の機嫌を損ねるのはもってのほかと、家臣13人を切腹させ、100人以上を処分てしまいました。
息子を隠居に追いやり、孫を藩主に据えて自らが後見人となりました。
そして18年後・・・83歳の時に、財政再建を無名の役人に全権委任し・・・
借金500万両の返済、余剰金50万両を生み出せと申し付けます。
この命令を受けたのは、調所広郷。
そして・・・商人たちを集めて・・・借金を250年分割で支払うとします。
貿易の販路拡大、年10万両の利益を生むようになっていきます。
このお金が・・・後に幕末に活躍することになるのです。


幕末・・・ペリーが来航する少し前・・・
1844年に琉球に英米船が出現していました。
それに危機感を抱いていたのが薩摩・・・
薩摩の近海には、西欧列強の脅威がやって来ていたのです。
それが日本の脅威となります。
日本が混乱の時代を迎えたのでした。
この時の藩主は・・・第28代当主・島津斉彬。
造船業を起こし大砲をつくる・・・天下に先駆けようとしていました。
そして、政治活動でも・・・
挙国一致で国難にあたろうという幕府改革案でした。

斉彬は一橋慶喜と組んで幕府に働きかけます。
ところが・・・49歳・・・志半ばでこの世を去ってしまいました。
その意思を継いだのが、弟・久光。。。
兄は正室の子であるのに対し、久光は側室の子で五男・・・
ふたりの間でお家騒動もありました。
そんな因縁の中・・・兄の意思を継ぎます。

斉彬の死から3年・・・
久光がとったのは・・・薩摩から1000名の軍勢を連れて・・・1862年に世に言う卒兵上京を行います。
幕府に対する反逆行為ともとられかねない行動でした。
これにより一橋慶喜は、将軍後見人という重責に就任することになります。
しかし、この久光の行動が、反幕府勢力を刺激・・・武力を行使するようになります。
混乱が広まる中・・・挙国一致の夢は・・・。。。

そして、15代将軍に慶喜が・・・。
有力藩に力を与えるのではなく徳川主導の政治を行おうとする慶喜、島津が目障りになってきました。
1867年5月・・・京都で会議がありました。
将軍・慶喜と久光ら有力藩の代表が会議を持ったのです。
しかし・・・慶喜は得意の演説で久光らを翻弄、会議は歩み寄ることなく決裂してしまいました。
久光は・・・中央の政界から距離を置くようになります。

このままなら・・・薩摩は潰されかねない・・・。
この難局を突き破ったのが・・・西郷隆盛、大久保利通たちです。
無謀にも、幕府との戦争へ・・・
幕府を挑発して1868年1月戊辰戦争を起こします。
朝廷を味方につけて、明治新政府樹立へ!!!

薩摩と言う枠を超えて・・・日本そのものを再生させることになります。

借金の250年ローンは・・・延々と・・・明治4年まで続きます。
この時、廃藩置県が行われたからです。
土地の統治は藩から明治政府へ・・・
そして島津の700年にわたる統治も終わりを告げたのでした。
 

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