日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:後藤象二郎

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副題が、「さらば、東京」ということで、遂に下野する西郷どんです。

「明治6年10月14日。
 帰国した岩倉を交えた最初の閣議が開かれました。」

またまた征韓論の議論がぶり返しました。
大久保と岩倉は、すでにズブズブの関係・・・
「西郷に勝ち、今の政府をぶっ潰したいのです。」by大久保
って・・・アホなヤンキーじゃあるまいし、ぶっ潰すなんて・・・もっと政治的にダメダメなことを理由にぶっ潰せよなあ・・・これじゃあ、まるでいじめられた大久保の私怨じゃん!!
それとも、恐れ多い内務卿・大久保利通がアホなのか・・・??

あくまでも西郷どんは遣韓論を通すみたいで・・・
その助けに行くのに余った士族を利用するんだそうだ。

「これも強兵を作る方法だ!!」by西郷どん

って言いますけど、外に目を向けることは・・・これって、よくある政治の常套手段で、最終的には明治政府も植民地化計画になるはずなんだけど、心優しい西郷どんは、あくまでも2000人の居留民のために派兵するんだそうだ。
その派兵のせいで、もっと死ぬことを考えていないんだろうか??と思うけど・・・。

「わかった!!西郷、望み通り朝鮮国へ行ってこい!!」by岩倉具視

って、結局行かすんかい!!と、突っ込んでしまいました。
だって、もともとイケイケの西郷さんなんだから、”韓国に行きたい”という史実はあるわけだから、行かさないといけないわけで・・・そうなると、平和、平和言っている西郷さんに無理が出てくるのは当たり前なのよ・・・。
で、売り言葉に買い言葉で言ってしまったことを大久保に怒られる岩倉具視は、子供のように切れちゃいました。

戦になっても知らん!!と政治を投げ出す大久保に、逃げる岩倉って・・・最悪だろ??
お札になった人だよ??岩倉具視って・・・!!
で・・・倒れてしまった三条実美なのでした。

ちなみに・・・どうして征韓論、征韓論、ってことになっているのかというと・・・??

明治になり、政府が李氏朝鮮に「将軍」が居なくなって王政復古した事を告げると、朝鮮は「今までと外交文書の形式が違う」と、国書の受理を拒否されてしまいます。
これを何とかし(武力で)朝鮮にいる居留民を救おう・・・という話が、板垣退助らが考えた「征韓論」なんです。

この居留民を救おう!!という、西郷さんが一生懸命言っている事・・・これが、征韓論の”大義名分”になっていることは間違いないんです。
もしかすると、2000人の居留民を助けるため・・・ではなく、それを理由に征韓したかったのかもしれません。
ま、西郷さんは遣韓論だったと言われてますけどね??
でも、どうしようもなければ攻め入る覚悟だったみたいよ。

で・・・またもや緊張感もなく薩摩の家族が出てきます。
三条実美は過労で倒れ・・・

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なんでか西郷さんに謝ります。
扇の要がなんだかんだと言ってますが、全く何を言いたいのかわからず・・・

「大久保が・・・大久保が・・・おとろしいことをたくらんどる・・・!!」by三条実美

ああ・・・こんなのやめてくれよなあ・・・。
おとろしいことって何やねん・・・。
こんなん、告げ口やんけ・・・。

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で・・・やってきたのは岩倉具視。
太政大臣代理になったみたい。
ほくそ笑む岩倉具視・・・それも、大久保の策略のようです。
天子様に「西郷が命を落とすかも??」と言って、征韓論を阻止しようとします。
そして、朝鮮国派兵は、おじゃんとなるのでした。

ああ・・・おとろしいこととか、西郷が命を落とすかも??ってことが策略か??
もっと、策を弄じろよ・・・と思っていたら、
「三条はんに頼まれたわけやない!!
 天子様に任命されたんや!!」by岩倉具視
なんて、小学生が先生を楯にケンカしているみたいでわやくちゃで情けなかった・・・
「これがマロのやり方や!!」by岩倉具視
足を踏み鳴らして・・・ほんまに子供のケンカやわ・・・。

で・・・やっぱり居留民のことだけは心配する西郷どんですが・・・
それにあきれたのか・・・参議を辞める西郷どんたちでした。

怒る桐野達ですが・・・

「おはんらは、今や一人一人が政府の大切な人間じゃ。
 それぞれになすべきこどがあっどが。
 おいがどげんしようと関係なか。
 辞めるこつも、騒ぎ立てるこつも許さん。
 国づくりはの・・・一握りの政府のお偉方だけじゃできんとじゃ。
 おいからも、おはんらの力や民の力がいるようじゃっで。」by西郷どん

う~ん・・・自分に言えよ・・・!!

熊吉のラブラブも要らんわ・・・。

そして・・・政府に辞表を届けたと、ナレ!!

「こんままでは終わらんぞ!!」by江藤新平

大久保に捨て台詞を吐いて、江藤新平、後藤象二郎、板垣退助が辞職。
誰が誰だかわかんないんよ・・・新政府の人間なのにさ・・・。
八重の桜では、西郷どん(吉川晃司)や木戸孝允(及川光博)はともかく、板垣退助(加藤雅也)、大山巌(反町隆史)って・・・敵なのに今から思えば、恐ろしいほど豪華だわ・・・。

その頃、大久保利通は、新しい政治体制を作り、自ら内務卿となるのでした。

で・・・また遊郭か・・・。
嫌やわ~~!!
腐敗していることを表現したいのか??それとも、遊郭で政治をするのが普通だったのか??
それはわからないけど、「マロの頼みを聞いてくれ・・・」と、木戸孝允を説得しようとする岩倉具視ですが・・・
反対に怒らせてしまうのでした。

西郷どんの長屋にやってきた木戸孝允・・・。
そんなあんなこんなももうええわ・・・。
東京を去るって聞いた子供たちが悲しむ・・・子供達もほら、こんなに西郷どんにいて欲しいんだよ~~って言う表現なのか・・・??
それは別に西郷どんでなくてもええ!!
西郷どんは政治に必要だ!!と、説いてくれ!!
木戸さん・・・なんか言ってるけど、頭に入らん・・・
東京を去る西郷どんの代わりに木戸孝允が子供たちの面倒を見ようと言い出します。
そんな言葉は頭に入りました

家に帰ってきた大久保利通を待っていたのは、西郷どんでした。
怒ってい大久保なので、家にあげたことをおゆうに怒るのですが・・・おゆうは、子供の友達だと屁理屈をこねます。
この時代の女性はこんなんではない!!と思うし、大久保も、「詭弁を使うな!!」と怒っています。
おゆうは・・・フキと同様、助けてもらった身・・・ま、おゆうは売れっ子だったかもしれないけど・・・でも、旦那様の言うことは絶対だろ・・・??

テーブルについた二人・・・
一蔵どんに聞きたいことがあったと、西郷どんが言い出します。

「一蔵どんは、おいを政府から追い出したかったとな??
 じゃったら、ないごてそげんはっきり言うてくれんかった??
 おいと、一蔵どんの喧嘩なら、周りを巻き込むこつはなかった!!
 腹を割って、話せば済むこっじゃ!! ずっと、そげんしてきたどが・・・!!

 おいは、こげなまわりくどかやり方は好かんど!!
 おはんもしっちょっどが!!」by西郷どん

「卑怯者とでも何とでも言え!!
 憎め!!
 すべて覚悟の上だ・・・!!」by大久保

なんですが・・・

二人の喧嘩で済むのか??
政治の話だろ??
政治も二人でするつもりか??
と、言いたくなってしまった・・・。

この言葉では、ただの二人の痴話げんかで下野するみたいだ・・・
熊吉に彼女がいるから残ってもええよ??なんていいながら(そんなこんなもいらん!!)、結局下野・・・!!

私は、政治家は、清濁併せ飲んでOKだと思っています。
そりゃあ、汚職はダメだろうけど、汚職をするほど面の皮の厚い人間の方が、肝っ玉座っていていい政治をしたりして・・・。
明治政府の人たちが、ただの肝の小さい男に見えてきたわ・・・。
志はどこにいったんやろ・・・??
やっぱり、無かったんかなあ・・・??

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両雄対決って・・・もちろんあの二人何でしょうね・・・
東京に向かった菊次郎のお話しから始まりました。
長屋での生活のようです。
海外に留学するのがあーだこうだと心配する薩摩の話が盛り込まれて・・・もう・・・どうでもいいです。

やっぱり、みんなが腹いっぱい食べる生活を目指している西郷どんは、菊次郎に海外で農業を学ばせたいようで・・・
子供の菊次郎にまで「海外に行って農業を学ぶのか??」と、ダメだしされています。
そして、いよいよ菊次郎の洋行なのでした。

10か月の予定の大久保たちの使節団も、1年経っても帰ってきません。
気をもんで、10円禿ができたとかなんとかいう大久保からの手紙に微笑む西郷・・・
そんなんどうでもええから、留守の政治のことをあれこれしてください。
そうでないと全くわからないんだから・・・。

政治をやるかと思いきや、またまた長州の汚職の話です。
井上馨と江藤新平のやり取りも、何がどうなって対立しているのか、全く解りません。
それを、ナレで終わらせるって言うのがなあ・・・。
もっと、対立してケンカしているところをやって欲しいわけです。

ちゃんと吟味をせずに
「井上さ~、あんたはここを去らんといかん!!」by西郷
だそうです。

もう、使節団を待っていることはできないと、政府を一新すると言い出す西郷さんでした。

結果、後藤象二郎、江藤新平、大北喬任を参議に加えるのでした。

西郷さんは、またもや子供たちを散発しています。
散発せんでええから、仕事してくれよ・・・。
そして、どうでもいい長屋トーク・・・。
徴兵制の話でしたが、ビデオ飛ばしちゃいましょ。
長屋の人たちに決まった徴兵制の話をするよりも、徴兵制をするに至った政治の過程を話してほしいもんです。

徴兵制、学校教育制度、地租改正、鉄道、製糸場、太陽暦、裁判所・・・と、やったことをナレで羅列してくれていますが・・・汚職なんかやらずに、この一つ一つを丁寧に書いてくれたら・・・どんなに西郷さんが尊敬される男であるかわかったのにね・・・!!
それにしても、一人でやった感、半端ないよ・・・??

と思っていたら・・・
こんな勝手なことばかりやって・・・と、三条さんがやってきました。
岩倉が夢にまで出てきて寝られへん・・・と、三条実美がぼやいております。
そんな小さいことだけはやるんだな・・・あほくさ・・・。

で・・・明治6年の宮殿火災もナレで終了・・・。

疲れている西郷どんが倒れてしまいました。
2日たっても、長屋の家で療養です。
病院行かんの・・・??
心臓が弱っているんだそうだ・・・。

最近、熊吉に優しくしてくれる長屋の女性がいるんだけど、そんなんもどうでもええんだわ・・・。

西郷どんが休んでいても、留守政府は仕事をしていました。
って、当たり前ではないの??
それとも独裁か・・・??

そこへ、予定より8か月遅れて大久保利通が帰ってきました。
さしたる成果も揚げられずに・・・肩身の狭い帰国でした。
って・・・いくら成果がなくっても、その間、どんな成果をあげようとしていたのかもすっぽり抜けて・・・現代の議員の海外旅行のようになっています。

で・・・みんなと対立!!

その話も、まるで大久保さんにいけずをするいじめっ子のようで・・・なんかこんな対立見たくないって感じ。
大久保さんの席はないって・・・ほんと、いじめだわな・・・。
ちゃんと政治で対立しろよな~~!!

大久保が西郷どんを訪ねて長屋にやってきました。
諸外国で見たあれやこれやを話し、みんなにないがしろにされたことを西郷に訴え、みんなをやめさすように言う大久保・・・も、いじめメンバーと同じ・・・同じ穴の狢・・・
どうしてみんなを辞めさすのか??そこを、権力闘争なら、もっと権力闘争らしくしてくれよ~~!!

西郷さんは、当時過労ではなく、すでに病気でした。
同じ病気にするのに、過労なんてどうして嘘をつく必要があるの・・・??

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もしかして、これが激突なのか・・・??

いきなり、政府にの要らん!!薩摩に帰れ!!と大久保に言い出す西郷。。。
何で怒ってんの・・・??
そう・・・これが激突だったんか・・・??
げ~~!!

復帰した西郷どんの前に、いきなり朝鮮問題が・・・!!
なんだか朝鮮が日本の悪口やっているし、国交ないから棚上げにしてきたけど朝鮮国へ攻め込もう!!手放しになっていました。
??現代の話??棚上げ、棚あげ、現政権と変わんないじゃん??
と思っていても、「征韓論」に話がいくかと思いきや・・・
朝鮮に渡っている居留民2000人が心配だという話が唐突に出て来ました。
2000人って何??何の話なん??
2か月の話し合いの末、隆盛の朝鮮派遣で内定するのでした。
後は上奏を待つだけ・・・!!

あ・・・いきなりカステラです。
おにぎりでないんかい??誰が食べとんねん??と思っていたら、大久保の息子でした。
家長の許しもなく家にあげてええんかい??と思いつつ・・・。
もうな・・・そんなこんなどうでもよくなってしまったわ・・・。

「相変らず、真っ直ぐなお方ですね。西郷さんは・・・
 それに引き換えうちの人は・・・」byおゆう

もう・・・あげてもらわんでもええよ・・・。
自分の夫を何下げとんねん??

そして、予定より1年も遅れて岩倉使節団が帰ってきました。
仰々しい岩倉具視も、河内弁な岩倉具視ももう結構です。
明治天皇に残念がられ失意の中、なのに遊郭通いです。

そこにいたのは木戸孝允たち長州の面々でした。
政府に自分たちの居場所がないと、愚痴ってます。
そこへやってきたのは大久保利通でした。
ああ・・・大久保さんはこんな遊郭で仕事とは関係ない人でいてほしかった・・・。

西郷どんの朝鮮派遣はどうなっているのか???
詰め寄る西郷にアタフタする三条実美・・・逃げる!!

そして、決定されていた西郷の朝鮮派遣・・・大久保と岩倉の陰謀により、再考することとなりました。

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「大久保の目はもはや、これまで見交わした友の目ではありませんでした。
 今宵はここらでよかろかい。」byナレ

って・・・ええんかい・・・??

いや・・・この時代の人々は、もっと、日本の未来を考えていたはず・・・
生みの苦しみを味わっていたはず・・・
そんなこんなを書かずに、ただのいじめっ子が入れ替わってのいじめ合戦のような征韓論にもう、開いた口がふさがらないわ・・・。

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東京台東区・・・西洋様式の粋を集めた旧岩崎邸庭園は、国の重要文化財です。

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明治11年、この広大な土地を買い取ったのは最下級の武士から身を起こした三菱の創業者・岩崎弥太郎です。

高知県安芸市・・・
岩崎家はとても貧しく、地下浪人と呼ばれる土佐藩武士では最下級の身分でした。
土佐藩の武士階級は、藩主のもとに上士と下士に分けられ、下士から上士への出世は許されませんでした。
岩崎家は代々下士の身分でしたが、弥太郎の曽祖父の代に金に困って身分を売り払ってしまい、地下浪人という家禄ももらえない農民のような身分になってしまいました。
益々出世とは縁遠くなってしまいました。

しかし、そんな暮らしの中でも、夢を抱いていました。

1835年12月11日、土佐国安芸郡井ノ口村で、父・弥次郎と母・美和の間の長男として生まれます。
母のしつけは厳しく、傲慢な態度は許されませんでした。

弥太郎が実業家として成功したのちも、昔の苦労を忘れるなと、戒めたといいます。
この厳格な母のおかげで負けず嫌い、一本気な性格になっていきます。

そんな弥太郎のもう一人の師は、土佐藩重臣・吉田東洋です。
東洋は、身分にかかわらず優秀な人材を抜擢するべきだ!!と、開明的でした。
そんな東洋が開いた「少林塾」に1585年25歳で入塾します。

やがて弥太郎は、最大の理解者・東洋の推挙によって郷廻となりました。
郷廻は、農村を巡回する役職で、下級役人でしたが、夢にまで見た藩の役職でした。
日本が動乱の渦に巻き込まれ・・・そんな時に、1859年・26歳で長崎に出張!!
土佐の特産品を国外に輸出する調査と各国の情報収集を担いました。
しかし弥太郎は・・・連日宴会三昧!!遊郭に通い詰め・・・藩の金を使い果たしてしまいました。
1860年、27歳で免職!!
この放蕩三昧は・・・のちに役に立つこととなります。
土佐に帰った弥太郎は、豪商に頼んで100両を借り、使い込み分を返済します。
1861年には、28歳で「下士」の家格を買い取り回復!!
吉田東洋が、土佐藩の武士階級を刷新し、下士から上士への道が開かれた・・・と思ったら、吉田東洋暗殺!!
後ろ盾を無くした弥太郎は、4年間の不遇の時期を迎えるのでした。

財閥の・・・三井、住友は江戸時代からの商家でしたが、三菱の岩崎弥太郎は土佐藩の下級武士でした。
商売の経験も、バックボーンもない弥太郎・・・
最初のターニングポイントは34歳!!
くすぶる弥太郎に救世主!!後藤象二郎が現れます。
エリート街道で出世していた後藤は、弥太郎を藩の役職に復帰させます。
そして弥太郎は再び長崎に出張!!
長崎土佐商会という藩が諸外国と貿易するための窓口の仕事で、主任に大抜擢されました。
前回のことがあるのに、どうして主任になれたのでしょうか??
弥太郎の仕事ぶりが評価されたのではなく・・・たまたまの人手不足によるラッキー人事でした。
そんな弥太郎に与えられた仕事は、軍艦や近代兵器の購入でした。
しかし、このころの藩財政はひっ迫していて、イギリス商人オールトに18万両(180億円)の借金があり、資金繰りに苦しんでいました。

そこで弥太郎は・・・?
商売の極意
①接待
弥太郎は、武器購入の取引先である所外国人の接待に励みます。
以前の経験で遊興にたけていた弥太郎・・・
食事・・・酒・・・女性・・・お金・・・弥太郎は、商談を成立させていきます。

②はったり
当時、外国人は、居留地外に出ることはできませんでした。
が、弥太郎は、オールトを連れて馬で散策に出ようとします。
見張りの役人が制止するも・・・出ていくのでした。

接待とはったりで、外国商人の信頼を勝ち取っていく弥太郎!!
外国商人の信頼を得、資金援助を得、武器購入に成功したのでした。
人脈も多く・・・イギリス商人・グラバー、アメリカ商人・ウォルシュ兄弟と懇意にし、最先端の商売と資金を得られたようです。
長崎で培った人脈は、のちの大きな成功と関わっていきます。

弥太郎の重要な仕事・・・海援隊隊士たちへの給金の支払いです。
たびたび坂本龍馬と酒を酌み交わし、志を熱く語り合っていました。
しかし、龍馬は弥太郎に金の無心に来ることもあり・・・それは弥太郎のポケットマネーとなることもしばしば・・・。
龍馬や海援隊を疎ましく思うようになった中・・・
1867年11月15日、龍馬は暗殺されて今いました。

そして時代は江戸から明治へ・・・!!

維新を成し遂げた全国の志士たちは、新政府の要職に就き、時代のかじ取りを担っていきます。
後藤象二郎も、大阪府知事、逓信大臣を歴任し、政府内で活躍します。
しかし、傍観するしかなかった弥太郎・・・。
弥太郎は政治家になる夢を願っていましたが・・・後藤象二郎は・・・
「このまま土佐商会をお願いしたい。」というものでした。

1869年、弥太郎は後藤象二郎の推挙によって、長崎土佐商会から大坂土佐商会へ・・・
そこでも大きなことを成し遂げて・・・37歳で土佐藩No,3の「小参事」となります。
これは地下浪人からの異例の出世でした。
土佐藩で商売を任せられる者が他にはおらず・・・
結局、役人の夢は叶わず・・・

1870年大坂土佐商会は、表向きは土佐藩から独立し、私営会社・九十九商会となります。
弥太郎を中心に、新たに飛脚船事業に乗り出します。
この海運業が・・・後の三菱の企業母体となっていきます。
土佐藩主山口家の家紋の入った旗を掲げられなくなったので、新たな旗印・・・藩主である山内家の家紋「三ッ柏」と、岩崎家の家紋「三階菱」とを合わせて九十九商会の船旗号・・・そして三井のマークとなっていきます。

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1871年廃藩置県が実施され、藩士の身分を失った弥太郎は、無役となってしまいますが・・・後藤象二郎たちは、九十九商会存続を望み、弥太郎の会社として存続させることとしました。

しかし弥太郎は、首を縦には振りません!!
弥太郎は、まだ商人として生きる決心ができないでいたのです。
そんな弥太郎の決め手は・・・それ以外の道・・・選択肢がなかったのです。

弥太郎は、1874年に本拠地を大阪から東京に移転!!
それを機に、社名を「三菱商会」から「三菱蒸汽船会社」に改め、今まで培ってきた人脈と、政府から払下してもらった最先端の6隻の蒸気船で本格的に海運業をスタートさせました。
天候などの条件にかかわらずにスピーディーな運送!!

そんな弥太郎にライバル登場!!「帝国郵便蒸気船会社」です。
1872年政府の肝いりで作られた半官半民の海運会社で、圧倒的なシェアを持っており、弥太郎の入るスキなどありませんでした。
しかし・・・弥太郎は社員たちを鼓舞します。
帝国郵便蒸気船会社の社員たちは、多くが武士の出身でした。
プライドが高く、愛想を振りまいたり頭を下げたり・・・容易にはできませんでした。
しかし・・・三菱の社員もほとんどが元土佐藩士!!
そこで弥太郎は・・・おかめの面を用います。
おかめのような愛嬌たっぷりの笑顔で接しなさい!!と、店に飾りました。
元武士としてのプライドを捨てさせるために服装も・・・商人の使う前垂れを使わせます。
弥太郎は必要な経費は使いましたが、無駄な経費は絶対に許しませんでした。
積極的に外国人を登用!!
蒸気船の運航技術が豊富な船員を使います。
1876年の三菱の社員構成は・・・日本人1351人に対し、外国人388人もいました。
さらに東京大学や慶應義塾の学生を口説き落として適材適所に配置していきます。
これらの優秀な社員たちが、三菱の基礎を築いていきます。
この結果、信用・安心・良い人材・サービス・・・このおかげで帝国郵便蒸気船会社からお客を奪っていきます。

しかし、それでも強大なライバルには追いつくことが出来ません。
ライバルに勝つためには・・・??

1874年の台湾出兵!!
明治政府は台湾に軍隊を派遣するために、帝国郵便蒸気船会社にその輸送を依頼しますが、返事は・・・
「今日本を離れると、三菱に航路を奪われてしまうのでお引き受けできない!!」と言われてしまいました。
そこで政府がやむ負えなく依頼したのが三菱でした。
「光栄これより大なるはなし
 敢えて力を尽くして政府の重荷に対へざらんや!!」
と、お国の為と快諾したのでした。
明治政府は、三菱の船だけでは輸送に足りないだろうと、大型蒸気船を貸し与え、台湾出兵後もその船を使うことを許可しました。
僅か6隻でスタートの三菱でしたが、台湾への軍事輸送を終えると、一気に48隻も持つ海運業者となったのです。
この大躍進に、帝国郵便蒸気船会社の売り上げは激減し、事実上三菱に吸収合併されてしまうのでした。

目先の利益よりも政府に貸しを作った・・・弥太郎の大きな賭けが成功を導いたのです。
そして三菱は、政府の保護を受ける海運業者に指定され、巨大企業の第一歩を踏み出したのでした。


弥太郎は、その後も海外の海運業者と鎬を削ることとなります。
が・・・そこもまたサービスによって競争に勝っていきます。
1876年社員に特別賞与を支給・・・これが日本初のボーナスだと言われています。

1877年・・・維新の功労者・西郷隆盛が郷里・鹿児島で旧士族たちを集めて反乱を起こしました。西南戦争です。
ここでも弥太郎は、政府への協力を惜しまずに軍事輸送に尽力します。
これにより巨大な利益を得・・・さらに船舶数を増やしていきます。
日本全国はもとより海外航路も充実させていきます。
日本の蒸気船相当数の7割以上を持つ海運業の覇者となったのでした。
三菱商会設立からわずか4年のこと・・・44歳の時でした。

弥太郎の事業は、日本の経済発展と自立、独立に重要な役割を担っていました。
成功を手にした弥太郎は、東京で3カ所の土地を購入!!
六義園・清澄庭園・旧岩崎邸庭園です。
いずれも江戸時代大名屋敷だった場所です。
最下級の武士から成り上がった者の成功の証でした。

三菱商会設立から12年、1885年この地で52年の生涯を閉じることとなります。
死の間際まで、三菱の幹部たちに指示を出し続けていました。


弥太郎の死後、三菱は二代目社長となった弟・弥之助、三代目社長・久弥らによって経営の多角化が行われ、銀行、鉱山、造船・・・様々な業界に進出!!
そして日本経済の屋台骨となる三菱グループへと発展していくのです。



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岩崎弥太郎「三菱」の企業論 ニッポン株式会社の原点

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龍馬「海援隊」と岩崎弥太郎「三菱商会」

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黒船来航によって始まった日本の国家動乱。
龍馬は一介の脱藩浪士として日本を奔走し・・・西郷隆盛・木戸孝允らと維新の立役者となりました。
龍馬が最も性欲的に動いたのは1867年。

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幕府や諸藩が対立したこの幕末に・・・
来たるべき新体制は、挙国一致でなければならない!!という龍馬の信念がありました。

諸藩の融和に奔走する龍馬・・・その画策とは・・・??
新政府綱領八策・・・憲法の制定、議会制、近代的軍隊、未来を予言したかのようなプランがそこにはありました。


龍馬、最期の一年・・・その奔走とは・・??



1867年・・・すでに幕府は長州征討に失敗し、弱体化を晒していました。
将軍・徳川慶喜も・・・幕府の権威の低下も防ぐことは出来ず・・・
薩摩と長州・・・武力討幕派は、軍事同盟を結んでいました。
越前・土佐などは、平和裏に物事をすすめようとしていたのです。

混迷する情勢・・・
この打開に立ち上がったのが坂本龍馬でした。

1867年6月22日・・・京都三本木の一角で・・・龍馬の呼びかけに応じたのは、幕府の崩壊を見据えた薩摩藩と、土佐藩・・・土佐藩の代表は後藤象二郎でした。

当時、西郷たちは武力討幕を画策していましたが・・・後藤は、武力討幕は時期尚早とし・・・

「ここは、まずわが土佐藩が幕府に対し、政権を朝廷に返上するよう建白する
 もし、それを幕府が却下したら武力討幕に踏み切る大義名分にすればよいのではないか。」by象二郎

これは、大政奉還の建白です。
西郷たちは、幕府は必ずこれを拒否するとし、いい機会になると承諾します。
この、薩土盟約を誰よりも喜んだのは別室で控えていた龍馬でした。
龍馬の役割は・・・”考える猶予””問いかけるポジション”でした。
この薩土盟約は、海援隊の資料にも残っていて・・・そこには王政復古もありました。

しかし、土佐藩内部には、薩摩の西郷たちに不信感を抱くものもたくさんいました。
極秘会談の翌日に京都にある土佐藩邸に向い、藩の重役と会見し・・・盟約の重要性を説きます。
その結果・・・土佐藩に大政奉還の建白に動いてもらうようとりつけました。

が・・・武力討幕派の西郷たちと組むことに、主君・山内容堂が反対します。
土佐藩は徳川に恩義がある・・・後藤が土佐藩の説得に失敗したのでした。

容堂の同意を得られなかった後藤に対し・・・
”薩摩は早期に挙兵することを決定した。
 よって、土佐藩の大政奉還建白書に協力することはできない。”
もはや・・・土佐を信用することはできない・・・後藤は見切られたのでした。

軍事同盟を結んでいた長州藩と武力討幕に進んでいく薩摩藩。。。
薩土盟約は、ここに決裂したのです。

龍馬は行動に出ます。
長州藩の木戸孝允に対し、方針を伝えます。
武力討幕派の乾を京都に送り、後藤を土佐に帰すというのです。
臨機応変な対応が龍馬の真骨頂でした。

しかし・・・龍馬の奔走をよそに・・・薩長は、京都・大坂・江戸の三都を一挙に攻撃するという未曽有の計画を練り上げていました。
諸藩の連携をとろうとする龍馬に戦いの臭いが・・・!!

薩土盟約が決裂し・・・内乱の危機が迫った・・・しかし、幕府から土佐藩に対して呼び出しがかかりました。

「幕府に対して政権返上を勧める建白書があるとのこと・・・
 慶喜公がその意見を聞きたいと申している」

なんと、土佐の大政奉還を聞いてみたいと、幕府の法から歩み寄ってきたのです。
10月3日・・・後藤たちは、大政奉還の建白書を幕府に提出します。

幕府が建白を受け入れるかどうか・・・??

10月14日・・・時代は大きく動き出します。
将軍慶喜が大政奉還をします。
土佐藩の建白を受け入れたのです。

会議のメンバーには、徳川の面々・・・山内容堂・島津久光・・・国政に影響力を持つ人々が指名されました。
しかし、すでに武力討幕に動いていた西郷・大久保たちは、薩摩本国とは別の行動をして・・・孤立状態でした。
しかも、諸侯会議で慶喜が再び実権を握ることにでもなれば・・・
西郷たちが暴発する可能性もあったのです。

龍馬はどうする・・・??
何としても諸侯会議を進めなければならない・・・!!

大政奉還によって開かれた諸侯会議への道・・・
しかし、政局は緊迫していきます。

その空気を感じていたのは岩倉具視。
大久保利通への手紙には・・・
「このところ、会津藩が狂気の如く激怒して、薩摩の西郷や大久保を討つと息巻いている」
会津藩の過激派たちは、慶喜公が大政奉還したのは、薩摩のせいで追い詰められたからだ・・・と、思っていたのです。

同じころ・・・
ひとりの薩摩藩士が、民家に潜伏する無防備な龍馬に対し、土佐藩邸か薩摩藩邸に移るようにすすめます。
が・・・龍馬は応じませんでした。

「薩摩は自分のところに来いと言ってくれるのですが、それでは土佐への嫌味になるでしょう。
 万が一の時が訪れたなら、わたしはここで一戦交える覚悟です。」

どの藩にも組することなく潜伏し続けた龍馬。。。
しかし、念願の諸侯会議を待ち続けたものの・・・大名たちは一向に上洛してきませんでした。
この時・・・龍馬の国家構想が書きあがります。
「新政府綱領八策」・・・幕末を奔走してきた龍馬の集大成でした。

hati







第一義 天下有名ノ人材を招致シ顧問ニ供フ
第二義 有材ノ諸侯ヲ撰用シ朝廷ノ官爵ヲ賜イ現今有名無実ノ官ヲ除ク
第三義 外国ノ交際ヲ議定ス
第四義 律令ヲ撰シ新タニ無窮ノ大典ヲ定ム律令既ニ定レバ諸侯伯皆此ヲ奉ジテ部下ヲ率ユ
第五義 上下議政所
第六義 海陸軍局
第七義 親兵
第八義 皇国今日ノ金銀物価ヲ外国ト平均ス

龍馬は越前藩の財務を担った三岡八郎と会談します。
藩の財政難を見事救った三岡と、新政府の財源について話し合ったのです。
新国家の財政を担うのは・・・三岡を置いて他になし!!と、後藤に推薦しています。

龍馬と三岡は・・・将来政府が紙幣を発行することを見越して、その試作品を作ろうとしていたようです。
近代を具現化していこうとする龍馬・・・。

挙国一致を最後まであきらめていなかったような龍馬。。。
明治時代に編纂された維新の志士たちの手紙を集めた遺墨集には・・・”新政府綱領八策の複製・前文”が載っていました。

後藤象二郎宛てにかかれたと思われるその手紙には・・・

”昨日お会いした際、今日認めると言っていた薩摩へ送る書き付けがもう出来上がっているのではないでしょうか。
 もし出来上がっているのならば、怖れながらその書き付けを一度拝見させて頂きたい。
 これから先々の手順についても認めました。
 その写しをお目にかけたいと思います。”

と。

それは、大政奉還によって焦った薩摩藩をケアするように書かれているようにも感じます。

龍馬が夢見た万機公論。。。
この国の行く末を決めるために・・・。

龍馬は最後まで薩摩とのパイプ役を買って出ようとしていたのかもしれません。

ところが・・・悲劇はその直後・・・
1867年11月15日・・・京都の潜伏先で暗殺されてしまうのです。
新しい日本の姿を見届けることなく、無念の死を遂げたのでした。

1か月後・・・12月9日に西郷たち討幕派は、王政復古のクーデターを決行!!
諸侯会議に実現は幻に終わりました。
戊辰戦争が勃発し・・・戦いに勝った薩長が主軸となって新しい国家・・・明治新政府が誕生しました。

それが龍馬の望む出発点だったのか??
龍馬が残した可能性は今も問われ続けています。
 

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