日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:明治天皇

明治天皇は在位中、北は北海道から南は鹿児島まで全国巡幸を繰り返しました。
学校や工場など訪れたところで多くの人々と接した天皇・・・そのわけは、新政府を率いた大久保利通たちの戦略でした。
幕末動乱のさ中、14歳で即位となった明治天皇・・・その存在は、まだ全国に知られていませんでした。
無名の青年君主を、新しい日本を導く天皇としてあまねく知らしめる・・・
巡幸は、人々の心にどのように印象付けたのでしょうか?
そしてどのように受け入れられていったのでしょうか?

幕末の動乱・・・明治維新・・・天皇は大きな時代の流れに飲み込まれていきます。
1868年鳥羽伏見の戦いで旧幕府勢力に勝利した新政府は、新しい国づくりに着手します。
この時、大久保、西郷、木戸らが構想したのは、天皇を中心とした国家でした。
しかし、そこには乗り越えなければならない壁がありました。
当時、多くの国民にとって、天皇は遠い存在だったからです。

京都では、行事もあり、御所もあるので天皇の存在は当然でしたが・・・
普通の人々に天皇の存在は知られていません。
かなり茫漠としたもの・・・江戸では天皇は神様のような存在だったのです。

江戸時代、天皇は御所の外にはほとんど出ませんでした。
民衆の抱く天皇には、多くのばらつきがありました。
そこで、天皇の存在を知ってもらう必要がると感じた大久保は・・・

”天皇が玉廉の中にいて、公卿にしか会えないのでは、民の父母であるという天から授かった職掌を達成できない
 外国においても、帝王は国中を歩き、万民を慈しむものである”

新しい時代の天皇は、人々に姿を見せる西洋の君主になるようにと、大久保は考えました。
1868年、大久保たちは、天皇を御所の外に出すことから始めました。
3月大坂行幸、7月東京行幸を計画します。
天皇はその求めに応じ、9月20日、京都から東京へ出発。
道中、民衆とのふれあいを楽しみます。
そして20日後の10月13日、江戸城へ到着。
東京では大勢の人々が天皇を祝福。山車が繰り出され、2日間にわたるお祭り騒ぎ・・・
ひとまず新政府は、京都以外の人々に天皇をアピールすることに成功しました。
そして、東京は西洋諸国に倣って文明開化!!
そして、天皇自身が新時代にふさわしい天皇になることを求め始めます。

天皇のイメージチェンジ・・・
明治神宮には、明治天皇が明治5年に着用した燕尾服と帽子がが残されています。
帽子には鳳凰の刺繍、ボタン掛けの上着は、菊唐草紋の刺繍で覆いつくされています。
金の糸をふんだんに使った豪勢な作り・・・

tennou

天皇の軍服は、主に儀式などで使われたと思われます。
黒羅紗の地に金モール・・・天皇は20歳の時、この軍服を身にまとい、カメラの前に・・・

明治天皇の代表的な肖像写真です。

白粉やお歯黒を落とし、ひげを蓄え、威風動堂な姿・・・
江戸時代の天皇とは全く違う天皇が誕生したのでした。



明治天皇は、全国巡幸で訪れた先々で、花瓶や茶碗などを下賜しました。
それらは、大切に保管され、人々は後々まで天皇のことを語り継いでいきます。

権威や徳の大きさを印象付けるだけが巡幸の目的ではありませんでした。
群馬県では新町の中心にあった工場を視察しています。
巡幸の前年に作られた工場に、明治天皇は1時間滞在しています。
この工場、明治10年にできたときは屑糸紡績所でした。
この紡績所で屑糸をリサイクルし、生糸を作っていたのです。
ここは、大久保や岩倉らが新たな外貨獲得を目的として建設した政府肝いりの工場でした。
もともと群馬には、フランスの技術を導入し、輸出用の生糸を生産していた富岡製紙工場がありました。
この製糸場に近く、屑糸が手に入りやすいため、屑糸紡績所を作ったのです。

明治天皇は全国巡幸で、工場をはじめ近代化の象徴とされる施設を多数訪問しました。
学校、地方行政を担う庁舎、天皇ができたばかりの施設を視察することで、文明開化や殖産興業を図ったのです。



巡幸は、人々が明治天皇を広く知ることだけではなく、天皇自身が為政者としての自覚を促すきっかけになったといいます。
天皇に日本の隅々までご覧いただきたい・・・日本はこれだけ広くて、これだけいろんな地方がある・・・
豊かなところもあれば、そうでないところもある・・・それも含めて日本だ・・・ということを、新しい時代の天皇として知っていただきたい・・・。
巡幸を通じて、君主としての自覚が生れてきたのです。
巡幸なくして、意識の変革はなかったのです。

1878年・・・明治11年5月、事件が発生!!
大久保利通暗殺!!
赤坂上御所に向かう途中、紀尾井坂でのことでした。
実行犯たちは斬奸状を起草して、明治政府を糾弾!!

現在の法律は天皇の御威光でもなく、人民の意見を取り入れて作られたものでもない。
要職にいる一部の官吏の独断によるものである。

この事件を契機に、宮中で天皇の在り方を変えようとしていた勢力が動き出しました。
中心となったのが、熊本藩出身の儒学者・元田永孚や土佐藩出身で新政府の参議も務めた佐佐木高行・・・侍補と呼ばれる側近たちでした。
侍補は明治10年に天皇の補佐・指導を目的として宮内省に置かれた役職で、天皇の傍に仕えながら、政治や道徳を教え、相談を受ける役割を担っていました。
天皇が主に学んだのは、元田の意向を反映した書経や詩経・・・儒学の古典でした。
侍補たちは、天皇を「徳」を備えた聖人君子にしようとしたのです。
大久保が暗殺された直後、侍補たちは、かねてからの構想を実行に移しました。
大臣・参議による専制を批判し、天皇が政治の実権を握る天皇親政を進めるべきだと言ったのです。

薩摩・長州の一部の人間が牛耳り、陛下の意向を無視して進められている・・・
このままだと天下の人心に不平が起こり、政府要人を狙った暗殺事件が再び起きるかもしれない・・・
今こそ、古代中国の聖人君子のように徳を備えた聖人君子となり、天皇親政を実現しなければっ!!

明治天皇は涙を浮かべて奏上を聞き、侍補たちに同調しました。
自ら政治に介入する動きに出ます。
当時空席となっていた工部卿に佐佐木高行を推薦。
しかし、それは天皇親政を恐れた太政大臣・三条実美らに認められず、実現できませんでした。
天皇親政運動の結果としては「天皇の政治的意思は内閣が担う。もう侍補は要らない」となったのです。

政府の外でも動きが・・・地方の士族や豪農を中心とする自由民権運動です。
国民の自由や権利の拡大を目指した政治運動で、国会開設と憲法制定を要求しました。
国民主体の政治を目指しました。
運動の過激化を防ごうとした政府は、明治14年、9年後の国会開設と憲法制定を表明します。
憲法の制定作業に本格的に取り組むことなります。
この動きの中心となったのが、大久保亡き後政権の中枢にいた伊藤博文でした。
当時、政府よりも早く民間では様々な憲法案が発表されていました。
議会優越、天皇大権・・・天皇の廃位を求めるモノまで・・・天皇を憲法の中でどこに位置付けるのか??
憲法制定の中核を担った伊藤は頭を悩ませていました。

そんな中、明治15年3月、伊藤は憲法調査のためにヨーロッパへ。
そしてウィーンで重要な人物と出会います。
ウィーン大学の法学者ローレンツ・フォン・シュタイン教授です。
伊藤はこの講義を受け、感銘を受けます。
シュタインの教えは、君主に一定の統治権を認めつつ、行政を中心に据えることで君主や議会の横暴を止めるというもの。
当時ヨーロッパの新興国だったドイツ・プロイセンの考え方・・・立憲君主制でした。

明治16年8月、構想を固めて伊藤博文帰国。
政治に復帰した伊藤は宮中改革を進めますが・・・
そこに直面したのは、自らの意思を反映できずに政治への意欲を失った天皇の姿でした。
たまりかねた伊藤は、明治18年8月、三条実美に書簡を認めます。
政務に熱心でない明治天皇への嘆きが率直に書かれています。

天皇の知らないところで、大臣たちが全てを決めているという現状・・・。
明治天皇に立憲君主としての在り方をどう理解してもらうのか??
伊藤の苦悩は深かったのです。

明治天皇にどのようにして憲法を学んでもらうか・・・伊藤には秘策がありました。
「澳国スタイン博士講和録」・・・伊藤と同じくシュタイン博士の講義を受けた人の記録です。
侍従の藤波言忠は幼いころから宮中に出入りし、天皇の信頼も厚い学友でした。
伊藤は当時ヨーロッパで滞在していた藤波に目をつけ、ヨーロッパでシュタインのもとで憲法を学び、帰国後明治天皇に進講することを要請します。
藤波はおよそ1年にわたりシュタインの憲法を徹底的にたたき込まれ、天皇の立憲君主としての心構えまで学んで帰国しました。
明治20年に始まった進講は30回以上、4か月に及んだといいます。
憲法を熱心に学ぶ明治天皇・・・。

藤波は、立憲君主の仕組みを工夫を凝らして説明し、天皇を助けます。
何から何まで自分が統治するのではない・・・法律の中にあるのが天皇である!!
明治21年春まで続いた進講によって、明治天皇は憲法の中に規定されている自らの役割を理解し、理解を深めていきました。
伊藤の目論見通り、天皇は新しい立件国家に相応しい君主へと成長したのです。

明治21年6月、憲法草案について最後の審議が行われました。
天皇の諮問機関として設けられた枢密院・・・1か月にわたり伊藤を議長とし、皇族や大臣が参列する中、激しい議論が行われます。
憲法の制定に深い関心を示す天皇の姿・・・明治天皇は一度も欠かすことなくご臨席されます。
夏の暑い時に、長時間の難しい議論もじっと聞いていられる・・・根気のいることでした。
明治22年2月11日、大日本帝国憲法発布。
新築された宮殿で、天皇御隣席のもと、盛大な式典が催されました。
憲法で天皇はどう位置付けられたのか??
第1条・・・萬世一系の天皇これを統治す・・・天皇家が日本の統治権を担うことを宣言。
その一方、第4条で天皇の統治権は憲法の条規により・・・憲法の従うことが明記されました。
立憲君主として憲法の制約を受ける天皇の役割を明確に規定した憲法となりました。

皇居前広場・・・憲法発布の前に式典公開のために整地された敷地です。
宮殿での発布式を終えた明治天皇と皇后は、馬車に乗ってパレードを行いました。
皇居前広場は、多くの民衆で溢れ、憲法発布を祝いました。
喜びの声は、東京から各地へと広がります。
幕末維新の動乱のさ中に即位した明治天皇・・・
それから22年・・・近代日本の立憲君主として国民の前にその姿をようやく定着したのでした。


↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると嬉しいです。
にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村

戦国時代ランキング

明治天皇の世界史 六人の皇帝たちの十九世紀 (PHP新書) [ 倉山 満 ]

価格:993円
(2019/4/8 21:08時点)
感想(1件)

歴史読本2012年12月号電子特別版「明治天皇100年目の実像」【電子書籍】[ 歴史読本編集部 ]

価格:514円
(2019/4/8 21:09時点)
感想(0件)

図解明治維新 (エイムック)

価格:999円
(2018/11/7 09:12時点)
感想(0件)



おお!!いきなり明治37年の京都市役所が始まっとります。
訳の分かんないまま磯田先生・・・と西田敏行登場!!
やっぱり西田敏行さんが出てくると、ドラマがビシッとするなあ・・・。

でもって、西郷隆盛のことを教えてほしいとゴマをすってるかのような部下もなあ・・・
仕事したら??
こんなふうに回顧する必要があるのかなあ・・・??と思う。
ま、西田敏行さんが見られて良かったですけどね??

でもね、西郷隆盛って、もうほとんどの方が知っているように、本名じゃないんですよね。
自分の父のことを西郷隆盛っていう時点で、他人感半端ないって思っちゃいました。

で・・・時代は戻って
明治2年・鹿児島・・・。

don















新政府には加わらず、鹿児島に帰っていた吉之助、野良仕事を手伝っていました。
そして、この頃から、西郷隆盛と名乗るようになりました。
う~ん・・・前回からの話の流れでは、子供のように「や~めた!!」と、面倒なことは大久保に押し付けて、のんびりしたいがために薩摩に帰ってきた志も何にもない人になってしまっている西郷隆盛です。

本当の西郷は・・・
「新政府の発足に、どれだけ功績があったとしても、職務をこなす能力のない人に役職を褒美として与えるのは最もよくない。
 役職は、ふさわしい人材に授け、功績があったものには金でもって報いるべき。」by西郷隆盛
と言って、薩摩に帰ったのです。
この頃の新政府は、目が回るほどに忙しく、やること目白押して猫の手も借りたい状態でした。
特に、一人で新政府を造ったと言ってしまっても過言ではない大久保にとって、ほんと、悔しい気持ちだったでしょう。


ということで、こんなのを大河で見たいというのはこち!!

明治維新最後の攻防~西郷・大久保”革命”への賭けはこちら
西郷どんの真実~若き日の隆盛~はこちら
西郷隆盛の苦悩~なぜ西南戦争は勃発したのか~はこちら
”県”誕生!奇跡の無血革命~大久保利通・廃藩置県の舞台裏~はこちら
明治維新の英雄の実像・西郷隆盛はこちら
大久保利通~明治を創った男・維新の設計者~はこちら
西郷隆盛~明治の礎を作った薩摩の怪物~はこちら
近代日本を造った男たちはこちら

農地を耕して人助け・・・前にも書いたと思うけど、それは、西郷さんでなくてもできると思うんですよね・・・。

そして・・・大島にやってきたのは、糸と熊吉・・・愛加那の子供たちを迎えにやってきたのです。
う~ん・・・西郷さんも暇してるんだったら、自分が迎えに来ればいいのにね~~。
と思いつつ・・・グダグダと始まる正妻と島妻のやり取り・・・。
個人的には、このやり取り、必要だったのかな??とも思うんですよね。
当時の男性が地方に妻を持つのは別に当たり前のことです。
でも、今までの糸や、愛加那の現代風な人格で、こんなに押し殺したようなやり取りになるのか??って思うんです。
例えば、殊勝な愛加那には違和感を持ちます。
今まで殊勝な女ならスッと入ってくるんですが、吉之助大好き光線を出しまくっていた愛加那、感情的な愛加那が殊勝になるには理由が必要です。
例えば・・・薩摩の人の島妻になれば、子供が島を出て薩摩で勉強ができる=官僚になって帰ってくる=お金になるのはもちろんですが、子供の出世のため。とか、書いてくれないと全くわかりません。

そして、西郷家は引っ越ししたそうです。

ああ・・・明治新政府は何をやっているのかなあ・・・??
と思っていたら、信吾の嫁が加わって、にぎやかになっているそう・・・。

don2















家族の一員となった菊次郎。
ここから家族パートだわ・・・。
子役君には申し訳ないけど、すでに1回見た時点で、もうええわ・・・と、飛ばしちゃいます。
明治政府のこと、やってくんないのかなあ・・・??
それにしても、この大河、ほんと、心に刺さる台詞ないよなあ・・・
政府パートでも、家族パートでも・・・!!

版籍奉還もされ、鹿児島にいた西郷に怒る久光です。
そりゃあ、大政奉還も、版籍奉還も突然で、将軍様も藩主も生活が一変してビックリ仰天、不満タップリでしょう。
でも、その愚痴を嫌味のように言う久光・・・。
個人的には、久光は西洋化を嫌い、ず~っと羽織袴で通したなんてエピがあるんだから、そこは昔の男らしく、キリッとしてほしいなあア・・・って思っていたら、また家族・・・
と思ったら、東京ですって!!

西郷のいない東京では、議会が紛糾していました。
天皇からもらう久光よりも西郷の方が位が上だということヤバいんじゃないか??って話をしています。
いや・・・そんなくらいがどうのこうの話もしないといけないのかもしれないけど、もっと国を造る話をしてほしい・・・みたいな、江藤新平や大隈重信に賛同してしまいます。
そうそう、政治をしろよなあ・・・。
と、地方でも不満がたまっているとナレしてくれたのに、またもや家族パートです。
横山安武が東京に行くって聞かないから、西郷にどうにかしてくれという話です。
でも、東京には一蔵がいるから・・・一蔵が、新しい政府を造ろうとしているから行かない・・・みたいなことを言っています。
いや・・・一蔵がいるから自分がいいとかそんな問題じゃないやろ??丸投げやんけ!!

で・・・西田敏行さんの息子・吉次郎としての語りが入るのでした。
う~ん・・・これもナレだよね??
そんな感じで、戦争パートの経費削減??

と思っていたら、東京に行くと言っていた横山安武が東京集議院の前で切腹!!
思うところがあって・・・天子様に訴えて・・・と、これもナレ説明で・・・
何が何だかわからない・・・可哀想な命です。

おまけに、大山益次郎もナレ死・・・外に出るのも怖いという岩倉具視・・・なんとも肝の小さい男・・・。
いきなり一蔵の妾・おゆうが西郷従道(信吾)を迎えます。
新政府に吉之助を・・・と頼まれる弟・従道!!
フランス帰り・・・って、フランスに行ってきたこと書いてほしかったわ・・・!!
って・・・こんな話、家でするんかなあ・・・??
なんか、仕事場でするんじゃないの??
綺麗ですけど、おゆうもいらんわ・・・。

まだ東京に行かない西郷さん・・・
何をしたいんだか・・・この頃、本当の西郷さんは、鹿児島の(政治の)ことを一生懸命やっていました。
家に帰ってきた従道・・・西郷さんを東京に・・・!!とやってきました。
ほんわかBGMと共に、嫁さんとのイチャイチャシーンです・・・。
あきれてもビデオ、もちろん、飛ばします!!
東京や外国の話を子供たちや家族にする従道・・・。
いや・・・そんな呑気なことしててええんか??
ま、ほっぽり出して薩摩に帰った西郷さんがどれだけ必要な人物かの描写もないけどな!!

政治は一蔵どんに任せたと、ほっぽり出した感満載の西郷さん。
たくさんの人を失くしてしまったから、もう政治をやるのは嫌だと言い出しました。
それに呼応する従道・・・。
って、これからまだ戦わなあかんのに、なんでこんなに武力に対して後ろ向きやねん!!

西郷吉之助であれば、人はついてくる!!と、従道が口説きます。
死んだ人の命を無駄にしないためにも・・・!!と。

この死んだ人の命を無駄にしないためにも・・・!!と、引き出したかったからのたくさんの人を失ったから政治をしたくないだったのかな??
本当の理由は、もっとあって、政治のしがらみや、あり方に、純粋に戦ってきた西郷さんが、嫌気がさした方が、カッコいいと思う
なんだか・・・おんなじこと(歴史だから)するんだったら、地べた這いずり回ってても、苦悩するカッコいい西郷さんが見たいのよね~~!!
って思っていたら、愛加那の気持ちを考えて菊次郎の傍にいろって言う糸・・・。
お前がちゃんと西郷さんが心配ないように、アウェイな菊次郎を育てるって言うのが当時の女性なんじゃないの??
もっと、家族として大事にしてやれよ・・・太っ腹母ちゃんとして!!

みんな、自分のこと(家族のこと)ばっかりで嫌になるわ・・・
この頃の人は、お国のために頑張るんじゃないのかい??

と思っていたら、東京に行ってくれと言ったのは、その昨晩の話を寝床で聞いていた菊次郎でした。

う~ん・・・この展開もどうかなあ・・・。
やっぱり家族の中で話が完結しちゃう西郷さんってホントに世間が狭いのよ・・・。

「私はあの時、父・西郷隆盛を、少しだけ理解できたように思いました。」by菊次郎

??何が分かったんだよ・・・父親の小ささか??
このドラマ、脚本が自分に陶酔しているのか?台詞が空回りなんですよね・・・。
その言い回しも何を言っているのかわからんわ!!
ということで、自分の家族のことしか考えてないの??な回の西郷さんでした。


本当の明治維新を頑張った男たちの命のやり取りはこちらでどうぞ。

明治維新最後の攻防~西郷・大久保”革命”への賭けはこちら
西郷どんの真実~若き日の隆盛~はこちら
西郷隆盛の苦悩~なぜ西南戦争は勃発したのか~はこちら
”県”誕生!奇跡の無血革命~大久保利通・廃藩置県の舞台裏~はこちら
明治維新の英雄の実像・西郷隆盛はこちら
大久保利通~明治を創った男・維新の設計者~はこちら
西郷隆盛~明治の礎を作った薩摩の怪物~はこちら
近代日本を造った男たちはこちら

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ 

明治維新という過ち・完結編 虚像の西郷隆盛 虚構の明治150年 (講談社文庫) [ 原田 伊織 ]

価格:928円
(2018/11/7 09:12時点)
感想(1件)

歴史REAL敗者の明治維新 大転換から150年、サムライたちの最後を見直す (洋泉社MOOK)

価格:1,026円
(2018/11/7 09:12時点)
感想(0件)

河井継之助 近代日本を先取りした改革者

新品価格
¥1,944から
(2018/10/29 15:28時点)



傷だらけ・・・って、誰が傷だらけなんでしょうかね~~??

江戸城無血開城をやり遂げた吉之助ですが、政府に不満を持つ勢力が、上野に集結!!
彰義隊と名乗りました。
いきなりやってきた大村益次郎の作戦で戦いを開始!!って、命をかけるのに、いきなりやってきた訳の分からない男の言うことに従うんだな??って思うのは私だけ??

「まっこて、果ての見えん戦でごわす・・・」って、暗そうに、戦をしたくなさそうに言う西郷どんですが、でも、やりだしたのはあなたです。
僅か半日で消滅した彰義隊は、オープニング前に終わっちゃいました

「会津、東北諸藩が必死の抵抗を見せていました。」みたいなナレーションですが、違うだろ??
会津は恭順の意を示してたんですよ!!
それなのに、すでに隠居した松平容保に責任を取らせようとするから、徹底抗戦!!みたいに会津がなっちゃったんです!!
それなのに・・・何で抵抗しようとしているのか??そこを書いてほしいんですよ!!
この作品は、ほんと、勝者の歴史のうわべだけをなぞっているだけで、そこにある志や誠を書いてくれないから、全く持って心がないんです!!

お金も兵糧も、武器も、人もない・・・このままの政府なら負け戦だ・・・という大村益次郎。
寡黙な西郷・・・薩摩を動かせと詰め寄る大村。。。

「この戦・・・最後の最後まで戦いつくさねば終わりません・・・
 お引き受けいたしましょう。」by吉之助

??さっき、この戦、果てが見えないって言ってたじゃない・・・
果てが見えないってことは、止めたいってことでしょ??
それなのに、戦いつくさないと終わらないの??
恭順の意を示していた会津に寛大な気持ちで接すれば終わっていたんじゃないの??
徳川慶喜に一撃を喰らわせたかったのに、大政奉還されて、行き場の無くなった振り上げた拳を会津に振り下ろしたんじゃないの??

やっぱり戦するんだ~~~って思うから、戦自体が軽くなってしまって、そこに居る人の命自体が軽くなってしまいそう・・・

薩摩に戻ってきた吉之助、またもや家に一直線です。
そんな暇ないんじゃないかな??
結婚する時、忙しいから結婚しないって言ってたんじゃないの??
そう思うと、女性ののんびりパートが多くって、忙しいから結婚できないのって理由おかしかったよね??
揚げ足とっているようだけど、話しに一貫性がないから理解できないのよ・・・。
みんな命をかけて戦っているのに、早く兵を連れて東京に帰れよ・・・吉之助・・・!!

って思っていたら、なんでか知らんが有名になった・・・でも、ボロボロの西郷家に金の無心に来る輩が要るって”家”の話が始まります。
人のいい吉次郎が、貧乏なのに、金を貸しているというエピです。
男は体面の時代でしょ??
高名になったのなら、うだつを揚げろよなあ~~。

糸は、大島に書物を送っています。
菊次郎の勉強用です。
これも、吉次郎が用意してくれたものです。
いろいろ西郷家を支えているということを言い出しました。
って、今まででも、兄に代わって西郷家を支えてきた吉次郎です。
いろいろ書くことがあるなら、もっと前から書いてあげたら良かったのにね。

で・・・やっと久光に願い出る吉之助。
なんか、久光、上手く丸め込まれたのか、すぐに援軍を了承しました。
薩摩にも援軍を反対する者も沢山いたんですよ??
この大河って、論じないですよね・・・江戸無血開城の時も、もっと議論して激論を交わしてほしかった。
だって、激論を交わすのも、戦争の一つなんじゃないの??
この作品では、なんでも既に決まっている感がたくさんです。
だから、ドキドキしません。

don
















軍人っぽく命令している吉之助を見るそろばんを持った吉次郎。
何を考える??

ちょっと違う世界を観たくなった吉次郎に自分みたいにケガを負いたいのか??という信吾。
本当の信吾って、バリバリの武闘派です。
そこんとこ、よろしく!!

吉之助が帰ってきたら、妹の琴が帰ってきていました。
「あにさ・・・ちょ、ここに座ってくりゃんせ!!」と、怖い顔して言います。
嫁いだ自分が口を挟むことではないけれど・・・と、前置きはするものの・・・
家の者を労わってくれと説教し始めました。
新しい着物の一つでも買ってやれって・・・
う~ん・・・結構男尊女卑が激しいんですよ・・・九州は・・・。
女性がこんなこと言ったら、もう、ダメだよね・・・
そして、一番我慢しているのは吉次郎だと言い出しました。
欲しいものをいえとか、言い出しました。

う~ん・・・まだ、戦争やってるんじゃないの??
こんな話でなあ・・・

「おいも・・・戦働きがしたか・・・!!」by吉次郎

嫁さんは、行ってほしくないと全力で拒否ります。
この当時の女性に拒否権があったのかどうかも疑問だわ・・・。
武士の妻とは言えんな・・・
なんやかんやで吉之助の許しが出て戦いに出ることに・・・!!

don2
















そして、越後へと出立する吉次郎。

ガトリング砲の説明にやってきた村田新八。
この時、ガトリング砲だから河合継之助が・・・と、一言だけで河合継之助とガトリング砲の何が解るか??と思った私でしたが、ず~っと出ている村田新八のこともわからないので、もういいと、諦めました。

士気も下がっているし、西郷吉之助様に出張ってもらうしかない!!と言いますが、吉之助ならガトリング砲に勝てるんでしょうかね??

で、軍艦で越後へ!!
各方面から来てほしいとモテモテの吉之助です。
吉之助は最終兵器でも持ってるんでしょうかね??
軍議中に・・・そこへ、吉次郎が撃たれたと信吾が言いに来ます。
この作品って、いちいち知り合いがやってくるけど、こんなの伝達がやるんじゃないの??
血みどろで急いで来てさ・・・
そんなとこも緊張感ないって思えてくるんだけど・・・ホントのところはわからんわな・・・。
「兵の命は皆同じ!!」と、今回行かないのか??
みんな、行けって言ってるよ??
泣き崩れる信吾・・・亮ちゃんは泣き虫顔似合うけど、信吾はそんな・・・薩摩隼人だろ??

don3















決着がついてからだけど・・・結局来るんじゃん・・・
史実は会えてないけどね!!
体だけは大切に・・・とか言う吉次郎ですが、優しさを表現したいのかもしれませんが、そこは戦場なんだから、「どんなことがあっても勝ってくれ!!」なんじゃないの??と思う、私でした。
結局、家族のことを沢山描いてきたのに、死んでいく吉次郎のことは殆どキャラ立たず・・・残念!!

この後、戊辰戦争は会津、庄内、箱館と続きました。
そんな中、日本は明治へと新しく生まれ変わり、みんなによる明治政府が出来る・・・??
なんと、戊辰戦争、ナレで終わっちゃったよ・・・。
この大河で死んだり傷ついたりしてるのは、薩摩兵だけだよね・・・おかしくない??
悲惨な東北の戦いを書かずして、何が戊辰戦争なんだよ・・・。
悲劇は吉次郎だけじゃないんだよ!!
と、人の命は同じ重さで、吉次郎が悪いわけでもないのに、思ってしまう私なのです。

遂に・・・明治天皇が東京に旅行に行ってしまいました。
ああ・・・ちょっと東京に旅行に行ってただけなのになあ・・・
次の天皇陛下の即位式のために、高御座がこの秋に東京に行ってしまった・・・
東京の人になっちゃうのね・・・天皇陛下・・・。

don4















もう・・・終わってしまった。。。
この東京を首都にするのには、一蔵の戦いがあったはずなんだけど・・・
天皇陛下をどうやって東京に行ってもらうのか?も、大作戦をやったんだけど、そんなこんなもまるっきりスルーなのね・・・。

明治維新最後の攻防~西郷・大久保”革命”への賭けはこちら
明治日本 首都は三択だった!~大久保利通 東京遷都の真実~はこちら

で・・・いきなり役目は終わった・・・と言って薩摩に帰る西郷さんです。
う~ん・・・これでは自分勝手ではないですか??
何でか全くわからんけど、それが民の為らしいわ・・・
勝手なことを言うな!!と、大久保一蔵に怒られてしまいました。
当たり前だわな・・・。
民の為って言うなら、戦を始めるなよな~~!!

吉之助のために久光のご機嫌を取り、島から帰したり×2、いろいろ卑怯モンをしてきたのに・・・と思ったのか??
フハハハハ!!と、一蔵、壊れちゃいましたとさ!!

やっぱり帰ってきた吉之助・・・
家族がまだ吉次郎の死を知らないなんて・・・それからどれだけ立ってると思ってんねん!!とツッコミを入れたいぐらいです。
知らせてやれよ・・・それぐらい。

「すまん!!死なせてしもた・・・」

結構きつい言い方です。
寡黙というよりは、心がこもっていないというか・・・
抑えた演技なんでしょうが、ザ・寡黙の高倉健命の私としては、その抑えた演技が冷たく感じました。

糸が吉次郎が今まで壺にためていた銭を見せます。
貧乏でも、吉之助のためにとためてあったお金です。
吉之介が何かやるときのためにとためていたのです。

泣き崩れる吉之助なのでした。

髷を切り落とした吉之助・・・何を思う??

もう「西郷どん」をやめるのかな??って思っちゃったわ・・・。
どうしてこんなドラマになっちゃったんだろ??家族の絆や愛を書くなら、もっと吉次郎も掘り下げて欲しかったわ・・・って思ったけど、よく出てくる弟・信吾も、遊び人だったり、戦争は嫌だとか。。。およそ薩摩隼人とは大違いのよくわからない弟だわ・・・。

もっと人間を掘り下げてくださいな~~!!
泣けやんやろ~~!!

結局傷だらけだったのは、薩摩の人たちだけでしたね・・・。

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ 

教科書には載っていない最先端の日本史 (青春新書プレイブックス)

新品価格
¥1,080から
(2018/10/29 15:29時点)

大河ドラマ 八重の桜 総集編 [DVD]

新品価格
¥6,458から
(2018/10/29 15:30時点)

江戸無血開城: 本当の功労者は誰か? (歴史文化ライブラリー)

中古価格
¥1,392から
(2018/10/16 16:11時点)



なんだか恐ろしい・・・今回の副題は、「慶喜の首」です。
慶喜の首には、どれだけの家臣の首がかかってるのか?と思うと、口にするのも恐ろしいわ~~!!

よくわかんないけど、歴史的には鳥羽伏見の戦いかな??

京の守りとして天子様に仕える新政府軍・・・
都を追われた旧幕府軍は、大坂城から御所に向けて進軍開始・・・。
1868年1月3日の鳥羽伏見の戦い!!

「こいでよか・・・」by吉之助

??何がこれでいいって言うんだ・・・。

兵力で勝る旧幕府軍に劣勢の新政府軍!!

「退くな~~!!退いてはいかん!!」by吉之助

と、前回の戦の鬼が続いているようです。

おゆうが作った偽の錦の御旗・・・これは史実かも知れんことをやっているからだけど・・・今できたの??
戦って傷つく兵士たちを見てショックの信吾!!
そこへ、錦の御旗登場!!

錦の御旗で形勢逆転!!と言っても、勢いづく吉之助ばっかり!!
普通、錦の御旗が出てくると、幕府軍が焦るシーンが絶対あるんですけどね・・・。
形勢逆転もわからんわ・・・。

戦いをやめさせようとして信吾撃たれる!!
首を押さえて・・・首を撃たれてたら即死なんじゃないの・・・??と、冷静に思ってしまうほど迫力なし!!

「信吾はんやおへんか・・・!!西郷さまの弟御です。助けておくれやす!!」byお虎

お虎はもういいよ・・・ゲンナリ・・・と思う反面、このキンチョーなシーンで、西郷どんの弟だから助けてほしいって・・・どうよ??
助からんとか、大事な人の弟だとか・・・私情満載な発言の中・・・私は知っている・・・。
信吾は第1話のOPに出ていたじゃない・・・。と。
ふ~ん・・・吉之助の弟だから助けるんだ・・・なんて思うとシラケちゃうわ・・・。

西郷どんは一応軍議中ですが、あんまり何を言っているのかもわからない・・・
と思っていたら、ケガしてる信吾のところに行ってやれなんて話・・・するか??武士が・・・!!
私情を挟むな!!と、戦いに突き進む西郷!!

やっと、錦の御旗でオロオロする慶喜登場!!
味方の兵を残して、僅か4日で大坂城を抜け出す慶喜・・・。
薩摩隼人たちはまたまたエイエイオー!!です。

しつこく信吾の元へ行け!!と言われるのを断って御所に向かう吉之助。
って・・・ほんと、信吾のところに行け行けって、話しに水差さないでよね・・・
それとも、信吾のところに行かないことが戦の鬼なの??
もっと、戦で鬼になってほしいわ・・・。

船で逃げている慶喜・・・その慶喜をバカにして狂ったように笑いだすフキ・・・。
「この船は・・・きっと沈みます!!
 罰が当たったんですよ・・・。
 慶喜さまにも、この私にも。
 もうすぐ海の藻屑とやら・・・ですね。

 天下の将軍様がこんな風に死んでいくのかと思ったら、なんだか可笑しくて・・・」byフキ

この後、何とか無事に江戸にたどり着きました。

う~ん・・・その場で成敗してやれよ・・・慶喜・・・。
江戸でも・・・ウナギを食べる慶喜・・・。
って・・・ウナギ必要か??

江戸にいることを勝つに怒られる慶喜。
その言葉が・・・
「まさか江戸前のウナギを食いたくて舞い戻ったと・・・。
 ウナギなんぞ、食ってる場合かい・・・!!」by勝

はい・・・この勝も、成敗でしょう。
幕臣の勝が、こんな言葉を使うなんて・・・ほんど・・・気になって身が入らないわ・・・。

「戦に負けたのも、徳川の名を血に貶めたのも、皆あんただ・・・!!
 あんたは、徳川の恥だよ・・・」by勝

勝は、最後まで慶喜を生かそうと頑張ったんだよ・・・
最後は江戸を火の海にしてまでも守ろうとしたのに・・・なんだよ、この演出・・・!!

「あなたは、西郷さまから逃げただけです。
 言っていたではありませんか。
 どこまで追ってくるんだって・・・。
 あなたは、西郷さまが恐ろしいから逃げたんです。
 謝ればいいではありませんか。
 あの方は、心根のお優しい方です。

 あなたが心から悔い改め謝れば、必ず許してくださいます!!」byフキ

??身の程知らずが~~~!!
慶喜、手打ちにしてください!!
普通はカッコいい言葉だから書き起こすんだけど・・・あまりにも開いた口が塞がらないアホな台詞に書き起こしちゃいました。
こんなこと、誰が言うか~~~!!
何で、下級武士に天下の将軍様が謝らんといかんねん!!
助けてくれた慶喜になんてこと言うねん・・・!!

だから・・・最初っからフキ・・・っていうか、お芳は新門辰五郎の娘のままで良かったんだよ・・・。
それなら、勝海舟と協力して逃げる算段のドラマができたのに~~~!!

「俺の前から失せやがれ!!」と、慶喜に言われ、
「いいんですね。私、本当に行っちゃいますよ!!」って・・・どれだけ自信過剰やねん!!
どこでも行けや~~~!!
と、その高飛車具合に、こっちが反吐が出るわ~~!!
おっと・・・下品で失礼・・・。
余りのひどさに我を忘れてしまいました。

やっぱり、当時の女性のリアルを書いてくれないとな・・・
こんな女いないわ・・・
と思っていたら、
「哀れだね・・・あんた・・・」by勝
??哀れって・・・フキに捨てられたことが??何が・・・??
取り乱してるところが・・・??
海舟・・・あんたも幕臣なら、敬語使いなさいよ~~~!!

信吾のいる治療場に、外国人がやってきました。
なんと医者だといいます。
「助けておくれやす!!お願いします!!」
と、優先的に信吾を手術。
この西洋の手術によって、多くの新政府軍の人々の命が救われたそうですが・・・
そんなこんな・・・本当はキンチョー感半端ないこの状況で必要か・・・??

なんと・・・京に医師を招き入れたのは、吉之助が信吾のために天子様に頼んだらしい・・・。
??なんだ・・・鬼になったんじゃなかったの??
公私混同も甚だしいな・・・。
こんな西郷・・・見たくないわ・・・。

多くの命を救いたい!!とか戦争始めたの自分じゃん・・・。
鬼が弟のためにそこまでしたとか・・・そんな話・・・ダメだろ・・・。
弟のためだからやっちゃダメなんじゃないの??って思う私は古いんだろうか??

関東を征伐する為に京を出発する西郷・・・って、征伐だって・・・悪モンなんだな・・・。
「西郷はん~~!!」と、信吾と一緒に来るお虎。
??歩けんの??信吾・・・そんな重症じゃないやんか・・・天子様にお願いするほどの・・・!!
って思っちゃったわ・・・。

でも・・・関東に行ったら、もう、所かまわず叫んだり、抱き着いたりするお虎は見なくって済むのね・・・良かった。

don2
















慶喜は寛永寺で謹慎中。
そこへ一人でやってきた勝海舟・・・
「奴らはあんたのお首が欲しいんです!!」by勝
あちゃー・・・そんなこと、口にしていいんかい??

戦うべきだという勝に、このままでは日本は異国の物になってしまう!!と、戦うことを断念する慶喜。
ま、徳川を世界の笑いものにしたくないとかそれがなんだかはわからないけど、戦うべきだと言った勝に、もう戦わないと慶喜が言ったのは本当です。

「どんな沙汰でも甘んじて受けよう。」by慶喜

最後はカッコいいですね。慶喜!!
でも・・・よく考えたら、慶喜がフランスに薩摩を売り渡そうとしていたから戊辰戦争が始まったってことになってたんじゃないの??
それなら精神崩壊したフキのあやふや情報で、吉之助が兵を挙げたってことになるじゃないの??
こんなの・・・たくさんの人が死んでいるし・・・これからも死ぬのに本末転倒だ・・・。

慶喜にいきなり山岡鉄舟を引き合わせる勝・・・。
どこにいたんだよ・・・控えてるにせよ・・・。やっぱり「西郷どん」は、セキュリティーZEROなのですね・・・。
でも、私の大好きな藤本隆宏さんなので許す~~!!

一人で駿府に行く山岡・・・
ここら辺も、藤本さんの熱演も残念ながら一人で行けちゃうところがリアリティーなし!!
どうやって、どの信念で行ったのか・・・そこは書いてくれないのね・・・。

don3















交渉のために切腹しようとする山岡ですが・・・
「いまこの国で・・・酷い殺し合いをしている場合でしょうか?
 この命と引き換えに、我等が願い・・・天子様へお伝え願いとう存じます。」by山岡

「何故・・・あの慶喜公のためにそこまで・・・??」by吉之助って・・・馬鹿か??吉之助はバカなの??
将軍様だからだよ!!幕臣だったら守るだろ??
情に訴えて、情に絆され勝と会うことになった吉之助でした。

本当の交渉はこんなもんではありません。
もっと、現実的なものとなっています。
本当の交渉がどんなものだったのか??それはこちら「江戸城無血開城 勝海舟の知略」

お食事処でご飯を食べている嫌われ者の西郷たち・・・
磯田屋で女子たちと遊びたかったとか訳の分からんことをまた・・・と思っていたら・・・聞き覚えのある女性の声が・・・。
幾島でした。
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーンお虎がいなくなったのに、新しい強敵登場!!
それにしても、この期に及んで女遊びをしたいんか??と、腹立たしい限りです。
女遊びは歴史には残せないけど、そこここでやってるじゃんよ~~~!!

幾島に導かれ・・・なんと、大奥に入ってしまう西郷どん。。

don4















そこには懐かしい天璋院がいました。

もう・・・江戸城無血開城されてるじゃん・・・!!

先日、「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」という映画を見ました。

内容は・・・花輪君家に何人かの子供たちがホームステイに来て、おじいちゃんと同じマルコという名前からまるちゃんに興味を持った少年がまる子の家に泊まるというお話しで・・・
おじいちゃんのマルコは亡くなったので、その思い出を探しに日本に来た・・・みたいな内容でした。
ちびまる子ちゃんということで、子供にもわかりやすい起承転結な作品となっていました。
お話しはすべて回収し、最後はどうなるか、わかりきっているのにクライマックスで泣いてしまいました。
よくできた作品でした。

歴史のお話も、見る側はどうなるか解っていてそれでも作品にする・・・それが、脚本家さんの腕の見せ所だと思います。
たくさんの人が死んできている「西郷どん」ですが、あまりにも内容が浅く・・・涙も出ません。

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ 

江戸無血開城: 本当の功労者は誰か? (歴史文化ライブラリー)

中古価格
¥1,392から
(2018/10/16 16:11時点)

西郷隆盛とは何者か1 西郷は実像以上に美化されている

大政事家 大久保利通 近代日本の設計者 (角川ソフィア文庫)

新品価格
¥950から
(2015/5/24 11:27時点)




1877年、東京・上野公園で・・・日本の近代化を象徴する大イベントは行われました。
「第一回内国勧業博覧会」です。
1万4千点が出品され、入場者数は45万人・・・明治日本の殖産興業を内外に示しました。
この博覧会を成功に導いたのは、維新の三傑・大久保利通でした。

1868年1月鳥羽伏見の戦いで幕府軍を倒した薩長・・・その薩摩藩士だったのが大久保でした。
大久保が抱いていたのは、万国対峙。。。迫りくる西欧列強に対し、日本を新たな国にしなければ・・・!!
そして、明治新政府を樹立しましたが、国造りは混乱します。

そして・・・盟友・木戸孝允との確執、各地で起こった農民一揆、薩摩との内乱・・・
そんな大久保の一大転機は・・・欧米視察でした。
日本の進むべき道は、殖産興業による富国策を考えます。
明治維新の大義とは一体なんだったのでしょうか?


1868年3月・・・討幕を果たし、新政府を誕生させた大久保たちは、新しい国造りの理念を宣言します。
「五箇条の誓文」です。
天皇を頂点とし・・・
”広く会議を興し、万機公論に決すべし!
議論を重視した国家を目指しています。

しかし、高い理想を掲げたものの・・・実際に新政府を支えていたのは藩や藩主、旧勢力が残っていました。
総裁は有栖川宮熾仁親王、議定は・・・藩主・島津忠義(薩摩)、山内豊信(土佐)、浅野長勲(安芸)、松平慶永(越前)、徳川慶勝(尾張)・・・と、参与として藩士・大久保利通、西郷隆盛、後藤象二郎・・・だったのです。


財源と軍事力をどうする??
財源は・・・全国の総石高は3000万石で、そのうち新政府の財源は徳川家の直轄地だった800万石でした。
軍事力は・・・薩摩、長州などの雄藩からの軍隊のみ。
統一した軍事行動などできませんでした。
どうやって西欧列強に立ち向かう・・・??

木戸孝允が抜本的な改革案を打ち出します。大名から土地と人民を天皇に帰し中央集権化をはかる”版籍奉還”です。

1869年6月版籍奉還を布告。
ところが・・・藩主は知藩事として藩の統治を認められ、版籍奉還は骨抜きに・・・
そこには・・・大久保の逡巡がありました。

「領土領民は”奉還”することが”至当”
 しかし、”時勢”がまだ熟していないので、”一部返上”にとどめるべき」by利通

いきなり既得権益を奪ったら、反乱になるかも知れなかったからです。
薩摩のことを危惧していたのかもしれません。

政府を維持していくためには、藩主たちの協力が必要だったのです。
改革は少しずつ進めなければ・・・
しかし、財政はひっ迫・・・1869年7月直轄地で農民一揆が起こります。
版籍奉還が骨抜きになったので、直轄地に重税をかけたせいでした。

さらに大凶作・・・一揆は全国各地に拡大します。その数11件!!

「民衆の多くが、新政府に不審を抱き、うらみの声をあげている」by利通

状況を打開しなければ・・・!!
助けを求めたのは、島津久光でした。
説得するために、1870年大久保利通鹿児島に帰郷。
ところが・・・結果は燦々たるものでした。
藩の解体に関わることをしていると大久保を痛烈に批判します。

説得にも耳を貸さず・・・皇居の護衛をしていた薩摩兵1000名を撤退させると対決姿勢を鮮明にします。
一触即発でした。
薩摩藩のクーデター・・・??内乱の危機・・・??
1871年7月・・・秘密裏に解決策が・・・??
山県有朋と野村靖が作成した方策は・・・藩そのものを解体するほか道はないのでは・・・??
大久保も同意せざるを得なく・・・廃藩クーデターを画策します。

西郷と山県は、新兵の協力を取り付け、藩への抑止力とします。
そして・・・この命令を出来る唯一の人は・・・明治天皇でした。

「篤と熟考 今日のままにして瓦解せんよりは寧ろ、大英断に出て瓦解いたしたらん」by利通

1871年7月14日天皇が廃藩置県を命じます。
各藩からの抵抗は思ったほどではなく・・・戊辰戦争の戦費拠出、藩財政が破たんしていたのです。
大久保たちが藩主に出した提案は・・・借金について、政府がそれを保証するというものでした。
士族に家禄(給料)を給付することにしたのです。
こうして、旧藩主・知藩事たちは、東京に集められます。
全国に261藩ありましたが、3府72藩と再編され、各地へ府知事・県令が派遣されたのです。
新政府の支配は地方にまでおよび、中央集権化が成されます。
地租改正・国民皆兵制とつながります。

1871年11月岩倉使節団として派遣されます。
不平等条約の改正と近代化の調査を目的としたものでした。

産業革命で経済発展をし、超大国となって繁栄していたイギリス。。。
4か月で10都市を訪問し、産業の仕組みを視察します。
徹底的な機械化に・・・鉄鋼・紡績に・・・鉄道網に・・・世界の工場として発展していたイギリス。。。
西欧列強に勝つためには、殖産興業で国力を高めなければ・・・!!と思うようになります。

国家主導で産業を保護育成しようとします。
1873年5月26日帰国・・・しかし、新政府が内部分裂・・・。
事の発端は、西郷隆盛ら留守政府が進めていた征韓論でした。
大久保たちが不在の間、朝鮮との国交樹立を要求していたのです。
受け入れられなければ戦争も辞さない・・・!!

そんな西郷に、大久保は異を唱えます。
経済発展をすすめる・・・内地優先だ!!と、
閣議決定されたのは、西郷の挑戦派遣が閣議決定??
しかし、岩倉具視と画策し、水面下で説得します。
1873年10月24日、明治天皇の裁断によって西郷の朝鮮派遣が延期となります。
破れた西郷は辞職し・・・下野しました。
板垣退助、江藤新平も新政府を去っていきました。

1873年11月大久保は巨大組織・内務省を作ります。
大久保利通は、初代内務卿に就任し、権力を手にしました。
大蔵卿には大隈重信、工部卿には伊藤博文。。。
大久保に賛同する面々・・・大久保専制体制を樹立させます。
それは、強烈は批判の的となっていきます。
1874年1月17日板垣退助らが意見書を提出しました。
厳しい批判にさらされる大久保。。。

絶対的な内務省の力で殖産興業する??
国民の意識も変えなければ・・・!!

”産業力とは、人民の工業を政治が育成し、怠惰な者は一人も生まず、
 国家の富強に邁進させることである。 
 列強と肩を並べることは可能なのだ”


板垣や江藤は、議会創設を求めます。
「今、政府の実態は”天皇”にも”人民”にもない
 ただ”有司”すなわち官僚の手中にあるのみだ
 言論は抑圧され、国家はまさに崩壊必至のただ中にある
 これを救うには、民撰議員”議会”を創設し、天下の公議を広く起こし、官僚の手から政治を奪い返すほかない」

木戸孝允も、明治維新の理念「万機公論」を唱え、議論と議会による国政を!!と、大久保に対抗してきました。
その声に応えるべきなのだろうか・・・??

殖産興業か・・・?議会創設か・・・??
大久保利通は、日本の未来の大きな分岐点に立たされていました。
新政府の分裂の危機にどう対峙するのでしょうか??

内務省による殖産興業に舵を切った大久保は、国際競争力のある生糸に・・・
内務省の管轄となった富岡製糸工場を拠点とし、イギリスのような貿易立国を目指します。
貿易のために海運業を発達させます。
国家予算の6%を、岩崎弥太郎の三菱汽船会社に投資、岩崎は外国の汽船会社を一蹴しました。
貿易商・三井物産の開業を支援、生糸の製造、運搬、販売・・・と、ルートを作っていきます。
その結果、1909年には、生糸の輸出量が世界一となります。

しかし・・・大久保の内務省による殖産興業には、問題もありました。
民が育ってきたなら払い下げる・・・つまり、政と民の癒着問題です。
さらに大久保は、銀行の設立!!
しかし、銀行設立には莫大な資本が・・・!!
そこで目を付けたのは、士族や華族の給料・家禄でした。
当時、家禄は政府歳出の26%を占めていました。

そこで、大久保と当時の大蔵卿・大隈重信は、現金での家禄の支払いをやめ、金禄公債による5年据え置き30年償還の債権での支払いとし、その資本が銀行設立の資本となったのです。
明治11年には、銀行は153行を数えるまでになりました。

しかし、この公債での支払いは、華士族の家計を直撃します。
元本がいつ支払われるかはわからない・・・
大部分の士族が困窮していったのです。
たとえ維新の功績のあった士族であったとしても・・・!!

1876年3月廃刀令施行。。。
財産も誇りも失った士族たちの不満はピークに達していました。
1876年10月、神風連の乱を皮切りに、秋月の乱、萩の乱・・・
そして・・・1877年2月・・・大事件・・・西南戦争勃発です。
共に幕末に命を懸けた盟友・西郷隆盛率いる薩摩士族たちの一斉武装蜂起・・・。
戊辰戦争にも匹敵する内乱となってしまいました。

しかし、その最中でも、殖産興業の手は緩めませんでした。
8月第一回内国勧業博覧会開催。
会場となった上野には、6つのパビリオンが・・・
その成果が発表されました。

ここで発表された臥雲辰致が発明した”紡績機・ガラ棒”は、この展示をきっかけに各地に普及することになります。
博覧会には、各地の産業を競わせるという意味もありました。
出品された作品は、1万4000点、入場者数45万人・・・。
大成功を博したのです。

9月24日・・・西郷の自刃によって西南戦争終結。。。
それは、この博覧会の会期中の事でした。

そして・・・突然の悲劇が・・・!!
1878年5月14日紀尾井町の清水谷で大久保利通は不平士族に襲われ暗殺・・・志半ばの死でした。
翌年・・・満20歳以上の男子に選挙権を与える地方会議が・・・。
これは、大久保の死の2か月前に提出された上申書に基づいていました。
殖産興業のためにも、民の自治を考えていた大久保。。。
地域の代表者が政治に参加できるように・・・。

明治維新の理念「万機公論」・・・大久保は、地方から実現させようとしていたのかもしれません。

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

幕末・明治時代(日本史) ブログランキングへ

大久保利通の肖像―その生と死をめぐって

新品価格
¥2,376から
(2015/5/24 11:28時点)

大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット 人)

新品価格
¥864から
(2015/5/24 11:28時点)

このページのトップヘ