日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:真田昌幸

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豊臣と徳川の決戦が始まった。
大坂城を出、野戦に持ち込む信繁だったが、形勢は圧倒的に不利。

そんな中、後藤又兵衛が討死する。

ということで、遂に、最終回となってしまいました。
ああ・・・本当に寂しい・・・。

信之は、大坂からの帰り・・・休むことになった尼寺で・・・本多正信と一緒になってしまいました。
本多正信、何を思う・・・??

maru












大坂城では・・・名もなき武将が・・・って、ダメ田十勇士じゃん!!

ダメ田十勇士はこちら


そんなこんなの、名もなき者たちが活躍していた大坂城・・・。

「命を惜しめ、そして必ず勝て・・・!!」by幸村

そんな幸村は、大角与左衛門の元へ・・・
そこには、上田から連れてきた与八の亡骸が・・・。

「もっと早く気付くべきだった・・・」by幸村

そう、徳川の間者は与左衛門??

maru10












しかし、徳川に仕えたことなどないという・・・。
「娘は太閤に手籠めにされ・・・それを苦に命を絶った・・・妻も一緒だ。
 以来、ず~っとここにいる。
 秀吉と大坂城が、此の世から消え去るのをこの目で見るまで・・・。

 役目は終わった・・・
 この城も、明日で終わりじゃ・・・」by与左衛門

と、腹を突く与左衛門・・・。
この時、息の根を止めとけばよかったんだよ。

戦略会議で、遂に、千成瓢箪とともに、秀頼の出陣が決定!!

そして、茶々は・・・
城が落ちる夢をよく見るという。
茶々には誇り高く生きることを望む幸村。。。
そして・・・茶々に臨むのは・・・
「家康が死ねば、戦は終わります。
 豊臣と徳川がこの先、どう折り合いをつけていくかの談判が始まります。
 また戦になれば、つぎは必ず負けます。」by幸村

maru15















「左衛門之佐がいれば勝てる・・・!!
 死ぬつもりなのですね・・・!!」by茶々

「戦に勝った後なれば、より良き和議の案を突き付けることができます。
 大坂城を捨て、豊臣家を四国全土の主として認めさせるのです。」by幸村

「わかりました。」by茶々

「そして万に一つ、私が家康を討ち損じ、徳川の兵が城に攻め込んできたときには・・・その時には、和睦の使者として、千姫さまを秀忠の元へお使わし下さい。 
 
 くれぐれもお忘れなきよう。
 望みを捨てなかったものに飲み、道は開けるのです。」by幸村
 
戦支度をしながら・・・

「私は、私という男がこの世にいた証を何か残せたのか??」by幸村

「人の真の値打ちというものは、己が決めることではございません。」by内記

「誰が決める?」by幸村 

「時でござる。
 戦国の世に・・・義を貫き通し、徳川家康と渡り合った真田左衛門之佐幸村の名は、日の本一の兵として、語り継がれるに相違ございません。」by内記

「どんな終わりを迎えてもか・・・??」by幸村

MARU21















「大事なのは、いかに生きたかでございます故。。。」by内記

おお・・・さすが、内記。。。

幸村は、六文銭を手に何を思う・・・??

5月7日早朝・・・
豊臣方は、茶臼山から岡山にかけて布陣、明石隊が船場口で待機!!
徳川方は、南から数段で陣を配備・・・!!

キンチョー!!いよいよ戦いが始まる・・・!!

徳川としては、味方の豊臣恩顧の大名がいる・・・もし、秀頼公が出陣するようなことがあったら裏切られるかもしれない・・・??
と、真田が寝返ったという噂を流します。


出てこない秀頼・・・。
しかし、千成瓢箪でなんとかカバーする??

午前10時過ぎ・・・
松平忠直隊から毛利勝永軍に対し、鉄砲が撃ち込まれました。
秀頼の出陣は・・・??
真田幸村が裏切った・・・??

「罠かもしれません。
 城を出られてはなりません。」by大蔵卿局

毛利隊は、破竹の勢いで本多隊を破り、そのまま家康の本陣へ・・・!!
その手前には、真田信吉の陣が・・・!!

真田信吉隊とぶつかった毛利勝永隊・・・!!
圧倒的に撃破!!
小笠原、榊原、酒井、諏訪・・・毛利の勢いはとまりません。

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未だ出ない秀頼・・・出陣を促すよう大助を城に戻す幸村・・・!!

与左衛門は・・・自分で腹を刺したのに、真田にやられたと秀頼に進言。
理由は、”徳川の間者との密会を見てしまったから・・・。”
疑心暗鬼に駆られる秀頼。。。

maru17















進んできた幸村・・・
そこには真田信吉の軍が・・・!!

かつて仕えた若に槍をもって打ちかかる三十郎・・・!!

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「・・・・・・!!
 源次郎様・・・!!」

そう・・・これはきっと、倒すためではなく、死にに行く幸村を止めたかったんだよね、三十郎・・・!!

徳川軍は大混乱・・・!!
真っすぐ、真っすぐ、家康の本陣へ・・・!!

「目指すは家康の首・・・!!」by幸村

逃げる、逃げる、逃げる・・・!!

家康の馬印が倒されたのは、武田信玄に敗れた三方が原の合戦以来のことでした。

逃げる、逃げる、逃げる・・・!!

戦況は、圧倒的に豊臣方の有利であった。
岡山口にいた大野治房隊は、秀忠の本陣に襲いかかった。

逃げる、逃げる、逃げる・・・!!

戦いは、豊臣軍の圧勝に思われました。
秀頼公に出馬を促すために大野治長が城に戻る途中・・・馬印・千成瓢箪を掲げて持ち帰ってしまいました。(これは本当)
そう・・・このことが、敗因・・・

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千成瓢箪が大坂に帰る・・・秀頼が負け帰る・・・??

おまけに・・・

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与左衛門が放火・・・!!(これも本当!!)
でも・・・とりあえず、与左衛門は間者という立ち位置というより、豊臣を見限って、放火を手柄に徳川に・・・って感じのようですが・・・
仕えていた豊臣を見放したことで、家康には雇ってもらえなかったとか・・・??

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大坂城に火の手が上がってしまいました。

最後の戦国武将は、戦には流れが変わる瞬間があることを体で知っていた。
彼はそれを逃さない・・・!!

好機だ!!陣を立て直す家康!!

徳川軍の反撃が始まりました。
奮戦する真田軍が待っていたのは、秀頼公の出陣でした。

後手後手に回る大坂方・・・!!
出陣しようとする秀頼公・・・!!
真田も毛利も苦戦・・・!!
流れが変わってしまった・・・!!

徳川の猛反撃・・・!!

作兵衛が・・・!!
槍で奮戦するも・・・撃たれちゃいました・・・。

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大蔵卿局を押し切って、出陣したい秀頼・・・しかし、茶々が許さず・・・!!

千姫が、きりに連れられて大坂城を脱出!!

大坂城内にも敵が・・・!!
猛追する徳川軍に立ちはだかる老兵・内記・・・!!

「若は、秀頼公の傍へ・・・!!」by内記
「内記も参れ・・・!!」by大助
「わしはここで敵を防ぎます。」by内記
「内記・・・」by大助
「早く行かれよ・・・!!」by内記

若(大助)を守るために・・・!!

戦いの後・・・力いっぱい戦い、尽き果てた内記の姿が・・・!!
その懐には大殿の位牌が・・・!!

そして作兵衛は・・・いつも耕していた畑で・・・尽きるのでした。


彼らが仕えていた殿は・・・ついに家康のもとへ・・・!!

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宿敵・真田・・・!!


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「殺したいなら殺すがよい!!
 されど、わしを殺したところで何も変わらん。
 徳川の世は既に盤石!!
 豊臣の天下には戻らん・・・!!

 戦で雌雄を決する世は終わった!!
 お主のような、戦でしか己の生きた証を示せぬような手合いは、行きていくところなど、どこにもないわ・・・!!」by家康

「そのようなことは百も承知・・・!!
 されど、私はお前を討ち果たさねばならぬのだ・・・!!
 わが父のため、わが友のため、先に死んでいった愛する者たちのために・・・!!」by幸村

そして一発の乾いた銃声が・・・!!

それを撃ったのは・・・参陣した秀忠軍でした。

「真田左衛門之佐・・・そこまでじゃ~~~!!」by秀忠

落ち延びた・・・

maru3












西尾宗次(たぶん)に見つかっちゃいました。
この時点でここまでボロボロとは・・・もう、ほとんど兵が残っていないぐらいに戦ったのかもしれませんね。
で・・・返り討ちにしちゃいましたよ・・・??

「ここまでのようだな・・・

 長い間・・・よう、仕えてくれた。
 いくつになった。」by幸村

「55でございます。」by佐助

「疲れたろう・・・」by幸村

「全身が痛うございます。」by佐助

「だろうな・・・」by幸村

最後まであの六文銭を・・・

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何を思う・・・??

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徳川家康の陣にやってきた・・・おじじ様のもとへ帰ってきた千姫・・・。
その千姫を連れてきたのはきりでした。
その場を去るきり・・・。

幸村は、死んでいった者たちのために戦った・・・
しかし、他にも・・・生きている者もいる・・・。

maru9












領地に帰ってきた本多正信・・・。
あの知恵者も、領地ではとってもいいお殿様のようです。
今年は豊作・・・そう・・・時代は、平和に向かってきていました。

そこへ・・・大坂から火急の知らせが・・・。
聞くまでもない・・・信之はすべてを悟ったのでした。
そんな兄もまた六文銭を持っていました。

maru6















ということで・・・カンドー!!です。
そのカンドーはどこで??
というお話はあとで・・・。

この真田幸村、亡くなったのは・・・
疲れて休んでいるところを見つかって・・・討ち取られたと言われています。
その時・・・「わしの首を取って、手柄にせよ・・・!!」と言ったとか。
まさか・・・返り討ちにするとは思わなかったわ・・・。

こちらの方が、個人的にはカッコいいとは思うのですが・・・女性も見ているのでちょっとグロイかな??
って、私も女ですが・・・。

で・・・私、昔っから主人公は好きにならないタイプ。
この大河は、作兵衛にフィルターをかけてみてました・・・。
が、最終回で誰がかっこよかったか??
もちろんみんな見せ場があってかっこよかったんですが・・・

やっぱり内記と三十郎がワンツーでしょう。
号泣しちゃいましたよ。

あんなに仕えたかった幸村に槍を向けた三十郎の気持ち・・・
本当は、徳川の陣へ・・・死地に赴く幸村を、命を懸けて止めたかったんだろうな・・・
でも、それは幸村の本意じゃないことも、三十郎は解っていた・・・
ってとこかな??
幸村第一の理解者だったのかもしれませんね。

で、もう一人はもちろん内記
最初から、いい味出してるな・・・さすが!!って思っていたんですが、すごかったですね。
内記は本当に、真田三代に仕えてくれました。
最後の大助との会話・・・きっと大助に生きてほしかったでしょうね。
自分が凛々しく育てた大助に・・・。
大助とのやり取りで号泣!!
なのに、最後の大殿の位牌でまたもややられてしまいました。
戦うこともできず、無念にも死んでいった大殿と一緒に戦ったのね・・・!!
ほんと、かっこよかったです、高梨内記!!


ということで、個人的には、高梨内記にやられてしまいました。
ほんと、昔っから弱いのよね・・・。
機動戦士ガンダムで、大好きなキャラはシャア・アズナブルでした。
当時小学生だったんですが・・・恥ずかしくって言えなかったんですが、実はランバ・ラルやドズル・ザビも好きでした。
一本気で・・・子供ながらに、私って渋いな・・・って思ってたんです。

負けるとわかっていても戦う男に弱いんです、私。。。
そして時代遅れで不器用な男たちも・・・
だから、新選組も大好きなんですが・・・
そう思うと、彼らは徳川の世には必要ない人々だったのかもしれません。
なので・・・ここで亡くなって幸せだったのかなあ・・・??

とにかく、毎週楽しみにしていたのに、とっても残念です。
真田丸ロスな人が沢山出ているようですが・・・
時代遅れの不器用な男の好きな私が・・・
何がいいって、時代劇は耐え忍んだり、義に生きたり・・・そんなところがいいと思うんですよね。
ということは、女性はず~っと忍んでいないといけないわけで・・・
となると、女性の主人公の大河ドラマに感情移入できるんだろうか??
かなりの不安を感じてしまいます。

とにかく、今は、真田丸に浸って・・・明日の総集編を見よう!!
そういえば・・・昔は総集編って大々的にやってましたよね。
久し振りじゃないかしら??総集編!!
それだけ、真田丸が好評だったってことね。


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徹底抗戦か、和睦か。
大坂城に籠る豊臣勢は、決断を迫られた。
信繁の後押しで、茶々は戦う道を選んだ。
そんな時、天守に一発目の砲弾が撃ち込まれた。

ということで、いよいよ家康の反撃が始まりました。
もう、わかっているのに面白い!!そこが真田丸の凄い所だと思います。

破壊力抜群の砲弾!!

この日、大阪城内では多くの女たちが命を落としたという・・・
砲撃は一日で終わった・・・。

で・・・この砲弾に驚き、茶々が和睦することを決めちゃいました。

「今は和睦の時ではございません・・・!!」by幸村

しかし、憔悴しきっている茶々・・・

和睦に・・・舵を切ってしまった豊臣上層部!!
浪人たちは、かかえてもらえないのか・・・??自分の先行きに不安を感じていました。

和睦に持ち込んで、浪人たちを追いやって、新たに攻める・・・
家康の策がわかっているのに決定権のない幸村・・・どうする??

そんな中、評定が始まりました。

牢人たちを少しでも雇うように・・・と、進言する幸村ですが・・・
大蔵卿局が牢人を毛嫌いして首を縦に振りません。
茶々を江戸に人質に出すことも首を縦に振りません。
そして・・・秀頼が大坂城を出ることも首を縦に振らない大蔵卿局・・・。
一体どうしたいの・・・??

ってことですが、大蔵卿局の言うことも、一理あります。
秀頼が治めていた頃とは違って、領地も少なくなってきた豊臣家。
おまけに、あの頃のように貿易もままなりません。
収入が少なかったので、牢人達10万も養えなかったんです。
1万人ぐらいなら養えたでしょうか??
なので、みんなの「大嫌いキャラ」を演じている大蔵卿局ですが、じつはあながち間違ったことは行ってないのです。



大坂にはこだわらないという秀頼・・・
秀頼の方がよっぽど大人だわ。。。


茶々は、さっきまで話をしていた侍女たちが亡くなったことに相当なショックを受けていました。

maru
















「心配ございません。
 出来の弾はつきました。」by幸村
「茶々を叱ってください。
 あれほど和睦はしないと言っておきながら・・・!!」by茶々

「ご案じなされますな。
 なんとかうまい形で和睦に持ち込もうと・・・今、皆で思案しているところ・・・」by幸村

やはり、心細い・・・ずっとつらい思いをしてきた茶々。。。

そして・・・牢人達も・・・八方ふさがりで戦うこともできず、悶々としていました。
爆発寸前・・・??

皆の前に引きずり出された作兵衛・・・尋問が始まりましたよ??

「真田幸村ってどんな野郎だ・・・??」by又兵衛
「俺達が命を預けるに足る男か・・・?」by勝永
「しらぬ!!
 あのお方が京におられる間、わしは上田を守っておった。
 九度山にもついて行っておらぬ故、おそばにいたのはわずかな間じゃ。
 しかし、あのお方の父君、安房守様のことはよう知っておる。
 真田家の家風もわかっておる。 
 安房守様ほど、義に厚いお方はおられなかった・・・。
 
 安房守様は、生涯をかけ、武田の領地を取り戻そうとされていた。
 信玄公への忠義を死ぬまで忘れなかった・・・。
 そのためには、どんな手でも使った。。。
 卑怯者の汚名も着た。
 源次郎さまはその血を受け継いでおられる。
 あの方は、太閤殿下のご恩に報いるためには何でもする。
 そういう御方じゃ。
 わしに言えるのはそれだけじゃ。」by作兵衛

もう戻ってもええかの??と、啖呵きって、可愛く帰っていった作兵衛!!
カッコいい!!
気は優しくって力持ち!!まさに、私の大好きなパターンです。
そうね・・・昌幸が亡くなったころ・・・本当に思いました。
信濃が欲しかったんだなあ・・・って。
ってことは、やっぱり昌幸のお館様への忠義・・・すべて・・・
その大義名分があれば、どんな卑怯な、姑息な手を使っても勝ち取ろうとした。。。
そう思うと、昌幸の生き方にも一本筋が通りましたね。
死んでなお、真田丸をかっこよくしてくれる昌幸パパです。

大坂から徳川に、和睦の案が届きました。
牢人達を養うために、領地を増やしてほしい。。。
秀頼は大坂城を出るので四国2か国をほしい。。。ということでしたが・・・

和睦と見せかけて、敵を丸裸にし、総攻めをしようとしている家康がいました。

「四国はやらん。
 国替えを望むなら、江戸の近くにしてもらおうか。
 安房と上総がよい。」by家康

その文を見た大坂方は・・・??

「関東へ下校するなど断じてなりませぬ!!」by大蔵卿局

「関東はさすがに嫌じゃ。」by秀頼

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「この先は使者を立て、直に話し合うのが良いと存じます。」by有楽斎

ということで、使者は常高院+大蔵卿局+きり、となりました。

って、どうしてそんなに関東を嫌がるんでしょうね??
それは・・・
もちろん、「くだらない」という言葉があるように、江戸が田舎だからというところはあると思います。
四国なら、もともと豊臣は関ケ原で西軍だったんだし、船ですぐに大坂だしね。
でも・・・家康としては、やっぱり自分の手に届くところに置いておきたかったんでしょう。
関東なら江戸と三河でサンドイッチに出来るし・・・さすがよ~く考えている家康です。

最初は秀吉に追いやられた江戸でしたが、江戸は荒れ果てた田舎でしたが、まっさらな・・・誰のてもついていない、息のかかっていない土地・・・家康の好き放題の土地でしたね。
そう思うと、秀吉、大失敗です。


大蔵卿局は、初は全く政には接点がないというようなことを言っていますが、でも、茶々の妹であり江の姉・・・
実は、交渉にはもってこいの人物なのです。

で・・・徳川方は・・・阿茶!!

阿茶のことを、どのような女子ですか?と聞く初に・・・

「なかなかの食わせ物でございます。
 本多様が古狐ならば、女狐・・・見た目から言えば、女狸でございます。」byきり

なんと、この女子会に行くことになったきり。

「風向きが悪くなったらその場をかき回せ。
 流れを変えるのだ。
 お前にしかできぬ事だ!!」by幸村

「お任せあれ!!」byきり

12月18日、和睦交渉の会談が初の義理の息子・京極忠高の陣で始まりました。
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「戦は男の勝手で始まるもの。
 我ら女は、いつも振り回されてばかり・・・
 このように、我ら女だけで戦の始末をつけるというのは・・・
 愉快なものでございますね。」by阿茶

「さようでございますね。。。」by大蔵卿局

と、阿茶の虜になってしまっているではないか・・・??

「まずは、おかみさまについて・・・
 人質とは致しませんからどうぞご安心くださいませ。

 右大臣・秀頼公におかれましては、御領地はこれまでと同じ。
 今後とも、御身に危害が及ぶことはないことをお約束いたします。
 大坂のお城を明け渡せとも申しません。
 今後、もし大坂を離れられることがあれば、お好きな国を望まれませ。
 どこなりと。。。

 城に籠り、徳川に楯突いた牢人たちについては、一切処罰は致しません。」by阿茶

この時点で・・・言い方が、かなりな上から目線だと思うんです。
豊臣が勝ったんでしょ??
でも、阿茶マジックにかかっちゃった大蔵卿局・・・

「よいことづくめではありませぬか。」by大蔵卿局

「当たり前でございます。
 そちらは戦にお勝ちになったんですから。
 あとは・・・
 ま、おいおい・・・おいおい・・・」by阿茶

「あああ~~~!!」

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「足がつりました・・・!!」byきり

と、常高院に目くばせ!!

「牢人の処遇がまだ決まっておりませんが、あの者たちの手当てのために、ご領地を増やしていただけるという話は・・・??
 それを決めませぬと、牢人達が困ってしまいます。」by初

「牢人達は今後どうされるのですか?」by阿茶

「それについては頭を痛めておるのです。」by大蔵卿局

「このまま仕官するつもりの者も、大勢います。
 ご領地を増やして頂かないと。。。」by初

「あの出城・・・なんと言いましたか・・・真田丸
 そう、あれを壊してしまったらいかがですか?
 あんなものがあるから牢人達がいつまでも居座るのです。」by阿茶

「それは良いお考え!!」by大蔵卿局

黙れ!!!小童でなかった大蔵卿局!!
見ているみんなが言ったでしょうね。
とっても魅力的です。

「ついでに・・・お堀も埋めてしまいましょう。
 お城が裸になれば、いくら面の皮の厚い牢人達も、出て行かざるを得なくなる。
 そうお考えになりませんか?」by阿茶

出た~~~!!
やっぱりお堀、埋めちゃいます・・・??

「さすがは阿茶様!!」by大蔵卿局

「ね、そういたしましょう!!」by阿茶

「そういたしましょう!!」by大蔵卿局

そういたしましょうリフレイン・・・

ああ・・・牢人達にいてほしくないオーラ出てましたかね??

またまた足のつるきりちゃん・・・
初がこの案件を持ち帰りたいというものの・・・

百戦錬磨の阿茶&阿茶信者となり果てた大蔵卿局によって話がまとまってしまいました。

①牢人の罪は問わない
②秀頼公の領地はこれまで通り
③茶々様は江戸に住まなくてもいい
④お移りなるならば、お望みの国へ
⑤秀頼公御身の無事を。。。

でかした!!と、大手柄!!と、家康の陣!!
和睦は成立し、徳川方は、戦闘態勢を解きました。

やっぱり「おいおい」が大問題となっている大坂方・・・。

不安がよぎる秀頼。

都合の良すぎる和睦の案件・・・
治長&幸村が首をひねっていますが・・・全部話してないようです。
大蔵卿局!!

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このほかに決まったことはなかったか??と、幸村に聞かれ・・・
堀のことが書かれていない・・・堀を埋めて、真田丸を取り壊すこともかかれていない・・・??

そして・・・真田丸の取り壊しと堀の埋め立てが、徳川によってはじめられたのでした。
まさに、電光石火!!

「わたくしが許しました。
 戦は終わり、あのようなものは無用の長物。」by大蔵卿局

「家康の真の狙いはそこだったのです。
 なぜお分かりにならぬ・・・!!」by幸村

「牢人達を養うだけの金銀はもうありません。 
 後は、出て行ってもらうしかない。
 堀がなくなれば、これ以上戦はできないとあの者たちも思うでしょう。」by大蔵卿局

「なんという愚かな!!」by幸村

「何が愚かです!!」by大蔵卿局

「出城も堀も失っては、戦えませぬ!!
 戦えぬわれらに、家康が約定を守るとお思いか!!」by幸村

「母上は豊臣をお潰しになられるおつもりか・・・!!」by治長

「すべては豊臣のためじゃ・・・!!」by大蔵卿局

「これでよかったのだ・・・」by有楽斎

まあ、戦いが終わって平和になろうという考えでは、有楽斎の行ってることもわかるんですが・・・やっぱりなあ・・・。ダメだ、大蔵卿局。

大坂城は、本丸を残し丸裸になってしまいました。

「これぞ、城攻めよ!!」by家康

maru4















「総構えはすべて破却、堀も埋め立てられ、二の丸、三の丸も壊す約束を交わしたらしい・・・」by幸村

あんたの策を聞かせてほしい・・・勝永にこう言われた幸村は・・・

「策はない。
 もはや、この戦、勝ち目はなくなった。
 すべては私の力不足だ・・・。
 もうしわけない・・・
 
 皆、早々に立ち去るがよい。
 城を枕に討ち死にしようなどと愚かなことは考えぬように。」


「お前ら、行く当てあんのかよ・・・!!
 行く場所のねえ奴らが、ここに集まったんじゃねえのかよ!!」by又兵衛

「戦うつもりか・・・!!」by勝永

「堀もない城で、どうやって敵を追い払う・・・??」by盛親

「( ̄∇ ̄;)ハッハッハ!!
 おもしれえじゃねえか!!」by又兵衛

しかし、立ち去らなかった者たち。。。

家族にも、上田に行くように勧める幸村でしたが・・・

「何のんびりしてるんだよ。 
 早く策を立ててくれよ。
 俺達はうずうずしてるんだ」by又兵衛

「私は何のために九度山に行ったんです??」全登

「わしらはお主に従う!!」by盛親

「考えろ!!
 どうすれば勝てるか、考えるんだ・・・!!」by勝永

「あなたは勝つためにここに来られたのではないのですか?」by重成

「殿、徳川に一泡吹かせてやりましょう!!」by作兵衛

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やっとここで一つにまとまりましたね。

maru5















「望みを捨てぬ者だけに、道は開けるとそなたは言った・・・
私は、まだ捨ててはいない・・・!!」by秀頼

「かしこまりました。」by幸村


え~い!!
お~~~~!!

ということで、少年漫画のような風になってきましたね。
私は少年漫画が大好きなんです。
みんなが結局仲間になって一致団結!!という持って行き方が。
昔は、大河な歴史漫画が沢山ありましたよね。

最近なら「信長協奏曲」や「JIN」、「信長のシェフ」なんかが流行っていますが・・・
あ・・・これらはみんな主人公がタイムスリップしてるわ・・・。

最近のライトな感じじゃなくって、私が読んでいた頃の・・・30年以上前のジャンプな感じ。
そんな少年漫画な感じをほうふつとさせる持って行き方に、ワクワクが止まりません。


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大坂城は三十万の徳川軍に包囲された。
南の出城・真田丸に立てこもった信繁は、迫りくる敵兵を知略の限りを尽くして、撃退する。

「いたずらに攻めかかるのはもうやめじゃ!!
 真田丸がここにある限り、らちがあかん!!
 左衛門之佐・・・全く、親子二代で手こずらせてくれるわ・・・!!」by家康

そう・・・副題の「砲弾」からして、もう予測できちゃいますが・・・家康、本腰入れての戦いとなってきましたよ。
ということで・・・エゲレス製の大砲を待っている家康です。

まずは、30万の兵を、3つに分けて、かわるがわる一晩中、鬨の声をあげさせることに・・・!!


勝ったと思っている秀頼に、現状を説明する幸村・・・。

maru6















「策とは、ただ戦に勝てばよいというものではございませぬ。
 いかに味方の命を損なわぬか、ここは守りに徹するのです。
 
 焦る敵は、必ず押し寄せて参ります。
 それをまた打ち払う。
 なすべきは、城を守りきること。
 徳川が大軍をもって攻めようとも、大坂城はびくともしなかった。
 そのことを天下に知らしめるのです・・・!!
 さすれば、敵の中に心変わりする者が必ず現れます。
 徳川を見限り、我らにつくものが・・・!!
 それを待つのでござる。
 攻めに転じるのはそれから・・・!!」by幸村

「私は父上が残されたこの城を守り、父上が築かれた安寧の世を守り、そしていずれ、父上を越えたい・・・!!
 この先も、力を貸してくれ、左衛門之佐。」by秀頼

「喜んでお手伝い仕る。」by幸村

二人の間に信頼関係が築かれているのがわかりますね。
偉大な父の記憶のない秀頼が父のように慕う幸村。。。
そんな感じがします。

その信頼関係から・・・

「殿様には、もっとご自身のお言葉の重みを知っていただきとうございます。」by幸村

最後に断を下すのは殿様であって、茶々ではないということを・・・!!

鬨の声をあげる徳川勢に、おろおろする豊臣上層部・・・!!
無理もありません、大蔵卿局や茶々は女性ですからね。

「大丈夫! 
 本当に攻めてくるときは、あんな呑気な声は出しません。
 私たちを怖がらせようとしているんですよ。
 いいですか?恐がったら負けですよ?」byきり

さすが、百戦錬磨なきりちゃんです。

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弱い犬ほどよく吠える!!
まだまだ余裕の大坂城ですが・・・??

気丈に振る舞う茶々を支えるのは妹の常高院(お初)。

「私には、あの人が死にたがっているように思えてならないのです。
 心のどこかでこの城が焼け落ちるのを待っているような・・・
 
 私たちの父も母も、城とともに命を絶ちました。
 姉も、自分が同じ運命であると半ば信じています。


 姉を救ってやってください。」by常高院

と、幸村に言うのでした。
本当なんだろうか??
母として、息子・秀頼の命が全てではないのかな?とも思うんですが、茶々の周りで落城→死とならなかったのは、にっくき?秀吉だけですからね。。。
命を全うするいいお手本がなかったのは事実でしょう。


真田屋敷では・・・平野長泰が愚痴をこのしていました。
七本槍の・・・七人のうち、生き残った者、誰一人豊臣に味方をしていないことを残念に思っているようで・・・
秀頼公のお役に立ちたい・・・!!
余りにも太閤殿下が可哀想だ・・・
平野&信之・・・大坂に・・・幸村の元へ兵糧を届けようとします。

おお!!出浦昌相!!

「大坂へ行ってはなりませぬ!!
 もしこれが、徳川に知れたら、真田は終わりだぞ!!
 徳川の目を盗んで城に兵糧を入れるなどできるわけがない・・・!!」by昌相

と、反対します。

「父上も源次郎も、さんざん無茶をしてきたではないか!!
 わしだって、一度ぐらい・・・!!」by信之

「そなたの父は、どんなに無茶に見えても、常に先を見据えていた。
 お前がやろうとしていることは、それとは違う。
 お前の父親が必死になって守ってきた真田の家を滅ぼすつもりか・・・!!
 大坂に行ってはならぬ・・・!!
 このわしが行かせん・・・!!」by昌相

ということで、昌相の罠にかかって行かせてもらえなかった信之・・・

そうですよね、不良な子がちょっといいことをすると褒められるのと似ているような気がします。
愚直にも真面目に生きてきた信之・・・やっぱりちょっとでもそぶりを見せただけで、バレてしまうと感じたんじゃないかと思うんです。
そう・・・信之はこれから先・・・80歳を超えて家康に仕えるわけですが、ず~っと頭を下げて下げて、下げまくる・・・華々しく散った弟の方が武士としての名を残し、楽だったんじゃないか??という一生を送るわけです。
だから、行かせるわけにはいきませんよね・・・??


その頃大坂城では・・・

maru9















先の戦での大助の高砂・・・とっても良かったとみんなが褒めてますが・・・
母上・春は怒っていました。
どうしてそんな危ないことをさせるのか・・・!!と!!
ま、これが戦なんですけどね。
大助はちょっと自信がついてきたんじゃないかしら??この顔!!

が・・・徳川の鬨の声も続いていました。


豊臣、徳川両軍はやる気持ちを抑えきれない様子・・・どちらが先にしびれを切らすのか??
いかに兵を損なわずに戦うのか・・・??

家康の陣に、真田信尹が呼ばれました。。。
真田には真田??

「真田左衛門之佐を調略せよ・・・!!」by家康

「お断りいたす。
 源次郎信繁は、父親に似て度胸があり、知恵も働き、そのうえわれら兄弟に似ず、義に厚い男でございます。
 寝返ることはまずないと・・・!!」by信尹

「わしはあれをかっておる。
 寝返れば左衛門之佐に・・・10万石を与えよう・・・。」by家康


信吉の陣では・・・この調略に乗るかどうか??
「信吉、信政、真田家の行く末は、そなたたちにかかっておる。
 しかと頼むぞ・・・!!」by信尹

・・・佐助から・・・叔父上から幸村に密書が・・・!!
そして、久し振りの叔父上との対面です。

が・・・何も言わずに去ろうとする叔父上。

「大御所様からの書状だ。
 寝返った時の褒美が書いてある。
 読まんでいい。」by信尹

破り捨てる幸村・・・

そうそう・・・何回も、何回も、幸村にラブレターを送る家康なんですが、ず~っとシカトされちゃうんですよね、家康。
本当に、真田は徳川に反抗する、反抗する!!で、家康としてはやりにくさこの上なかったことでしょう。
それが・・・江戸時代に入って・・・
”ほうら、あの真田が、わしに仕えているのだ・・・!!”と、低姿勢な兄・信之が仕上がっていくこととなります。
で、それとは反対に、赤穂浪士の芝居が人気が出たように、幕府に物申したい人たちが、理想の真田幸村&十勇士を作っていくんですよね。


調略が失敗したことがわかると家康は・・・この人を使いますよ。

「大御所様は、和睦を望んでおられる
 一日も早く、城内を和睦でまとめよとの事」by正純

maru












「難しいご注文ですが・・・
 かしこまりました。」by有楽斎

と言ってますが、思い出してください。
この人、信長の弟君です。
世が世なら・・・の人なんですよね。
こんなに下手に出ていたのかは不明ですが・・・
ま、豊臣と徳川の架け橋になりたかったというのは本当なようです。


和睦に傾く大坂城・・・

「いすれは和議を結ぶ時が参りましょう。
 しかし、今ではない。
 戦に勝ったのは我ら。
 向こうが和睦を乞うならまだしも、こちらから持ち掛けては家康に足元を見られます。」by幸村

「戦に勝ったからこそ、有利に話を運べるのではないか?
 近々、敵はさらなる大軍勢で攻めて参りましょう。
 その時、それこそ家康の思うがまま・・・!!」by有楽斎

「和睦いたしましょう!!
 殿、和睦でございます!!」by大蔵卿局

判断難しいなあ・・・秀頼・・・!!
幸村に言われたように、もう少し待って、敵が名が得るのを待とうと頑張ります!!

maru11
















負けてもいないのに、どうして和睦なのだと、みんなもお怒りです・・・!!
佐助に有楽斎を調べるように言いつける幸村

そんな幸村のいない場所で・・・

「真田を信じてはなりません。」by有楽斎

「あの者たちは戦が大好きなのです。
 もう、戦いたくてたまらないのです。
 口車に乗ってはいけません。」by大蔵卿局

「我らは・・・すでに勝ったのです。
 兵の命を無駄にしてはなりません。
 今こそ和睦を・・・!!
 亡き太閤殿下もそうなされたはずです。」by有楽斎
 
おお・・・これが最後の一押し・・・??
そして若殿・・・秀頼は・・・押し切られてしまいました。

「左衛門之佐・・・なんとかならんか??」by治長

???お前のオカンだよ・・・!!と、言いたいわ・・・。


ひとり茶々の元へ向かう幸村。。。

「秀頼公をお説き伏せ頂きたい・・・!!」by幸村

「まことのことを言います。
 私は秀頼と一緒にいられればそれでよいのです。
 子の城だって、手放せというのなら手放しましょう。
 そこか遠くのちいさな国へ移って、そこで皆で暮らせれば、それ以上は望みませぬ。
 私と秀頼と、そして左衛門之佐がおれば・・・」by茶々

ということで、幸村の意を汲んでくれたかしらね??茶々、秀頼を説き伏せると引き受けました。

「和睦はなりませぬ!!
 左衛門之佐が戦を続けると申しておるのです。
 それに従っておけばよい!!

 私は右大臣・秀頼殿の母なるぞ・・・!!」by茶々

「母上・・・断を下すのは、あくまでも大坂城の主であるこの私です。
 そうであったな・・・左衛門之佐・・・」by秀頼

「・・・・」by幸村
 
「そなたを産んだのは誰じゃ??
 我こそがこの城のまことの主ぞ・・・!!
 断は私が下します。
 
 和睦は決してなりませぬ・・・!!」by茶々

ああ・・・ショックなのは秀頼・・・初めて自らきちっと決断したのに・・・
それをこんな形でかえさせられるなんて・・・!!

「左衛門之佐・・・
 母を説き伏せたのはそなただそうだな。
 己の言葉の重みを知れと申したのはそなたではないか。
 一体、何がまことなのじゃ・・・!!」by秀頼

「断を下すべきはもちろん殿でございます。
 しかし、その断に誤りがあれば、私はいかなる手を使っても食い止めまする。
 私は戦に勝つためにここに参ったのでござる・・・御免!!」by幸村

何が何だか分からなくなってきた秀頼です。
が・・・戦の真ん中にいる人って、みんなそうなんだろうなあ・・・って思います。

じっと待ってるのは勘弁・・・と、夜討ちをしようと画策するメンバーに参加する幸村。

maru13















むしゃくしゃするんだよ~~~!!と、戦いに来た男たちが戦う戦う・・・!!
ちょっとガス抜きできたかしらね・・・??

maru2













しかし・・・徳川軍にイギリスの大砲が到着しました。

maru12
















大坂城へ大砲を打ち込むという・・・

maru3













且元にどこが茶々の部屋か確認する抜け目ない家康。

「そればかりは・・・」by且元

「案ずるな、何も狙い撃ちしようというのではない。
 その逆だ・・・
 居場所がわかれば、そこを外すことができよう。」by家康


「天守の南を狙え・・・!!」by家康

正純に、茶々の部屋を狙えと命じる家康です。
ほんと、食えないタヌキオヤジですね。
内野さんも面白いんじゃないかな??だんだんとタヌキオヤジに拍車がかかってきましたよ・・・!!
と、家康のタヌキオヤジ化が激しいですが、実はこの大坂城に大砲を打ち込んだの・・・指揮したのが片桐且元って説もあるんですよ??
それじゃあ、みんな食えないタヌキオヤジじゃないの・・・??


慶長19年12月16日。
この日、徳川の陣から最新鋭のカルガリン砲が、大坂城に向けて発射された。
その一発の砲弾が、多くの人々の運命を狂わせる。

maru4












侍女に砲弾が・・・!!
「なりませぬ!!」
パニックに陥る茶々を引き留めるきりがそこにはいました。

maru5












きり、とってもいい味出してますね。
この真田丸に欠かせないキャラとなりました。
って、この真田丸、みんなキャラだってるから、誰一人かけちゃいやよね??

ということで、大坂城に砲弾が飛んでくる事態が・・・まさに、緊急事態勃発です。

「男なら、危険をかえりみず、死ぬと分かっていても行動しなくてはならない時がある。
 負けると分かっていても戦わなくてはならない時がある。」

この言葉は、キャプテン・ハーロックの言葉
ハーロック・・・海賊旗のもとに集まった仲間たちと、自分の信念を負けずに戦う男です。

そんなこんなを思い出した真田丸でした。



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戦国時代屈指の名将・真田昌幸、日の本一の兵・真田信繁・・・
二人の英雄のはざまにあったのが、嫡男・真田信之でした。
信之がいたからこそ、江戸260年、真田の家名は絶えることなく明治維新まで続きます。

真田の名が天下に轟いたのは、戦国時代最後の大坂の陣!!
徳川VS豊臣の戦いでした。総勢30万人の戦いで、信之の弟・信繁は、出城・真田丸を拠点にして徳川をさんざん悩ませます。
2016年2月真田丸の新しい絵図が発見されました。
大坂の陣に一番近い絵図・・・そこには、今まで考えられていなかったことが書かれていました。
しかし、信繁が活躍すれば活躍するほど信之は苦境に立たされていきます。
真田家存亡の危機に・・・!!

天下に勇名をはせた父と弟・・・陰に隠れているかに見える兄・信之・・・生涯をかけて真田を守った男の決断とは・・・??

真田信之の菩提を弔う大鋒寺には、信之の生前の姿の門外不出の木像があります。
信之が実際に戦ったのは関ケ原までです。
以降、60年近くは武器を持たず・・・しかし、関ケ原が終わってからが、信之の武器を持たない戦いの始まりでした。
後に、徳川幕府から天下の飾・・・武士の鑑と称えられた信之・・・信之はどうやって真田家の家名を存続させていったのでしょうか?
そこには信之の苦悩がありました。
日本を二分にして戦った関ケ原の戦い・・・実は、この戦いの前夜・・・真田一族の命運をかけた大きな決断がありました。
1600年7月、上杉征伐参陣の途中・・・真田に密書が届けられました。
大老・家康の不在をついて、石田三成が反徳川の兵を挙げたのです。
密書は、家康を糾弾し、三成の西軍に組するように依頼する内容でした。
東につくか?西につくのか・・・??選択に迫られます。
信之の正妻は、徳川重臣・本多忠勝の娘、信繁の正妻は西軍首謀者のひとり大谷吉継の娘でした。
兄弟の姻戚関係は東西に分裂したのです。
昌幸は西軍に組する決意を明かし、弟もそれに賛同・・・しかし、信之は二人に異を唱えます。
ひとたび家康公に従い出陣した以上、逆心を示せば、不義のそしりを受けかねない・・・!!
結果、信之は東軍に、父・昌幸と弟・信繁は西軍に組することとなります。いわゆる”犬伏の別れ”です。

しかし、関ケ原の戦いは、わずか1日で東軍の勝利に終わります。
信之は勝者となり、父と弟は敗者となりました。
関ケ原の戦いは、真田一族の運命を大きく変えていきます。
勝者となった信之は、もともとも領地の沼田に加え、父の領地であった上田などを合わせ9万5千石の大名に列します。
一方、反旗を翻した昌幸に対し、のちの二代将軍・秀忠は「必ず昌幸を処刑すべし!!」と、怒りをあらわにしたと言います。
なぜなら・・・関ケ原の前哨戦となる第二次上田合戦で、昌幸に足止めを食らった秀忠は、天下分け目の合戦に間に合わなかったからです。

信之は、徳川家の重臣たちに助命嘆願の根回しをします。
この時の命がけの言葉が残っています。
「昌幸を誅するならば、それより先に、この私に切腹をご命じください!!」
命がけの信之の嘆願に、父と弟は罪一等を減じ、高野山の麓の九度山に幽閉されることとなります。

そして関ケ原から3年後の1603年、家康、征夷大将軍に就任。
以後、信之は江戸幕府に組し、徳川を支えていくこととなります。
徳川家に忠誠を誓った信之・・・しかし、信之の領国経営は苦悩の連続でした。
江戸城普請など、幕府の公役負担、浅間山噴火による作物被害・・・そのうえ、父と弟の幽閉生活を支えていました。
幽閉先の昌幸からお金の催促も・・・
真田領は災害がひどく、復興にたくさんのお金がかかっていました。
それだけではなく、農民たちは年貢が払えず、借金も払えず、身売りをしていました。
それを自分がお金を出して村に帰してやっているのです。
信之は、厳しいやりくりの中、領国復興を行おうとしていたのです。
おまけに、父と弟の仕送りはかなりの負担でした。
しかし、そんな信之の努力も無に帰します。
1611年6月4日・・・父・昌幸が赦免されることなく九度山で亡くなります。
享年65・・・無念の死でした。
信之は、父の葬儀を行うべく、幕府の許しを請うものの・・・その許可が下りることはありませんでした。
昌幸は危険人物とみなされていたのです。

幽閉先には、信繁が残されます。
父亡きあとも、弟の生活を支えていく信之・・・
しかし、徳川と豊臣との戦いが、二人に亀裂を生じさせていきます。

江戸幕府を開府し、全国統治を目指す家康にとって、どうしても排除しなければならないのが豊臣家・・・
1614年8月、方広寺小鐘銘事件!!
国家安康・・・家康の文字を分け、呪詛をかけている!!という言いがかりを機会に、両者の決戦は避けられないものとなっていきます。
九度山に幽閉されている信繁に心情の変化が・・・??

「こちらにお見舞いに来ることは無用!!
 特に変わったことはありません。」
それまでの信繁は、寄ってほしい、来てほしいという内容の手紙を送っていました。
異質な内容の手紙・・・大阪入城直前の手紙かも知れません。

万が一、弟が大坂城に入れば、信之にとって敵となり、責任を取って改易される可能性もある・・・
おまけに信之は中風を患っていました。
信之は歩くこともままならない・・・弟の説得にも向かえない・・・
どうすればいい??

幕府にとって父・昌幸は”公儀御憚りの仁”・・・徳川と戦った時の主将はあくまでも昌幸、信之ではない・・・。

信繁を説得する・・・??
強行策・・・??
もし信之が弟を亡き者にしようとすれば・・・家臣団は分裂する・・・??

弟の大坂入城をどう阻止する・・・??

1614年10月・・・豊臣と徳川の激突が・・・!!
信之は弟・信繁の入城を阻止するべく、九度山に家臣を派遣、説得を試みます。
幕府に味方するように説得します。
しかし、信繁は、父・昌幸の遺言もありこれを拒絶!!
結果・・・信繁、大坂城に入城!!

信繁同様集まった浪人たちは10万余り・・・!!
対する幕府軍は20万で大坂城を包囲!!
大坂冬の陣の幕開けです。
信之は病のために参陣できない・・・
幕府の許可を得た信之は、長男と次男を大坂へ従軍させています。
大坂冬の陣で大軍勢を破った信繁・・・信繁が築いた真田丸!!
しかし、真田丸にはまだまだ謎が多く・・・知られていません。
今年2月・・・松江で新しい発見がありました。
真田丸の絵図の中でも、大坂の陣に最も近いものです。
真田丸とは陸続きで防御が手薄なために大坂城の南に作られた出城です。
従来の真田丸は、大坂城に接していると考えられていましたが・・・
200mをこえる谷を挟んで大坂城から独立する形になっていました。

さらにこれまでと異なる点は、土橋という出入り口です。
敵が攻め寄せれば防御に徹し、敵が撤退すれば反撃に打って出ることができます。
守るためだけの真田丸・・・と思われていましたが、信繁は反撃する事を考えていたようです。
実際、徳川軍の混乱に乗じて出撃し、手痛い一撃を加えています。
真田丸の信繁の活躍に衝撃を受ける家康。
信濃一国を与える代わりに寝返るように・・・と、調略します。
信繁はこれを相手にしなかったと言います。
しかし・・・信繁の奮戦空しく、大坂城を狙う大筒によって・・・豊臣方の動揺を招き、一時休戦・・・
12月19日講和成立。
講和から半年後、大坂夏の陣!!
徳川15万に対し、豊臣5万・・・
真田丸はすでになく、大坂城の総構えは埋め立てられ、場外出撃を余儀なくされた豊臣方は決死の戦いを敢行!!
しかし・・・1615年5月7日・・・幕府勢を蹴散らし、家康の本陣を目指した信繁は戦乱の中で壮絶な死を遂げます。
享年49歳と言われています。

弟の名声が高まる一方・・・戦後、疑いがかけられています。
真田家が大坂に援軍を送り、密かに領内の信繁とはかりごとをしていたというのです。
それに対し信之は・・・
「若し、反逆の心があれば、関ケ原の時に父と弟と一緒に敵となっている!!
親兄弟と袂を分かち、徳川のために忠義を尽くしてきたわれらが今更反逆を企てるものか?
そう思うなら、言い訳などしない。
速やかに自決して見せよう!!」
それを聞いた秀忠は、信之の幕府に対する忠義を認めたといいます。
かろうじて真田家の存続は保たれました。
しかし、実際、弟ともに戦った家臣たちもいました。
大坂に行った真田領の者の妻子を詮議し、京都に送りました。
処刑されたと言われています。
過酷な処置をとらなければ、幕府からの疑念、弟と密談の結果家臣を贈ったという疑念を払しょくできなかったようです。
真田の家名を守るために・・・!!
93年の長きにわたる生涯を、真田家存続のために奔走することとなるのです。

信之は第二次上田合戦で上田城を壊されて上田に入ります。
立派なお城に・・・とせずに、上田城はそのままに、堀だけ掘って近くの館に暮らしています。
当時の大名としてはあり得ない・・・しかし、それでいいという合理性と、上田城を立派に復興すれば、徳川から目をつけられかねない・・・とわかって配慮に配慮を重ねていたようです。

戦国時代から江戸時代の初めまで、武名が全ての時代に・・・
徳川に一泡吹かせたことで真田の名が天下に轟きました。
反徳川の空気のある人たちは、みんな真田を憧れの目で見ていました。

そんな中でひたすら忠義を尽くす犬に徹する兄・信之・・・
強い真田も徳川の犬となる状態・・・
あれだけ強かった真田も今となっては徳川家の飾りとなった・・・。
だから、改易に処されなかったのかもしれません。

長野県松代は、江戸時代、初代藩主となった信之の治めた土地です。
信之の菩提寺には、信之の隠居後にあった板戸が・・・不思議な絵が描かれています。
籠の中に入れられた鳥・・・
父・信之と、弟・信繁を思ってこんな形の供養をしていたのかもしれません。
もしかすると信幸自身かも・・・。

晩年の信之の、父と弟に対する思いは、単純なものではなかったでしょう。
そして、歴代の藩主が秘蔵してきた箱が・・・「吉光御腰物箱」。
この箱の中には、家康などの将軍家からの書状が沢山ありました。
その中に、関ケ原の戦いで敗れた石田三成や大谷吉継が、西軍に味方するように書かれた書状が残されていました。
幕府に憚りある代物が・・・。
こうした危険な文書を・・・どうして後世に伝えようとしたのでしょうか。
真田家の重要な記録として・・・自分自身が父や弟と袂を分かたねばならなかった・・・本来であれば一緒に行動していたのかもしれない・・・
信之が再興した天厩寺・・・英雄・武田信玄の弟を弔う寺です。
奇しくも信玄の弟の名も信繁でした。
墓の横にある小さな供養塔は、大坂の陣で戦死した弟の供養塔だと伝えられています。
信之が幕府に遠慮し、ここで弟を弔ったのだと言われています。
兵として戦場で華々しく散った弟・信繁、一方真田の名を守るために一生をかけて命がけの折衝をした信之・・・
歩んだ道は違えど、父・昌幸の意を汲んだそれぞれの決断でした。


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越後の龍・上杉謙信・・・語り継がれてきたその姿は、まさに英雄!!
生涯戦績70勝!毘沙門天の化身とされ、助けを求められればそれに応えどこにでも向かう!!
無欲にして義の武将・・・しかし、全く違う顔のあることが判ってきました。
その手掛かりが、上杉家に代々伝わる国宝・洛中洛外図屏風。
天才絵師・狩野永徳の作とされ、京都の風俗が絢爛たる色彩に書かれています。
その中・・・塗りの輿に乗って都大路を進むのが・・・一説に上杉謙信だと言います。
この絵を描かせたのは、時の室町幕府将軍・足利義輝。
越後の一大名と京都の将軍・・・二人の間に太いパイプが伺えます。
幕府再興のために上洛する謙信・・・これが、謙信の人生、戦国の世を大きく変えるターニングポイントでした。
この時、謙信が都でかわした契約書が残っています。
上杉謙信・・・その知られざる野望とは・・・??

1530年長尾景虎(謙信)は・・・越後守護代・長尾為景の子として生まれます。
1548年、父の死後、19歳で長尾家の家督を継ぎ守護代へ!!
直面したのは、国内の政治的混乱でした。
その頃の越後は、幕府が任命した守護である上杉定実を、守護代である長尾家が補佐。
強大な軍事力で民衆を押さえていました。
しかし、父・為景の死を好機と見た国衆の一部が反乱を起こします。
1550年には、上杉定実も死去。。。上杉家は断絶。
この非常事態に謙信が切り札としたのは、室町幕府でした。
謙信一行の姿が描かれたと言われる洛中洛外図屏風。
先頭の馬には毛織物製の豪華な嵓飾りが・・・本来、守護にしか使えないものです。
幕府はそれを謙信に与え・・・謙信は越後の主としての資格を得たのです。
それも、定実の死から二日後に・・・。

どうしてそんなことが可能だったのでしょうか?
謙信と義輝の間で暗躍していたのが、神余氏・・・京都在住の武士です。
この人物こそキーマンで・・・神余氏と契約を交わして、越後の代弁者として活動してもらったのです。
神余氏は、3代にわたって越後の特務機関として働きました。
貴族が主催する連歌の会や、酒宴にもぐりこみ、集めた情報を謙信に送っていたと考えられています。
謙信は、きわめて活発な諜報活動を行い、幕府との関係を築いていたのです。
幕府の権威を背景に、政治力をつけていく謙信・・・
将軍義輝が謙信に送った書状には・・・
太刀一腰と金子三千疋を受け取った・・・謙信は、金品や名馬などを贈り、義輝と親密な関係を結んでいたのです。
ではその費用はどのようにして賄ったのでしょうか?
謙信の中央工作を支えたのは、新潟県小千谷市・・・麻織物です。
青苧・・・木綿が一般的となるまでは、麻織物が珍重されていました。
謙信は、その栽培と生産を奨励し、越後に巨大な繊維産業を作り上げました。
越後上布・・・京大坂の商人は越後を訪れ、競うようにして青苧を買いました。
それこそが謙信の狙いでした。
謙信が領内に出した触書には・・・
”青苧座の船は、積荷の量を調べ税を課す”
青苧を越後の外に出すという行為に、税をかけたのです。
生活に欠かせない繊維の流通を押さえ、巨大な富を得た謙信は、その富で中央工作を行い、越後支配を盤石なものにしたのです。

しかし・・・1553年・・・謙信が頼みとする将軍・足利義輝が京都を追放されてしまいました。
黒幕は三好長慶・・・近畿から四国にかけて13か国を支配していた大大名です。
三好長慶は、将軍を上回る実力を持つと西欧諸国にも認められていました。
この都での政変・・・上洛し、・三好を屠殺すべし・・・
1559年謙信は越後を発し上洛・・・その数五千!!
軍事力を背景に将軍家の復権を図る!!
謙信・・・起死回生の賭けが始まりました。

北陸道を西へ向かい京を目指す謙信と五千の兵・・・
領内を通過する大名に根回ししていたので、道中は非常に順調・・・
中でも三好の専横に反発する朝倉義景、六角承禎からは盛大にもてなされ、三好討伐の意を新たにします。
4月27日、上杉軍上洛!!
ところが・・・驚くべき知らせが・・・!!
甲斐の武田信玄が信濃に軍事行動を開始した!!というのです。
当時、甲斐の国主となっていた信玄は、徐々に領土を北に拡大し、謙信とは川中島で3度戦っています。
謙信上洛に当たっては、将軍・義輝が仲介し、両者は和平を結んでいました。
信玄は、一方的にそれを破ったのです。
このまま京で三好を討つのか??
領国に戻り、武田の侵攻に備えるのか・・・??
どうする??謙信!!

越後防衛策・・・??
しかし、信玄は謙信が帰国をすることは想定内。
この頃都では、謙信が帰国を望んでいるとの知らせを聞いた将軍が謙信の忠節に疑いを持ちはじめたという噂が・・・広がっていました。
一説には、背後には信玄の情報工作があったと言われています。
このまま帰国すれば、その信頼を完全に失ってしまう・・・。

京都制圧策・・・??
朝倉、六角の大名は、幕府支持の思いが強いので、三好に対抗できる・・・??
進むべきか退くべきか・・・??

思わぬ人から第三の選択肢が・・・!!
関白・近衛前久・・・姉が将軍義輝に嫁いでいることから、両者は親密な関係にありました。
前久は、幕府が弱体化し、大名達が勝手に領地を奪い合っていることを憂いでいました。
そんな折、幕府の危機を救うために上洛した謙信の行動は、前久を動かしたのです。

そして・・・京都近くの近江坂本で二人は密会・・・
この時、前久が謙信に渡したのは、自らの血文字の誓いの文書・・・

”才覚の及ぶ限り、心から馳走いたす”

便宜を計って、関東管領職を継承できるようにお膳立てを・・・というのです。

関東管領は、関東公方(足利氏)に次ぐ関東のNo,2の役職です。
しかし、当時、その秩序を脅かしていたのが関東の北条氏康でした。
北条氏は、早雲以来、その勢力を北に伸ばし、上野にまで及んでいました。
時の関東管領・上杉憲政は、越後へ逃亡!!謙信に匿われていました。
前久は、その地位に謙信をつけようとしました。
「密事は決して他言いたしません。」by前久
密事とは・・・??
関東の軍勢で上洛し、三好、松永を一掃し、京都の政治も一気に掌握!!
東国と畿内から、戦国の時代を変えていこうとしていたのです。
謙信が東国支配の要として幕府を支えるというものでした。

これが関東進出策・・・??
しかし、武田に加え、北条と戦うというのは、これまでの小競り合いではなく大戦になる・・・!!
越後に戻る??都に残る??関東を平定し再び京に戻る・・・??

関白・近衛前房との面会から5日後・・・謙信は将軍義輝と面会。
この時、義輝から下された御内書に・・・謙信の関東管領内定が・・・!!
謙信は、関東進出策を選びました。
そしてその効果は絶大!!
越後だけではなく、信濃などの周辺領主が、謙信に祝いの太刀を献上。
中には、武田にいたはずの真田家も・・・!!
一旦帰国し、関東に乗り出す・・・しかし、武田、北条の二正面作戦はいかにも分が悪い・・・
しかし、謙信には秘策が・・・!!
甲府市勝沼・・・周囲に堀をめぐらせた要塞が・・・要塞の館の主は、信玄のいとこにあたる勝沼信元。
親族衆筆頭として本家に次ぐ軍事動員力を誇っていました。
甲陽軍鑑には・・・勝沼五郎殿内通・・・謙信は、信元への裏切り工作を進めていたのです。
信玄の信濃進出の留守を狙い、信元が本拠地の甲府を襲って、新上杉政権を樹立し、背後から信玄を襲う策略でした。

万全の手配りを終え・・・
1560年8月関東へ出陣!!
北条氏の支配に不満を持っていた人々は、謙信の元へ馳せ参じ、その数11万!!
圧倒的な戦力を誇る連合軍は、各地で北条を撃破!!
1561年3月には、本拠地小田原城を包囲!!
一方氏康は、ゲリラ戦を展開し、戦況は膠着状態に・・・!!
3月・・・謙信は鶴岡八幡宮で、正式に関東管領に就任。
東国からの幕府再興に向けての第一歩でした。
しかしその帰り道、事件が起こりました。

甲陽軍鑑には・・・
忍の成田長泰がかしこまっていると・・・謙信が他の者より図が高いと言って、持っている扇で顔を二回打った・・・余りに屈辱に、成田は謙信に無断で帰国!!
他の武将も、ことごとく陣を引き払ってしまいました。
11万の大軍が・・・空中分解してしまったのです。
原因は、謙信と諸将の意識の差にありました。
彼らは謙信の家臣ではない・・・と、思っていたのです。
さらに背後で予期せぬ事態が・・・
勝沼信元の裏切りが発覚!!成敗されてしまいました。
信玄は、上杉軍を信濃から追い出すべく、進攻を開始!!
越後攻略の起点となる海津城の整備を始めました。
本国を襲われかねない事態に、関東攻略を諦め、越後へと帰国・・・。
再び関東を攻略するためには、信玄を討ち取るしかなくなってしまったのです。

1561年9月10日、両雄は4度川中島にあい見えました。
第4次川中島の戦い・・・上杉軍は、信玄本陣めがけて正面突破を敢行!!
信玄の弟・信繁を討ち取る大戦果をあげます。
残るは、信玄ただ一人・・・!!
謙信が自ら信玄に斬りかかったのがこの時です。
しかし、あと一歩まで追いつめたとき・・・武田の別動隊が、救援に来たのでした。
戦況は逆転、謙信は軍を退かざるおえなくなります。
関東進出策は、ここに潰えたのです。

1565年5月・・・時代が大きく動きました。
将軍義輝が、三好一族によって暗殺されたのです。
1566年3月・・・謙信の元に、一通の書状が・・・差出人は、義輝の弟・義昭!!
「上洛し、幕府を再興する手助けをしてほしい」・・・と!!
しかし、武田と北条の泥沼の戦いをしていた謙信に余力はありませんでした。

1567年、義昭を奉じて京都に入ったのは・・・尾張の新興大名・織田信長でした。
信長は、都から三好の勢力を一掃!!
義昭を将軍に就け、室町幕府再興を果たすのです。
再び幕府の権威の元、秩序ある時代が来るのだろうか・・・??
しかし、信長の行動は、謙信の想像をはるかに超えていました。
1573年、信長は義昭を都から追放!!
200年以上続いた室町幕府は終焉を迎えるのです。

信長許すまじ!!

1577年9月、謙信は、加賀国・手取川で織田軍と激突!!
上杉軍は1000人以上討ち取る大勝利を挙げます。
謙信は、家臣に書き送っています。
「この分では天下への道も容易いものだ。」と。

信長にとって代わって、幕府を自分が支える・・・
謙信は、そんな道筋を見据えたのでしょうか??
しかし、1578年3月9日・・・春日山城で出陣の準備をしていた謙信は、突如発病!!
4日後にこの世を去るのです。
1578年3月13日、上杉謙信死去・・・享年49歳でした。
新潟県上越市にある上杉氏の菩提寺である林泉寺・・・
謙信自ら筆を取った言葉が残されています。
「大夢」・・・人生は夢幻のようだという仏教の無常観を表しています。
人生は夢のごとし・・・しかし、謙信は一途にその夢を生きたのかもしれません。



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