日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:調所広郷

斉彬に消された男―調所笑左衛門広郷

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地中海に面したフランスの都市トゥーロン。
ここに、興味深い絵が残されています。
水彩で描かれた南国の島・・・そこには琉球王国の大臣が・・・。
これらの絵が描かれたのは、1846年。
フランス海軍中尉によるものです。

この年、フランスは琉球に3隻の艦隊を派遣していました。
目的は、開国通商・・・。
アヘン戦争をきっかけに激化する東アジアの勢力争い・・・
その矛先が、終に日本に向かったのです。
この問題に真っ向から当たったのが、当時琉球を支配していた薩摩藩の家老・調所広郷でした。
圧倒的な武力で開国を迫るフランスの脅威。
頑なに鎖国を掲げる幕府・・・。
そんな中、調所は一世一代の賭けに出るのでした。
調所の命をかけた秘策とは・・・??

1776年鹿児島城下で下級武士の次男として誕生。
13歳で調所家の養子となりました。
調所家は祖父の代から茶道坊主を務めており、広郷も剃髪し、その道を選びました。
23歳で江戸に出府・・・奥茶道に・・・。
藩主を凌ぐ権力を持つ重豪の目に留まったとこは、広郷にとって大きな転機となりました。
1828年、武士に戻り、藩全体の財政改革を任されます。

その頃、薩摩藩は破産の危機に瀕していました。
幕府から命じられる治水工事などの莫大な負担。
島津家の姫君を将軍家に嫁がせる婚礼費用。
借金は膨らみ、500万両・・・今のお金にして2500億円を超える膨大なものとなっていました。

調所が財政改革の柱の一つにしたのが奄美大島の黒砂糖でした。
それまで島民に許されていた砂糖の売買を禁じ、生産量すべてを薩摩藩に納入させ、大坂商人を使って売りさばきます。
黒砂糖の利権を与える一方、大坂商人たちに債務返済に大幅な譲歩を迫ります。
元金千両に付き年4両返済、250年割賦という強引な条件を飲ませたのです。
そしてもう一つの切り札が・・・
北海道近海の昆布を富山を介して入手し、琉球を通じて清国に輸出していました。
この貿易を発展させようとしたのです。
薩摩藩は漢方薬の原料である薬種を輸入販売していました。
富山の売薬商から入手した昆布を琉球の交易船に積み、清国で販売し、薬種を仕入れ、日本の市場で売りさばいたのです。
当時、貴重な薬種の殆どは幕府でしたが、薩摩藩は琉球を通じて一部の薬種の輸入販売が許可されていました。
調所はこれに目をつけ、規制を越えた量、薬種を売買し、膨大な利益を生んだのです。

誰もがなしえなかった財政再建を実現し、50万両もの備蓄金を蓄えるに至った調所。
そんな調所の前に思いもよらないことが・・・。
1844年3月11日、一隻の軍艦が琉球に・・・フランス船アルクメール号です。
琉球王府に対して、開国通商を要求しました。

アヘン戦争で清国に圧勝したイギリスは、香港を割譲させ、東アジア貿易の拠点を手に入れていました。
中国市場で後れを取ったフランスは、琉球に狙いを定めたのです。
この要求は、琉球王府を動揺させます。
当時の琉球王府は薩摩の実効支配だけでなく、名目上は清国の柵封を受けた属国でした。
独自の通商など許される立場ではなかったのです。

琉球王府は、フランスの要求を必死に拒絶!!
我国は、金銀銅などの資源が乏しく、貿易には耐えられない・・・と。
しかし、船長はこれに応じず、再交渉の為大艦隊が来ると通告し立ち去りました。
薩摩へ急報・・・そのことは、幕府に伝えられました。
6月・・・調所はフランス船への対処を幕府と協議。
鎖国を掲げる幕府としては、フランスの要求を放置するわけにはいかない・・・
対応に当たったのは阿部正弘。
調所に、琉球への警備兵派遣を命じます。
調所も従い、100人ほどの兵を渡海させました。
一旦は鎖国に従った調所・・・しかし、この後、調所は薩摩を意外な方向へ導いていくのです。

1846年5月、3隻のフランス艦隊が琉球に来航。
フランス海軍提督ジャン・バティスト・ヤシーユ・・・自ら琉球に出向き、開国を迫ります。
ヤシーユは今後国も極秘にある計画を進めていました。
「琉球諸島は、日本とヨーロッパの中継地点になり得る
 那覇の仲買人を使って、我々が必要な商品を日本から輸入し、引き換えに日本の裕福な貴族が欲している品を輸出する」

セシーユの目的は、最終的に日本の開国通商でした。
琉球が拒否するので、一向に進展せず・・・。

セシーユ同様、通商への道を模索し始めていたのが、調所広郷でした。
背景には、財政再建の前途に兆し始めた暗い影が・・・
国内各地で砂糖生産が盛んになったことで、黒糖価格が下落。
もう一つの柱・・・唐物貿易も、密貿易の疑いを強める幕閣によって免許停止に・・・。
そんなタイミングで直面したフランスの通称要求・・・
拒絶策・・・和親通商策・・・どうする??

1846年5月25日江戸城・・・
調所は、老中・阿部正弘と対峙しています。
調所の選択は・・・

「琉球は、外藩である
 琉球に限定して、交易を許していただきたい。」by調所

調所が選んだのは、和親通商策でした。

「要求を拒絶すれば、フランスは清国と交渉して、勝手に交易を始める
 幕府としても、捨て置けず戦になる」と・・・。

調所の巧みな主張を、阿部は受け入れるほかありませんでした。
幕府は琉球を「異国」として薩摩に対策を一任。

まさに、調所の目論見通りの展開でした。
許しが出た4日後・・・6月12日、密命を言い含め、使者を国元に送ります。
その内容は・・・
琉球北部の運天港に商館を建て、薩摩が1,2万両の資金を準備し、日本の反物とフランス製品の交易をおこなうというものでした。
上手くいけば、御禁制の5種の唐物を紛れ込ませる・・・。
調所は、閉ざされられた唐物貿易をフランスとの貿易で打開しようと考えていたのです。
ところが、これに難色を示したのが、琉球でした。
日本の反物や金銀を貿易すれば、琉球には物産がないとしてフランスの要求を断ったことと食い違う・・・と主張したのです。
砂糖などは貢納として薩摩藩に吸収されていました。
貿易そのものを維持するだけの商品がない・・・それは、経済的な植民地になる可能性があったのです。
原料を収奪され、インドのように市場として編成をされる・・・。
貿易は無理だったのです。
さらに、フランスとの貿易が露見すれば、清国との貿易にも影響が出ると調所に脅しをかけます。
完全に調所の案は、暗礁に乗り上げてしまいました。
そして・・・調所の足元を揺るがしたのは・・・

1847年5月、阿部は島津斉彬とあっていました。
40を目前にした斉彬が、藩主の座を手に入れるために、藩の内情を幕府に漏らした可能性が出てきました。
調所が考えていた10万両規模の琉球を舞台にした中国との密貿易。
この実態を幕府に知られては困ります。
そして、琉球に派兵した軍隊の数を虚偽申告していました。

阿部との会見の直後、斉彬が薩摩に書簡を送っています。

”調所一派のありとあらゆる行動・・・とりわけ琉球の事情を 逐一探り出すように”
そして、事態は思わぬ結末に・・・
1848年12月19日、参勤交代で江戸に赴いた調所が藩邸で死去しました。
享年73歳でした。
吐血が見られたことから、死因は服毒自殺だと推定されています。
調所の死の背後に何があったのか・・・??
しかし、調所の突然の死によって、薩摩の秘密は闇へと葬られたのです。

調所の戦略構想は・・・
①財政立て直し
②農政改革 貿易で増収
③軍制改革
でした。

琉球は軍事力はないが外交力がありました。
琉球が清国を使って上手く立ち回ったのです。
幕府としても、大々的にフランスと開国通商すれば、他の国も・・・開国政策全面展開せざるを得なかったのでしょう。
ヨーロッパと直接貿易できる藩ができたら・・・
ナポレオン戦争のあとに開発された最新型の銃が薩摩に渡ることになります。
そこまで見据えて・・・調所は貿易を考えていたのかもしれません。

薩摩藩別邸・仙厳園・・・今も、島津斉彬が作らせた工場や反射炉跡が残っています。
藩主の座に就いた斉彬は、薩摩の近代化を強力に進めます。
その後、斉彬の薫陶を受けた西郷隆盛や大久保利通らが明治維新を成し遂げる中、調所は不当に貶められてきました。
調所家は家格を下げられ、家禄や屋敷も召し上げられました。
鹿児島に有志によって調所広郷の像が建立されたのは、僅か20年前のことです。

島津家の墓所・福昌寺跡・・・調所広郷は現在歴代藩主と共にここに祀られています。
遺骨は一時、東京に移されていましたが、平成13年、子孫の尽力によって、ここに分骨埋葬されるようになりました。

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1849年12月・・・調所広郷を失った島津斉興は、嫡男・斉彬を支持する一派を粛正していきます。
お由羅の方の策謀ともいわれ・・・「お由羅騒動」と言われました。

吉之助たちは、赤山靱負を幼いころから師と仰いでいましたが・・・
っていうか、父・吉兵衛の上司だよね・・・赤山様って・・・。
赤山様に切腹の命が下りたので、久光さまに直談判しに行くみんな・・・。

don2















「自分には何もできん!!」と逃げる久光、本当にバカボンに書かれてしまって・・・嘆かわしい・・・
そして、バカボン久光と、浅はかな&親ばかなお由羅が寸劇を始めてます・・・。

「みんな・・・私を憎むがいい!!
 みんな、私を斬りにいらっしゃい!!」byお由羅
 
ああ・・・興ざめだわ・・・。
調所さまは守りたかったのがこれかと思うとなんだかなあ・・・

don4















みんなと酒を酌み交わしたかった赤山靱負。。。
納得できないみんな・・・。

「芋ちゅうのは一つとして同じ形のもんはなか。
 こいを桶ん中に入れてごろっち洗えば、お互いがぶつかり合うて、きれいに泥が落ちる。
 おはんらも同じじゃ。
 一人一人姿かたちも違えばそれぞれ考え方もちご。
 こいからもこん郷中ちゅう桶ん中で、ぶつかり合うて、切磋琢磨して立派な侍になってくいやい。。。」by赤山様

と、赤山様が前回助けてくれた半次郎がもってきた薩摩芋を食べて昔を懐かしみます。

そして・・・赤山様自刃・・・介錯を務めたのは、吉之助の父・吉兵衛でした

don















理不尽な師匠の死・・・
最期の召し物を手に、怒りが収まらない吉之助・・・。
江戸の斉彬にも知らせが届きました。
しかし、その後も斉興の粛正は続きます。

この赤山靱負をはじめ、10人余りが切腹、50名余りが遠島、蟄居の処分を下されました。
その中には、もちろん大久保正助も職を失い謹慎処分、父・次右衛門も遠島となりました。

って・・・これで終わり??
お由羅騒動・・・。
もっと面白く書けたはず・・・というか、この幕末にあって珍しいお家騒動なんですが、なんでもっと真剣にしてくれないのかと、疑問符です

藩の現状を、書状で斉彬に訴える吉之助!!
だって・・・この調所さまを自害に追い込んでしまった斉彬に対して、父・斉興の態度は硬化していたんだマラ・・・そりゃあ、家督を譲ってくれないよね

って・・・阿部正弘によって、将軍様からと、茶器が渡されました。

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この茶器を渡すということは、引退勧告されちゃったってことです。
??ってことは、こんな回りくどいことしなくっても、将軍様に茶器を渡してもらったらよかったんじゃないの??と思いがちですが・・・。
実は、このお由羅騒動・・・家臣たちの勇み足で始まったとも思われますが・・・仕方ないのかな??って思っていたら・・・。

親子対決です。
が・・・すべて調所のやったことだとしらばっくれる斉興・・・
でもね、ここは、全ての罪をかぶってくれた調所への哀愁でもっと引っ張ってくれても良かったのに、さらっとしちゃって・・・
don3















当主の座は譲らないと駄々をこねる斉興に対して、なんとビックリ!!
ロシアンルーレットで決着がつきました
ここでも、まだ会ったことのない吉之助を褒める褒めるの斉彬です
ま、実際、書状はたくさん書いて送っていたようなので、否が応でも名前は覚えたかもしれませんね

しぶしぶ当主の座を渡した斉興でした。

そして・・・斉彬が当主として薩摩にお国入りの知らせが・・・。
赤山様の墓前にもみんなで報告!!

1851年5月8日・・・吉之助にとって忘れられない日となりました。
薩摩藩第11代当主・島津斉彬がお国入りを果たしたのです。
華やかな行列・・・喜ぶ民、吠える民!!
って・・・そんなに期待をしている理由が、謙さん以外にわかんないわ・・・

「斉彬さまじゃ!!斉彬まさじゃ!!」
その声を、蟄居部屋で聞く正助・・・。

そして、行列に飛び出て来た子供たちに・・・

「よいよい、子は国の宝じゃ。
 新しい殿さまはこんな顔だ。
 よろしく頼む!!」by斉彬

・・・そうね・・・これじゃあ、謙さんじゃないとやってられない感満載な斉彬公となりました。
おまけに、相対する久光があんなにバカボンとは、釣り合いがとれないわなア。。。
カッコいいライバルにはなれないよね・・・。

おまけに、祖父・重豪に長い間実権を握られ、その借金返済を必死に頑張った斉興の隠退の仕方って・・・
もっとカッコいい引き際を作ってあげたかったけどなあ・・・って思うのでした。
ほんと、斉彬がいっぱいお金を使えたのは、お父さんと調所広郷のおかげなんだからね~~~!!


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今回も、薩摩がどれだけ酷かったか??
農民たちはどれだけ貧しかったのか??
そして、草莽の志士たちの素地がどんなふうに酷い環境だったのか??の説明な回でした。

で・・・どんなお話??

酷い、酷い、藩政を行っていた島津斉興&調所広郷に対し、斉彬待望論が・・・!!
ということですが、もちろん、この二人は緊縮財政・・・というか、かなり農民を苦しめる税制だったようですが、本当の犯人は薩摩藩中興の祖・重豪の莫大な・・・500万両もの借金です。
この借金を返すために、頑張ったのが調所広郷だったわけで・・・
本当の悪人は、重豪なんじゃないのかな??って思える私です。

と、西郷さんは、熊吉と鉄砲でイノシシを仕留めていました。

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こんな農民みたいな武士な生活も、生産性のない武士の割合がとっても高かったことに起因しています。
おまけにサツマイモを栽培するぐらい土壌も今一つだしなあ・・・。

下級武士の西郷家は、貧しくおまけに大家族・・・
三男の信吾が病気なようで・・・

don4















刀を借金のかたにしようとする吉之助ですが・・・武士の刀は・・・と止められ。
代わりに獲ったシシを町に売りに行こうとするも、恥さらしだと父に止められ・・・
借金をすることに・・・。
赤山様の紹介で、横柄な父・吉兵衛には貸してくれなかったものの、なりふり構わずな吉之助を見込んで貸してくれましたとさ・・・。
それも、100両!!

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だいたい、100両ものの大金をこうも容易く貸してくれるのか?とも思うし、でも、小判はあんまり流通していないよね・・・見たことのない人が殆どだったでしょう。
おまけに、この頃の西日本では、”銀”なハズなんですが。。。
ま、細かいところはいいかな・・・??
だって、この返済は、明治になっても苦労してしていたって話だからね。

その頃江戸城では・・・阿部正弘・・・に、我が藩の密貿易を密告する斉彬。

でもっていも泥棒をしている子供に出くわします。

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子どもの名は半次郎。
かなりの剣の使い手です。
そうね・・・だって、後に西南戦争まで吉之助に従う人斬り半次郎(桐野利秋)なんですもの。

でもって、この借りた100両で、米を買ってたらふく食べる西郷家の人たち。
ああ・・・なんて暢気なんだ・・・。
おまけに、世話になっている熊吉の実家にも持って行くことに・・・。

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こんなに大盤振る舞いして・・・
借りた金だよ、借りた・・・大事に使わないとなあ・・・西郷家の人たちよ。

熊吉の実家で一夜を過ごした吉之助&熊吉・・・
逃散??と思われる人を発見!!
それは先日のいも泥棒でした。
もと侍の少年・・・武士なら脱藩、百姓では逃散・走りと言われ、土地から離れることはあってはならないことでした。
侍は・・・二度とは侍には戻れない・・・。
と、吉之助に言われ、逃げようとする母を、説得する半次郎。

「わかりもした。おいがなんとかすって!!」by吉之助

と、またまた安請け合いをして熊吉に怒られる始末。

子供は国の宝だ・・・と、教えてくれたのは斉彬でした。
江戸の薩摩藩邸では・・・斉彬の子・寛之助が息を引き取っていました。
斉彬はこれまで立て続けに3人の子を失くしていました。
探したら・・・呪いの札が・・・!!
と、お由羅の仕業では??と、うわさ話になっていました。

夜逃げを助けたのではないか??と、上司に怒られる吉之助。
タダではすまん!!と言われてしまいましたが、赤山様が助け舟を出してくれました。
ということで、この件は、赤山様お預かりとなったのです。

don















でもって、半次郎の件も、赤山様にお願いしてしまいました。
貧しくても必死に生きている!!と言ってますが、どうも、半次郎の父親は、貧しさから藩の金を使い込んでしまっていたらしい・・・それでも、それは貧乏のせいだ!!と、何もかも貧乏が悪い体になってしまっています。
武士は食わねど高楊枝ではないのか??
そんなレベルでもないぐらいの貧乏なのか??
遊郭に・・・女郎となって落ちぶれても、武士の娘であってほしい・・・その凛とした一本気なところがいいんじゃないの?
例えば、桂小五郎の奥さんになった芸妓・幾松とかさ~~~!!

この年の12月、江戸城に呼び出された調所広郷・・・相手は阿部正弘。
呼び出された理由はもちろん密貿易でした。

斉興は関係なく、全て自分がやったこと・・・と、全ての罪をかぶります。
そして・・・その密告者が斉彬であることも知った上で・・・

「どうじゃ・・・今宵、一献傾けんか。
 わしを廃嫡せしめんとするは専らその方が首謀者という噂があってな・・・
 いささか疎遠になってしもうた。
 このまま終わりとうはない・・・。
 これからの薩摩の事など教えてほしい・・・」by斉彬

「残念ながら、今宵はちと野暮用がございもして・・・
 お世継ぎ様がお生まれになった日・・・われら一同そいは喜んだもんでございもす。
 こいで、薩摩は安泰じゃっち・・・。
 そん時に飲んだ酒の旨さをふと思い出しもした・・・。」by調所

そしてその野暮用の夜・・・

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毒を煽り切腹!!

この知らせは、薩摩にもすぐに届きます。
ここに、斉彬VS斉興&久光の構図が完成されました。

斉彬派な人々が、次々と島流し、切腹・・・50人を超えました。
これがお由羅騒動です。

そして・・・赤山靱負に切腹の沙汰が下ったのでした!!

って、斉興&調所が悪者で、キ~って怒っているのがお由羅、アタフタしているおバカな久光・・・って感じですね・・・
とりあえず、上にも書いたように重豪の莫大な借金・500万両を返済し、200万両もの蓄財を築いたのは調所でした。
分母の割に分子の多い生産性のない武士・・・人員削減することもなく、米に適さない土地柄の中、藩のために一生懸命頑張ったのは調所でした。
この重豪がどうして借金を作ったのか??
それは、洋学かぶれだったからで・・・斉興&調所は、斉彬とダブるところがあって、やっぱり久光しかいいんじゃね?
と、40歳を過ぎた息子・斉彬に藩主の座を譲らなかったんです。

ちなみに、お由羅がき~っと、怒っていましたが、”呪いのお札事件”が噂になったのは事実です
もちろん、斉彬が、斉興を藩主の座から引きずり下ろすために、阿部正弘に密告したのも事実なんですが・・・

ただ・・・
密貿易や、商人たちが御禁制の品を取り扱うのを見逃す代わりに借金の棒引きをしてもらったり・・・
奄美大島の黒砂糖とか・・・
いろんな禁じ手を使っての借金返済でしたが、斉興&調所・・・この二人がいたからこそ、斉彬もいっぱいお金を使えたんじゃないかな??なんても思ってしまいます。
そんな悪者にしなくても良かったんじゃないか?ってことです。

単純ではなく、結構みんな賢い、自分たちの正義のために、信念をもって動いていた人たちなんです。
そんなこんなをもっと表現してほしかったんですが・・・
そんなドラマは重いのかな・・・??


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第1回目から6年・・・もう18歳、大人になってしまいました、西郷どんです
名前も小吉から皆さんご存知の吉之助へ!!

前回「強くなれ!!」と、斉彬に言われていた吉之助は、頑張って「郡方書役助」になっていました。
って、どうやってこの職にありついたのか??っていうところは語ってはくれないのね・・・。
この仕事はつらいですね・・・貧乏な農民から年貢を取り立てる役です。
ま、下々の者の苦しさを目の当たりにできる、将来を切り開いていく西郷さんにはいい職だったのかもしれません。

上司と一緒に年貢の徴収に勤しむ吉之助ですが・・・
あまりの貧乏に、借金のかたに売られていこうとしている娘・ふきを見つけました。
そして、自分の家も裕福でないにもかかわらず、有り金全部渡してしまいました。
腹を空かせて待っていた弟・妹たち・・・しかし、家に入れるお金はありません・・・。

ということで、自分なりに一生懸命人助けを頑張っている吉之助です。

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そして、3歳年下の親友・大久保正助(利通)は、お城にあがって記録所書役助となることに・・・。

don















助けた娘のもとを訪ねる吉之助・・・。
何もすることにできない非力な吉之助は、自分の分のおにぎりを食べさせるのでした。

その夜・・・正助のささやかな昇進祝が開かれました。
そこへやってきたのは糸・・・赤山先生の家で、お手伝いをしているとの事・・・。
ん??正助、ひとめぼれのようです

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視聴者の方々に、いろいろ、薩摩藩の現状を教えてくれてますよ~~~!!

薩摩藩の年貢の取り立ては特に厳しく、不正やわいろも横行し、百姓たちは苦しい一方でした。

そしてふきは、やっぱり売られていくことに・・・。
どうする、吉之助??
家老・調所のもとへ行く吉之助・・・。
定免法から検見取にしてほしいと願いに行きました。

「そこまで申すなら、やってみよ!!」by調所

ということで、許可をもらって頑張り始めましたが・・・余裕の調所です。

「上手くいくはずがなか・・・!!」by調所

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ということで、手伝ってくれるのは糸。
って、仲いいねえ~~~!!
男女7歳にして・・・だから、一緒に歩いちゃダメだろ・・・??

百姓を助けたい一心で倹見取を始めたものの・・・隠れ里・・・というか、隠し田を見つけてしまいました
倹見取をするとこの田の年貢も払わなければいけない・・・

どうか・・・倹見取は、勘弁してほしいと、百姓たちに土下座されてしまいました。
そう・・・調所は、この事をわかっていたのです。

赤山先生に、斉彬に会いたいと懇願する吉之助ですが・・・
甘いなあ・・・赤山先生は、明日の早朝、斉彬が薩摩を発って江戸に向かうことを教えてくれました。

意見書を出すために、斉彬に会いに行く吉之助と、それを止める正助!!
友情ですね~~~!!

その日の朝、斉彬に会おうと出発した吉之助。
ふきのもとへ、糸登場!!
なんでも貧しくて、ふきを家で雇えないと・・・
そこへ借金取り登場!!
連れて行かれるふき!!そして、糸は、今はダメだろう~~~な、吉之助を呼びに走る走る~~~!!

「吉之助さん・・・ふくさんが、ふきさんが・・・借金取りに連れて行かれる・・・!!」by糸

来るなよなあ~~~糸!!

あ~あ、若殿・斉彬に会いに行くのはどうなったのよ??
斉彬を引き留めてくれる優しい赤山先生ですが・・・

家のために、喜んで売られていくというふき・・・
って、ふきが一番大人じゃんよ~~~!!

「お侍さんに会えてうれしゅうございました。
 今日も美しかこと・・・
 私はこん薩摩が大好きじゃ・・・」byふき

斉彬を待たせて・・・一向に来ない吉之介。

「今頃きっと百姓のために、この薩摩のどっかで泥にまみれて駆けずり回っておりもそう・・・」by赤山先生

「残念だな・・・」by斉彬

って、二人とも、優し過ぎるよ~~~!!

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「おいは・・・立派なお侍なんかじゃなか!!
 女子ひとり救えん、やっせんぼじゃ~~~!!」by吉之助

ということで、全てに失敗した何とも青い西郷吉之助です。
今回は、薩摩の台所事情、お家の事情なんかをきっちりと教えてくれましたね。
個人的には、どうして糸とのお話がたくさんあるのか?不思議です。
最後の西南戦争に向けて、そこはやっぱり大久保正助との友情をみっちり、きっちりと書いてほしいと思っていますから・・・。

二人は何もかもわかっていて袂を分かったのだ・・・と私は思っています。
西郷が人身御供の神輿となった時、大久保は自ら西郷に会おうとしませんでした。
きっと、時代がこうなることを、運命を二人はわかっていたからだと思います。
そんなこんなを演出するためにも、二人の友情は欠かせません。

青臭くって見てられない・・・と思うかもしれませんが、こういうのは最近の時代劇には必要かと思っています。
私が幼いころ読んだ本に「ガラスのうさぎ」という本がありました。
戦時中のことを書いた本なんですが、戦時中の事なので今の子が見たこともない描写がたくさんあります。
何回かあったアニメ化を断ってきた原作者の高木敏子さんは、最後にはアニメ化を許可します。
それは、例えば「防空壕」とか、「防空頭巾」とか、「モンペ」とか・・・当時の言葉が最近の子には理解してもらえないから・・・という理由から。=視覚からの説明が必要だったからだとしています。

それと同じようなことが時代劇にも言えると思います。
私が子供の頃は、時代劇がたくさんありました。
「遊郭」「女郎」も沢山出てきて、”昔は、貧乏だったら娘は売られた”ということを、普通に理解していました。
山本有三さんの小説「路傍の石」でも、「どうして息子が娘でなかったのか?」=(借金のかたに売れるのに・・・という意味)と、父親が言った言葉を、子供だったので「どうして女の子がいいんだろう?」と、わからずにいた主人公がいました。結構この文章は、子供だった私の中で衝撃的でした。

と、話はそれましたが、今の若い子たちには、いろんなことを説明しないとダメな時代劇になっているんだと思います。
だから、子供を売らなければならないほど薩摩は貧乏だった(薩摩だけではないけど)ということを、表現したかった回なんだろうなあ・・・って思います。
そんな目で、1年間見てみようかな??

歴史は当時生きていた人たちがみんないなくなって・・・100年ぐらい経たないと歴史にならない・・・と、言う風なことを司馬遼太郎さんは言いました。
それこそ、150年以上たった今、面白い作品に出来るんじゃないかな??って思います。
ということで、今回は、水戸黄門のように、暴れん坊将軍のように、遠山の金さんのようには解決できなかった青臭い西郷さんでした

この「立派なお侍」って言葉が、ず~っと芯になっていくんでしょうね。

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