日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:軍師官兵衛

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前回・・・官兵衛は如水となって引退し、関白・秀次の相談役になっていました。

しかし・・・三成に逆心・謀反の疑いをかけられる秀次・・・!!

鹿狩りと称して同心の者と山中で落ち合い、謀反のたくらみをしていると・・・!!

秀吉は、お拾いの行く手を阻むものをすべて・・・排除しようとしていました。

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三成に対抗するため武装する秀次・・・それは自ら逆心・・・謀反と言っているようなものでした。

「太閤殿下と秀次公は、叔父・甥の御仲、ここで争っては天下は乱世に後戻り。
 天下のために伏見へ行かれませ。
 それが天下を治める関白殿下のお役目にございます。」by官兵衛。

「天下のため・・・関白の役目と申すか・・・。」by秀次

しかし・・・高野山にて蟄居を申し渡されてしまう秀次。。。
申し開きの場も与えてもらえません。

「ただ・・・拾の先行きをお考えください。」by茶々

蟄居で済まそうと思っていた秀吉・・・自分の感じた老いと茶々のこの一言で・・・
切腹が申し渡されたのはそれから7日の後でした。
高野山・青巌寺にて・・・

「無念じゃ・・・」by秀次。

秀次公の一族は、ことごとく成敗・・・
わずか6歳の嫡男仙千代を始め、拾君の許婚であった姫君、側室・・・39名が一族郎党が容赦なく・・・
三条河原は血に染まったのでした。

正気の沙汰とは思えません。。。
秀次には正室・側室併せて20人を超える妻妾を持っていました。
そこには四男・二女も・・・。


とりあえず、なんもしなくってビクビクして終わってしまった秀次ですが・・・
殺生関白なんて言われ、悪名を着せられましたが、その真の姿は学問や芸術に深い関心を抱いた、文人関白。

小田原攻めにおける後北条家の滅亡によって、庇護者を失った関東一の大学である足利学校の蔵書を京都に移して保護したりもしています。
大将としても活躍し、近江八幡を商人の町として活発化させたのは秀次以外の誰でもありません。
 
後半の豊臣政権は太閤秀吉と関白秀次の二元体制であったことに間違いありませんが、最終的には太閤殿下が決めていたことには変わりないでしょう。
この秀次事件で、天下人としてかなりおかしい秀吉が強調されポイントなんですが・・・
ああ・・・軽~く善助の報告で三条河原が終わりました。
ま、あまりにも悲惨な光景なので、これはこれで良かったのかも???

歳は隠せません・・・
おねしょをしてしまう殿下・・・
誰にも言わないと・・・淡々と処理する茶々・・・
これはこれで、どちらが上位に立っているか、立ち位置が変わったことを意味するのには良かったかも。。。
そう、もう、茶々の天下は始まっている・・・??

秀吉に呼び出される官兵衛・・・

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拾に災いをなすものは全て排除しようとする秀吉。
不安を抑えきれない秀吉に・・・
官兵衛も、秀吉の老いを感じずにはいられませんでした。
秀次側が次々と処分される中・・・再び軍師として仕えてくれれば許す。。。と言われ・・・復帰する官兵衛。

「お主には、長政とは別に禄を与える。」

自分が治めていた播磨を・・・しかもたかが1970石で・・・
安堵する秀吉・・・しかし、蹴落とそうとしていた三成は苦々しく思うのでした。

そして・・・たかが2000石足らずで仕える官兵衛に、周りのめは冷ややかでした。

殿下の天命が迫っている・・・
誰も殿下をお止めすることができないのなら・・・最後まで見届ける。
それが、殿下を太閤にまで押し上げた自分の責任だと。。。
ま、若い三成には出来ないことでしょうね・・・これは。。。

明の国書が遂にもたらされました。
しかし、秀吉の和睦条件とは全くかけ離れたのでした。
またもや兵を出そうと言い出す秀吉・・・狂ってます。。。
あ・・・それは秀次事件で立証済みか・・・。

「何としても朝鮮を手に入れるのじゃ・・・!!」by秀吉。

秀吉の面目のための戦いなので、士気は低い・・・
という弱気な長政に、戦うことを薦める強気ないと。。。??
これって二人の亀裂の伏線なんだろうか・・・??


軍師として朝鮮に出向くという官兵衛に、子供のように喜ぶ秀吉。
今回の秀吉は、まさに落ちゆく巨星。。。
老いていく秀吉・・・竹中直人さんお見事です。。。

1596年12月お拾改め秀頼誕生!!
秀頼・・・この人も・・・生まれながらにしての関白ですね。

これで豊臣家は安泰??
いえいえ、秀次を処刑した時点で豊臣家を支える人は皆無。。。
なので、屋台骨はボロボロです。。。
そう、このあと3年で秀吉はなくなってしまうので、きっと自分の寿命も解っていたのでしょう。

徳川家康はこの時55歳。
まだまだ生きるわけですが、彼もまた、この若くて聡明な秀頼への嫉妬心、恐怖、自分の老いとの戦いで大坂の陣を引き起こすのですから、ま、みなさん天下人はこんなふうなんでしょう。


黒田家は、朝鮮へと出陣する時期が来ました。
熊之助、元服して朝鮮に渡りたいらしいです。。。

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yuuki

この熊之助、泣かせたら子役一番の今井悠貴くんです。
大きくなりましたね。
個人的にはこちらの悠貴くんがぴか一です。


そんな子供たちの複雑な気持ちのなか・・・
黒田軍を始め、14万の軍勢で出兵していきました。
第二次朝鮮出兵です。





みんなそれぞれの最期を迎えようとしていました。

ここにも・・・

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小早川隆景です。

後を継ぐのは・・・あの有名な、小早川秀秋。

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この父に?なことをしでかす彼です。
って言っても、血は豊臣。
そう、この人も、秀頼誕生によって運命が変わってしまった人です。

秀頼が誕生するまでは、可愛がられていました。。。
秀次に次ぐ豊臣家の後継者と思われていたにもかかわらず・・・
秀頼の誕生で、秀吉と官兵衛によって、小早川家に養子に入りました。
まあ・・・小早川家に実子のなかったことが、隆景にとっても不幸中の幸いだったのかもしれません。
やっぱり誰でも血統で継がせたいものね・・・。

そして・・・隆景もまた、秀秋のことを官兵衛に託すのでした。

空気の読めない官兵衛に、ひとこと忠告をして・・・
中国大返しを思い出しながら・・・
「あのころが・・・あのころは・・・楽しゅうございましたな。。。」by官兵衛。
あ~~~、それはそうだろうな。。。
一番脂の乗り切った、楽しい時だったでしょう。

毛利を支えてきた小早川隆景も、その生涯を閉じたのでした。

そして・・・熊之助は、吉太夫と共に・・・朝鮮の船にもぐりこんでいました。

熊之助の事は、資料がないのでよくわかりませんが、朝鮮に渡ったのは本当のようです。。。

そう・・・嵐が待っている次回なのです。
振り回される相手が変わりそうですよ!!

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豊臣家の世継ぎ・・・鶴松がわずか3歳でこの世を去りました。
悲しみのあまり・・・秀吉の興味は、朝鮮出兵以外に無くなってしまったのです。

1591年・・・天正19年12月28日。
秀吉は、関白の座を甥の秀次に譲り、自らは太閤と称しました。
???もしかして、秀次・・・初めて出てきましたか・・・??
出てこれて良かったね・・・。

肥前名護屋城では・・・官兵衛が朝鮮出兵に向けての城普請をすすめていました。
そこにやって来た石田三成と増田長盛。。。

お・・・三成、嫌味なほどの白い陣羽織着てます。
そう言えば、三成はいつも白っぽい着物でしたね。。。
官兵衛の黒と対照的にしいているのかしら???
う~ん、話の流れからすると、三成の方が腹黒だから・・・黒のほうが・・・??

4月には朝鮮に向けて出兵になるらしい・・・。
三成は、殿下の名代たる奉行として、黒田が本心から働くか否かを見極めるんだって・・・。
何とも高飛車な三成・・・今回もチョー煽ってます。

3月・・・秀吉の到着を待つことなく出兵することが決まってしまいました。

会議に出席する諸大名達。。。

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総大将・宇喜多秀家。
先陣・小西行長
先陣2・加藤清正・・・

と、言いかけたところで、自分が先陣だと怒り出す清正・・・
それを受けて、1日交代で先陣を務めれば・・・と、提案する官兵衛ですが・・・
こんなんでいいの??
妙案じゃ!!と言っているけど、一本筋が通らないと思うんだけど

官兵衛の意見が通ったことを腹立たしく思う三成なのでした。

「これ以上、口出しはさせん・・・断じて・・・!!」by三成

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1592年4月・・・
大陸侵攻が決行されます。

15万8000の軍が海を渡りました。
小西行長軍を先頭に、漢城を目指します。
圧倒的な鉄砲の数で、破竹の進撃・・・なんと、漢城を落とすことができ。。。
ちょっといい気になって報告をする三成なのでした。

で・・・???と思ったのか、官兵衛は自ら朝鮮に渡ると言い出しました。
すると・・・三成までもが某も・・・!!と言ったのです。
ダチョウ倶楽部を思い出しちゃいました。
でも、さすがに官兵衛は「どうぞどうぞ!!」とは言いません。

二人で行くことになったので、大荒れになる模様・・・。

んでもって・・・三成は、茶々とも密会を・・・

「私はもう一度殿下の子を産んでみせます。
 お世継ぎを・・・」

なんともはや、意味深な台詞
個人的には大野治長がお相手だって思ってるんですが、どうでしょう???


朝鮮に渡った官兵衛・・・朝鮮・黄海道にある黒田の陣では・・・
慣れない土地で、怪我人が・・・疲労困憊の上・・・地図もなく、道も解らず・・・。
どこに何があるのか解らない・・・言葉さえもわからない状況でした。

「思った以上にひどいな・・・」という官兵衛とは反対に、攻め込むべきだという小西行長。
逃げた朝鮮の王子を捕えに勝手に行ってしまった清正・・・
飢えていることに兵糧を三成に要求する長政たち・・・

「何しに来た??」と言われた三成は、
「某、皆さまの働きを見極めるために来ました。」
と、殿下の名代であることを笠に着る三成・・・
讒言するのか??と、一色触発です。

大義がないので、一つになって戦うことができないのです。

この事実を伝えるために、名護屋へと戻った官兵衛・・・しかし、秀吉は大坂にいる大政所の死によって、大坂に戻ってしまっていました。

「しばらくはこちらへは戻られんであろう。。。」by家康。

1593年正月・・・
朝鮮での戦況はさらに悪化していきました。
命からがら逃げかえった小西行長・・・。
「浅はかであった・・・官兵衛さまのおっしゃったとおり、漢城で守りを固めるべきであった。」by行長。

その頃名護屋城に戻ってきていた秀吉。
淀からまたもや懐妊したことを聞くのでした。

有頂天になる秀吉。。。
そう言えば、鶴松が亡くなった時、儂には出兵しか残っていない!!と言っていたから・・・
きっと、朝鮮出兵はどうでもよくなったと見える・・・。

官兵衛にも嬉しそうに話しています。
「して・・・用向きはなんじゃい??」

って、あなたが言い出した、無謀な朝鮮出兵のことですよ。。。

苦戦を強いられているので、和睦を図ろうという官兵衛に・・・

「相分った!!
 官兵衛、お主に任せる!!」

って、本当にどうでも良くなったんだろうな。。。朝鮮出兵・・・

2月、官兵衛は再び挑戦に渡りました。
しかし、秀吉の和睦の条件は、明や朝鮮の意向とはかけ離れたものだったのです。

っとありますが・・・

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この交渉は、あの小西行長が担当でした。
が・・・交渉は、行長と沈惟敬による欺瞞外交だったのです。

明が申し出た和睦条件は・・・

1・明が日本に使者を派遣する。
2・日本は朝鮮の王子2人と従者を返還する。
3・明が韓国から撤退する。
4・日本は漢城から撤退する。

だったのですが・・・
明の勅使として漢城に来た謝用梓と徐一貫の2人は、皇帝の勅使ではなく明軍の大将・宋応昌の部下だったのに・・・
”正式な勅使”として日本に送っちゃいました。

明が降伏したと思っている秀吉は・・・

1・明の皇女を天皇の妃とすること。
1・勘合貿易を復活させること。
1・日本と明の両国は、双方の大臣が誓紙をとりかわすこと。
1・朝鮮八道のうち四道を李氏朝鮮に返還すること。
1・朝鮮王子および家老の1両名を日本に人質として差し出すこと
1・捕虜にした朝鮮王子2人は沈惟敬に返還すること。
1・朝鮮の重臣は後世、日本に背かないことを誓約すること。

と、とんでもない内容だったのです。

ドラマでは、高飛車な秀吉が強調されてますが・・・事実は何処に??
小西行長のちゃんと出来ない外交のせいだったかも知れません。。。

再び漢城に戻った官兵衛に泣きつく小西行長・・・。
って、こんなに行き来出来んのに、兵糧が足らないって・・・
ま、16万人も行ってるんだから、そうなんでしょうね。。。

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おお・・・!!
この秀吉の申し状を焼き捨て・・・
殿下を欺いて、官兵衛が交渉するように入れ知恵してます。

「明とて・・・長い戦は望んではおらぬ。
 申し状を伏せたまま、明と折衝し、使者を出すように促す。
 他に道はない。。。
 とにかく、1日も早くこの無謀な戦を終わらせる。
 このとこ・・・他言無用じゃ・・・!!」

???
本当に、官兵衛がこんなことをしたか分かりませんが・・・
交渉に当たるのはやっぱり頼りない行長なのでした。

釜山に撤退することになった日本軍。。。
何を思ったか、三成・・・。

「黒田殿、我ら奉行衆は、一足先に名護屋へ帰りまする。
 黒田殿も、御同行願いたい。
 このたびの成り行き、殿下にしかと解き明かして頂きたい。
 これは軍師官兵衛殿にしかできぬお役目でござる。」

「わかった・・・」

なにを考えている??三成???
三成の方が軍師っぽいよ。。。

と・・・日本に帰ってきたふたり・・・なんだか秀吉が怒ってますよ。。。
漢城を捨てたことに怒っているみたい。。。

「わしの命に背いていいとはいっておらん・・・!!」

いろいろ不満はあるようですが・・・
一番の不満は、朝鮮で三成たち奉行衆が、官兵衛の意見を聞こうと訪ねた時に、碁を打っていて会わなかったことを怒っているみたい。。。

う~ん。。。この囲碁事件・・・本当は、官兵衛の方が悪かったようです。
事実は解りませんが、仲の悪かった官兵衛と三成・・・。
軍議を開くためにやって来た軍事奉行の石田三成ら三奉行らを、表の座敷に待たせ置き、そのまま浅野長政と囲碁を打ち続けたみたいなの。。。
当たり前だけど、怒った三成が帰ってしまって・・・
「戻ってきてくれ~~~」by官兵衛だったんだけれども後の祭り。。。

でも、この時は、秀吉は大目に見てくれたらしいのよね。。。
「2人が囲碁好きなのを知っていたが、ワシは軍事のことばかりに気を取られ、囲碁の禁止を言い渡すのを忘れていた。」

って言ってね。。。

大河では三成の陰謀にはめられた官兵衛みたいになってます。
個人的には、軍師官兵衛なので、もっと汚いというか、姑息な手を平気で使う官兵衛さんが良いです。
三成はどっちかっていうと官僚的だしね・・・。

ブラック官兵衛ならともかく、こんなブラック三成、見たことありません。
私は・・・三成は、小心者で細かく・・・部下思いで・・・でも、空気読めない君みたいなイメージがあります。

「官兵衛!!
 貴様、誰に向かって口をきいておる・・・!!
 貴様の無礼な態度に、このわしは幾度となっく腹を立ててきた・・・
 それを許したのは、お主とは長い付き合いゆえじゃ・・・!!
 じゃが・・・此度の件、さすがに儂も、堪忍袋の緒が切れた・・・!!
 この太閤をコケにした罪は重いぞ・・・!!
 当地にて蟄居せよ!!
 覚悟して、沙汰を待て!!」

三成の陰謀によって、蟄居を言い渡されちゃいました。

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ほくそ笑んでその場を立ち去る三成・・・
この一件で、おとがめを受けることなく、官兵衛を蹴落とした三成。
お主も悪よのう~~~

そして・・・朝鮮・釜山の黒田の陣にも、官兵衛蟄居の知らせが届いていました。

ピンチ・・・!!
どうする官兵衛???

ま、囲碁事件で怒っていたことだけがストーリーとされていますが、この時、未だ明の使者も来ず・・・
秀吉のご機嫌が悪かったこともピンチを広げてしまったのだと思います。

この大河では、秀吉と官兵衛のコミュニケーション不足というか・・・
なんともあんまり会話をせずに・・・秀吉がいきなり激怒だったり、官兵衛がなんの説明もせずに”無謀”とか言って秀吉に駄目だしします。
官兵衛は、本当に耳の痛いことを、空気を読めずにそのまま言ったと言われていますが、さすがにこのドラマでは、秀吉を怒らせたら一番な人にのし上がってしまっています。

今後どうなる事やら。

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あ~~~、天下統一最後の敵・後北条もなんだかんだと小田原城を開城させられ・・・
戦乱の世が終わりを告げました。
こんなに早く終わったのは・・・これも官兵衛マジック??

北条氏政は、切腹を言い渡され・・・
その地へ先祖伝来の地・三河を守ってきた徳川が移封されることになるのでした。

そんな三河へやって来た官兵衛。。。

「このたびの関東への移封・・・徳川様には迷惑な話でございましょう。」

「殿下は今、お世継ぎのため、豊臣家の天下を盤石にせんとわき目もふらぬ有様・・・。」

「それが、天下のためになるのであればよろしいのですが。。。
 天下を私する為となれば、お諫めするのが某の役目。。。
 徳川様・・・このたびの国替え、天下のためになるかどうかは徳川様次第。。。」

「天下のため、関東で力を養っておくとしよう。。。
 黒田殿・・・殿下の手綱を頼みますぞ!!」

軍師とタヌキおやじの化かし合いを演じていました。


や~~~、こんなこと、言いに来てたのかどうか怪しいものです。
だいたい新幹線もなければ車もない・・・
徒歩と馬・・・そんな時代にこんなにあっちにこっちに殿が出張っていくのも不思議な感じがしますが。。。
とりあえずは、今後の伏線となっていると思っときます。

天下を統一し、明を征服するという野望を抱くようになった秀吉。。。
たぶんそこには、もう、日本には分け与える領地がない!!ということもあったと思います。
もしかすると、北条を切腹させ、領地を取り上げさせたものその考えがあったからかもしれませんね。

京・聚楽第では・・・
おねと官兵衛と一献・・・って、耳の痛いことを言われるみたい・・・

「天下統一・・・祝着至極に存じまする。。。」by官兵衛。

で・・・やんわりと明に出ていくのを止めようとしております。

「あまりに無謀!!」と。。。
淀殿にご執心のこと、鶴松のこと・・・いろいろ耳の痛いことを言うのも軍師の役目!!と。。。

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そうかもしれないけれど、天下統一を果たしいい気分になっているときに、この言い方。。。
気持ちを逆なでさせるのは目に見えてますよ。。。

おまけに秀長の病状は悪化の一途を辿っているようで・・・利休と官兵衛に後を頼んでいます。
そうなんですよね。。。
何度も言うようですが、秀長がもっと長生きしてくれればね。。。

1590年11月・・・秀吉と朝鮮の使者との謁見が行われました。
取り計ったのは小西行長。
秀吉は、明征服に向けての第一歩のつもりでした。

あ・・・鶴松連れてきました。
この時点で朝鮮の使者は
おまけに鶴松はおもらしし・・・使者たちにはとっても失礼な秀吉・・・まさに、井の中の蛙。。。

しかし・・・朝鮮国は服属の意を表しにきたのではなく、”天下統一の祝いを述べるため”に来てもらえるように行長がお願いしたものでした。
って、これは本当なんだろうか??

ちなみにこの窓口となったのは、対馬の大名、宗義調・義智親子。
秀吉に、「李氏朝鮮の国王を上洛させろ。上洛が遅れた場合は直ちに討伐を開始する」
と脅しのようなことを言われてしまってアタフタ・・・
この親子がどちらにもいい顔をしようとしたためだと言われています。

これから先、小西行長、朝鮮出兵でいいとこなしになっていくのに・・・
このドラマではどうして取り立てられたのかも分かんないほど、武功のひとつもありません。。。

そんなこんなを利休と官兵衛に相談する行長。。。
「お助け下され・・・!!」と言われてもなぁ・・・
な、ふたりですが。。。どうする??官兵衛。。。

官兵衛の小言に飽き飽きしている秀吉。。。
お・・・利休もいるわ。

利休の出した茶碗に文句をいう秀吉。。。
その茶碗は、小田原攻めの際に、秀吉の怒りを買ってなぶり殺しにされた弟子・山上宗二のもの。。。
そして・・・その意図は・・・”殿下をお諫めするため”でした。

「明の征服など。。。無謀にござりまする。
 殿下、ご存知か?
 挑戦は殿下に従う気など毛頭ございませぬ。

 先だっての使者は、天下統一の祝いを述べに参っただけで、明への道案内などするはずがございませぬ。
 朝鮮に兵を送れば、その場で戦になるだけでございます。
 何卒、お考え直し下さい。。。
 戦乱の世は、100年余りも続き、皆、平穏を望んでおります。」by利休

そこまで言うか・・・利休。。。
これって、軍師・利休??

あ・・・三成・・・また、秀吉にいろいろ吹き込んでます。
今回は利休のこと。。。

そして遂に、「大徳寺山門の利休像」の話に。。。

1591年1月22日・・・
秀吉を支え続けて来ていた豊臣秀長がこの世を去りました。
秀吉を諌めることのできる人物だったのに・・・
そして、ここから歯車が崩れ始めます。

蟄居を言い渡される利休・・・。

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「今までの傲慢さを改め、殿下に詫びるというのであれば、某が取り次ぎます」by三成。
この時利休は70歳??30歳そこそこの・・・若造にこんなことを言われて、どんな気分だったのでしょう??

この利休は、官兵衛は軍師なので、朝鮮出兵に必要な人物・・・なので、自分が命を懸けて諌める役を引き受けた・・・みたいになっていますが。。。

秀吉も百姓から成り上がったように、堺の商家(魚屋)に生まれた利休も、ある意味天下を取ったお人なので、傲慢になってもしかるべきって感じもします。
秀吉は、自分と同じにおいを感じていたのかもしれませんね。

そんな商家に生まれた利休が、見事に切腹をしたのもスゴイというか・・・ある意味武士道??いえいえ、茶道を貫いたってことになるんでしょうね。。。kan2













政所、官兵衛・・・ふたりの想いも虚しく・・・利休切腹。。。

2月28日・・・切腹を命じられた利休。。。
「茶の支度ができております。。。」

使者に茶を振る舞っての見事な切腹でした。

そんな利休をも晒し首にしようとは・・・やっぱり殿下は変わってしまったのでしょう。
賜死の一因ともされる大徳寺三門上の木像に踏ませる形でさらされたといいます。

利休の願いも虚しく・・・届きませんでした。

そんな横暴に災いか??
鶴松が病気に・・・。しかし、秀吉の願いも虚しく、鶴松は3歳でこの世を去ったのです。
あ~、この三成、何考えてんのか全く分らん。。。

で・・・秀吉崩壊・・・!!
そうですよね・・・わが子を亡くした気持ち・・・光は解るって言ってるけど、そんなの偽善者だと思う。。。
だって子供を亡くしたことがないんだから。。。
私はひねくれているのか、自分の経験していない辛いことを・・・そんなことを簡単に”わかる”と言ったり、台詞にするのは嫌い。。。

う~ん。。。秀吉が変わってしまったのは、鶴松が生まれたせい・・・で、一本化してしまってますが・・・
やっぱり傲慢になってもいいんじゃないかと思うんです。
誰もやったことのない天下統一を果たしたんだから。。。
やっぱりブレーンがしっかりしていなかったということが最大の弱点だったんですよね。
そう、秀長の死から利休の死まで1か月半・・・
まさに両腕をもがれてしまった秀吉なのです。。。

で・・・その目を朝鮮出兵へと移すのでした。。。
朝鮮をはじめ、家臣みんながとばっちり。
でも、信長も、天下統一を果たせば、海外へ進出していたと思われます。
このあと、伊達政宗も慶長遣欧使節をスペインに送っているしね。

会議にて・・・
官兵衛は肥前に城を作れと命令されます。
朝鮮出兵の用意が始まったのです。
ま・・・朝鮮出兵の準備は、九州遠征のときに始まっていますから、そんなに驚くことないんじゃないかと思います。

「無謀・・・無謀・・・!!無謀!!」by官兵衛

三成に船を作ることを命じる秀吉。。。
船と兵糧を用意させるのでした。
ま、これはとってもベストな選択です。
三成の物資調達能力は、ずば抜けたものがありました。
そう、朝鮮出兵後のみんなの褒美もろもろの時に、加藤清正や福島正則は戦っているので、武断派は武功を武器に文句を言いますが、その時の三成の物資調達にはすんごい苦労があったらしく・・・
清正、正則が戦えたのは、三成の物資があったからなので・・・
ここに豊臣政権のもう一つ大きなヒビが配流原因となってしまうのです。

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怒りを何処に持っていっていいのか解らないほど怒り心頭・官兵衛です。


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そんな朝鮮出兵に選んだ城・・・その場所は名護屋・・・!!
名護屋からは壱岐が見え・・・対馬・朝鮮へと繋がっていました。

「我らが支えねば・・・!!
 黒田が支えねば・・・!!この国が滅びてしまう・・・!!」

???

黒田の立ち位置って???

とも思えちゃうほどのこっちもある意味傲慢??

いよいよ朝鮮出兵に入ってきました。
軍師・官兵衛と言いながら、戦のシーンをことごとく避けてきた今回の大河ドラマ・・・。
なら、朝鮮出兵はどないすんねん??

期待しています。

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ああ・・・もう40回になっちゃいましたね。

棄も産まれて、秀吉大暴走!!
天下統一をはかろうとしているのに・・・天下統一が足元から崩れて行きそうな雰囲気。。。
その天下統一は御北条を残すのみとなっていました。

棄は”鶴松”に改められ、淀城から大坂城へと移されました。
なんとそこにはたくらみが??
淀の方が大坂城に住み、北の政所には聚楽第に移れという。。。
鶴松を育てるために・・・という理由はついているものの、追い出されるような形にも見えました。

大名の妻子を大坂に集め・・・いわゆる江戸時代の江戸詰めと同じ人質ですね。
逆心を抱くものをなくそうと・・・豊臣政権・文治派の台頭です。
おねを、聚楽第でそのお世話係に仕様という算段です。
ま、これは三成ひとりではなく、秀吉の命なんですけどね。
御多分に漏れず、他と同じように上洛する光と糸なのでした。

関白秀吉は、どうしても後北条を滅ぼしたいとのこと・・・??
お・・・出てきましたよ、秀長。。。
豊臣家の行く末を心配して、官兵衛に相談しています。
そうなのよね・・・。この秀長がいればこその豊臣家なんです。
これから病になるのを示唆するかのように、しみじみ酒を楽しみながら豊臣家を心配している秀長でした。

お・・・上杉・前田、名前だけ登場です。
三成が中心となって策を練っていますが・・・
はてさてどうなることでしょう??

1590年3月1日・・・一路、小田原を目指す一行。

途中小田原城に寄ろうとしますが、三成が阻止しようと・・・

「なりませぬ!!殿下!!駿府城ご入場はアブのうございます。
 聞き捨てならぬ噂がございます。
 徳川殿は北条と縁続き、裏で手を組み、殿下を亡き者にせんと企てておると・・・!!」

「ばかばかしい・・・!!」

と、官兵衛が一蹴!!
義理の弟も信用せずに素通りするなど・・・!!
と、官兵衛の意見を採用。

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官兵衛憎し~~~!!な、三成です。
そうなんですよね、本当の徳川はどうだったんでしょう??
北条とは、もともと争ってはいましたが、仲良くなるために次女の督姫を北条氏直に嫁に出しています。

そして・・・折衝の窓口だった北条氏規は、北条氏政の兄弟。
氏規は家康とは旧知の仲・・・今川時代に人質にされていた時に、北条家からの人質としてやってきていた・・・という経緯もあって、結構仲が良かったので、三成としてはそんな気になる噂もあったかもしれませんが・・・

それにしてもいちいち細かいというか、気の小さい三成なのです。

で・・・小田原攻めは・・・??

官兵衛が無言で茶碗を差し出した相手は・・・なんと三成でした。

あ・・・この時の三成の戦いは、のぼうの城を見てね。

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感想(11件)



利休の提案で、茶々を呼ぶことになりました。。。
そこには、利休なりの考えがあったようで・・・
茶々と鶴松を引き離すためでした。

お・・・
おまけに派手好みな天下人は、利休の一輪挿しにも文句を付け出しました。
派手でないと許せない模様・・・。

遊び女や猿楽者を招き、遊び放題の秀吉。。。

本当は色んなことがあったのに、いきなり笠懸山(石垣山)一夜城が・・・!!

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これで北条の戦意喪失になったことは間違いないのですが、ここまであったはずの山中城の戦い、一柳直末(秀吉家臣&官兵衛妹婿)の死、松田憲秀の寝返り、松田直秀の裏切り、小田原評定etc.までふっとばされています。
この一夜城にしても、本当は80日かかってるのに。。。

「思い知ったか!!北条!!」by秀吉。なんですが・・・なんて軽い言葉。。。

これだけ命を懸けたもろもろのことをすっとばされているので、ほんと軽く感じちゃう・・・。

おまけにつてもないのに官兵衛が折衝しに北条に行くことに・・・

kan












じゃじゃ~ん!!
第1話のOPに戻ってきました。
カッコいいですよ、官兵衛!!これまでのことを思うと感慨無量です。

「某、黒田官兵衛と申す!!
 関白殿下の名代として参上つかまつった!!
 ご城主北条殿にお目通り願いたい・・・!!

 ”国滅びてはまたと還らず。死人はまたと生くべからず”

 方々、命を粗末になさるな!!
 生きられよ・・・!!」

kan2












降伏することを進言する官兵衛・・・

武田信玄や上杉謙信でさえも落とせなかったこの城を、百姓上がりの秀吉に落とせないと頑固なまでにいう氏政。

kan3












あ・・・松田憲秀のことを口で言ってます。。。ここまでするなら、すっとばしてないことにする方が、わかりやすいと思うんだけど。。。
お・・・小田原評定のこともね。。。

味方(補給路)のない籠城に先はないことを説く官兵衛。。。

降伏するなら、伊豆・北条の2か国安堵で許してくれるという・・・。
???デジャヴ???

7月5日小田原城開城。

ちなみに、三成の忍城攻め失敗は、意味深なフラグを立てたにもかかわらず、”しくじりおった”の一言で終わり。。。
官兵衛を立ててくれる秀吉ですが・・・
いつも言ってますが、”軍師官兵衛”なんだから戦いを・・・城攻めを・・・!!

って舌の根も乾かぬうちに・・・

「ところで官兵衛。。。小々形勢が変わってのう。。。
 北条を許すのは止めにした!!
 氏政には切腹を命じる。氏直は高野山へ追放じゃ!!」by秀吉。

「お待ちください!!
 それは・・・話が違いまする・・・!!」

なんだか三成の入れ知恵のようです。

「北条の所領は家康に与える。
 このまま北条を生かしておけば、いずれ家康と組み、このわしに仇なすに決まっておる・・・!!」

「これは、徳川さまの動きを封じるためにございます。
 徳川を遠い関東へ追いやってしまえば、豊臣の天下は安泰・・・!!」by三成。

ひざから崩れ落ちる官兵衛。。。
またもや約束を違えてピンチに陥る官兵衛。
親方様のために働いてるのにねえ・・・

利休&官兵衛で愚痴り中。

そして・・・決意する利休なのでした。

「取り返しがつかなくなる前に・・・!!」by利休。

う~ん・・・最後の大きな戦いなんですけどね。。。
もっと戦いを・・・!!

実際、長宗我部や島津は許したのに、宇都宮や北条は許してもらえなかったっていうのはなんなんだろう??って考えてみました。
長宗我部はまだまだ戦国も早いうちに降伏したことかな・・・
島津はかなり遠かったこと&1年かかった=戦費がかさんだことと、島津自身が結構四面楚歌だったこと。
利用価値としての島津・・・琉球と繋がりが深かったことも理由の一つかもしれません。
ま、源義経以降ず~っと幕末・・・いえいえ現在まで続いている家なので、そうそう絶えません。

宇都宮は意固地になったこと。
北条は・・・潰すのに良い大きさだったこと&最後まで従わなかったこと。
そして、やっぱり徳川との組んだ場合に一番恐ろしい敵となるってことが理由にあげられるかと思います。
なので、あながち三成、間違ってなかったかもよ。

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黒田家の家臣となった宇都宮鎮房、息子朝房を討つように秀吉に命じられた官兵衛・・・思案のしどころでした。。。

が、まよう官兵衛に・・・
中津城では、長政が独断で鎮房&郎党を斬り捨ててしまっていました。

「このようなだまし討ち・・・黒田の信用は地に落ちました!!
 黒田家末代までの恥となるでしょう!!」by又兵衛。

なんて、下剋上の戦国時代にどの口がそんな甘いこと言ってんねん!!って感じがするのは私だけでしょうか?

このようなことになって・・・と、牢に入れられている鶴姫に謝る光。。。
本当にそんなんだったんだろうか・・・
甘い・・・!!そんなんで戦国を生き抜けるの??
って感じに光に怒られる長政。
悩んだ挙句の選択だったのに、四面楚歌状態です。


そこで官兵衛、朝房にも切腹を言いつけるのでした。
ま、息子にここまでさせておいて、自分だけ”生き延び”させるのもおかしな話。
ここは鬼になって朝房に切腹を言いつけるのでした。

ま・・・まだ足場の固まっていない九州の、見せしめのためでもあったのかなあ?なんて思います。
情報が届かない土地にあって、いわゆる田舎大名的な人を驚愕させるには、とってもいい見せしめだったのだと。。。

kan3












そんな重い空気とは対照的に、茶々にメロメロの秀吉。
茶々のための淀城作りを約束しております。

そして・・・官兵衛が宇都宮を討ちとったと聞くと・・・
その官兵衛の忠誠心にご満悦・・・すでにTOPになった者の疑心暗鬼が始まってるのかも・・・??

悩んで悩んでいる黒田父子。
たぶん、この策は、父子で考えたものだと思います。
長政だけが悪者になってますが・・・。
軍師・官兵衛の見せ所なのですが、息子の成長に書いたんだなあ・・・
なんて思っていたのですが。。。

そんな男たちを尻目に
鶴の処分に腹を立て、家事をボイコットしております。
???戦国時代にそんなことあっていいのかしら・・・??
官兵衛がやってもこうなるんだろうか・・・??

戦国時代なんだから、家の存続が一番でしょうに。。。
で・・・長政、負けて牢から出すんかい!!

「お鶴殿・・・出るのだ。。。」

と、牢から出す又兵衛。。。
そんなんだから、長政と反目することになるのよ~~~
「恥を忍んでも生き残れ!!」という又兵衛。

この時代、女は解放されるのか普通だったような気がします。
だからこそ、お市様や細川ガラシャ・・・このドラマでは”だし”が壮絶な最期として書かれるんだから・・・
どうなんだろう??

鶴姫は、長政によって磔にされたという説もありますが、城井谷の奥で尼となり、宇都宮の菩提を弔ったという説のほうが有力視されています。
なので、これは史実。官兵衛が甘々なのではないのよ。

秀吉は、家臣たちを将棋の駒のように・・・勘違いも甚だしいブラック秀吉となってしまいました。
そして・・・佐々成政には切腹の沙汰が・・・!!

あ~、成政は、信長の馬廻り役・・・秀吉と何が違ったの???
って感じの関係だったのに。。。
信長に黒母衣衆に抜擢されたり、姉川の戦いの前哨戦では鉄砲隊を預けられたり・・・
柴田勝家についていた辺りも、やっぱり”さるはさる”というか、さるの下には耐えられなかったのかもしれません。
ってことは、丹羽長秀に続く複雑な気もちだったのかも・・・??
そういえば、丹羽長秀の亡くなるシーンは無かったよね。。。

利休の茶室で密談中の秀吉&官兵衛&三成。。。

「官兵衛・・・命拾いしたな。」by秀吉
「佐々殿が昨日、切腹いたしました。」by三成

「成政に感謝しないとな。
 佐々がいなくなった肥後は二つに分け、清正と行長に与えた。 
 ・・・なぜ、あ奴らを入れたか分かるか?」by秀吉。

「いえ・・・」by官兵衛

「いよいよその時が来たということじゃ。」by秀吉

「明でございます」by三成
驚く官兵衛。。。

「先鋒は清正と行長、小早川が大将。軍師はもちろん官兵衛じゃ。
 二分長様が成しえなかった夢を、この秀吉が成し遂げるんじゃ・・・!!」by秀吉。

忠誠心を持って、秀吉を諌める官兵衛。
まずは疲弊しきった民を救い、殖産興業を・・・!!
天下をとって、民を救ってからのではないのか??
と、進言します。
お??口を挟もうとする三成をも静止して!!

が・・・三成を制止したことに顔色の変わる秀吉。。。
聞く耳持ってくれません!!

「お主・・・わしの夢にケチをつけるつもりか・・・!!」by秀吉。

「耳の痛いことを言ってくれるお方がおられるうちが花でございます。」by利休。。。

って、黒い茶碗でお茶を薦める利休・・・!!
黒い茶碗出しちゃったよ・・・!!
ここにもわしに反抗する者が・・・!!と、思ったに違いない!!

「利休よ・・・ 
 わしは黒茶碗は嫌いじゃ。。。」by秀吉。

怒ってしまい、三成を連れて席を立ってしまいました。

この頃・・・まだ豊臣秀長は生きていたと思うのですが・・・
三成ばかりが強調されて、本当の№2・秀長の知性が出てませんね・・・。

ちなみに豊臣秀長・・・すごい人です。

秀長のすごいところは、政治家としても武将としても一流でありながら、奢ることなく周囲の家臣や武将たちに尊敬されていました。
秀吉の人間関係をうまく調整していたのは秀長だといっても過言ではありません。

秀吉軍の要であった秀長ですが、秀吉の天下統一を待たず1591年2月15日)大和郡山城内で病死してしまいます。享年52歳。秀長の死後、秀吉の暴走を諌める者がいなくなったため、豊臣家は滅亡したという説もあるので、もし秀長が長生きしていたら、歴史は変わっていたかもしれません。
「表向きの事は秀長に、内々の事は利休に相談する 様にせよ」と言われたぐらいの人なんですが、そう言えばこの人もすっぽり抜けてますね。。。

その頃中津には、肥後に向かう加藤清正が長政に会いに立ち寄っていました。
そこで、おねが肩身の狭い思いをしているという話になって・・・
それを操っているのは三成!!と、話しています。
黒田が九州に追いやられたのも、三成のせいだと言う。
小さい頃に世話になったおねのために、力を合わせようと固く約束する清正&長政なのでした。

徳川家康は・・・北条に上洛を説得しています。
北条氏直を娘婿にしていた家康・・・どう動く??

というなか、家康は秀吉を安心させるために上洛。
理由は、大政所の見舞いに朝日姫についていくのだ・・・。

いやあ・・・この大河は徹底しているというかなんというか・・・
大政所も朝日姫も名前だけで登場せず。。。
あくまで軍師官兵衛だから仕方ないのかしら??

家康は、北条を説き伏せると秀吉に約束しています。
そう、もう一つ恩を売ったのです。

そしてもう一つの目的は???
ある男に会いたいと言う家康・・・
それは官兵衛でした。

kan4










ジャブを繰り返す家康と官兵衛。。。

そうしてついにあの言葉が・・・!!

「先日こんな噂を耳にした。
 ある時殿下が、お伽衆に聞いたそうじゃ。 
 このわしが死んだら、次の天下人は誰じゃと思う?」

徳川・・・前田・・・毛利・・・上杉・・・

「だが、いずれも殿下は違うとおっしゃる。。。」

肝心な男をひとり、忘れてはおらぬか?
その男は、このわしが何日も何日も考えて考え抜いた策を瞬時に思いつく。
100万の大軍を率い、英知と器量を持つ男。。。
官兵衛じゃ!!
次に官兵衛が天下を取るに違いない!!

 
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!!


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あ・・・
ついに出ましたこの言葉!!

殿、これで天下取りへの道が開けましたな。」・・・あの言葉さえ言わなければこんなに警戒されなかったの???
なんて思いもしますが、この大河ではあまり切れる官兵衛を見たことありませんが、秀吉と知り合ってからもう20年ぐらい経ちますからね・・・官兵衛のすごさは秀吉が一番よく知っていたのかもしれません。

本当に家康が教えたんだろうか??
その前に誰かが耳打ちした可能性も無きにしも非ずなんですが・・・

とりあえず官兵衛と家康が出会ったのはいつかは解りません。
が、1590年の小田原・北条征伐のときではないかと思われます。
天下統一のために最後の戦・北条攻めですが・・・
北条氏直の正室として嫁いでいた家康の娘・督姫。

このため、徳川の行動が要注意だったことで、秀吉が警戒!!
官兵衛が交渉役として向かったように思われます。

朝日姫を正室としていた家康が寝返ることはないと思えど、微妙な立場の家康の見張りも兼ねて行かせたんじゃないかと思うのですが。。。
この時、二人はお互いの才能を確信したのでは??
と思うんです。
だからこそ、後に、長政は家康の養女・栄姫(保科正直・娘)を継室として送り込むのかも・・・??

いろいろフラグも立った今回でした。
さて、誰の思惑通りに進むのでしょうか?

結果的にはもちろん・・・家康か・・・??

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