日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:長曾我部盛親

徳川家が見た「真田丸の真実」 [ 徳川宗英 ]

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徳川と豊臣の戦が目前に迫る中、
信繁は、監視の目をあざむいて九度山から脱出、大坂城へ入城を果たした。
そこで彼を待っていたのは・・・


幸村を待っていたのは、歓迎だけではなく・・・仲間となるはずの浪人たちとの実力を計る小競り合いや確執がありました。

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14年ぶり・・・懐かしい茶々との再会・・・そこにいたのは、織田有楽斎でした。

この有楽斎、真田丸では新キャラですが・・・本当はもっと有名。
信長の弟・・・というよりは、千利休の弟子・・・茶人としての方が有名かもしれませんね。
織田家が滅びている中、秀吉の御伽衆として仕え・・・しかし、関ケ原では家康方として戦い・・・つまり、秀吉と家康の間を取り持っている重要人物ってとこでしょうか??
でも、ここだけ聞くと、信長の弟でなければ暗殺されてんじゃないの・・・??って思っちゃいます。

怪しい・・・胡散臭さも感じる有楽斎・・・どうする??幸村・・・!!??

「真田殿が来てくだされば、我らの勝利は疑いなし!!」by有楽斎

しかし・・・幸村が退席した後・・・

「これくらいおだてておけば十分でござろう。
 浪人たちの間でも、真田の人気は凄まじい・・・
 使い方次第・・・といったところでござろうなあ。。。」by有楽斎

煮ても焼いても食えぬ男・有楽斎・・・といったところでしょうか??

でも、ちゃんとした血筋の有楽斎からすれば、真田の方が胡散臭いのかも・・・。

今も大坂城にどんどんと増えつつある浪人たち・・・
石田三成や大谷吉継がやっていたであろうその世話を、今は大野治長ひとり。。。
人材のなさが悲しい豊臣家ですが・・・

多くの浪人たちが相部屋の中・・・幸村には一人部屋、いろいろな便宜が治長(秀頼の命)によって図られていました。
が・・・それを断る幸村。
幸村の特別扱いに、後藤又兵衛・毛利勝永に絡まれちゃいました。

なので・・・相部屋に・・・。お相手はこの人!!

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長宗我部盛親!!

怖い感じの鬼瓦!!

その頃・・・駿府の家康は・・・真田の大阪入りに激しく動揺!!

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「それは、父親か!!息子か・・・!!」

真田という名を恐れ・・・うろたえにうろたえるも・・・

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「大御所様は、日に日に年老いていかれているのでございます。
この戦、大御所様にとっては、最後の戦となることでございましょう。
日の本中の大名を率いるのでございます。
一気に攻め滅ぼしてしまわれませ!!」by阿茶

が・・・家康は秀頼に嫁いだ孫娘・千姫を気にしている様子・・・

「豊臣家は・・・どうなさるおつもりで・・・??」by阿茶

「どこか遠国に追いやって、そこでおとなしく暮らしてもらうよりなかろう。」by家康

「あ~、そのような生ぬるい事を・・・!! 
 先々の不安の芽は摘んでおくに限ります。
 千姫さまの事は、どうにでもなります。
 千姫を返せば、秀頼の命は助けると伝え、姫様を取り戻したら討ち滅ぼしてしまえばよいのです。」by阿茶

「怖い女子じゃ・・・」by家康

「殿!!かようなことで悩まれますな!!
 信長公も、秀吉公も、もっとひどいことをしてこられました。
 それが、乱世というもの!!
 そして大御所様が、その乱世を終わらせるのです・・・!!by阿茶

って・・・阿茶・・・怖い・・・。

この真田丸の家康は、とっても人情味のある家康となっているので、悪役は忠勝と阿茶になっちゃうんでしょうね。

10月11日、家康は手勢を率い、大坂に向け駿府を出発した。

江戸城では・・・駿府に行くまで待つという約束だったのに・・・
と、フライングな家康にあきれる秀忠。

居眠りしている正信・・・
みなさん、歳をとってきて、代替わりをしてきているのだから当たり前か・・・。
そして信之に代わり出陣することとなった息子達も・・・。


秀忠の軍は、大坂に向けて江戸を出発。その数5万!!

そこへまずい知らせが・・・

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幸村が大坂に入ったとの報が信之にも伝わったのです。
「もっと早く届けんか!!」by信之

しかし・・・佐助にもうその足の速さはありませんでした。
信之も、病を押していけばよかった・・・と後悔する・・・

「弟は名前を変えた・・・ 
 わしが捨てた”幸”の字を拾いおった・・・
 奴は本気じゃ・・・
 この戦、長引くぞ・・・!!」by信之

そして佐助が・・・大坂で幸村が作兵衛を呼んでいると・・・

「しかし、ようご決心なされたのう。
 徳川は亡き殿の仇敵、源三郎さまのお立場もわかるが、せめて、源次郎さまはと思うておったが・・・
 殿もあの世でお喜びであろう・・・。」by作兵衛

大坂方につくことに決めた作兵衛。。。
今更、徳川につくのは気が進まなかったと大喜びの作兵衛ですが・・・

一つだけ心残りが・・・
すえに仮祝言を挙げさせる作兵衛。。。

出て行くところ・・・信之に見つかっちゃいました。

「黙って見過ごすわけにはいかん・・・
 今なら何もなかったことにしてやる。」by信之

「今更、徳川に組みしとうはございません。」by作兵衛

「甘えるな!! それが、戦国の世に生まれた者のさだめじゃ!!」by信之

「源次郎さまが待っておられるのです。」by作兵衛

「それは、聞いた!!」by信之

佐助を制して・・・信之に槍を向ける作兵衛・・・。

「作兵衛・・・わしに斬らせるな・・・わしに斬らせるな・・・!!」by信之

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槍を真っ二つに斬られてしまった作兵衛・・・絶体絶命!!

「わしは徳川に忠義を誓ったのじゃ!!
 源次郎のようにはなれんのじゃ・・・!!
 覚悟・・・!!」by信之

危機一髪!!信之の手が・・・刀を握れなくなって・・・
情けを書けたわけじゃないんですが・・・
作兵衛・・・行っちゃいました。

いいですね、このシーン。
実は、私、作兵衛が大好きなんです。
というか、藤本隆宏さんのやる役って、私にとっていつもドストライクなんです。

takeo



初めて知ったのは、「坂の上の雲」の広瀬武夫でした。

広瀬の生き方も、一本筋が通っていて、とっても男らしくってよかったのよ~~~!!

でもって・・・またやらないかなあ・・・なのがこちら。





このシリーズは、ほんと大好きでした。

豪快に良く食べて、一本筋は通っているけれど、気は優しくて力持ち!!
わたしが子供の頃から大好きなキャラ要素が満載です。

このシーンで、戦いたくないという与八の想い、源次郎について大殿の無念を晴らしたい作兵衛の想い、そして気持ちはわかるが長男として真田家を守らなければならない・・・我慢ばっかりしている信之の想い・・・
みんなの想いが入り混じって、よくわかるシーンになっていましたね。

でも、やっぱり作兵衛、大好きだ~~~!!

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秀頼&千姫にお目通りなった幸村。
そうそう、秀頼と千姫は仲が良かったんですよね。
若いのに、可哀想・・・。

豊臣の総大将となってほしいと頼む秀頼。。。
しかし、滅相もないと断る幸村。

味方のほとんどは、関ケ原以来の浪人たちで、上に立つ者が欲しいという・・・

「左衛門之佐を於いてさようなものが他におろうか・・・??」by秀頼

おお!!殿に言われて、断るなんて出来るでしょうか??

「恐悦至極に存じます・・・!!」by幸村

「それは、誉れの限りではございませんか。」by内記
目出度いと喜ぶ内記ですが・・・気が重いという幸村です・・・。
後ろで植木に水をやっている長宗我部盛親がお茶目で可愛すぎて・・・頭に入りません・・・??

同室になった長宗我部盛親にも総大将を勧められます。

「やはり戦は、柱になる者がおらんと・・・
 わしなんぞは、とうに・・・戦の仕方も忘れてしもうたわ・・・」by盛親

そういう盛親は、京で寺子屋を開いて子供たちに読み書きを教えていたという・・・
長宗我部家再興のために、家臣たちに後押しされて、戦に加わったと・・・。
強面の顔して、戦が怖いんだって。
だって、関ケ原の戦いに参加して、1回も戦わなかったんだから、戦うことが嫌いでしょう・・・??
そんなところも可愛い!!
第一、家臣たちに望まれて・・・というところが、きっと、家臣想いのいい人だったんでしょうね。

「わしは・・・肝のちいさな男でな・・・!!」by盛親

幸村が来るまで、大きな部屋で一人、寂しかったらしいよ・・・。

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上に立つであろうと思われる幸村に、名刺を差し出す者も・・・

しかし・・・そんな風に言ってくれる人ばかりではない。。。

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皆が集まる・・・。

「我々は皆・・・豊臣家の御為に、馳せ参じた者ばかりでございます。
 皆・・・徳川に刃向かったために、禄を失い、そして皆、殿様をお守りしたい一心で、ここに集い申した。
 思いは一つ!!
 となれば、昔の身分、禄高、しがらみなど一切なくしてもらいたい。
 禄を失えば皆浪人。そんなことで、差をつけられてはたまらん・・・それだけは申しておく・・・!!」by又兵衛

そして・・・全軍の総大将を選ぶことに・・・

「殿は、真田左衛門之佐殿をお望みである。」by治長

と言ったものの・・・横やりを入れる又兵衛。

「我らは、真田に使われるために、入城したわけではない。」by又兵衛

「私も総大将になりたいわけではござらん。」by幸村

「では、辞退なされよ。」by勝永

「しかしながら、我らはそれぞれに腕はあっても、まとめていく力がなければ徳川には勝てませぬ。
 対局を見ることの出来る誰かが上に立つ。
 それによって、何倍もの力を得ることができるのです。」by幸村

「だからそれが何でお前なのだ・・・??」by又兵衛

「私には二度、徳川勢と戦い、二度勝ちを手にした武功がござる。
 徳川の戦を熟知しております。」by幸村

「確かに・・・上田城の話は聞き及ぶ。
 しかし、はじめの戦いは、今から30年も前の話・・・
 お主は二十歳にもならぬ若造だったはずだが・・・
 その時は、旗を振っていただけだという噂もあるが・・・」by勝永

「噂は噂・・・!!」by幸村
ガヤガヤ・・・軍議が紛糾しちゃいました。
そうねえ・・・こういうところが一枚岩になり切れていない・・・勝てないところなのでしょうが・・・
ま、又兵衛や勝永の言っていることは当たっているんだけれども・・・
いきなり又兵衛に総大将を乞われる四国の大大名・長宗我部盛親も驚いちゃいます。
だって、戦嫌いなんだもん・・・!!

第一、秀頼が頼んでいるんだから幸村でいいんじゃないの??
て、私なんかは思うんですが、そこは禄もなく、苦労に苦労を重ねてきた浪人たちの心がそうさせるのかもしれませんね。

辞退する幸村・・・そして盛親も辞退・・・

「私に一つ策がございます。
 誰か一人が際立ってしまうと、かえって角が立つ事がわかり申した。
 されど、勝つための戦をするにはやはり大将は欠かせませぬ。
 10万の兵を5つに分け、それぞれに大将を置き、その上に総大将として右大臣・秀頼公御自らが立たれるというのはいかがでしょう?」by幸村

それならば・・・と、又兵衛も、勝永も了解!!

「例えばこうしてはいかがかな?
 私に、毛利殿、長曾我部殿、明石殿、そして後藤殿の5人・・・」by幸村

ということで、大坂五人衆が出来上がりました!!

前途多難な大坂の陣の始まりを示唆しているようですね。
先が思いやられる・・・
浪人たちは自分たちの事しか考えていないし、治長にはまとめる度量がないと、内記は分析!!

しかし、嬉しそうな幸村・・・

「確かに浪人衆にまとまりはない。
 だがそれは、各々が自分の行く末に望みを持っているからこそ。
 あの者たちは、今の境遇から這い上がろうとしてここに集った。
 無理やり駆り出された徳川の兵たちとはそこが違う!!」by幸村

こりゃあ、一本取られたとばかりに頭をたたく内記。

「この戦・・・十分勝てる・・・!!」by幸村

おお・・・!!
どこから来るのか・・・この自信・・・!!
って感じです。
九度山を出るときとは全然”自信”が違いますね。

この真田丸の真田幸村はポジティブというか、みんなと目線が違うんですよね。
だから・・・この幸村がいれば、勝てちゃうんじゃないだろうか・・・??って思ってきちゃいます。

そんな自信が、どんなふうに崩れていくのか・・・??
それが、これからの見どころになるんでしょうね。
ああ・・・さみしいなあ・・・終わっちゃうの。


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信繁たちが九度山に流されて、十年が過ぎた。
上田に戻ることを夢見ていた昌幸だったが、その願いは叶わぬまま、六十四年の生涯を閉じる・・・。

ということで、今までの主人公だった昌幸が死んじゃいました・・・。
そして・・・次々と・・・次世代のヒーローが顔を出してきますよ・・・!!

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父が亡くなり・・・九度山の真田屋敷には信幸が参りに来ていました。
って・・・流人のところに徳川の家臣が来ていいのかい・・・??と言いたくなりますが、いつかははっきりとしないのですが、史実として、和歌山にやってきている信之です。

「さぞ、ご無念であったろう・・・」by信之

「父上からこれを・・・
 これまで戦場で培ってきた戦の仕方、勝ち方がすべてこの中にあると父上は仰せでした。」by信繁

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「孫氏の兵法にも匹敵する貴重なものではないか・・・!!」by信之

「ご覧になってください。」by信繁

しかし、内容は記号ばかりで凡人には全くわからない・・・父上らしい書留でした。

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父が亡くなったことで、ご赦免をしてもらえるように、さらに努力するという信之に・・・
長くいるので、この生活に何の不満もないという信繁。
春に至っては、旦那様と一緒にいられるので、嬉しい。。。
子供たちも、ここでの生活しか知らないので、ここでいいんじゃないか??という始末。

内記は・・・
昌幸が死んだ後、追腹を切ろうとしましたが・・・

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元気に戻っているという。

「兄上こそ、大変なのではないですか?
 大名として領内をまとめていくという・・・」by信之

「新たに堀を作って、田に水をひかせたり、荒れ地を耕して畑を広げたり・・・
 やらねばならぬことは後を絶たぬ・・・
 ・・・ま、そういう地道な仕事の方が、わしには向いておるのかもしれんな。」by信之

「お互いおさまるところに納まったということで、よろしいのではないでしょうか??」byきり

と、もう、九度山生活でいいよという信繁たちと、不自由な生活をしているのが可哀想と思う信之ですが、10年の間に考え方も、かなり変わってきたようです。

そう・・・10年も経っているんですね、あの関ケ原から・・・
この10年、上田ではとってもしんどかったと思います。
あの関ケ原の時、秀忠軍はみんな上田で戦わずに西へ向かったように思いますが、本当はいくらかの舞台を上田に残してありました。
なので、その者たちとのにらみ合い(畑をあらす)・・・そして、その者たちが自分たちで食料を確保(村人から食料を盗む)・・・だったわけです。
ま、戦いにおいて、食料も女も現地調達な時代ですから、その戦場はどんな形でも(土地も人もってことね)荒れ放題!!
その荒れ放題をなんとか平和に暮らせるように整地をし、作物を作り、人間を作る・・・まだまだ途上の上田だったでしょう。
なので、流されたとはいえ、信繁の方がお気楽生活だったかもしれません。


が・・・不自由がないというのはうそで・・・
本当はお金がありませんでした。
ま、ここでは出てきませんが、子供も5人作ったしね・・・。
暮らし向きはきつい事でしょう。

ドラマで信繁は、父が生きている間に不自由な暮らしをさせないために見栄を張っていたのでその借金がかさんだ・・・みたいに言っていますが、本当は・・・??

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父が生きている間は、お付きの者も多く、なんとか足りていたものの、昌幸が亡くなった後は、みんな九度山から故郷に帰ってしまって人も減り、益々生活が苦しくなった・・・という説もあります。
信繁から信之に宛てた文には、お金の催促しかなく・・・
ただ、策士な信繁の事・・・お金がないない・・・!!と、大げさに書いていたのかもしれません。
信之は、表立っては、徳川に刃向かった真田親子に仕送りはできないので、結構切り詰めて・・・送っていたみたいですけどね。

信之は、京都へ。
高台院様に会うために・・・。

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しかし、お通によると、俗世を離れた高台院様にはもう会えない・・・かも・・・??

大助の傅役を頼まれた内記・・・。
大助を一人前の男に育てるのが、生きがいとなるのでしょうか・・・??

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囲碁を教え、囲いの中の大助に、どんなふうにして戦を教えるのかな・・・??

「囲碁というものを一言で表すならば、碁盤は土地、石は杭!!
相手に四方を囲まれたら取られてしまうのは、まさに戦と同じ・・・!!」by内記


その頃・・・江戸では、徳川家康によって参勤交代の原型ができつつありました。
つまり、人質・・・妻と子を、江戸藩邸に住まわせるようになるってことね。
これによって、参勤交代をさせ、お金を使わせることによって軍資金を作らせないという、家康の策略です。

そして・・・人質生活が嫌だった薫も・・・
江戸藩邸で・・・昌幸が亡くなった2年後に亡くなるのでした。

お・・・!!時が流れ・・・大助もいい少年に成長しているようです。
きりは村人たちに刺繡を教え・・・佐助は忍者を教えています。
平和な平和な信繁一家・・・。

兄上から届いたのはそばでした。
そう・・・今月もそば・・・信繁一家は不満そうですが・・・信之も苦しいのでしょう。

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そして・・・信繁ときりの関係を怪しむ春・・・。

そば粉からそばがきを作って村人たちに売りに行きます。

「京や大坂で買えば二十文のところを、今回は日ごろお世話になっている村の衆に十文でお分け致そう!!」by信繁

ってもんですが、当時のここら辺の人たちはお金は貴重なんじゃないかな?と思うんですよね。
多分、物々交換してたんじゃないでしょうか??
ほら・・・都会なら通貨の流通していますが、きっと農家さんたちだから・・・現金収入は貴重だったんじゃないかと思うんですよね。

ちなみに、和歌山県は、今でこそ近畿のおまけと言われていますが、雑賀衆、根来衆・・・といったように、大名たちに治められることなく、自立した地域の多い所でした。
そして温暖で、今でもフルーツが何でもできる気候・・・
そして紀伊水道を利用しての交易・・・
つまり、物はある・・・貧乏ではなかったと言われています。
なので、そばがきを食べる必要もないかも・・・??
あ・・・でも、九度山にある真田庵のおそばは美味しいですよ。

結局・・・そばがきは売れませんでした。
そして・・・いつも仲がいい信繁ときりにやきもちを焼く春・・・。
ま、春の気持ちもよ~く分かります。

ああ・・・きりは本当に、信繁の側室にはならないんだろうか・・・??
この九度山で、信繁は5人の子供にめぐまれています。
で・・・そのうちの二人は内記の娘が産んでいるんですよね・・・。
大河ではきりは側室にはならないんだろうか・・・??

で・・・春の嫉妬について・・・「二人で話し合ってくれ」と、きりに言って逃げ出す信繁なんですが、これも、春に言うと、春は嬉しいでしょうね。
そこが・・・幼馴染で何でも分かったきりに言ってしまうところが嫉妬の種なんですよね、きっと。

そんな真田屋敷にやってきたのは、秀次の娘・たか。
ルソンに逃がしてあったのですが・・・帰ってきたようです。
あ・・・ちなみに、このたかも、信繁の子を産んでいます。

「側室です。」byたか

と言われ、ビックリする春・・・商売をしているという。

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たかの持ってきた舶来品の中に・・・
紐が・・・。

上田の紬に似ている・・・と気づいた信繁・・・。
ここら辺も、春よりきりのほうが信繁にとって助けになるように書かれていて・・・。
ちょっと我慢な春ですね。

紐を編みながら、お暇しようと思っていると春に打ち明けるきり。

「ここで旦那様を支えてあげてください。」by春

「居てほしくないんでしょう?」byきり

「思ったこともありません。」by春

「自分に正直にならないと損するよ?
 みんな、あなたに気を遣っているの、わかってる??
 おかしな話よ・・・子供、三人も作っておいて。
 
 白状しますけど、私だってそりゃ、源次郎さまのお子が欲しいと思ったことはありましたよ。
 でも、遠い昔の話・・・。
 だからね、余計な事考えない。
 あの人にとっては、あなたが一番なんだから。。。」byきり

きり・・・切ないですね・・・。

「きりさん・・・どこにも行かないでください・・・私のために・・・。」by春

そして、たかは・・・
京都ある瑞龍寺に行くという・・・
そこには祖母がいるのだとか・・・。

そうか・・・たかはこのまま終わっちゃうのね。。。


そして真田紐で結びついたのは春ときりでしたね。
二人の頑張りが美を結んでいきます。

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「これまでの縄や紐と違い、きわめて頑丈にできている。
 重いものを吊るすときなど、実に役に立つ。
 また、糸の色を変えることで、様々な模様を織り込むことができる。
 鎧や太刀の飾り紐にもってこい。」by信繁

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百姓の自分たちにはここまで頑丈な紐は要らない・・・という長兵衛。

「取引をしようではないか。
 私はこの紐を考え出した。
 しかし、たくさん作るには、人手が足りぬし、外に売りに行くこともできない。
 そこで村長殿。
 そなたにこの真田紐を作り、そして売ることを任せたい。
 作り方も指南しよう。
 皆で作って、皆で売り歩くがよい。
 ただし、まずは手付として銭五貫。
 それから売り上げの一割。
 そして、「真田紐」という名前を必ず使う事!!

 どうだろう・・・長年、面倒をかけている村の衆への恩返しになればと思うておる。
 必ず儲かる!! 
 いい思い、味おうてくれ・・・!!」by信繁

 
ちなみにこの真田紐、この当時、すでに流行ってきていたらしいので、信繁の考案ではないと言われています。
ただ・・・頑丈な紐と、昌幸・信繁の反骨精神が相まって、真田紐になったのかも・・・??
とにかく、春も、きりも、信繁も・・・そして、父とどう接していいかわからない大助も・・・真田紐でぎゅっと結ばれた回でしたね。
あ・・・大助は囲碁か・・・??

笑いの絶えない・・・そんな幸せな日常の生活に・・・

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何者か・・・??

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そこにいたのは、宇喜多秀家の家臣・明石全登でした。

「左衛門佐様を、お迎えに参りましたっ!!」by全登

おお・・・ついにこの日がやってきました。
私たちは信繁が秀頼に呼ばれて・・・大坂の陣に参戦することを知っていますが、信繁は知らなかったわけです。
とっても長い、長いトンネルで・・・
埋もれてしまいそうな日々の中の・・・一筋の光かもしれません。。。

あ・・・和歌山人の私としては、九度山生活をエンジョイしていてほしいですけどね。



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