日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:高山右近

大阪市中央区にある純白の大聖堂・・・カトリック大阪大司教区・大阪カテドラル聖マリア大聖堂・・・
荘厳な大聖堂の正面には、生母マリアが日本画壇の重鎮・堂本印象によって描かれています。
マリアの前に跪く女性は、戦国時代きっての美女とうたわれた細川ガラシャ。
ガラシャは、織田信長を本能寺で討った明智光秀の娘で、乱世を生き抜いた細川忠興の妻です。
豊臣秀吉、徳川家康の天下取りに翻弄され、悲劇的な死を遂げたガラシャ・・・。

世は大航海時代・・・南蛮渡来の先進文化が日本にも押し寄せ、宣教師たちがもたらしたキリスト教は庶民にまで広がっていました。
そして、キリスト教に入信したガラシャには、過酷な運命が待っていました。

1574年正月、織田信長の居城・安土城のこと・・・天下統一に邁進する信長は、重臣・明智光秀の娘・玉を細川藤孝の息子に嫁がせるように命じました。
信長は、政権基盤確立のために、家臣たちに婚姻でむすびつけ、強大な結束を結ぼうとしていました。
光秀の娘・玉子・・・後のガラシャ12歳は、夫・忠興も同じ年でした。
信長の命令から4年後、16歳になった玉子は細川忠興のもとへ輿入れしました。
玉子が嫁いだのは、京都・・・長岡京市にある勝竜寺城・・・陸の交通と水運の要衝に位置したこの城は、今は公園となっています。
城内には、玉子が嫁いだころからの井戸が残っています。
玉子はどんな女性だったのでしょうか?

結婚から間もなく一男一女をもうけた玉子と忠興夫妻・・・
戦での功績も目覚ましく、細川家は信長から丹後国を与えられます。
はれて12万石の城持ち大名となった細川家・・・玉子の未来も限りはありませんでした。
ところが・・・玉子の人生を一変させる事件が起こります。
1582年6月2日・・・本能寺の変・・・父・明智光秀が突然織田信長を襲います。
光秀は、娘・玉子の嫁ぎ先の細川家に援軍を求めます。
羽柴秀吉らに対抗する為に・・・!!
しかし、細川藤孝・忠興親子はこれを拒絶!!
藤孝は出家し、信長を弔う姿勢を見せます。
忠興は怒りのあまり、光秀の使者を斬り殺さんばかりでした。
援軍を得られないまま秀吉との決戦に敗れた光秀・・・。
その他の明智一族も、玉子を除いてほとんどが命を落としました。
細川家の嫁でありながら、謀反人の娘となってしまった玉子・・・人生最初の選択に迫られます。

明智の娘であるから、謀反人の娘として生き恥をさらすなら自害すべき??
この時、玉子は3人目の子を身籠っていました。
「御身の父光秀は、主君の敵なれば同室叶ふへからす」by忠興
忠興は、玉子を離縁して、三戸野に幽閉しました。
要害の地で切ない日々を過ごす玉子・・・。



細川家は、形勢が逆転し、明智の味方が増えたなら・・・
玉子を生かしておくことで、両天秤にかけたのです。
男たちの思惑によって、子供たちと離れてしまった玉子・・・。

身をかくす 里は吉野の奥ながら 花なき峰に 呼子鳥なく

「謀叛人の娘」というレッテルを貼られたものの、子供に細川家を継がせることで、明智の血を後世まで残すこと・・・
明智家からついてきた侍女や家臣も守らなければいけない・・・
そのためにも、自分が今、命を絶つわけにはいかない・・・
幽閉の翌年、水戸野で男児を出産した玉子・・・数え21歳でした。

幽閉から2年・・・信長のあと天下の実権を握った秀吉は、大坂に大きな城を築きつつありました。
党第一の実力者となった秀吉から、玉子との復縁を許された忠興・・・
父・光秀を討った秀吉の許しで、玉子は大坂城下の細川邸に正室として返り咲きました。
秀吉が美貌で噂の玉子との面会を望んだ時・・・

「秀吉は父の仇・・・殺されても出ていくことはありません。
 それでも強いてということなら、懐剣で刺し殺し、復讐を果たします。」by玉子

気丈に振る舞う玉子でしたが、忠興は厳しく監視します。
それは、嫉妬とも旧織田勢から守るためだったともいわれています。
謀反人の娘というレッテルを貼られた世間の目に苦しんで、精神の変調をきたす玉子。。。
細川家の正室としての態度をしっかりとしながらも、閉じ込められた苦しさ、悩み、ストレス・・・
その葛藤が気鬱となって現れます。

この頃、世界は激動の時代を迎えていました。
航海技術の発達によって、スペインとポルトガルがアジアやアメリカに進出していました。
新たな交易ルートの開拓や、領土獲得を目的とした大航海時代の到来です。
スペインとの覇権争いの中、ポルトガルが日本に・・・
南蛮船との交易で、利を得ようと大名たちは自領の港を開きました。
南蛮船によって、イエズス会の宣教師も来日・・・宣教師たちは有力大名たちに領内での布教を認めさせていきます。
大名の中にも自らキリスト教に入信する者も相次ぎます。

大阪府高槻市・・・かつてここは、キリシタン大名として知られる高山右近の領地でした。
領内からは、キリシタンゆかりの品が見つかり、キリスト教が広く普及していたことを伺わせます。
キリスト教は、広く人々に受け入れられます。
大坂城築城と同時期に、キリスト教に入信する大名が増加します。
その多くが、黒田官兵衛ら大坂に直接地縁のない武将たちでした。
天下統一に向け各地から来た彼等は、キリスト教で団結を図ったとも考えられます。
キリスト教に興味を持った人の中に、気鬱になっていた玉子もいました。

1587年秀吉の命令で、忠興は九州へ出兵!!
忠興の留守中、玉子は屋敷近くの教会へ向かいます。
これをきっかけにキリスト教に傾倒していく玉子・・・。
キリシタンの考え方は、基本的に一夫一婦制。
自分の疑問に・・・心の葛藤を解決してくれるのは一体何なのか??
それは、儒教的考えや仏教的教訓ではないと考えるようになります。
キリシタンの教えを勉強するようになります。

抑えがたい衝動にかられた玉子は、キリスト教への入信を決意し、洗礼名をガラシャに・・・。
それは、ラテン語で恩恵を意味するグラティアを意味していました。
キリシタン細川ガラシャの誕生でした。

西洋の文物は、土豪出身の戦国大名の権力を高める文化になりました。
おまけに実利がある・・・。

1587年6月、九州を平定した秀吉は驚くべき法令・・・伴天連追放令を出します。
それは、キリスト教を邪法をし、バテレンは20日以内に国外退去せよというものでした。
領内でキリスト教に深く帰依している大名たちに危機感を抱いたからです。
見せしめに南蛮寺と言われた教会が、京都をはじめ50カ所以上破壊されました。
宣教師たちの多くは、一旦長崎に逃れ、潜伏を余儀なくされます。
ガラシャは心を痛め、苦悶の日々を送ることとなります。

伴天連追放令から11年後・・・秀吉の死によって新しい展開が・・・
秀吉亡き後、天下取りに動いた徳川家康!!
これに対抗したのが石田三成!!
ガラシャの夫・細川忠興は、家康に味方しました。
家康は会津征伐のために、伏見城から京を出ました。
忠興も軍を率いてこれに従います。
忠興は、出陣に際しこう言い残します。

「ことが起きれば恥を着せられぬよう振る舞え」

これが、ガラシャの人生を大きく変えることに・・・
忠興らの出陣から間もなく、大坂で噂が立ちます。
家康に従い関東に出陣している諸大名の妻を石田方が人質として大坂城に取り入れるというのです。
時を置かず、細川邸に石田方から密かに使者が・・・

「内々に大坂城へご登城されたい」

ガラシャを人質に出し出せとの要請でした。
ガラシャは毅然と言い放ちます。

「夫・忠興のためにはどのようなことがあっても同意できません」

しかし、彼女は大きな問題を抱えていました。
登城を拒否し続けていれば、いずれ力づくで拘束に来る・・・
その時は、夫の言いつけを守り命を絶たなければならない・・・
しかし、キリスト教は自殺を神に対する罪としている!!
忠興の出陣から3週間・・・石田方は正式な使いを差し向けガラシャに登城を迫ります。
家臣たちはガラシャを守るために、細川家の重臣たちは、細川の本拠地丹波に逃がそうと考えていました。
事ここに及んでは人質になるしかないのか・・・??
それとも身をかくすのがいいのか・・・??
それとも自害する・・・??
自害を禁じているキリスト教・・・その時は、神が決めるのだ・・・!!
神はどこまで私に試練を与えるのか・・・??

1600年7月17日、石田方に取り囲まれた細川邸から火の手が・・・
ガラシャは屋敷に火を放たせ自害を選びました。

最後を見届けた侍女が後に語っています。
細川家の重臣たちが相談し、いざという時に表門で石田方を防いでいる間に、自害する手はずになっていました。
その日の夜・・・敵が門まで迫ってきたとき・・・守備隊の寝返りもあって「もはやこれまで」と、重臣に長刀で介錯させ、ガラシャは自害しました。
そしてこの様子を侍女に忠興さまに伝えるようにと逃がすのでした・・・。

潜伏していたイエズス会の神父が、焼け跡にガラシャの骨を拾いにやらせ葬儀を行ったと言われています。
イエズス会の記録にガラシャの死はこう書かれています。

”ガラシャはその死を受け入れ、強い勇気をもって主の御旨に従い、その手にあるものとして亡くなった”

キリシタンであったけれども、最期は家に殉じた自害でした。

ガラシャはその生涯を終えるにあたり、辞世の句を書いています。

”ちりぬへき 時しりてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ”

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九州平定後、伴天連追放令をだし、キリシタンの弾圧を始めた秀吉。。。
官兵衛との仲は・・・

キリシタン弾圧の噂に・・・博多では動揺が広がっていました。
小西行長が、右近に秀吉に謝ることを薦めていますが・・・。
しかし、官兵衛によると、バテレンは今より20日以内にこの国から去ることが言い渡されました。

どうにかこうにか、殿下に思い直してもらおうと頑張った官兵衛です。
しかし、デウスの教えを解くことを禁じられてしまった右近・・・デウスに命を捧げる覚悟のようです。

「この秀吉の・・・上に立つものなどあってはならん・・・!!」by秀吉。

って、変なようにも思えますが、実際信長は神を目指していたわけだし、天下人となったからには秀吉の上に立つものなんて必要ないような気もするので、秀吉の言っていることは当時の意見としては普通・・・。
で、キリシタンの方が変わっていた?のかもしれないんだけれど、あまりにもキリシタン大名が多くなっちゃったのか、キリシタンが普通なように変換されてるかも・・・??
基本、戦国大名たちは、宣教師の持ってくる最先端の技術が欲しかった訳で・・・って気もするんですが、やっぱり人を殺しまくってきたら神にすがろうと思うんだろうか・・・。


豊前に国替えとなった官兵衛・・・
しかし、宇都宮鎮房との交わした本領安堵の約束を・・・本意ではなかったとはいえ違えてしまったことに心を痛めていました。

で・・・高山右近・・・
「官兵衛殿・・・お礼の仕様もござらぬ。
 あなたのおかげで全ての信徒が道を過たずに済みます。。。」

???
官兵衛のおかげなの・・・

あ~~、高山右近、キリシタンとして生き・・・
追放され、ルソン島マニラでその生涯を閉じたのでした。

って、ナレーションで終了ですが、ま、そこは仕方ありません・・・?

でも、その後の右近を少し。。。
1か月後の苦しい船旅のあと・・・
マニラに到着した一行は・・・賓客として熱烈に歓迎されます。
が・・・右近はその40日後に熱病で死去するのでした。
マニラでは、全市を挙げて盛大な葬儀が行われたといいます。

それから・・・秀吉は、九州の領土分配を行いました。
小早川隆景には筑前、佐々成政には肥後、大友 義統には豊後が与えられ・・・
宇都宮には・・・伊予への国替えが言い渡されたのでした。

そして三成の口からは、豊前六郡は官兵衛に与えられることが告げられたのです。
ガーン!!な宇都宮鎮房。。。

「黒田官兵衛・・・!!わしを謀ったか・・・!!」

豊前・馬ヶ岳城に長政たちが到着しました。
しかし、そこ、豊前にはまだ宇都宮の者が居座っていたのです。


kan2












「欲しければ、力づくでとるがよい!!」by鎮房

難攻不落の城・・・
どうする官兵衛???


あ~~~、佐々成政、肥後を容易く攻めて治めてみせるといっとります。
次はこの人が、官兵衛と対比されるのね。。。

「わしの命に従わぬ者は断じて許さん・・・!!
決して容赦せぬ・・・!!」

ま、そりゃあ、天下人だからなあ・・・これぐらい言ってもいいと思うの。。。

これからはちょっとホームドラマシーン。。。

でも茶々のシーンはなあ・・・
二人の正室ってどういうことよ・・・
高貴好きで、信長の血が好きなのは解るんだけれどなんだかなあ・・・

おねの着物も最近思うのですが・・・
ピンクみたいな色をあの年になってからも着るんだろうか・・・。
もっと落ち着いてもいいんじゃないかなあ・・・って思うの。
天下人の妻だから、豪華な着物が良いんだけれど、ほんと赤すぎるのよ・・・。

黒田の領地に未だ残っている宇都宮・・・
長政はまたもやイケイケ攻めたいようです。
ほら・・・おじいちゃんも言ってたでしょう??
時を待つのも仕事よ。

播磨に残って墓守をしたいと言う福。
母のように姉のように福を慕っていた光。。。
寂しくて仕方ないようで、一緒に九州に行って欲しいのですが。。。
黒田と櫛橋の墓を守りたいと言う。。。
そんな福を引き留める光。。。

と、侍女のおゆうが播磨に残ることに・・・

「おゆうが残ってくれるのなら、安心ですね。
こうなったら、死ぬまでお供いたします。」byお福・・・

夫が播磨に骨をうずめたいというので、残って墓守をしてくれるのだそうだ。。。
って、おゆうが残るのは止めんのかい・・・!!

”光についていくお福⇔意固地になって残ろうとする宇都宮鎮房”って対比な感じでしょうか?

中央では・・・家康が聚楽邸を訪れていました。

kan5












北野天満宮で大茶会を行うそうな・・・
度肝を抜く茶会で、世の中天下泰平になったことを知らしめると言う。。。
そりゃあ、そうでしょう。
戦国乱世が終わったなんて・・・この時点ではやっぱり秀吉さまのお蔭なんだから。。。

九州にやって来た光と糸・・・。
久しぶりにみんなで家族団らんですが・・・
光と糸は、宇都宮を平定できていないことを知らないようで・・・。

9月・・・肥後で火の手が上がりました。
佐々成政の強行に、地侍達が一揆をおこしたのです。

kan3












肥後各地に反乱は広がって・・・秀吉は官兵衛と隆景を援軍として送り込んだのでした。
一揆がこれ以上広がらないように。。。

その間に留守を守っていた長政・・・宇都宮鎮房も一揆に立ち上がりました。
殿のいない間に・・・どうする???

慌ててはなりませぬ・・・!!という忠告も聞かずに・・・
鎮圧に向かいそうに。。。

kan4












「宇都宮との戦はせん!!!」
と、帰ってきて怒る官兵衛!!

「わしは落ち着けと言っておる・・・!!」

城井谷は守るに容易く攻めるに難しい城・・・
周りの地侍達をこちらに引き入れ・・・宇都宮を孤立させる作戦をとりたい官兵衛なのです。

長政は、城井谷の近くに陣を布きました。
はやる気持ちを抑えられない長政・・・!!

「城井谷の入り口は、開いたままでございます!!
兵はひとりもおりません・・・!!」
と、探りに行った兵士が・・・

本当に兵を解いたのか・・・??
長政は、好機とばかりに出陣してしまいました。

う~ん、本当は長政は官兵衛を尊敬しているのですよ。。。
お父さんに認めてもらおうと頑張っている訳ですが・・・どうも空回り・・・。

ほんと、黒田長政は、バカで浅はかなように書かれていますが。。。
いろいろ功績も残しているんですよね。。。
まだまだ若かったということで・・・今後を長い目で見てあげましょうね。

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明智光秀を討ち、秀吉は信長の後継者の位置に躍り出ました。
1582年6月27日・・・柴田勝家が清州会議を開きますが。。。
時すでに遅し。。。

清州会議を中座してきた秀吉。。。
あ~、ここがポイントだったと思うのに。。。
三法師の説明とで終わっちゃいました。
なんで???

ここ、すっごいポイントですよ・・・
なのに・・・もっと軍師らしく描いてほしいの。。。

信長の仇を討った羽柴秀吉、信長の重臣の柴田勝家、同じく丹羽長秀、信長の乳兄弟の池田恒興の4名です。
官兵衛がこの清州会議に案を出したという説もあり、秀吉が頑張ったという説もあり・・・はたまたすでに三法師に決まっていたという説もあり・・・。

わかりませんが、どうせフィクションも入った物語なんだから、ここで官兵衛をカッコよく書かずしてどうする???
この大河では、どうやって攻略したか??みたいなことは書いてくれないのね。。。

信孝に・・・”お市”との結婚を願ったと思われる節がありましたが、個人的には柴田勝家は信長の忠実な家臣と思うので、秀吉を快く思わない信孝から勝家に頼んだと思う方がしっくりいきます・・・どうでしょう??

「秀吉の好きにはさせん!!」by信孝。

も、秀吉は10月15日には、養子としていた信長の4男・羽柴秀勝を喪主に大々的に葬儀を強行します。

その頃・・・山崎宝寺城にある茶室で・・・
そう・・・この頃すでに・・・
「表向きの事は秀長に、内々の事は利休に相談する 様にせよ」
となっていたのかも知れませんね・・・。
それも早い・・・ 

あ~~
伊武官兵衛と岡田官兵衛が廊下ですれ違って話してる

kan1












そんな官兵衛が利休によって引き会わされたのが・・・
道糞・・・利休の弟子となった荒木村重でした。
怒りのあまりに席を立ってしまった官兵衛でした。


kan2












1583年新年を姫路で迎えた秀吉。
長政とお糸の婚儀が持ち上がり・・・。
なんと、糸が秀吉の養女になっての婚儀となりました。
なんとも秀吉のサプライズ、粋な計らいです。
豊臣体制を作る上で、とっても良いお話。
家臣が少なく、苦労をしていた秀吉が伺えますね。

そして官兵衛は・・・道糞と右近と会するのです。
そこで秀吉に天下を取らせ、乱世を終わらせることを心に決める官兵衛ですが、天下人には魔力あがるという
道糞。
そう、秀吉が変わっていくのを暗示しているかのようです。

「信長様は変わっていかれた・・・
 秀吉は織田家を乗っ取ろうとしているではないか・・・!!」by道糞。

「また・・・戦が始まる。。。
 秀吉さまが天下を取るためには、避けては通れぬ道だ。
 また・・・大勢の者が死ぬ。。。」by官兵衛

そんな1583年2月。
滝川一益討伐に向かう秀吉。
盟友・一益を救うために、兵を挙げた越前・北ノ庄の柴田勝家。。。
って、そう言えばこの時、前田利家は親代わりだった勝家につくか?秀吉につくか???
関ケ原の時の小早川秀秋よろしくそんなことをしたはずなのに、名前すら出てこないってどういうこと???
秀吉の親友なんですけど。。。

いえいえ、そんなこんなで始まった賤ヶ岳の戦い。

あっという間に落城・・・。
浅井三姉妹もすんなり回収~~~

もっと書きようあったでしょうに。。。

「官兵衛・・・すべてお主の言うようになった。。。」

kan3












って、何言ったのよ・・・!!
もっと戦略戦略!!
残念でならないわ~。
今回の大河は、本当に戦略のシーンがないの・・・。

こんなにあっさりと済んでいいものなの???
命を賭けた男たちの戦いを・・・

あ・・・先日観た「命ある限り戦え、そして生き抜くんだ」を思い出しました。
これは第2次世界大戦時、パラオにあるペリリュー島の戦いのお話ですが、このドラマも、悲惨な殺し合いの映画なのに、ラブストーリー織り込んで。。。
女性の票を獲得したいの???みたいな感じでした。
このペリリュー島の戦いでアメリカ軍の戦い方がガラッと変わります。
バンザイ突撃しない日本兵に対し、火炎放射器とナパーム弾で皆殺しにかかるのです。
これが硫黄島⇒沖縄⇒本土の焼夷弾⇒原爆投下と繋がるのですが、そんなところもすっとばし、かなり興ざめでした。

あ~、話がそれてしまいましたが・・・
このところの官兵衛もそんな感じがします。
清州会議なんて、2回分ぐらい使ってくれてもいいのに・・・

賤ヶ岳の戦いも、前田利家の苦悩なんかも描いてほしかったんですけど・・・

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天正7年(1579年)4月。

官兵衛が有岡城に幽閉されて・・・半年が過ぎました。
九郎右衛門が殿を助け出すための諜報活動実施中・・・
ガンバレ~~~!!

kan












牢の外で殿を励ます善助・・・!!
ここにいる牢番は良い人で、知りながら大目に見てくれていた・・・とも言われています。

村重にしてみれば・・・謀反を起こしたのに毛利は助けにも来ず、半年間もほったらかし・・・

kan2












精神的にもずいぶんまいっているようです。
疑心暗鬼から、誰が敵で誰が味方なのか???

おまけにだしは、官兵衛に食料を運んでいます。。。

だから疑心暗鬼なの???


自分の命を悟った半兵衛は・・・最後の戦いに出陣します。
その前に・・・松寿丸に軍配を渡します。。。

kan3












「この軍配を、官兵衛に・・・」

あ~、良いですね
少年マンガ的です。

が・・・こんなにサラッといいのか???
ま、半兵衛自身が、熱い・・・動というよりも、静って感じがするので、これでいいのか???
個人的には、もっとグッとくるものにしてほしかったんですけどね。。。

中川清秀、高山右近を寝返らせた信長・・・次の相手は宇喜多直家・・・
一筋縄ではいかない男です。
この男を寝返らせることができたなら・・・!!
と、野望を話す半兵衛でしたが・・・

36歳という若さで亡くなってしまいました。

「これからは・・・何事も官兵衛に御頼り下さい・・・
 面白うございました。。。天下を。。。」by半兵衛。

稀代の軍師・竹中半兵衛。。。あとを官兵衛に任せて。


あ~、感動してたんですけどね。。。
言っちゃって良かったんですか???
”天下を”って!!
それは官兵衛が言うからドラマとして成り立つのでは・・・??
半兵衛が言ったら、二番煎じになっちゃうじゃないの
ま、今まで官兵衛<半兵衛的な要素がたっぷりでしたが、これ言っちゃうと駄目でしょう・・・。


で・・・
宇喜多直家も、酒も女も進まないよう・・・

「八郎の元服まで持たんかもしれん。。。」

kan4












死期を悟り、子供のために信長に下るらしいですよ。。。
大魔王っぷりが良かったのですが、やはり人の子の親だったんですね。
本領安堵もしてほしいみたいよ。
って、血も流さずに、一番美味しいじゃん・・・!!


で・・・村重は、毛利輝元の”土産”を選んでいました。
土産は・・・茶器。
囲まれているのに船で尼崎城へ行くという。。。
あ・・・なんか思い出しました。
そう、慶喜もやってましたよ。同じようなこと。

ま、この人の場合、毛利と手を結んだので、直後に謀反を起こさなければいけなかったし・・・
つまり、振り上げたこぶしを何処に下ろしたらいいのかわからないまま、ここまで来たような感じがします。

そう、高山右近はキリスト教徒を人質にとられただけでも寝返る理由になるし・・・
そういう意味では村重に、悪い要素ばかりがへばりついてます。
ま、最後は人、急に成り上がってしまったので、譜代がいなかったことなんでしょうね。
あとは、一向宗かな?
だしは、池田勝正の娘や本願寺坊官の娘とも言われています。
このドラマでは、だしはキリスト教徒キリスト教徒していますが、やはり、家臣もだしの周りの人間も、石山本願寺の色が濃かったのでしょう。
ってことは、信長に負けたのではなくって、やっぱり本願寺が最強だったのかしら???

9月2日夜。。。
遂に、密かに城を抜け出して尼崎城へ・・・!!

「速やかに降伏を承知すれば城の者の命は助ける」という信長。

荒木久左衛門が殿(村重)の説得に向かいます。

「降伏はせぬ!!」

と、会いもせずに追い返してしまいました。

信長に負けない手立てを考えたとか・・・

「何があろうとも、生きて生きて生き抜いてやる・・・!!」

おまけに、久左衛門以下家臣たちは、殿が応じてくれないのでトンズラし始めました。

いよいよ有岡城に・・・織田の総攻めが始まります。

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赤子を預けて・・・
決心するだし。。。
そう、ここから有岡城・荒木一族の悲劇が・・・!!

混乱に乗じて助けに入る善助たち。

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「殿、殿・・・!!」

あ~、やっぱり人ね。
人が人を動かすのね。


村重のフォローになりますが・・・
村重の治めていた摂津では、一向宗を信じるものも少なくなく・・・高山右近を使って、キリシタンに改宗させることが、一向宗の一枚岩を砕く手立てと思っていたかもしれません。

家臣の中にも一向宗の者も少なくなく・・・
石山本願寺との戦いは、敵味方に分かれて一族や兄弟が戦う悲劇となっていたようです。

信長の敵は石山本願寺、信長の敵となった村重。
敵の敵は友。。。ということで・・・この時点で石山本願寺とも一緒に戦っていた可能性もあり。。。
村重一人の意見で、降伏は望めなかったのかもしれません


毛利にも見放され・・・毛利の説得に向かうために尼崎城に行ったものの・・・
毛利にたどり着くまでには播磨を通らなければなりません。
しかし、官兵衛にあんな仕打ちをしているので、先にも進めない。。。

にっちもさっちも行かなくなった哀れな村重が伺えます。

石山本願寺最強~


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天を想う生涯 キリシタン大名黒田官兵衛と高山右近

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遂に前回捕まっちゃった官兵衛ですが・・・

単身有岡城に乗り込んだ官兵衛は、荒木村重の説得に失敗し、消息が途絶えてしまいました。
姫路に戻った善助たち。。。
大殿の意向を仰ぎます。

「肝心なのは、この黒田の家を・・・姫路を守り抜くこと!!よいな!!」by職隆

天正6年11月信長は、摂津に入り村重討伐の陣を構えます。

官兵衛の消息が分からないことが問題となります。

kan












松寿丸はどうなる???

「お待ちください!!
 確かに松寿丸は小寺の人質として預かりました。
 されど今、松寿丸を殺せば姫路の黒田までもが村重と同心する恐れがありまする。
 これ以上、謀反の火種を増やしてはなりませぬ!!」by半兵衛。。

さすがの半兵衛です。そう、やっぱり軍師は半兵衛なのです。

そして信長は、松寿丸よりも村重の討伐を優先!!

で・・・”だし”は、自分が官兵衛に出した手紙のせいで、官兵衛が捕まってしまったと罪悪感です。
夫である村重に告白します。

う~ん、こんなんだったんでしょうか???
だしさんの資料もあんまりなくってよくわかんない


そして・・・村重は、御着の殿・小寺政職に官兵衛を殺したと知らせを送ります。
後は毛利の援軍を待つのみ!!

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「職隆が全てを知れば、怒るであろうな~・・・。」by政職

って、あなたがしたんですよ、どの口がそんなこと言ってんねん!!どの口が~~~!!
何考えてるんだろう?政職。。。
う~ん、どんなリアクションをとったらいいのやら。。。

村重は、またもや官兵衛を寝返らせようとしてますが・・・一向に乗る気配のない官兵衛。。。

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そして・・・この謀反に同心していたのはキリシタン大名・高山右近。
なので、バテレンを使って調略する信長。
というのも、信長は、石山本願寺とも戦っていたので・・・
出来れば村重陣営を切り崩したかったのです。

う~ん、みんな新しい世って言ってるけど、新しい世をどんなふうに描けるんだろう???

右近、信長につけば、キリシタンを庇護してくれるらしいよ
その判断は右近。。。もし、村重につけば、一向宗みたいに迫害にあっちゃう

その頃黒田家では、結束が・・・
というのも、家臣の中には御着の殿から言いつけられて来ている者も少なくなかったからです。
そして・・・帰りたいものは、御着に帰って行くのでした。その中には、後藤又兵衛の姿も・・・

で・・・

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右近は白装束で髻を切り・・・死を覚悟の上で信長の前へ・・・!!

「もはや私の進むべき道は、高槻の城を捨て、武士の身を捨て、ひとりのキリシタンとなる事しかありませぬ。
 もし、お許しいただけないのであれば、この場で御成敗ください・・・!!」

キンチョーな一瞬でしたが、許してくれる信長なのでした。
そして・・・キリシタンたちも救ってくれるのだそうだ。。。

って、真剣な場面なんですが、白装束で・・・ってところが伊達政宗がちらついて、頭に入んないわ~
伊達男が破天荒にやってほしかったんですが、右近の方が早かったんですか???白装束???

そして、右近の裏切りは村重のもとへ・・・。
って、ぐちゃぐちゃですね。。。

わかんにくいですが、信長さんたち王道と、黒田家は絶対です。

で・・・中川清秀も信長に下ります

有岡城下に忍び込んだ黒田家家臣たち。。。
時を同じくして官兵衛が牢を抜け出そうと画策中・・・。

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だしが、なんと夫の目を盗んで脱獄に協力してますよ。。。
こんなのアリ???
ちょっと信ぴょう性に欠けるんですけど。。。
っていうか、妻失格ではないの???


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「お前までもがワシを裏切るのか・・・!!」by村重

うんうん、ほんと、そう思う

でも・・・あなたもまたこの”だし”を裏切るのよ・・・

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暴れん坊なので、遂に土牢に入れられてしまった官兵衛・・・どうなる??

裏切り、裏切られる・・・そんな戦国時代にあって、官兵衛とだしはとっても甘い!!
そんなに甘くってどうするの???
って感じの今回のお話でした。


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