日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:鳥羽伏見の戦い

NHK英雄たちの選択 江戸無血開城の深層

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いよいよドキドキの江戸無血開城です!!

1868年4月、西郷吉之助率いる新政府軍は、鳥羽伏見の戦いで徳川慶喜を大将とする旧幕府軍を打ち破りました。
吉之助は家臣たちを残して逃げ出した慶喜を追い、5万の大軍と共に江戸へと向かいます。
江戸総攻撃の日は、3月15日と決まりました。

ということで、前回、幾島と再会した吉之助は、なんと篤姫に会いに大奥へ!!
これじゃあ、山岡鉄舟の説得も、勝海舟との会談も、必要なしよね??

don4















吉之助が懐かしいだとか、篤姫が「頭を下げねばならぬのは私の方じゃ・・・
 西郷、頼みを聞いてくれ。」
その頼みとは・・・??慶喜の助命嘆願ではなく・・・
「慶喜殿の首ひとつで、この戦を終わらせてくれ・・・!!」でした。

思考回路停止だよ・・・全く・・・。
長州征討に当たっては、当主に責任を負わせたら家臣が黙っていない!!ということで、家老の首3つで勘弁してもらったんです。
そして、白旗を揚げて当主の助命嘆願をした会津は許してもらえず、吉之助たちが松平容保の首を!!と言ったもんだから、あそこまで戦争になったわけです。
だって、松平容保は、会津戦争の頃はもう当主ではなかったし、戦争をしたくなかったのに・・・
つまり、殿の首ひとつで勘弁してほしいなんて、当時の人は言わないんです!!
慶喜の命は、家臣の命すべてよりきっと重かったはず・・・。
そんな赤穂浪士的な感じだったんですよ・・・それなのに・・・
徳川家存続をあんなに望んでいた篤姫の口からこんな事を言わせるなんて・・・最低だよ・・・。

実際の篤姫&和宮は、吉之助や新政府軍に手紙を書いて江戸を守るために頑張ります。
そこんところ、お忘れなく!!
実際に会うなんて、恐れ多い・・・!!
そして、この手紙に西郷は涙したとも・・・

自分も自害する覚悟だと頭を下げる篤姫。
嘘かくなよな・・・
「どうか・・・徳川家だけは救ってほしい・・・」by篤姫
って、その慶喜の首が徳川家なんだよ!!

don4














・・・それなのに、慶喜の首案件はあっさり却下!!
完膚なきまでに叩くんだそうだ!!

嘘ばっかりの内容に、もう・・・見たくなくなっちゃった・・・。

そんな聞き入れてくれない西郷に、「私も命をかけて戦うのみです!!」という篤姫ですが、どんなにして戦うのか??そんなこんなは全くしてくれません。
幾島のゲホゲホ血を吐くのも、必要ないわい!!
憐れみを誘ってんのか??と思っちゃう。
血を吐いても頑張るって”言うこと”が頑張るんじゃなくって、頑張っているところ・・・例えば、〇〇に文を書いたとかそういうのを見たいんだと!!

「よ・・・西郷どん!!」by海舟
なんの緊張感もなく会談が始まったの・・・??

don















西郷どんに江戸を戦で火の海にするのは止めてほしいとサラっという勝さん。
いや・・・勝さんも火の海にしても慶喜を守ろうとしたんじゃん・・・。
条件も、山岡鉄舟で根回し済みなんじゃないの??
スラスラと降伏条件を話し出す勝さん・・・
それって交渉じゃないよね・・・??
話の分かる勝さんで、慶喜の心も、吉之助の心も汲んだ話し方だわ・・・
この時点で勝海舟は緊張な感じで吉之助と対峙すると思っていたのに、どうしてこう負け犬な感じに仕上がっちゃったんだろ・・・??
もっと、交渉バトルしてほしいのに~~!!

「西郷どんが背負う新しい日本って何だい・・・??」by勝

なんて、フラットに聞く勝さんですが・・・
この時点で、西郷どんにはそんな新しい日本の構想なんてのはありませんよ・・・きっと。

「民を見捨てることは、おいはできもはん!!」by吉之助

と、前半、くどいほど民を思っていたことを、今頃思い出した西郷どんなのでした。
いや・・・民を救うためなら戦争しないからね・・・??

「わかりもした・・・明日の総攻撃は取りやめじゃ・・・!!」by吉之助

「ほんとにいいのかい・・・??」by勝

と、涙ぐむ勝海舟・・・。
西郷どんびいきの男・・・と、自ら西郷好き好き光線を発する勝海舟。
慶喜に会いに行けばいい・・・と、慶喜の首を狙っている男に言うという・・・最低の幕臣だ・・・。
今、自分が幕臣だから慶喜の命だけは・・・みたいなことを言ったのに、その舌の根も乾かないうちにそんなこと言う??
自分達のケンカは自分たちでけりをつけろと、サシで勝負しろって言い出しました。
まさに8933かヤンキーの様です。
泣くなよ~~~!!!
「江戸が焼けないで良かった。
 おかげで今年も上野の桜が見られる・・・。
 西郷どん、ありがとよ。
 こうなったら、上野におめえさんの銅像とやらでも建ててもらわねえと・・・!!」by勝

don3















はああ???なんじゃこの展開・・・!!??
銅像の未来予知・・・ありえへんわ・・・。
この一言、要る??蛇足ってもんでしょ??
で・・・これで終わり??無血開城!!??

こんな勝さん見たくない・・・。
本当に見たい勝さんはこちら

で・・・勝海舟の通り、慶喜に会う吉之助。
護衛もないのか??慶喜・・・??

don2
















この姿・・・もう心は決まっている格好ですが・・・。
「俺を殺しに来たんだろう・・・」と言い出します。
それ・・・死に装束ですよね??慶喜さん・・・??
で・・・早く殺せとか、なんだとか、おバカな話です。

どうして逃げたのか?と聞く吉之助に・・・「おれは・・・ロッシュ殿から逃げたのだ・・・」by慶喜

は??

フランス軍12万軍と、銃5万丁を援助するって言われたんだって・・・。
その代わり、勝利した暁には薩摩をよこせと言われたらしい。。。
薩摩からはイギリス軍も参戦し、日本の中でフランスとイギリスが戦って勝った方が乗っ取るから、乗っ取られないように逃げたのだと言い出しました。

あ~、さいですか・・・。

史実は、勝さんが手配して、イギリスに亡命でもする??って話でしたけど・・・??

吉之助は、慶喜が恐ろしかったらしい・・・
「ようやくわかりもした・・・徳川慶喜様ではなく、ヒー様こそがあなたなのでございもすな?」by吉之助

あ??何言っとんじゃ・・・言いたいことが全く理解できません。
おまけに、徳川に生まれたことが不幸だなんて恐れ多い事を言う始末・・・。
??ヒー様が本当の慶喜ってことは、品川宿で飲んで遊んでいるバカだってことを言いたいのか・・・??

「もう・・・よかでごわす
 徳川将軍としてのお覚悟、この牛男、しかと見せていただきもした。
 ヒー様、よくぞ逃げて日本をお守りいただきもした。」by吉之助

だから・・・何のこと??
”徳川将軍としての覚悟”って、どの部分??なんなの??全く解らないわ・・・
っていうか、脚本家先生の言いたいことが、こっちに全く伝わってこないのよ・・・。
ま、フランス精鋭部隊12万軍って言われた時点で「ウソこけ・・・」って思っちゃうから真実味全くなし!!

で・・・殺す、殺すって言ってた慶喜を殺さなかった西郷・・・
木戸が怒ってますが、当たり前でしょう。
史実ではイケイケどんどんの大久保ももう、戦争反対派だしな・・・。

江戸は江戸も徳川家も助かったと、勝と山岡に礼を言う慶喜。
「苦労を掛けたな・・・」by慶喜
「いや・・・一番苦労したのは私たちじゃござんせんよ・・・西郷です!!
 あの男がやってくれやした!!」by勝

やめて~~~!!

勝さん、そんなこと言わないよ・・・
で、何やったって言うんだよ、西郷吉之助!!
敵だろ??なに敵の事褒めてんねん!!天晴なこと、いつしたんだよ!!

1868年4月11日、江戸城明け渡しの日・・・。

城明け渡しでは・・・
またもや篤姫&幾島にあって・・・慶喜の命をとらなかったことを、「西郷さん・・・相変わらず本当に人がよろしいわ・・・」と、幾島に言わす・・・この展開・・・最悪。
「そなたが勝ったのです。そなたの決めたことには逆らえません。」by篤姫
いやいや・・・そんなこと言いません。
徳川の家を守ってくれたことに感謝する篤姫。

「西郷・・・礼を言います。」だって・・・。
徳川が260年かけた書物を差し出す篤姫。
こんだけしかないんか??と言いたくなるしょぼい量です。
西郷の作る国が見たくなった・・・と、ホンワカな3人ですが・・・こんな笑って応対できひんやろ・・・??

もう・・・なんでもええわ・・・。

どこにもいない西郷を、「先生、先生」と探すみんな・・・吉之助は・・・
二宮尊徳の書を胸に寝ていました。
あ・・・キンチョー感ないわ・・・。
で・・・放っていくなよ、みんな・・・。

こうして後の世に言う江戸無血開城は終わったのです。
う~ん・・・全く違うから江戸無血開城って言わないで・・・

しかし、新たな騒乱が起きようとしていました。
上野寛永寺には、彰義隊が・・・やりたくない戦いが始まりました。
って・・・やりたかったんだろ??新政府軍!!
え~!!
会津や米沢、庄内、仙台が徹底抗戦だって。
榎本武揚も軍艦で脱走!!
って・・・会津は、さっきも書いたけど、恭順の意を示してたんだよ・・・
でも、振り上げたこぶしを慶喜に振り下ろすつもりが慶喜が隠居しちゃったから会津に振り下ろしたかったんでしょ??
やりたかったのは、新政府軍の方じゃないの・・・!!
どうしてそうなるかな・・・!!??

そして、そして、いきなり大村益次郎登場。
いきなりだよ・・・「以後お見知りおきを・・・」って、そんないきなり出てきて戦略言い出しても説得力なし!!

「そうか・・・あの大村が出てきたか」by勝

この一言で、大物感を出すという作戦かっ??
「せっかく江戸で血を流させずに済んだってのによ・・・
 お前さん、これからも戦い続ける気かい??」by勝

なんで西郷と酒酌み交わしてんねん・・・??

「死んじゃいけねえよ・・・西郷どん、西郷どん、龍馬が言った新しい国を作ってくれ」by勝

・・・

きっと、勝さんはそんな人じゃない・・・。

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なんだか恐ろしい・・・今回の副題は、「慶喜の首」です。
慶喜の首には、どれだけの家臣の首がかかってるのか?と思うと、口にするのも恐ろしいわ~~!!

よくわかんないけど、歴史的には鳥羽伏見の戦いかな??

京の守りとして天子様に仕える新政府軍・・・
都を追われた旧幕府軍は、大坂城から御所に向けて進軍開始・・・。
1868年1月3日の鳥羽伏見の戦い!!

「こいでよか・・・」by吉之助

??何がこれでいいって言うんだ・・・。

兵力で勝る旧幕府軍に劣勢の新政府軍!!

「退くな~~!!退いてはいかん!!」by吉之助

と、前回の戦の鬼が続いているようです。

おゆうが作った偽の錦の御旗・・・これは史実かも知れんことをやっているからだけど・・・今できたの??
戦って傷つく兵士たちを見てショックの信吾!!
そこへ、錦の御旗登場!!

錦の御旗で形勢逆転!!と言っても、勢いづく吉之助ばっかり!!
普通、錦の御旗が出てくると、幕府軍が焦るシーンが絶対あるんですけどね・・・。
形勢逆転もわからんわ・・・。

戦いをやめさせようとして信吾撃たれる!!
首を押さえて・・・首を撃たれてたら即死なんじゃないの・・・??と、冷静に思ってしまうほど迫力なし!!

「信吾はんやおへんか・・・!!西郷さまの弟御です。助けておくれやす!!」byお虎

お虎はもういいよ・・・ゲンナリ・・・と思う反面、このキンチョーなシーンで、西郷どんの弟だから助けてほしいって・・・どうよ??
助からんとか、大事な人の弟だとか・・・私情満載な発言の中・・・私は知っている・・・。
信吾は第1話のOPに出ていたじゃない・・・。と。
ふ~ん・・・吉之助の弟だから助けるんだ・・・なんて思うとシラケちゃうわ・・・。

西郷どんは一応軍議中ですが、あんまり何を言っているのかもわからない・・・
と思っていたら、ケガしてる信吾のところに行ってやれなんて話・・・するか??武士が・・・!!
私情を挟むな!!と、戦いに突き進む西郷!!

やっと、錦の御旗でオロオロする慶喜登場!!
味方の兵を残して、僅か4日で大坂城を抜け出す慶喜・・・。
薩摩隼人たちはまたまたエイエイオー!!です。

しつこく信吾の元へ行け!!と言われるのを断って御所に向かう吉之助。
って・・・ほんと、信吾のところに行け行けって、話しに水差さないでよね・・・
それとも、信吾のところに行かないことが戦の鬼なの??
もっと、戦で鬼になってほしいわ・・・。

船で逃げている慶喜・・・その慶喜をバカにして狂ったように笑いだすフキ・・・。
「この船は・・・きっと沈みます!!
 罰が当たったんですよ・・・。
 慶喜さまにも、この私にも。
 もうすぐ海の藻屑とやら・・・ですね。

 天下の将軍様がこんな風に死んでいくのかと思ったら、なんだか可笑しくて・・・」byフキ

この後、何とか無事に江戸にたどり着きました。

う~ん・・・その場で成敗してやれよ・・・慶喜・・・。
江戸でも・・・ウナギを食べる慶喜・・・。
って・・・ウナギ必要か??

江戸にいることを勝つに怒られる慶喜。
その言葉が・・・
「まさか江戸前のウナギを食いたくて舞い戻ったと・・・。
 ウナギなんぞ、食ってる場合かい・・・!!」by勝

はい・・・この勝も、成敗でしょう。
幕臣の勝が、こんな言葉を使うなんて・・・ほんど・・・気になって身が入らないわ・・・。

「戦に負けたのも、徳川の名を血に貶めたのも、皆あんただ・・・!!
 あんたは、徳川の恥だよ・・・」by勝

勝は、最後まで慶喜を生かそうと頑張ったんだよ・・・
最後は江戸を火の海にしてまでも守ろうとしたのに・・・なんだよ、この演出・・・!!

「あなたは、西郷さまから逃げただけです。
 言っていたではありませんか。
 どこまで追ってくるんだって・・・。
 あなたは、西郷さまが恐ろしいから逃げたんです。
 謝ればいいではありませんか。
 あの方は、心根のお優しい方です。

 あなたが心から悔い改め謝れば、必ず許してくださいます!!」byフキ

??身の程知らずが~~~!!
慶喜、手打ちにしてください!!
普通はカッコいい言葉だから書き起こすんだけど・・・あまりにも開いた口が塞がらないアホな台詞に書き起こしちゃいました。
こんなこと、誰が言うか~~~!!
何で、下級武士に天下の将軍様が謝らんといかんねん!!
助けてくれた慶喜になんてこと言うねん・・・!!

だから・・・最初っからフキ・・・っていうか、お芳は新門辰五郎の娘のままで良かったんだよ・・・。
それなら、勝海舟と協力して逃げる算段のドラマができたのに~~~!!

「俺の前から失せやがれ!!」と、慶喜に言われ、
「いいんですね。私、本当に行っちゃいますよ!!」って・・・どれだけ自信過剰やねん!!
どこでも行けや~~~!!
と、その高飛車具合に、こっちが反吐が出るわ~~!!
おっと・・・下品で失礼・・・。
余りのひどさに我を忘れてしまいました。

やっぱり、当時の女性のリアルを書いてくれないとな・・・
こんな女いないわ・・・
と思っていたら、
「哀れだね・・・あんた・・・」by勝
??哀れって・・・フキに捨てられたことが??何が・・・??
取り乱してるところが・・・??
海舟・・・あんたも幕臣なら、敬語使いなさいよ~~~!!

信吾のいる治療場に、外国人がやってきました。
なんと医者だといいます。
「助けておくれやす!!お願いします!!」
と、優先的に信吾を手術。
この西洋の手術によって、多くの新政府軍の人々の命が救われたそうですが・・・
そんなこんな・・・本当はキンチョー感半端ないこの状況で必要か・・・??

なんと・・・京に医師を招き入れたのは、吉之助が信吾のために天子様に頼んだらしい・・・。
??なんだ・・・鬼になったんじゃなかったの??
公私混同も甚だしいな・・・。
こんな西郷・・・見たくないわ・・・。

多くの命を救いたい!!とか戦争始めたの自分じゃん・・・。
鬼が弟のためにそこまでしたとか・・・そんな話・・・ダメだろ・・・。
弟のためだからやっちゃダメなんじゃないの??って思う私は古いんだろうか??

関東を征伐する為に京を出発する西郷・・・って、征伐だって・・・悪モンなんだな・・・。
「西郷はん~~!!」と、信吾と一緒に来るお虎。
??歩けんの??信吾・・・そんな重症じゃないやんか・・・天子様にお願いするほどの・・・!!
って思っちゃったわ・・・。

でも・・・関東に行ったら、もう、所かまわず叫んだり、抱き着いたりするお虎は見なくって済むのね・・・良かった。

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慶喜は寛永寺で謹慎中。
そこへ一人でやってきた勝海舟・・・
「奴らはあんたのお首が欲しいんです!!」by勝
あちゃー・・・そんなこと、口にしていいんかい??

戦うべきだという勝に、このままでは日本は異国の物になってしまう!!と、戦うことを断念する慶喜。
ま、徳川を世界の笑いものにしたくないとかそれがなんだかはわからないけど、戦うべきだと言った勝に、もう戦わないと慶喜が言ったのは本当です。

「どんな沙汰でも甘んじて受けよう。」by慶喜

最後はカッコいいですね。慶喜!!
でも・・・よく考えたら、慶喜がフランスに薩摩を売り渡そうとしていたから戊辰戦争が始まったってことになってたんじゃないの??
それなら精神崩壊したフキのあやふや情報で、吉之助が兵を挙げたってことになるじゃないの??
こんなの・・・たくさんの人が死んでいるし・・・これからも死ぬのに本末転倒だ・・・。

慶喜にいきなり山岡鉄舟を引き合わせる勝・・・。
どこにいたんだよ・・・控えてるにせよ・・・。やっぱり「西郷どん」は、セキュリティーZEROなのですね・・・。
でも、私の大好きな藤本隆宏さんなので許す~~!!

一人で駿府に行く山岡・・・
ここら辺も、藤本さんの熱演も残念ながら一人で行けちゃうところがリアリティーなし!!
どうやって、どの信念で行ったのか・・・そこは書いてくれないのね・・・。

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交渉のために切腹しようとする山岡ですが・・・
「いまこの国で・・・酷い殺し合いをしている場合でしょうか?
 この命と引き換えに、我等が願い・・・天子様へお伝え願いとう存じます。」by山岡

「何故・・・あの慶喜公のためにそこまで・・・??」by吉之助って・・・馬鹿か??吉之助はバカなの??
将軍様だからだよ!!幕臣だったら守るだろ??
情に訴えて、情に絆され勝と会うことになった吉之助でした。

本当の交渉はこんなもんではありません。
もっと、現実的なものとなっています。
本当の交渉がどんなものだったのか??それはこちら「江戸城無血開城 勝海舟の知略」

お食事処でご飯を食べている嫌われ者の西郷たち・・・
磯田屋で女子たちと遊びたかったとか訳の分からんことをまた・・・と思っていたら・・・聞き覚えのある女性の声が・・・。
幾島でした。
Σ( ̄ロ ̄lll)ガーンお虎がいなくなったのに、新しい強敵登場!!
それにしても、この期に及んで女遊びをしたいんか??と、腹立たしい限りです。
女遊びは歴史には残せないけど、そこここでやってるじゃんよ~~~!!

幾島に導かれ・・・なんと、大奥に入ってしまう西郷どん。。

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そこには懐かしい天璋院がいました。

もう・・・江戸城無血開城されてるじゃん・・・!!

先日、「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」という映画を見ました。

内容は・・・花輪君家に何人かの子供たちがホームステイに来て、おじいちゃんと同じマルコという名前からまるちゃんに興味を持った少年がまる子の家に泊まるというお話しで・・・
おじいちゃんのマルコは亡くなったので、その思い出を探しに日本に来た・・・みたいな内容でした。
ちびまる子ちゃんということで、子供にもわかりやすい起承転結な作品となっていました。
お話しはすべて回収し、最後はどうなるか、わかりきっているのにクライマックスで泣いてしまいました。
よくできた作品でした。

歴史のお話も、見る側はどうなるか解っていてそれでも作品にする・・・それが、脚本家さんの腕の見せ所だと思います。
たくさんの人が死んできている「西郷どん」ですが、あまりにも内容が浅く・・・涙も出ません。

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西郷隆盛とは何者か1 西郷は実像以上に美化されている

川崎尚之助と八重―一途に生きた男の生涯

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いや~・・・題からしてもう悲劇に突き進んでおります・・・。

全ての責任を引き受けて自刃した神保修理・・・
そして・・・若くして戦死した三郎・・・

遠い京で起こっていたことは・・・江戸へ・・・そして会津へとやって来そうです。。。

鳥羽・伏見の戦場に錦の御旗が揚がり、朝敵となる事を恐れた慶喜は会津公・松平容保らを共にして・・・
江戸に逃れ、そのまま恭順を示すために謹慎しました。

慶喜の命により、2月16日、容保は僅かな供回りを連れ、ひっそりと江戸を去りました。
藩士たちを残して大坂を去ったことを恥じながら。。。

「わしはこれより国元に戻る・・・ 
 江戸引き上げのこと、よろしく頼みいる・・・」


京都守護職に就いて以来、5年ぶりの会津への帰国でした。
あんなに会津の帰りたかったのにね・・・
こんな形の帰国になるなんて・・・

江戸屋敷に仕えていた藩士たちも帰ってきました。
懐かしい人たちが帰ってきます。
そして、江戸に勉強に行っていた尚之助も・・・

しかし・・・帰国者の中に・・・
覚馬・三郎の姿はありませんでした。。。

「1月6日は・・・鳥羽伏見最後の戦いでした。
 三郎さんは、果敢に敵陣に向かっていき・・・銃弾を浴びて命を落とされました。
 ・・・最後は、大蔵殿が看取られました。。。」

でも・・・どうしてもそれを受け入れられない八重・・・
yae1












しかし、その軍服の腕には・・・八重が縫い付けた”南天”の刺繍が・・・

覚馬は???
「開戦の日・・・京で薩摩兵に捕えられました。
 御所の戦で負傷され・・・眼を患っておいでだったそうです。
 都から引き揚げてきた人の話では・・・四条河原で・・・処刑されたと・・・」

どうしても受け入れられない八重・・・

「討ち死には武士の本懐・・・
 未熟者だけどもお役に立ったならば・・・三郎は本望だべ。。。
 ・・・覚馬は・・・無念であったべ・・・。
 目を傷めたのが戦ゆえなら止むをえねえ・・・

 息子たちの最期・・・確かめてくれてありがとうごぜえました。。。
 両名とも山本家の男として恥ずるところはねえと存ずる・・・」


悲しみに包まれる山本家・・・

「仇は・・・私が討つ!!!」

東海道・・・東山道・・・北陸道・・・
新政府軍は、3方に分かれて東に進軍してきました。。。


その頃、容保は・・・そのまま家督を喜徳に譲り、御薬園で謹慎生活に入るのでした。
そして・・・修理の事を思うのでした。。。

覚馬は・・・薩摩に捕まっています。。。
目も不自由な上に、怪我もしているようで・・・
嘆願書を書くつもりのようです。。。

会津に戦軍が迫る中・・・

イケイケ佐川は戦うつもり、それは、今まで戦ってきた人々の・・・なくした命を想ってのこと・・・

”戦に敗れたままで・・・武士の一分が立ちましょうや”
武士の一分の為に・・・息子の汚名を晴らすために・・・神保内蔵助も恭順には反対でした。。。

が・・・容保は・・・

「皆の考え、よく分かった・・・
 わしの存念を述べる。
 会津はあくまで恭順を貫く!!
 元より朝廷に刃向う心はない!!
 ただし・・・攻めてくるなら、全藩をもってこれと戦う・・・!!!」

ひとり反対を唱える頼母!!!
しかし、軍制改革を行って・・・対抗するようです。
会津での戦いを決心した瞬間でした。

1868年3月10日・・・天明以来の長沼流軍学を捨て、軍制改革を行いました。
部隊は・・・年齢別に・・・玄武隊・青龍隊・朱雀隊・・・そして・・・白虎隊・・・
色々あわせて3000人の正規軍です。

都では・・・九条道孝を奥羽鎮撫総督に迎え・・・出陣しようとして来ていました。
降伏の条件は・・・容保の首のみ。。。

山本家では・・・若者たちが鉄砲の訓練をしています。。。
少年たちを・・・どうしても三郎に見えてしまう八重・・・
いきなり鉄砲を抱えて走り出しました。。。

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そこへ山川大蔵!!

「私が行けば良かっただなし!!!
 私の方が、つええんだから!!!」

尚之助と共に仇を討ちに行こうとする八重を止めるのでした。。。

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江戸には東征軍が続々と集結していました。
いよいよ江戸城総攻めという時・・・西郷の元へ現れた勝。。。


慶喜公は隠居の上、水戸で謹慎。
幕府に味方した諸侯に寛典を願う。
武器軍艦は一部を残して引き渡す・・・。

これを条件に無血開城に持って行こうとしています。

万国公法を持ち出して・・・説得する勝・・・。

よ~く考える西郷。。。
パカッって西郷の頭を割ってみないと分かりませんが・・・

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海外と対抗するために・・・
アヘン戦争の二の舞なんかにならないためにも、本当は江戸が火の海になるのも困る西郷さんだったことは間違いないと思うのです。
そんなときの勝の無血開城の懇願は、渡に船だったんじゃないかなあ・・・

西郷さん、太っ腹見せた・・・みたいな感じになってますけど

「さて・・・そげんなれば・・・
 振り上げたこぶしをどげん下すかじゃな。。。」

そう、いったん走り出したらなかなか止まれない・・・。

新政府軍も、会津も・・・
会津では、尚之助、大蔵が中心となって。。。調練しています。


そして・・・覚馬の嘆願書を見た西郷は・・・
覚馬の処刑の中止を言い渡します・・・

万国公法にのっとって・・・恭順をするものは討たない!!

それが国際法なんだけれども・・・

新政府軍も集結し・・・会津側も集結し・・・
まさに戦わなければいけない方向に向いて行くのでした。。。

この回で・・・いよいよ玄武隊・・・以下が結成されてしまいました。
いよいよ会津を・・・磐梯山を背に戦いが始まろうとしています。

西郷たちは、カッコよく余裕綽綽に見えていますが、実際のところ下級武士。。。
この戦を勝たないと死ぬわけで・・・それだけ必死だったということが根底にあります。

だからこそ、新政府をつくるにあたってお金のかかること・・・はしたくないし・・・
街づくりなんかは江戸に・・・東京にスッポリ入りたいわけです。。。

色んな人を・・・不満を巻き込んで大きくなる新政府軍。。。
もう誰にも止められません。。。
会津と戦うまでは・・・

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1861年、幕末の日本で史上最大規模のロイヤルウェディングが行われました。
天皇の妹・和宮と14代将軍徳川家茂との結婚。和宮の降嫁です。

皇女が徳川家に嫁ぐのは、前代未聞のことでした。

kazunomiya.png

京からの花嫁行列はおよそ3万人。
かかった費用は900万両、当時の幕府の予算の2年分と言われています。

なぜこれほどまでに大事になったのでしょう?

前途多難な結婚でしたが・・・。
どうして降嫁したのでしょうか???

降嫁とは、皇族の娘が臣下に嫁ぐという意味です。
宮家からは・・・
8代将軍・吉宗の正室は、理子。
12代将軍・家慶の正室は、喬子。

しかし、皇女が関東の東夷(野蛮人)に嫁ぐ・・・ありえない・・・前代未聞のことでした。

みんなが諸手を挙げて喜んだわけではありませんでした。

1860年8月、結婚が決まりました。
日本列島が、一気に動き出しました。
和宮の花嫁行列は、中山道を通って、江戸へ向かうことになりました。

準備に取り掛かる街道筋・・・
周辺の宿場町では・・・
赤坂宿では、町全体で家屋を新しくしました。
257の家屋や空き地を調べています。
空き地や古い家屋は見苦しい・・・と、建て替えられたのです。
お嫁入り普請です。

馬籠宿では・・・道路工事が。
畳石に取り掛かり、石垣を二尺引込め道幅を二間に・・・
街中の道路を造り替えました。
このようなことが、中山道すべてで行われていたのです。

ちなみに、和宮とは別の婚礼道具は美濃路、東海道を通って運ばれました。
長さ9m、幅3m、重さ1tの巨大な婚礼道具を70~80人で運びました。
小さな橋は、欄干を外したり、取り替えたり・・・
小さな門は取り壊したり・・・
埃がたたないように石や砂利を敷いたり・・・
通るところはすべてインフラ整備をし・・・
広大な地域を巻き込んだ一大イベントとなりました。

1861年10月20日和宮一行は、京都を出発します。

でも、どうして中山道なのでしょう???
中山道は、東海道に比べて5分の1の交通量です。

kouka.png

槍を持った人、剣を持った人、伊賀衆30人・・・厳重な警戒のもとに、そんなに混んでいない道を選んだようです。
鉄砲や槍を持ち、戦に出かけるような行列だったそうです。

女官や役人も含めて5000人から7000人、これらの人を江戸に送るために、人足や馬をたくさん出しています。
全行程でかかわった人の数は、総勢70万人。
まさに、史上最大のロイヤルウエディングでした。


どうして、このような国を挙げての大行事となったのでしょうか???
そこには、幕府の権威の失墜がありました。
幕末になると・・・幕府の力が落ちてきて・・・朝廷の力がついてきていたのです。
対外的な国難に立ち向かうためには、公武合体が必要だったのです。

桜田門外の変で、“幕府の権威の失墜”にとどめを刺された幕府は、どうしても和宮が欲しかったのです。

1年半前の1860年4月に、和宮降嫁を要請します。
和宮は、外国人のいる江戸を嫌がっていました。

しかも、有栖川宮熾仁親王という婚約者がいたのです。
兄の孝明天皇は、要請を繰り返し断っていましたが・・・幕府も必死に食い下がります。

そして・・・
丙午に生まれた女は災いをもたらす・・・と、有栖川宮家に吹き込んで、破談にしてしまいました。

再度降嫁を要請します。
近臣の岩倉具視は・・・
「外圧に晒された皇国の危機を救うには、朝廷権威を回復し、国是を確立させる必要がございます。」
と、朝権の回復を訴えます。
「和宮の身は極めて重いものです。
 通商条約を破棄するよう命じ、幕府がそれを約束するというならば、和宮を説得してはいかがでしょう。」

天皇は、ついに決断します。
「幕府が蛮夷を拒絶するなら和宮を諭そう」
通商条約の破棄と、攘夷を求めました。

幕府の返答は・・・
「7,8年ないし10年以内に条約を廃棄する。」

これが、孝明天皇にとっては重要なことでした。
このことが実現するならば・・・と、政略結婚に進んでいきます。

そして、天皇の決定的な言葉・・・
「降嫁が実現しなければ、朕は譲位する。」
この一言で、和宮はついに決心しました。

和宮は降嫁とともに、5つの条件を出しました。
江戸城に入った後も、身の回りは万事御所風を守ること。
江戸城での生活になじむまで、御所の女官をおそばにつけること。
などです。

これに、孝明天皇が足したのが・・・
和宮が出した5か条を遵守すること。
蛮夷拒絶の方策は、今後老中が後退しても決して変えないこと。

これを幕府に示したのです。
孝明天皇は、今までの無知な天皇とは全く違う天皇だったのです。
16歳の少女が嫌がった・・・
このことが、攘夷の期限を切ることが出来た。
これが、幕府の最期を決定づけさせたのです。


京都から出発・・・

この時に詠んだのが
「住みなれし 都路出て けふいく日 
        いそぐもつらき 東路の旅」

「落ちていく 身と知りながら もみじ葉の
        人なつかしく こがれこそすれ」

しかし、日本中は、興味津々・・・

万歳・万歳です。
行列を見る為のガイドブックまでありました。
出版されたのは、10カ月も前のことでした。

一方で、風刺画も・・・
「和宮降嫁は狐の嫁入り」
朝廷と幕府の化かしあいだというのです。


公武合体を日本人全員に目に見えるような形で示す・・・
大行列は・・・その効果は絶大でした。


1961年11月15日、江戸城へ・・・。京都を出発して25日経っていました。

閉塞状態だった幕末、明るい話はとっても歓迎されました。

1862年2月11日和宮と家茂結婚。二人は17歳でした。
幸せ、ラブラブな二人・・・しかし、この結婚が、幕府を窮地に陥らせます。

5月15日、孝明天皇は“条約破棄”を改めて求めます。
「もし10年以内にことを起こさないならば、自分が最高司令官となって戦う!!」その言葉が、朝廷内の反幕府勢力の原動力となってしまうのです。

京都では、過激な攘夷派の天誅が横行します。
公武合体派の人びとが暗殺されるという異常な状況になってきました。

孝明天皇と家茂の仲をとりもつ和宮。
家茂は上洛します。この将軍上洛は、3代・家光以来240年ぶりのことでした。

幕府としては、戦うのは幕府、その期日は言わないという考えでした。
しかし、朝廷は譲位期限を決めたい!!

1863年4月20日、家茂はこともあろうに譲位期限を5月20日と決定してしまいます。
7~8年ないしは10年を・・・です。
20日後になってしまいました。

家茂は諸藩に命じます。
「海岸防衛を慎重にし、外国が襲来した場合には掃攘せよ」と。

1863年5月10日、長州藩が実際にアメリカ商船を爆破、戦争へと発展します。
翌年、4か国が下関を砲撃し、長州藩は負けてしまいます。


しかし・・・必死に攘夷を迫る和宮・・・そこには、民衆の為という純粋な思いがありました。
天下泰平の道に進めるように・・・

しかし、その役割は突然終わりを告げます。
1865年9月、4か国の連合艦隊が直接朝廷に通商条約の勅許を求めてやってきました。
のど元の大坂湾へやってきます。

勅許せざるを得なくなった孝明天皇・・・それも、なんの断りもなく・・・言葉にできない驚愕でした。
この勅許によって降嫁の意味がなくなってしまった和宮。。。
おまけに、家茂は21歳で急死。。。
孝明天皇までも崩御。。。

和宮は帰京を求める手紙を出しています。
「異人が丸の内まで徘徊するようになりました。
 使命が果たせなかったので帰京したい。」と。


夫と兄を亡くした和宮は・・・新しい役割を担うこととなります。

1867年10月14日、新しい将軍・慶喜のもとで・・・大政奉還。
政権を朝廷へ返照します。

1868年1月鳥羽伏見の戦い勃発。
薩摩、長州の反幕府軍が官軍となって・・・賊軍となった幕府に襲いかかります。

和宮は、徳川の家名の存続を嘆願します。
自らの命を懸けた嘆願・・・1868年3月15日の江戸城無血開城・・・徳川存続へと繋げていきますが・・・。

徹底抗戦を望む幕府軍の人に・・・
「神君以来の御家名が立つことを心がけ、謹慎を守ることが徳川家代々に対する真の忠義です。」
と、強い思いを持っていました。

旧幕府軍がたてば、江戸っ子たちは幕府側につく・・・
内乱状態になることを避けようとして、火の手をあげさせない!!
そういう強い思いがあったようです。

その後和宮は、徳川家とも天皇家とも親交を深めながら過ごします。
明治8年歌会始で・・・

「玉敷の みやこもひなも へたてなき
       年を迎ふる 御代のゆたけさ」

それから2年後、明治10年(1877年)9月2日、脚気が悪化して亡くなります。享年32歳でした。


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