人狼は実在したのか??
ヨーロッパ各地の人狼事件・・・生々しい証言が残っています。
変身の仕業は悪魔の仕業??人類は勝てるのか??
その結末は、人間同士の殺し合いでした。
人狼は本当に人類の敵なのか??
野生と文明は共存できるのか??

村人の中に潜んだ狼男を探し出す人狼ゲーム・・・
人狼は、普段は人間の姿をしているのに、狼の本性を見せると人を食い殺します。
と・・・実際の記録に基づいています。

人間が獣に変わる・・・満月の夜、その半人半獣の怪物は、恐ろしい力で人をなぎ倒し、貪り食う・・・
人から狼へ、そして、狼から人へ・・・己の姿を自由に変える怪物!!
それが人狼です。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

会話型心理ゲーム 人狼DX
価格:1699円(税込、送料別) (2022/3/31時点)



人狼の呼び方は、英語ではwerewolf、フランス語ではloup-garou、ドイツ語ではlycanthropeなど様々・・・
それほど、各地の伝承に根付いていることが伺えます。
16世紀のドイツの人狼事件を伝えるビラは、ヨーロッパでもっとも有名な人狼事件の顛末です。

二本足で立ち、子供の頭に食らいつく狼・・・
事件のあらましには
「俺はオオカミの一族に変身した
 魔法を使い、神をものともしなかった
 13人の子供を狼の姿で引き裂いた」
人狼は本当にいたのか??

ドイツ西部、ライン川に面した都市・ケルン・・・
古より大勢の人が行き交った交通の要衝です。
壮麗な世界遺産ケルン大聖堂・・・この町は、キリスト教・カトリックの重要拠点として栄えました。
そこから北西30キロほどに、ビラに描かれた人狼事件の舞台となった町があります。
ベットブルク・・・16世紀、この小さな町で起きた衝撃的な事件は、ケルンを通る旅人たちによって、ヨーロッパ各地に知れ渡りました。
500キロも離れたイギリス・ロンドンでも事件の詳細が英語版で出版されるほど、人狼のイメージを決定づけた事件です。
その序文には

”もっとも邪悪な魔術師で、25年もの間狼の姿で多くの人を殺し、貪り食った男の地獄に落ちるべき生と死を明らかにする”

人狼事件が発覚したのは、1589年。
当時のベットブルクは人口3000人ほどの小さな町でした。
人びとは、城壁の外で、農業や牧畜を行っていました。
そこでは25年間、奇妙なことが続いていました。

外で遊んでいる子が消えた・・・

子供を探し、森に入った人々が見つけたのは・・・
住民は、子供の腕や足があちこちに散らばっているのを見つけ、非常に悲しみ怒りに震えた

犠牲となったのは子供ばかりではありません。
森の中を行く3人の大人が・・・誰かの呼ぶ声が・・・そちらに向かうと、帰ってこない・・・
何かあったのかもう一人・・・やはり帰ってこない・・・
男2人はズタズタの死体で発見、女性の体は見つかりませんでした。
狼や獣はこんな殺し方をしない・・・犯人は人間が変身し、狼の姿になる怪物・・・人狼だ!!
16世紀、人狼はドイツだけでなく、スイスやフランスでも噂されていました。
人の姿で町や村で暮らし、狙う相手が好きを見せるや、野獣に化けて食い漁る・・・!!
狼の残虐さと、人間の知恵を併せ持つ殺人鬼!!
それが人狼なのです。

当時、被害者が家畜小屋や家の中、つまり、狼が普通来るはずのない場所で発見されることがありました。
また、狼は通常、群れで獲物を狩りますが、現場の痕跡から襲ったのが1匹の場合、人狼の仕業だと考えられたのです。

ある日、ベットブルクの人々は反撃に出ます。
優秀な猟犬を使い、森の中で人狼を捜索しました。

狼・・・??
慎重に包囲の輪を狭める村人たち・・・遂に追い詰めます。
しかし、そこにいたのは、ひとりの男・・・昔からの住人で、農夫のペーター・シュトゥーペでした。
待ちへ帰る途中、偶然居合わせただけだという・・・
連行されたペーターは、城塞として建てられた建物に閉じ込められました。
そこで行われたのは、厳しい拷問・・・ペーターは自白します。

「俺は人狼だ!!」

自白によると、変身するときに使うのはベルト・・・ペーターを悪い魔術師だと見込んだ悪魔から受け取ったという・・・。
悪魔に与えられたベルトを巻くと、彼は日の焼き印のように輝く目と、大きな口に鋭く残酷な歯、そして、巨大な体と力強い足を持つ狼へと変身!!
ベルトを外すや、今度はごく普通の人間の姿で現れる
そうすることで、血なまぐさい殺人者だと知れずに生きてきたのだ

ペーターの犠牲者は彼の息子を含め子供が13人。
さらに、妊婦やその胎児、そして家畜までも殺し貪り食ったといいます。

1589年10月31日・・・ペーター・シュトゥーペ処刑

その方法は、人狼への憎しみが込められ、見せしめとしても有効な、残虐な刑罰をいくつも重ねるというものでした。
こうして、ヨーロッパ全域に衝撃を与えたベットブルクの人狼事件は幕を閉じました。
しかし、そこには数多くの謎が残っています。



この事件は、記録が少なく、裁判が行われたかどうかさえ分かりません。
そもそもペーターが突然、容疑をかけられたこと自体奇妙です。
彼は農夫で羊飼い、当時の社会の端っこの人間でした。
風変りですが、悪いうわさもなかったようです。
これは、無実の者に対する死刑執行ではなかったのか??
当時、よくあることですが、貴族の個人的な理由で殺人が起きた時に、これを止められない政治権力への不満をそらすために、身代わりになる人間を犠牲にして処刑することを思いついた・・・そんな可能性もあるのです。

当時、ケルン戦争で、傭兵がウロウロしていたり、戦乱を逃れて狼が人里に来ていたかもしれません。
そんな状況で、ペーターのような事件が起きたことは確かです。
ペーターが課された車裂き刑は、きわめて残酷な刑・・・悪質な殺人事件などに適用されました。
前近代の刑罰は、見世物、演劇的な要素がありました。
多くの慣習を集めて、見世物にして、君主や当局者の権力を人々に示すという側面もあったのです。

当時の人たちは、狼そのものに変身するという認識だったのでしょうか?
半分狼で半分人間のようなイメージに全く接触がなかったとはいえません。
しかし、実際に犯行を侵した狼男の現場を見たことはありません。

どうしてこの事件が注目されたのか??
この時代は、印刷術が発達した時代でした。
かなりショッキングなビラが出回って、人々を恐怖のどん底に叩き込んだのです。
そしてもうひとつは、この時代が狼に変身することを許容する精神的な前提がありました。
互いにカトリック側が、プロテスタントの聖職者や信者を「あいつはオオカミだ」と批判したり、カトリック批判、プロテスタント批判と絡めながら、メディアで大々的に宣伝されていた時代でした。

2019年、インドネシア・・・スラウェシ島にある洞窟壁画をめぐり驚きの発表がありました。
4万4000年前の古代人の狩猟の絵・・・大きな動物を狩る人たちの姿が・・・嘴や尻尾を持つ半身半獣だというのです。
人は文明発祥の頃から、動物の格好をした人間や神をイメージしてきました。
人が狼に姿を変えるイメージも、古代ヨーロッパで広がった変身物語の一つです。
紀元前、狼はヨーロッパ全土に分布、一方、人間の数は今の1/20以下・・・3000万人程度でした。
広大な自然の中で、狼と人は共存していました。

ヨーロッパ南部・地中海・・・古代ギリシャローマの神話で有名なのは、狼の姿に変えられた王・リュカーオーンの物語です。
ギリシャ南部・アルカディアの王リュカーオーンのもとを、神・ゼウスが訪れます。
リュカーオーンは、ゼウスを試そうと人を殺し、その肉を混ぜた料理をゼウスに出したところ・・・
この中身を見抜いたゼウスは激怒、雷を落とし、リュカーオーンを狼の姿に変え、永遠に放浪する罰を与えました。

一方、8世紀から11世紀の北ヨーロッパ・・・海の世界を席巻したバイキング。
もとは狩猟によって生業を建て、時に、沿岸の村を襲撃、略奪を行ってきました。
彼等は、戦争の神オーディーンを崇拝し、オーディーンに仕えるオオカミを神の眷属として崇めていました。
そうした獣の神通力を身に着けようと、狼の毛皮をまとった戦士たち・・・!!
彼等はこう呼ばれました。
狂戦士ベルセルク!!またの名をバーサーカー!!
幻覚作用があるキノコなどを食べ、人の理性を失い、獣になりきることで、超人的な強さを発揮しました。
このベルセルクが人狼のルーツと言われています。
しかし・・・痛みや恐怖に無感覚で、狂ったような戦い方が、何を意味するのか??
完全にはわかっていません。
ベルセルクは、獣というよりあくまで人間の戦士の一属性かもしれません。
人狼伝説が、いつ、どこで生まれたのか、明言できないのです。



人狼が、人と狼の間で変身・・・はっきりと姿を現すのは12世紀前後です。
西ヨーロッパ各地に伝わる不思議な出来事を集めた本「皇帝の閑暇」の中に、人狼が記録されています。

オーベルニュ地方の武勇に優れた騎士が放浪者となり、精神に異常をきたして狼に変身してしまいましたが、木こりに片足を切り落とされ、人間に戻ったそうです

リュック城近くのある住人は、新月のたびに砂の上を全裸でゴロゴロ転がると、狼の姿かたちとどう猛さを身にまとうそうです

人狼がはっきりと語られだす12世紀・・・ヨーロッパでは気候が変動し、温暖な時代が訪れます。
農業技術の発展も重なり、生産量が増大します。
食糧事情が良くなることで、人口も5000万人程度に急増・・・
人びとは、新たな居住地を求め、ヨーロッパの森を次々と伐採。
開拓した地域に広がっていきました。
こうして人は、自然界との境界を踏み越え、狼の領域に進出します。
両者の距離が縮まった結果、人と狼を行き来する人狼伝説が出来たと考えられるのです。
そして人狼は、意外な姿で文学の題材にも取り上げられていきます。

有名なのが、12世紀後半マリー・ド・フランスが書いた物語「ビスクラヴレット」です。
フランス・ブルターニュ地方に王様に忠実な美しく立派な貴公子がいました。
彼には美しい妻にも話せない秘密がありました。
夜・・・週のうち3日、家を抜け出すと、森に向かいます。
そして古い礼拝堂で服を脱ぎ、裸になると・・・狼に変身するのです。
これを知った妻はショックを受け、愛人の騎士と共謀し、狼となった夫の服を隠してしまいます。
狼から人間に戻れなくなった貴公子・・・彼は、放浪の末、狼の姿のまま元の王様の忠実なしもべとなります。
裏切った妻への復讐のチャンスを待つ・・・
という物語です。

ここでの人狼は、人間に対する残虐な敵ではありません。
理性と倫理観、狼の逞しさを兼ね備える、人と自然の長所が共存しています。
この頃は、人間が森だけでなく、活動範囲をどんどん広げた時代です。
道も造られ、河川輸送も改善されたことで、各地域の異なる物語が互いに語られ、混ざっていきました。
その為、人狼のイメージは、人と狼の相反する性質までもが混ざり合っていったということをしっかりととらえることが大切です。
人狼は、必ずしも人食い野獣ではありませんし、変身に複雑な事情があるかもしれません。
様々な人狼の描写は、理屈抜きでそこにあり、人と共存していたのです。

12~13世紀・・・この時代の人狼の特徴は・・・??
自然を人間が開拓して利用するのが進んでいきました。
森も切り開かれるので、狼にとっては迷惑です。
人間と獣たちが触れ合う機会も増えます。
人間の社会と、その外部というのは、完全に切り離された世界ではなく、一部では交流する世界となっていきます。
その人間界と自然界の浸透膜を通る存在として人狼があったと考えられます。
服を脱ぐと狼になり、服を切ると人間に戻る
川を泳いで川岸にわたると狼になる
こういった一連の儀式は、非常に綿密に書かれています。
12~13世紀という時代が、まだ自然を客観視して征服して物のように利用できない・・・
しかし、かつてのように神秘的で聖なる世界でもなくなった・・・その過渡期にある時代に、文化と自然を行き来するその関係をうまく打ち立てるためには、念入りな儀式を経ないとできないことを象徴しているのです。



人狼はもともと人間の天敵ではない・・・
それは、狼や自然に対する恐れや尊敬がそのまま人狼のイメージに投影されてきました。
ところが、ある時期を境に人狼が急に人を食らうようになり、人は人狼を駆逐するようになります。
人狼に変化をもたらしたのは、神と人間の敵・・・その名は、悪魔です。

その衝撃的な事件が起きたのは16世紀・・・1521年、フランス・ブザンソン。
羊飼いのピエール・ブルゴが自らの罪を問われた裁判でこう告白します。

「私は悪魔の力で人狼になり、少女たちの肉を貪り食いました」

ピエールは、悪魔を崇拝する集会で、悪魔に仕える契約を結んだのです。
そして、悪魔から軟膏をもらって体に塗ると、狼に変身し、少女を餌食としたのです。
かつて12~13世紀は、人と自然の境界を行き来していた人狼が、今度は悪魔の使いとして人を襲い始めたのです。
一体、この300年の間に何が起きたのでしょうか?

14世紀・・・ヨーロッパは地獄の時代を迎えます。
小氷期と呼ばれる異常気象・・・寒冷化による深刻な飢饉、ペストの大流行、相次ぐ戦争で、人が住む町や村もそして、狼が住む森も焼かれました。
多くの死体が打ち捨てられ、それを住処を奪われた狼が貪り食い、人間の味を覚えたといいます。

15世紀・・・1400年代前半のパリ・・・恐怖の事件が・・・

突然オオカミが現れ、4人の女性の首にかみつき殺した
金曜日には、17人を仮の周辺で襲い、そのうちの11人は死亡した
血に飢えた狼の群れがパリの町に侵入・・・市民を食い殺したのです。

人と狼の境界線が崩れ去り、もはや狼は排除する敵となりました。
15世紀の木版画には、狼の姿をした人物が書かれていますが、人狼ではありません。
飢餓や戦争で済む場所を失った放浪者・・・
こうした放浪者は、街の人にとって境界を踏み越えてくる不安の原因でした。
そうした弱者を狼と見立て、排除しようとしたのです。
そして・・・人狼も、常に人間を襲い天敵と見なされるようになったのです。

当時、ヨーロッパは、社会不安から疑心暗鬼に陥り、魔女狩りの嵐が吹き荒れていました。
その風潮の中、残虐な殺人事件が起きると、悪魔と契約した人狼のせいと見なされ、疑われた人物が逮捕されました。
そして、厳しい拷問ののち、人狼だと自白を迫られ、火あぶりをはじめ、残酷な方法で処刑されたのです。

人狼裁判の興味深い点は、魔女裁判のように広い範囲に広がることはなかった点です。
1カ所で起きると、波のように次々伝わりますが、地域的に限定されているのです。
明らかに、その地域に狼による被害が起きたとき、真矢は、その地域の自然界に問題が生じたときに人狼裁判は急激に増えたのです。

16世紀、魔女狩りを推進するキリスト教関係者の間で、議論が起きます。

”人狼を変身させる能力は、神のみに可能なことであって、悪魔にできることではない”

つまり、人間の肉体を変化させることは、万物の造物主・神のみにできること・・・。
人狼は、悪魔が人間に見させている幻覚に過ぎないという・・・
これに対し、フランスの法学者ジャン・ボダンは、1580年「魔術師の悪魔憑き妄想」で、驚きの説を発表します。

”返信は、悪魔の力により肉体的、実体的に起きる
 よって人狼は実在する”

しかし、変身は悪魔には不可能では・・・??

”人間には、桜の木にバラを咲かせて、鉄を鋼に変え、千種類にも及ぶ人口石を作る力がある
 ならば、悪魔が一つの体を別の体に変身させる行為をなぜ不思議だと思わなくてはならないのか?”

人間が品種改良をして姿かたちを変え、金属を鍛造し、ガラスなどを加工し、人口の石を作り出せるなら、悪魔にも人狼に変身させることができるというのです。
皮肉にも、自然を作り替える人間の技術の発達が、恐怖の人狼の実在の大きな根拠となったのです。



12~13世紀には、自然の驚異、超自然現象が神による奇跡でもなければ悪魔による魔術でもなく、自然の驚異現象、不可思議だと教会からも大目に見られていました。
中世の末になってくると、そんな曖昧なものは協会が許さなくなり、悪魔によるものとされました。
実体として存在するものに・・・悪魔の手下、悪魔がのり移った怪物に・・・。

失業者などが出てくると、経済的な中心である都市に入ってくる・・・
伝統的なキリスト教的な道徳・・・貧しい人はみんなで保護しよう、施しをしようという考えでは賄いきれなくなってきました。
よそから入ってきた放浪者や貧民を排除していく・・・
共同体のよそ者の存在を、狼の姿になぞらえて、積極的に排除していったのです。
放浪者、魔女、犯罪人・・・こういったものは共通してメランコリーに侵された体の中から異常である者たちととらえられていました。
人狼もその仲間だと考えられるようになったのです。

人狼実在、日実在論争・・・
元々カトリックの神学者たちは、古代末期から人間の動物への変身は幻覚に過ぎない、その幻覚は、神が悪魔にそのような幻覚を人間にもたらすことを許可した・・・したがって現実の変身はありえないことでした。
変身したと思っているような人は、実は夢を見ながら寝ているだけだと考えていました。
これがもし、変身が本当に起きるとなると、悪魔が人狼を新たに作ったことになります。
創造主である神の全能の力・・・権力が揺らいでしまいます。
当時の教会にとって、とても許せない考え方でした。

人狼の位置づけはどう変わってきたのでしょうか?
自分とは違う存在を、他者として境界線を引いて・・・境界線を引くだけではなく、それを支配しようとする
そんな中で、人間ならざる者の力によって変えられるものから、劣った存在でアロ、支配して処罰しなきゃいけない・・・そんな存在へと変わっていきました。

人狼の変身は、悪魔の仕業とすることで、魔女狩りの中へ組み込まれた人狼狩り。
しかし、時代の狂乱に対して、その理不尽さを指摘する動きが高まります。
天文学、数学、物理学など、自然科学の発展から生まれた世界を合理的に見ようとする啓蒙主義です。

これによって、宗教的な思い込みや迷信は次第に薄れ、人狼が実在するという恐怖も消えていきました。
時を同じく、ヨーロッパでは人口が増加し、居住地や農地を開拓、森林破壊が一層進みます。
組織的な狼駆除も盛んになって、狼はヨーロッパから急速に姿を消していきました。
ところが人狼は、意外な場所で復活します。

それは、既に狼が絶滅していたイギリス・・・。
19世紀前半、産業革命で森林破壊に拍車がかかり、人々が失われた自然を懐かしみ始めた時代・・・。
人狼は、文学の中でよみがえります。

そんな人狼文学の一つが、1839年イギリスの作家フレデリック・マリアット「幽霊船」第39章「ハルツ山の人狼」でした。
ドイツ北部・・・精霊が住むと噂されるハルツ山・・・
山小屋で、男と3人の子供がひっそりと暮らしていました。
あるとき男は、ハルツ山の精霊大きな白い狼を見つけて追いかけます。
男は白狼に魅入られるように追いかけますが、撃つことはできない・・・
やがて白狼は、山の奥へと消えていきました。
その直後、白狼と入れ替わりに男は山で美しい娘クリスティーナと出会います。
男とクリスティーナは愛し合い、やがて結婚します。
しかし・・・夜、クリスティーナはなぜか外に出かけるようになります。
そして、2人の子供が相次いで狼に食い殺され、さらに・・・子供の墓を暴き、血肉をむさぼる人の姿が・・・!!
血まみれのその顔は、クリスティーヌ!!

「神よ!!」

彼女の正体は、あの白狼でした。
たがいに寄り添うことができるように思えた人間と人狼は、抑えることのできぬ野獣の本能によって破滅を迎えたのです。

この頃のイギリス人は、産業革命で文明の頂点を極めたと思っていたため、自らの行く末を案じ、もはや進む道は文明から逆行し、野生に戻るしかないと恐れたのです。
そこで、人間が獣に遡り、破滅の道を歩むシンボルとして、人狼が復活しました。
物語のクリスティーナは、人間の姿のまま子供の死体を食べます。
人はいくら文明人と見せかけても、内面には破壊的な野獣の欲望を隠している・・・
他人は何を考えているのかわからない・・・そうした疑いと不信感の表れが人狼なのです。

さらに、こうした人間の内なる野獣性は、恐ろしい人狼事件を復活させます。
スペイン北西部・ガリシア地方・・・
1840年代後半・・・ここで、女性や子供13人が惨殺されます。
恐怖の連続殺人・・・逮捕されたのは、被害者の所持品を売りさばいていました。
1852年9月、マヌエル・ブランコ・ロマサンタ逮捕!!
ロマサンタは裁判で、驚くべき供述を始めました。

「俺は呪いをかけられていたんだ
 狼になる呪いだ
 狼になってしまい女や子供を襲って食ったんだ」

連続殺人は、自分の意思ではなく、狼になる呪いのせいだと主張したのです。
実際、自分が狼になったと思い込んだ男が人を殺して食う事件は古くから各地で怒っていました。
これらも人狼の一種とみなされました。
弁護人は、ロマサンタは精神疾患の為、無罪だと主張しました。

「彼は、狼化妄想症・・・自分が動物、主に狼に変身したと思い込んでいるだけなのです」

狼化妄想症は、身体的な変化があるわけではなく、あくまで人格が変わります。
人間の体のまま狼のように凶暴になるのです。
この病気で、どのような獣に自分を託すかは、それぞれの社会の考え方に合わせて最適な獣のイメージが選択されます。
狼は当時のヨーロッパの生活圏に存在していて、ロマンサンタの内なる野獣性に最も適した動物でした。
彼が自分に与えたかったイメージと一致していたのです。

そして、現在、個体数が極端に減少した狼は、ヨーロッパの多くの国で、保護、保全の必要な動物とされています。

そして人狼も、人々の恐怖の記憶から消えた・・・はずでした。

2016年5月、イギリスのキングストン・アポン・ハルに現れました。
ハルの人狼・・・体長2.4メートルの牙を持つ獣を見た
その生き物は、ジャーマン・シェパードを食べていた
人狼が目撃されたと用水路では、大捜索が行われました。
その正体はいまだわかっていません。
人類への天敵の恐怖が、今も人々の心の中に生きているのです。

クロード・プリウールというフランシスコ会の修道士で16世紀末に人狼を論じた人物がいます。

「もしもじぶんの自由気ままに任せるなら、人間以上に獰猛な野獣はいない」

↓ランキングに参加しています
↓応援してくれると嬉しいです

にほんブログ村 歴史ブログ 歴史の豆知識へ
にほんブログ村